14話 理由
洞窟への旅路は順調であった。順調というか、予想を遥かに上回るペースで進んでいるといえよう。
彼女達三人は、馬を利用して一気に草原を北上していった。馬を使おうと提案したのは、マリーヴェルである。
はじめ、一度目の挑戦と同じように、全員で乗れるような馬車を利用しようとしたミレイアだが、彼女の頭を叩きながらマリーヴェルが説得したのだ。
他の兄弟達に比べ、自分達は一日ロスしている。恐らく馬車などで悠長にとことこ進んだところで、到着する頃には全てが終わってしまっている、と。
故に、三人という少数である利点を活かし、馬に乗って一気にかけあがる。他の兄弟達は護衛の冒険者を沢山雇っている為、自然とその足並みは歩行速度に合わせたものになるだろう。
そこを利用して、こちらは一気に距離を稼ぐ。そこまで理にかなった説明をされては、ミレイアはハイと頷くしかない。移動の手段は、馬を使用する事で決まったのだ。
だが、ここで一つ問題が発生する。マリーヴェルとミレイアは問題ないが、リアンが馬に乗れないのだ。
山奥の村で生まれ育った彼は、馬術など人生で一度も学んだことは当然ない。王族である二人は乗れて当然なのだが、リアンは馬の操り方のイロハを知らないのだ。
これは盲点とばかりに頭を痛めるマリーヴェルだが、そんな彼女にリアンは笑って何でも無いように言うのだ。『大丈夫だよ。僕は走るから』、と。
彼は二人に言うのだ。今から乗ったこともない馬の練習をするよりも、直接走った方が早いし、鍛錬にもなるから、と。
冗談ではなく、本気で言っているリアンに、マリーヴェルもミレイアも顔を引き攣らせる。馬と並んで走る等、冗談にも程が在る。
マリーヴェルとて、ある程度の距離を走るならば、馬よりも速く走ることは容易だ。だが、それを歩いて三日ほどかかる長距離となると、絶対に出来る訳が無い。スタミナが持つ訳がないのだ。
そのことを説明するが、リアンは『大丈夫』という訳のわからない自信を告げるのみ。その姿が、先程西の彼方へ旅立った変態を何故か連想させて、マリーヴェルを地味にイラっとさせたりしていた。
結局、リアンの発言を信じて、マリーヴェルとミレイアは馬に、リアンは走って向かうことになったのだが。
「……リアンさんは、もしかして人間ではないのでしょうか」
「気にしちゃ駄目よ。私はもう気にしないことにした。あれはもう、非常識が服を着て歩いているのよ」
馬上で会話する二人をよそに、リアンは息一つ乱すことなく草原を駆け抜けていた。馬の遥か先頭を走って、だ。
かれこれ出発して数時間は経つが、リアンに疲れなどいうものは微塵もない。それどころか彼は、馬より先行し、道上に行く手を遮りそうな魔物達の露払いを請け負っているのだ。
マリーヴェルの発言は、もはやジョークなどでは終わらない。あれだけの巨大な槍を背負い、馬をも超える速度で駆け抜け、次々と瞬時に魔物を穿つ。
あれが非常識以外の何者になるというのだろうか。呆れる半面、そのめちゃくちゃぶりに、マリーヴェルはミレイアに見えないよう表情を緩める。本当、リアンは面白過ぎる、と。
リアンの働きが予想以上過ぎることもあり、日が暮れるまでの一日目の行軍は、遥かに進むことに成功する。
距離的に半分を折り返したくらいだろうか。このペースならば、一日のロスをあまりあって補えるとマリーヴェルは見ていた。
水辺を確保し、夜を過ごす為の野営地を作成していく。睡眠をとる順番を決めようとするリアンだが、マリーヴェルは不要だと断じてミレイアを指差して説明する。
「この娘がその手の魔法得意だから、見張りは不要なのよ。よろしく、ミレイア」
指示を出すマリーヴェルに、ミレイアは命じられることを分かっていたようで、鞄の中から液体の入った小瓶を取り出し、周囲へと振りまいていく。
そして、そっと瞳を閉じ、手を組んで祈りをささげる。
やがて、ミレイアの立っている場所から周囲10歩分程度の大地が輝き、大きな円を描く。ミレイアがゆっくりと瞳を開けると同時に、大地から放たれた光は霧散した。
その幻想的な光景に見惚れているリアンに、マリーヴェルは悪戯が成功したような笑みを零して言葉を紡ぐ。
「メーグアクラス王国は力の国、初代の王は己が力を武器に国を作った。故に、王族たるもの己が武器を育まなければならない。
つまるところ、これがミレイアの持つ武器って訳よ。この娘は小さい頃から熱心なリリーシャ教徒でね、この手の破邪や治癒の魔法はお手の物なの」
「そうなんだ……本当、王族って凄いんですね。ミレイア様、ありがとうございます」
「い、いえ……いいんですよ。私にとってはこれくらいどうってことありませんし。
確かに私は、王族に生まれていなければ女神リリーシャの巫女として選ばれていたであろう程の神魔法の使い手ではありますけども」
「ま、精神弱いから兄弟の中では馬鹿にされてるけれど、正直優秀さでいえば誰より抜けてるわよ。精神弱いけど。すぐ泣くけど」
「ほ、褒めるのかけなすのかどちらかにしてくださいましっ!」
「じゃあ馬鹿にする。あんたなんでいつも長女にボロカス言われっぱなしで黙ってんのよ。反論するかぶん殴るかしなさいよ、見ててイライラするのよ、このヘタレ」
「ほ、褒めてください……」
「二人とも、本当に仲がいいんだね。まるで本当の姉妹みたいだよ。言われてみれば、髪の色も同じだし……どことなく顔つきも」
「もしそれ以上ふざけた言葉続けるなら、リアンの槍をそこの川に流すから」
「や、やめてよお……もし失くしたなんてサトゥン様に知られたら、僕殺されちゃうよ」
談笑といっていいのかどうか際どい会話を繰り返しながら、三人の夜は更けていく。
夕食に携帯食は物足りないなとマリーヴェルが文句を言えば、リアンが待ってましたとばかりに草原から魔獣を狩ってきて、マリーヴェルから頭を叩かれたり。
もしかしたらおいしいかもしれないと、魔獣の焼いた肉を口に入れたミレイアが、青い顔をして川辺で吐き出していたり。
そして、交代制で水浴びをすることになり、マリーヴェルとミレイアが先に身体を洗い終え、それと入れ替わりでリアンが川へと向かって行った。
リアンが出て行った為、結界内は二人きりとなる。先に眠っていようか迷っていたマリーヴェルだが、ぽつりとつぶやいたミレイアの言葉に、眠気を削がれてしまった。
「ねえ、マリーヴェル……貴女、どうして城から出ていったの?王位継承権を捨てたりしたの?」
「ミークだっつってんでしょ。理由なんてあの馬鹿王に話した通りよ。王位なんて興味がないもの。
私はそんなつまらないことに縛られて生きていきたくない。私の剣は、あんた達を殺す為に磨いた剣じゃない。
むかつくのよ。兄弟同士で争わせようとする国の決まりも、あの馬鹿王も、何もかも。だから飛び出したの。私の人生は私のものよ、私が望むように生きて何が悪いのよ」
「マリーヴェルは、強いものね……貴女らしいわ。昔から、貴女はそうだった」
「次にその名前で呼んだらリアンの前で服引ん剥いてやるわ。
大体あんたこそ、何で王位継承争いなんかに参加してんのよ。泣き虫でビビりのくせに、一丁前気取ってるの?
私も大概だけど、アンタは上の連中と違って王権なんか興味無いじゃない。持ったところで持て余すだけだわ、さっさとあんたも脱落したら」
「出来ないわよ……私は、マリーヴェル程強くないのよ。嫌だって、言えなかった。だって私は、その為だけに育てられたんだもの。
小さい頃から、私達は王になる為だけに学び、競わされ、成長してきたのよ。そんな私達が王位争いから脱落してしまえば、一体何が残るというの……」
「だからあんたは馬鹿だって言うのよ。そんなこと知るか、理由を他人に拠ってんじゃないわよ。
自分の生きる意味なんて、自分で見出しなさい。あんたには、他の連中とは比肩できない程に優秀な神魔法があるでしょ。
それさえあれば、後ろ盾なんてなくても一財産築けるじゃない。他人に言われたからという理由だけで、そこまでの使い手になれるほど世界は甘くないわ。それは何かの為に、あんたが自分の手で必死に掴んだ力でしょう。
あんたが王になりたいというなら、それでも構わない。だけど、それが心からの望みなのかはっきりさせることね。後悔したって、私は助けないわよ。ざまあみろって笑ってやるから」
好き勝手に言い放つマリーヴェルに、ミレイアは自嘲気味に微笑んでそれ以上何も言わなかった。
少し言い過ぎたかと思う反面、マリーヴェルが本音で話して後悔が無いのも確かだ。
自身の姉であるミレイアは、兄弟の中で誰よりも争いに向かない性格をしている。強く逆らえない、自分の意見を持てない、臆病。
だが、それを補って余りあるほどの気まじめさと優しさを持っているのをマリーヴェルは知っている。素直に言えたことなど一度もないが、兄弟の中でマリーヴェルは彼女のことが一番好きだった。
それ故に、今回の件で力を貸してやってもいいとも思った。同時に彼女が脱落するときも手を差し伸べてやろうと思っていた。
ミレイアは、王座に胡坐をかいてどっかりと座れるような豪胆さを持っていない。瑣末な教会で、子供の相手でもしている方が分相応なのだとマリーヴェルは思っている。
ただ、人の生き方を押し付ける程マリーヴェルは優しくは無い。人生の道を他人に決めつけられる、これほど楽で後悔の残る選択肢はない。
楽などさせない、苦しんで苦しんで、その上で選択する。それが、ミレイアが王族の駒としてではなく、一人の人間として生まれた意味だと思うから。
口には出さず、そっぽを向くマリーヴェルだが、ミレイアの言葉に、意識を向ける。
「強くなるって、難しいわね……私、貴女の強さを人生で一体何度羨んだかしら」
「なればいいじゃない。言っとくけれど私は本気で強いわよ。自分の強さに自信を持って生きてきたから」
「ふふ、貴女らしいわ。マリーヴェル、貴女は一体どうして、そこまで強くなれたの?」
「そんなの……」
そこまで口にして、マリーヴェルは言葉を止める。
どうして、自分は強さを追い求めたのだろう。幼い頃から剣を磨き、ひたすら強くなることを渇望したのは、一体何故だったのだろう。
物ごころつく頃には、騎士団の鍛錬所へ通い詰めていた気がする。剣の腕を磨いて、遥か高みを見つめていた気がする。
だが、その根源は一体何だっただろうか。幼い頃に、自分が確かに見た光景、それを追い求めていた自分。時間の流れと共に擦り切れ、今となっては思い出せない記憶。
軽く息をつき、マリーヴェルは首を振る。思い出せないが、そのうち思い出せたりするのだろうか。自分が一体、誰が為に、何のために剣を握ったのか、と。
ぼんやりと思考していたマリーヴェルだが、その考えを無理矢理止める。ミレイアから飛び出た質問をきいて、やることが出来てしまったから。
「ところで、リアンさんって貴女の良き人なのかしら?マリーヴェルが城を飛び出した理由って、もしかして駆け落ち?」
「よし、アンタはリアンの前に素っ裸で転がしてあげる。何されても助けないから、存分に頑張るといいわ、色々と」
「う、嘘ですわ嘘ですわミークさん冗談ですわ調子に乗りましたわごめんなさい!」
騒がしい夜が明け、三人は再び馬にて北東へと進路を取り続けて、ついには走破に成功する。
目的の地、王族の為の洞窟に辿り着いたのは、二日目の夕刻の頃であった。
お読み頂き、本当にありがとうございました。頑張ります。




