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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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125話 一軍

 



 夕刻が近づく時刻、英雄たちは村の入口へ集まっていた。

 レーヴェレーラ軍も残るは第一軍のみ、ここで戦力を出し惜しみする必要はない。

 英雄全員で迎え撃つ、それが彼らの選択だった。

 ただ、その中には戦闘能力を持たない少女――ミレイアの姿もある。


「本当に行くのね、ミレイア」


 何度も何度も確認するマリーヴェルに、ミレイアは頷いてみせる。

 リーヴェを抱きしめたまま、絶対に譲らないといった様子の彼女に、マリーヴェルは大きく溜息をつく。自分も大抵頑固だが、こういう時のミレイアは自分以上だと呆れるしかない。

 決戦となる以上、武器で敵を打倒できないミレイアを連れていくのは絶対に反対したいのが本音だが。


「もし、エセトレアの時のように誰かが大怪我をしたときに私は必要なはずです。マリーヴェル、リアンさんの時のことを忘れた訳ではないでしょう?」

「う……」


 この意見に、マリーヴェルは折れざるを得ない。

 リアンが死に瀕したとき、ミレイアがいたからこそ彼は命を取り留めた。

 もし、ミレイアがあのとき一緒にいなければマリーヴェルの愛する人はここにいなかったのだから。

 うーと唸るマリーヴェルだが、そんな彼女にロベルトが意見を述べる。


「ミレイアはライティと一緒に後方支援になるからな。心配しなくても俺とラージュが敵に指一本触れさせねえよ。だからお前たちは張り切って前線で戦ってきな」

「むー……任せたわよ、ロベルト、ラージュ。特にロベルト、アンタは二人を守るって理由で前に出なくて済むんだから、その分働いてよね」

「わ、わーってるよ!」


 マリーヴェルと視線を合わそうとせずに斜め上を見るロベルト。

 リアンやマリーヴェルとは違い、極力最前線で戦いたくない彼は自分から志願して後衛組の護衛を買って出たのだ。その理由の一つに愛する少女を守りたいというのも多分にあるのだが。

 そして、この戦場に出ようとする少女がもう一人。


「ラターニャ、あなたも行くの?」

「もちろん! 私もできることを全力で頑張るから!」


 ミレイアの隣に並び立つのは竜少女のラターニャだ。

 彼女の戦闘能力は申し分ない。だが、致命的なまでに戦闘経験がない。

 ブレスを吹けば戦力として有効かもしれないが、ラターニャが役立とうとしているのは別の場面だ。


「もしどなたかが戦場で孤立したりしたら、私がびゅーんと飛んで連れ戻したりしますよ! 常に空からみんなを見てますので、すぐに対応できます!」

「お、おい、ラターニャがまともなことを言ってるぞ。お前、何か悪い物でも食べたんじゃねえか?」

「そうすることで一番役に立てるってラージュ君が言ってました!」

「ああ、ラージュの受け売りなのか……納得した」


 ラターニャは魔竜が元となっているだけあり、恐ろしいほどの防御力や魔法抵抗力を誇っている。何より彼女は空を飛べるという武器がある。

 だからこそ、戦闘経験は皆無であっても役に立てないということではない。彼女の力は間違いなくこの戦場で必要になるとラージュは判断したのだ。


「サトゥン城と六使徒のことはクラリーネとリレーヌ、フェアルリに任せてあるからね。あとは僕たちが第一軍に勝って終わりかな」

「捕えた六使徒は全てメーグアクラス王国に突き出せばいい。俺たちが目的とはいえ、連中は軍を率いてメーグアクラスの領地に踏み入ったことは事実。今頃、メーグアクラス王国も軍をこちらに向けてきているだろうからな」


 いよいよ出陣の時となり、仲間たちの視線がサトゥンへと集まっていく。

 その面々を見渡し、サトゥンは満足そうに笑みを浮かべる。

 いつものメンバーにラターニャ、ノウァ、そしてカルヴィヌの加わった面々のなんと賑やかなことか。

 英雄たちが集い、力を合わせ、どんな困難をも突破する。どんな逆境をも乗り越える。

 その光景は、かつての彼が夢見た景色。そして、今もなお彼が追い求めてやまない世界だ。


 眩いほどに尊い決意を胸に立ち上がる英雄たちを、サトゥンは心から誇る。

 彼らと一緒に在ることのできる今を、再び巡り会えたこの奇跡を。

 誰にもばれないように、喜びを胸に噛みしめながら、サトゥンは手を翳して宣言した。


「ふはははは! 勇者一行、出陣である! 大切な人々を守るために、我らの力を示してくれる! そして『勇者サトゥンと英雄』の物語は永遠に語り継がれることになるのだ!」

















 太陽が赤く染まり始めた空の下。

 広がる平原にヴァルサスは陣を取り、瞳を閉じて待ち続ける。

 キロン山脈の中腹に位置する、比較的平坦な開けた大地。決戦を行うのに、これ以上適した場所もないだろう。

 やがて、兵士たちからざわめきが生じ始める。その声に、ヴァルサスはゆっくりと瞳を開く。


「ヴァルサス様、敵が現れました! その数、その……たった十二名です! 恐らく、後方に伏兵がいるものかと……」

「そんなものはない。奴らの戦力はあれで全てだ。そのたった十二人が、第二軍がから第五軍の全てを打破してみせたのだ」

「な、なんと……」

「――殲滅しろ。奴らは女神に仇成す敵だ。一人残らず生かして帰すな」


 だらりと下げた槍を握り直し、ヴァルサスは表情一つ変えずに命令を下す。

 彼の指示のもと、第一軍の精強な騎兵たちが解き放たれた獣のように草原を駆けていく。

 圧巻とも言える進撃を前にしながらも、英雄たちに焦りの色はない。最前線に並び立つ面々は、肩を慣らして迎え撃つ準備を整える。


「烏合の衆とはよく言ったものだわ。さあ、一匹残らず蹴散らしてやりましょう」

「ふふっ、精強と名高いレーヴェレーラ第一軍、楽しみですね」

「他の軍より統率はとれているようだが、どれだけ持つか。ヴァルサスの将としての器をみせてもらう」

「これより先には絶対に行かせません。止めます!」


 マリーヴェルが、メイアが、グレンフォードが、そしてリアンが地を駆けてレーヴェレーラ軍へと切りこんでいく。

 そして、少し遅れて第二陣であるノウァ、カルヴィヌ、サトゥンが戦場へと突入する。


「ヴァルサスを仕留めるのは最後だ。その前に邪魔者を全て始末しておく。サトゥン、貴様、俺様に断りなくヴァルサスに手を出すなよ」

「何を企んでいるのか読めない以上、それが正解でしょうね。サトゥン、ヴァルサスは最後よ」

「分かっておるわ! 最後に悪の親玉と戦い、打破するのが物語の王道であろう! ゆくぞお前たち! ここで活躍せねば、後世に私の活躍が語り継がれぬからな! この戦場で誰より目立つのはこのサトゥンである!」


 その胸にろくでもない野望を燃やし、サトゥンもまた戦場へと躍り出た。

 レーヴェレーラ軍と勇者一行、最後の戦いが幕を開けるのであった。




 

次回更新は4月12日(火) 夜頃を予定しています。

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