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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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129話 寸前

 



 サトゥンが繰り出す拳を、ヴァルサスは馬上から槍を薙ぎ払って逸らす。

 しかし、その程度でサトゥンの拳撃は抑えられるものではない。

 速射砲のように放ち続けられるサトゥンの乱撃。それは一撃一撃が魔獣すら一撃で仕留めるほどの威力を秘めた一打だ。

 一発でも貰えば致命傷と言っても過言ではない拳の速撃、普通ならばそれだけで脅威であり、受ける側は重圧になるものだ。

 だが、受けるヴァルサスの心に重圧など存在しない。ただ機械的に、作業を進めるようにサトゥンの攻撃を捌き、拳を紙一重のところでかわし続けている。

 その光景に、表情を顰めながらマリーヴェルが苦々しく呟く。


「あれじゃ奴には届かないわ……サトゥンの連撃に対して、あいつは微塵も怯んでいないもの。そもそも、今のサトゥンの攻撃が避けられないなら、ノウァの攻撃を止められない」


 マリーヴェルの言う通り、今のサトゥンの力は黒鎧を纏ったノウァよりもはっきりと劣っている。

 魔力を封じられたサトゥンの力が低下し、黒鎧にて覚醒を果たしたノウァが強くなったが故の結果だが、現状のサトゥンを上回るノウァがヴァルサスに一太刀すら入れられなかったのだ。

 そのことを吐き捨てるようにノウァが指摘する。


「身体能力だけで捉えられるなら、黒鎧を解放した俺様が既に奴を仕留めて終わっていた。奴の恐ろしさは一線を画する技量だ。それをどうにかしなければ、サトゥンと言えど奴には届かんぞ」

「私たちが総がかりでもヴァルサスの守りは崩せませんでしたが、果たしてサトゥン様はどのように……」


 戦いを見守りながらも、英雄たちは武器を構えていつでも割り込める準備を怠らない。

 今不用意に援護をすればサトゥンたちの邪魔になる可能性が高い。やるならば、サトゥンが一度ノウァに跳ね返されてから。それまでは勇者の戦いを信じて見守るだけだ。

 英雄たちの信頼を背に、サトゥンとヴァルサスの攻防は続く。

 サトゥンが攻め、ヴァルサスが攻めるという構図は依然として変わらない。だが、徐々にヴァルサスがサトゥンの攻めをより深いところで見切り始めていく。

 サトゥンの拳をより懐まで呼び込み、攻撃を深部まで誘い込むことで、引き戻しの瞬間に攻撃を加える好機を待つ。

 力もさることながら、戦闘におけるサトゥンの技術も見事。卓越した戦闘技術と力でねじ伏せる魔獣のような野生が絡み合い、ヴァルサスにつけ入ることをなかなか許さない。


 だが、その均衡はやがては崩れることになる。それはノウァとヴァルサスの攻防時と何ら変わらない。

 ギリギリの戦闘の中で、僅かばかり見えたサトゥンの攻めの綻び。その小さな穴を基点として、こじ開ける、それがヴァルサスの定石。

 サトゥンが拳を深くまでねじ込み、引き戻す瞬間が僅かに遅れたのを彼は見逃さない。

 槍を片手で持ち替え、サトゥンの隙となった左肩へ向けて穿つ。全てはヴァルサスの描いたシナリオ通り――そう、サトゥンだけを見たならば、だ。


「なんだと――」


 瞬間、ヴァルサスの体は大きく崩れ落ちる。

 否、ヴァルサスが膝を折っているのではない。地に崩れ伏したのは、彼ではなく彼のまたがる愛馬だ。

 彼の腹部には、紅の鞭が貫通するように突き刺さっていた。

 瞬時に馬を切り捨て、馬上から跳躍するヴァルサスに、サトゥンが口元を釣り上げる。


「クハハッ、私の隙を誘い込む技術は見事。賞賛に値しようではないか。だがな、貴様が私の隙を伺いねじ込もうとする瞬間、そこにこそ好機はある。よくぞ呼吸を合わせてくれた、カルヴィヌよ! 流石は数千年の付き合いであるな!」


 彼の称賛に、鞭を引き戻してカルヴィヌは妖艶に微笑むだけ。

 だが、彼らがやってのけた行動に英雄たちは息を呑む。二人が何でもないようにやってのけた連携、それがどれほど困難か震えるほどに理解できたからだ。

 サトゥンたちが狙ったのは至極簡単、ヴァルサスにやられていた攻めをそっくりそのまま返したに過ぎない。

 ヴァルサスの攻めに移る瞬間、そこに見える針の穴ほどの隙をカルヴィヌが狙い撃つ、それだけなのだが彼らは見事に二人でやってのけた。二人でやらなければ、ヴァルサスの隙は突けなかった。それほどまでに彼の守りは鉄壁だった。


 二人で行うというのは手数こそ増えるが、完全に息を合わせなければ成功を導くことは決してできはしない。

 サトゥンはヴァルサスの隙を引き出すことに専念し、カルヴィヌはヴァルサスの針の穴ほどの隙を狙う撃たなければならない。

 早過ぎても遅すぎても成し遂げられない、それこそ人間を超越した集中力と技量、何よりもアイコンタクトすら必要のない意思疎通。

 これらの全てをサトゥンとカルヴィヌは何でもないようにやってのけたのだ。強引にして妙技――否、神技だろう。


 守りを抜かれ、死した馬を一瞥することもせず、ヴァルサスは槍を構える。

 その様に、サトゥンはククッと笑って挑発するように問いかける。


「随分と余裕を見せるではないか。微塵も動じてくれぬのでは頑張り甲斐がないのだが」

「そうでもない。地に足をつけて戦いに興じるのは久々なのでな。さて、随分と面白いモノを見せてもらった。少しは礼をせねばならんだろう」

「――来るぞ、カルヴィヌ」

「ええ」


 次の瞬間、ヴァルサスは闘気を解放する。

 黄金の光を槍と体に纏わせ、紡ぎあげるは聖なる武具。

 煌びやかに輝く装具と巨槍を担い、ヴァルサスは淡々と言葉を紡ぐ。


「この黄金の装具が何であるかなど、今更貴様らに説明する必要はあるまい?」

「――命神闘衣。命神セトゥ―リアに勇者リエンティが与えられた『神をも殺す』奇跡の力」

「そうだ。この鎧は神の猛攻をも凌ぎ、武具は神の守りすらも突破する。つまり、貴様らには非常に効果的ということだ」


 槍を頭上で旋回させ、ヴァルサスは爆ぜた。

 それは、彼が初めてみせる攻勢。サトゥンに食らいつくように踏み込み、光荒れる大槍を強引に彼へと叩き付ける。


「ぐっ!」


 一撃を両手で受け止めたサトゥンだが、勢いを殺しきれない。

 遥か後方に飛ばされた彼に追い打ちをかけるようにヴァルサスは追走する。

 神雷のごとき速度で繰り広げられるサトゥンとヴァルサスの攻防。

 これまでの戦いとは百八十度異なり、サトゥンが受けてヴァルサスが暴れまわる展開。二人の戦いに、カルヴィヌが加勢するが、黄金の騎士の勢いは止まらない。


「くっ、やはり想像以上ね……リリーシャ、なんて厄介な存在を」

「ぐぬうっ! 随分と落ち着きを失ったではないか! まるで獣のようだぞ! っがあ!」


 ヴァルサスの大きく旋回させた槍を腹部に受け、サトゥンは弾き飛ばされる。

 返す刃で、カルヴィヌもまたねじ伏せられ、一度二度と地へ叩きつけられた。

 この光景に、英雄たちは唖然とするほかない。サトゥンはおろか、カルヴィヌがこのようにねじ伏せられた姿を見るのは初めてのことだったからだ。

 二人の魔神を相手取り、それでもなお上回る。まさに世界最強の存在――それが目の前に立ち塞がる騎士ヴァルサスなのだ。

 冷酷な狩人、獰猛な獣、二面を使いこなし、人知を超える技量を持つ最強の男。

 立ち上がるサトゥンとカルヴィヌに、槍を構え直したヴァルサスは警告するように言葉を紡ぐ。


「言ったはずだ。『本気』にならねば俺は止められんと。下らぬ意地を張らずに『覚醒』するがいい。真の姿を晒してみせろ。でなければ、何も出来ずに死ぬだけだ」

「覚醒……?」


 ヴァルサスの言葉の意味が理解できず、仲間たちはサトゥンに視線を送る。

 だが、サトゥンは決して頷くことはない。

仲間たちの後方にいる少女――ミレイアを一瞬だけ一瞥し、彼は再びヴァルサスへと拳を突き出していく。

 視線を向けられたミレイアは、三人の戦いに魅入りながら、言葉を発せずにいられずにいた。

 神々の戦い、その光景に胸の奥で激しく鳴り響く『別の何か』の胎動――正体不明の何かが体内でざわつくのを押さえられなかった。


「あ……れ……? なに、これは……私、いったい……」

「――やはり、止められんか。どれだけ時を重ねても、時代を超えても、姿形は変わろうと……歴史は繰り返してしまうのじゃな」

「りー……ヴぇ……?」


 胸に抱くリーヴェの声がなぜか遠くに感じて。

 まるで津波に揺り動かされる小舟の上に乗っているような、あまりに不安定な感覚。

 正体不明の異常に襲われるミレイアに、リーヴェは優しく告げるのだった。


「怖がるでない。もはや無理をすれば心身に異常をきたす段階へと入ってしもうた。受け入れよ、もう一人のお主を――同じ男を愛してしまった大馬鹿者の願いに沿うがよい。さすれば、あやつは全てを取り戻す。それこそが此度の終焉。始まりの終わりであり、終わりの始まりになるのじゃろうな……」




 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに読んでもやっぱりおもしろい!! こういうことを言われると凄く重荷に感じるかも知れないけど、まじでおもしろいんで続き待ってます
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