126話 撃退
千を超える騎兵隊。その進軍にも英雄たちがひるむことはない。
戦場の最奥部まで斬りこんだ一騎当千の者たちに、レーヴェレーラ兵は数で押し潰そうとする。
「敵は大陸最強と名高い『ローナンの若獅子』だ! まともに戦うんじゃない、数で攻めるんだ!」
兵長の指示に、騎士たちは広く騎兵を展開してグレンフォードへ槍を向ける。
迫りくる幾重もの刃を、グレンフォードは片手で握る巨大斧で薙ぎ払い一蹴する。
「判断は悪くない。だが、この傾いた山道、密集して碌に加速もつけられない戦場で自慢の騎兵の力は百とふるえんだろう」
彼が薙ぎ払うは足元の地面。大きく抉られた地面に馬が足を取られ、一人、また一人と落馬していく。
だが、敵もさるもの。悪路を物ともせずにグレンフォードに向けて馬を走らせ続ける者が何十人と残っている。
勇敢と称えられるべき進軍だが、結果としては何一つ変わることはない。彼らを狙う英雄は、グレンフォード一人ではないのだから。
「良い動きをするじゃない。これならこれまでの奴らよりは楽しめそう、少しだけね!」
「音に聞こえしレーヴェレーラ聖騎士軍、実によく鍛えられていますね」
左右から身を戦場で躍らせるは蒼と紅のヴァルキュリア。
神速を超える鋭い剣の舞が次々に馬上の兵士を襲う。その速度は英雄たちでも随一、いかに鍛えられていれど、普通の人間である彼らに目で追うというのは酷すぎるだろう。
「がああああ!」
「は、速過ぎるっ! なんなんだ、こいつらは!?」
「狼狽えるな! 固まれ、固まって各個撃破していくんだ!」
「あら、固まってくれるの? あはっ、それは好都合――存分にやりなさい、リアン!」
動きが制約され、纏まりだした兵士たちだが、それこそが英雄の待ち望んだ一手。
後方から殺人的な加速を伴い、槍を強く回しながら怪力無双の少年が突貫する。
「な、何かが来るぞ! 止まれ、止まれえええ!」
「だ、駄目です! 避けきれません!」
「はああああああああああああ!」
神槍剛打。闘気を解放し、渾身の一撃を大地に振り下ろしたリアン。
その力は激しく大地を吹き飛ばし、その場に大きなクレーターを生み出すほどの力が込められていた。
大きく吹き飛ばされていく兵士たちを見送りながら、マリーヴェルとメイアは笑って会話する。
「飛んだわねえ。最近のリアンってサトゥンのこと笑えないくらい滅茶苦茶よね」
「それは仕方ありません。サトゥン様はリアンの憧れですから。確かな技術に裏打ちされた確実な破壊、本当にリアンは良き戦士になりました」
「当然よ、それでこそ私たちのリアンだもの!」
「二人とも、次の敵がくるよ、備えて!」
微笑みあい、二人はリアンやグレンフォードとともに戦場に舞い戻る。
レーヴェレーラの兵士たちは恐れおののきながらも攻め続けざるを得ない。彼らに後退は許されない。彼らの後ろには、ヴァルサスがいるのだから。
「いや、こりゃひでえな、敵ながら同情するわ……マジで」
「あの、私も同意見ですわ……」
戦場の後方で息を吐き出すのはロベルトとミレイアだ。
彼らの視界の先では、次々に雷撃と光の矢によって何一つ抵抗できず倒れていく兵士たちの姿がある。
阿鼻叫喚、ライティの雷をすり抜けて攻めようにも、その敵をラージュが空から狙い撃ってくるから性質が悪い。
呪文を唱え終えたライティが、小さく息を吸って軽く吐く。
「少し休憩。ロベルト、頑張ったよ?」
「あ、ああ、やっぱりすげえよライティは……とりあえず、ここまで兵が来たら俺に任せておけよ。来るとは思わねえけど……」
「ん」
ロベルトに頭を撫でられ、ライティはすこぶる満足そうだ。
その光景にミレイアは何とも言えなかった。戦場でいちゃつくマリーヴェルたちのことについて文句を言っていたが、無意識のうちにこんなスキンシップを取る彼らの方がいちゃついているのではなかろうかなどと思ったりするミレイアだった。決してそれを口にすることはないが。
「しかし兵士連中はマジで悲惨だな……こっちを攻めれば魔法の嵐、向こうにさがりゃリアンたち。そして中間地点ではあれだよ」
そう言ってロベルトが視線を向けた先、戦場の中心地では言葉にしにくい戦場が広がっていた。
人が枯れ葉のように次々と舞い散り、倒れていく。しかもその速度が恐ろしく尋常ではない。
中から響いてくるのは、人間と比肩することすら間違っている怪物三人の声。
「ふははははは! これで私が食い止めた人間は百十四人だ! ノウァよ、一番倒すなどとほざいておきながら私に勝てぬとは笑わせてくれるではないか!」
「ほざけ。俺様が倒した人間はこれで百十七人だ。ふん、貴様の筋肉は何の役にもたたぬとんだ見せ筋だな。図体ばかりでかいだけで邪魔だな」
「あら、これで私は百二十人達成ね。ごめんなさいね、私が一番みたい」
「あの人外連中は一体何を競ってるんだよ……」
「あちらを気にしたら負けですわよ……」
数少ない常識人の二人は異質過ぎる戦場に言葉を失うしかない。
もはや、この戦場でどちらが優勢なのかなど考えることすら不要だろう。
ロベルトは頬をかきながら、先の戦いのことを考える。
「やっぱり、俺たちの戦いはヴァルサスって奴一人になってからが本番って訳かい。しかし、分からねえな。この状況になっても、奴は出てこねえのか。このままだと味方が壊滅しちまうっていうのに」
「未だにヴァルサスという方の狙いは分かりませんが……大丈夫ですわよね? どんな敵であっても、皆様は負けませんわよね?」
「安心しろよ。みんなは……いや、サトゥンの旦那は負けねえよ。だからそんな顔するなって。な、ライティ」
「ん、サトゥンは負けない」
「わ、私は別にサトゥン様だけを心配している訳ではなくて!」
ミレイアを茶化しながらも、ロベルトは思考をヴァルサスから外さない。
彼の中で、もはやこの軍との戦いはただの前哨戦となっている。真に恐ろしいのは最強の一だとこれまでの冒険で嫌というほど理解している。
邪竜王しかり、巫女シスハしかり、絶対的な一はどんな戦況でも簡単にひっくり返してしまう。
ロベルトは静かに、しかし確実に高揚する心を燃やし続けていく。どんな強敵とも戦うための覚悟を、しっかりと固めるために。
「怪我人はいらっしゃいませんかー! お空の救助隊、ラターニャさんが安全なところまで避難させますよー! いつでもよんでくださーい!」
「……空から聞こえてくる嬢ちゃんの親友の声、どうにかならねえのかね。力が抜けてしかたないんだが」
「気にしないで下さい、あの娘はああいう娘なので……」
空から響いてくるラターニャの声に、ロベルトはがくりと肩の力を抜けさせられてしまうのだった。
竜娘ラターニャ、英雄たちがあまりに強すぎて出番が得られない女の子であった。




