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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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127話 暗雲

 



 サトゥン一行と第一軍の戦いが始まって一時間と経っていないにも関わらず、レーヴェレーラ軍は残り数十名まで追い詰められていた。

 もはや、戦況は彼らにとって悪夢と言っても過言ではない。

 たった一人も倒すことも出来ず、敵の攻撃で十数人が一気に気絶させられる。これを悪夢と言わずして何と言うのだろう。

 だが、レーヴェレーラ軍の兵士たちは震えながらも剣を離さない。彼らの背後にはヴァルサスが在る。

 退けば最後、彼らに待つ運命はヴァルサスによる断罪だけだ。

 女神の敵は殺し尽さねばならない。たとえ自身の命が失われようと、決して敗走は許されない。だが。


「ふはは! もう終わりか! 何、黒幕との決戦の前の良い準備運動であったな!」


 彼らの前に並び立つ強者たち。彼らはあまりに強すぎた。

 歯が立たないなどというレベルではない。戦場で刃を交わすことすらままならない。

 傷一つなく、呼吸一つ乱さず彼らは千を超える軍勢を打破してみせた。たった十人程度で、その百倍以上の大軍をあっけなく。


「くっ……」


 武器を構えたまま、兵士たちはじりじりと下がる。

 だが、これ以上は下がれない。彼らの背後には、腕を組んだまま戦況を眺め続けているヴァルサスがいる。

 ゆえに、彼らは無謀と分かっていても選択をするしかない。たとえこれが決して届かぬ攻撃だと分かっていても。

 剣を握り直し、兵士たちは生き延びるための選択をする。下がって確実な死を迎えるよりも、極力人死にを避けようとする敵に縋る。

 負けを覚悟して突撃を演じようとした兵士たちだが、彼らが一歩を踏み出すことはなかった。


「あ……?」


 瞬間、兵士たちの体が『ズレ』た。

 一瞬にして、次々と兵士たちの上半身が地に落ちていく。

 その惨状に、悲鳴を漏らしかけるミレイアだが、大きな背に視界を阻まれる。

 背を怒らせた勇者は、視線を鋭くして兵士たちを仕留めた男――ヴァルサスに問いかける。


「なんのつもりだ? こやつらは貴様のために戦っておったではないか」

「背信の気配を感じた、ただそれだけだ。俺に殺されるのを恐れ、わざとお前たちに負けようとしたから殺した、それだけのこと」


 血の滴る槍を振り抜き、ヴァルサスは馬上から英雄たちを見下ろした。

 彼らを一瞥し、それぞれの得物を確認し、淡々と言葉を紡ぐ。


「どうやら女神の望みはまだ叶っていないようだな。六使徒や一万の軍勢では危機になりえんか」

「その口ぶりからして、やはり背後にいるのはあ奴か。ならば早々に退け。これ以上の戦いは望まぬと『俺』が言っていると伝えておけ」


 サトゥンの言葉に、ヴァルサスは一瞬目を見開く。

 だが、すぐに静けさの仮面を取り戻し、淡々と言葉を返す。


「英雄より先に貴様は取り戻しているのか。だが、その願いは無駄だ。女神の望みはお前ではない。そして俺は女神の望みをかなえるために存在している。目覚めていないのならば、強引にでも覚醒させてやらねばならん」

「『俺』ではないだと……? ヴァルサス、貴様何を」

「どけ。時間の無駄だ」


 問答を続けようとしたサトゥンだが、肩を引っ張られて言葉を遮られる。

 二人の会話に割り込んだノウァは、憎悪に瞳を釣り上げながら、吐き捨てるように言う。


「こいつはただの人形だ。自分で考えることを放棄した殺戮人形に問答など意味はない。村の人間を守りたいなら、こいつを殺すしかない。そしてその役割は俺様が担ってやる」

「数日前に俺が仕留め損ねた魔族か。何度やっても同じことだ」

「俺様を見下ろすな! 傀儡が!」


 殺意の衝動を隠すこともなく、ノウァは黒き鎧を全身に纏う。

 そんな彼に呼応するように、英雄たちもまた武器を構えていく。


「サトゥン、ノウァじゃないけれどこいつに会話なんて無意味だわ。こいつの目はレグエスクたちと同じ、人間の命なんて何とも思っちゃいない目よ。理由が何にせよ、刃を向けてくるなら叩き潰すしかないわ」

「マリーヴェルの意見に同意する。ヴァルサス、想像以上の化け物だ。一太刀みただけだが、奴は俺たちの誰よりも強い」


 マリーヴェルとグレンフォードがヴァルサスを評して言う。

 彼らとて歴戦の英雄、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた。だが、その彼らですら、ヴァルサスの実力をして単独で戦うことを選べない。

 大陸一の英雄と謳われたグレンフォードをして絶対強者と語る。そんなヴァルサスに、サトゥンは拳を握りしめて告げる。


「ミレイア、下がっておけ。後方でラターニャから決して離れるでないぞ」

「サトゥン様……どうか、無理だけは」

「勇者の戦いに勝利以外の道は存在せぬ。安心して見守るがいい」


 そうミレイアに告げるサトゥン。普段の茶化すような姿はそこになく、ただ真っ直ぐに眼前の強敵を睨みつけるのみ。

 そんな彼の姿にミレイアは既視感を覚える。それはエセトレアで巫女シスハと対峙した時の彼と全く同じで。

 不安を胸に、ミレイアは後方へと下がる。ここからの戦闘で戦う術の無い自分は足手まといであると自覚している、だからこそ彼女の胸は情けなさでズキズキと傷んでしまう。

 今はただ、英雄たちの、勇者の安全を祈るだけ。


「――さて、それでは『作業』を始めよう。お前たちの中に眠る『亡霊』を呼び覚まし、女神の望む世界を創るために。かかってくるがいい」


 悠然と馬上で槍を構えるヴァルサスに、英雄たちが一斉に斬りかかっていく。

 その胸に、誰もが重苦しい不可思議な重圧を感じながら。






 

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