124話 異質
ライティの大暴れする姿は、当然ながら最後方から詰めている第一軍の視界にも映し出されている。
青空から大地に解き放たれ続ける雷撃の嵐の光景に、第一軍の兵たちは息を呑む。
雷撃が落ち続けている場所はキロンの村付近、第三・第四軍が攻め込む方向に間違いない。そこに魔法が降り注いでいるということは、攻めあがった軍が迎撃されてしまっているということだ。
あれだけの大魔法を撃たれているのだ、今すぐにでも救援に向かわねば手遅れになりかねない。
だが、他軍の助力に向かおうにも、第一軍には不可能であろう。
彼らの進軍はあまりにも遅く、現地点からキロンの村へたどり着くのに夕刻まではかかるだろう。
なぜそこまで遅れてしまっているのか、それは軍の長であるヴァルサスの指示に他ならない。
軍を率いて先頭に立つヴァルサスは、空を見上げながら表情一つ変えることはない。
「……アーニックとアガレスの鎖も解かれたか。これで鎖は全て解放されるだろう。あとは女神の命を果たすのみ」
軽く瞳を閉じ、ヴァルサスは軍にようやく進軍速度を元に戻すように指示を送る。
それはまるでレーヴェレーラ軍の壊滅を待っていたかのようにすら思えるほどに不可解な命令。
万を超えたレーヴェレーラ軍も残るは彼ら第一軍、三千を残すだけとなる。そんな状況下でも、ヴァルサスの表情が変わることはない。どこまでも機械的、ただ一つ一つ定められていたシナリオ通り、駒を打ち続けるかのように。
第三、第四混成軍を撃退したサトゥン一行は、城へと戻っていた。
途中でメイアたちと合流し、彼らが捕虜として確保したリックハルツとアガレスを牢へ送り込む。牢の中に失神したアーニックの姿を見て、大いに驚いていたが。
六使徒を全て無力化し、英雄たちはサトゥン城の一室へ集まった。
彼らが話し合いをするのは、当然残る最後の一軍――ヴァルサス・レザードウィリスに関することだ。
「さて、これで残るは第一軍を率いるヴァルサスだけになったわけだけど……どうにも違和感があるね」
「違和感?」
ラージュの言葉に首を捻るロベルト。
彼に頷きながら、ラージュはその理由を説明する。
「僕たちが撃破した第二軍から第五軍だけど、あまりにも軍として脆すぎる。最初は僕たちを舐めてくれているからと利用していたんだけど、ここまでだと流石に疑わしさを隠せない。丁寧過ぎるほどにバラバラに進軍してきたことといい、ちぐはぐな動きといい、まるで僕らに倒してくれと言わんばかりだ」
「そう言われればまあ……言われてみればおかしいわね」
ラージュの言葉にマリーヴェルも同意する。
一万五千という数に、最初は苦戦を想定していたが、蓋を開けてみれば何とあっけないことか。
軍を分割するために動いたとはいえ、サトゥンたちが計画通りに分割したのは第五軍だけだ。
残りの軍勢は、なぜか足並みを揃えず、サトゥンたちに迎撃の準備を整える猶予を与えているかのように分散して進んできた。
そして、何より不可解なのが、後詰めの第一軍が未だ村に辿り着いていないということだ。
「先発軍とあれだけ距離が離れていては、後詰めの役割など果たせん。つまるところ、奴らは最初から後詰めとしての役割を放棄してしまっている」
「そうですね、通常ならば第二軍か第三軍と私たちが乱戦になったとき、そこから第一軍が展開して追い込む形となるのでしょうが……」
グレンフォードとメイアもその不可解さを肯定した。
あまりに理に適っていない軍としての進め方、その全てに意図が見出せずにいる。
「狙いが別にあるとしても、何ができるんだ? わざわざ一万近くの兵士を捨て駒にして……いや、言い方は悪いけど、捨て駒にすらなっちゃいねえぞ?」
「それが読めないから不可解なのさ。言うなれば、ヴァルサスは他の六使徒すらも切り捨ててしまっている。本気で僕らを潰しにいくなら、少なくとも彼らは手元に残してぶつかってきただろうし、僕らはそれをいかに切り崩していくかの戦いになったはずだ」
「うーん、分かんないわね……連中、私たちを潰したいんじゃなかったの? エセトレアの一件の復讐に来たのよね? 読めないなあ……リアンはどう思う?」
机に突っ伏したままマリーヴェルは隣に座るリアンに問いかけてみる。
少し考える仕草を見せ、リアンはちらりとサトゥンへ視線を向ける。現在彼はミレイアにリーヴェを抱っこさせろと交渉中だった。ミレイアはよくともリーヴェの方が拒否しているようで、彼女の腕の中から出てこようとしない。
そんな彼を見つめながら、リアンはまだ見ぬヴァルサスという男を想像し、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「……そのヴァルサスという人は、もしかしたら他の六使徒とは別の考えで動いているのかもしれない」
「別の考え?」
「うん。ヴァルサスという人は彼の背後にいる女神から、一人だけ別の指示を受けているのかなって……表向きは『六使徒全員でキロンの村を攻めろ』かもしれないけど、ヴァルサスだけはそれとは別の命令を遂行しようとしてて」
「それはあるかもしれないけれど、その命令って何? わざわざ自軍を壊滅的なまでに追い詰めてまでやる狙いって」
「そこまでは流石に……一万の軍を自ら捨てても戦力が低下するだけだよね」
「簡単なことだ――奴にとって有象無象の人間兵や他の六使徒など、何の意味も持たん。だから平然と捨てられる」
その声を発したのはノウァだ。
壁に背を預け、腕を組んで彼らの会議に意見したノウァに自然とその場の視線が集まる。
言葉の意味を問う前に、ノウァは言葉を続けていく。
「奴の強さは人間の兵どもや他の六使徒など比較にならん。この村を攻め落とすには、奴が一人いれば残りが一万人いようが十万人いようが何ら変わらんからな」
「そ、そこまでかよ!? 兵士はまだしも、他の六使徒ともそんなに差があるのかよ!」
「だが、真実でもある。サトゥンと同等の力を持つお前を退けた相手ならば」
「ふん、二度の敗北はない。次の戦いでは俺様が奴を殺す」
グレンフォードに言葉に、ノウァは鼻を鳴らして強きに言い返す。
そんな彼に、マリーヴェルが代表して問いかける。
「ねえ、ノウァ。アンタ、ヴァルサスって奴と戦ったのよね? アンタを倒したんだもの、そいつが滅茶苦茶強いのは分かるんだけど、どんな風に強いの? 悪いけれど、私には想像できないのよ。サトゥンと同等のアンタが誰かに負ける姿なんて」
マリーヴェルの質問に、ノウァは表情を顰める。彼としてもあまり言いたくはない内容なのだろう、なにせ敗戦の記憶だ。
だが、英雄たちがどこまでも真剣なのはノウァにも伝わっている。
だからこそ、彼は苦々しくもヴァルサスの強さについて語っていく。
「奴の強さ、それは俺様やサトゥンとは質が異なる。その道において、奴は究極と言って過言ではないだろう」
「その質って……」
「奴は、ヴァルサスは究極の『人間』だ。人が生み出し、研鑽して歴史とともに成長させた『武』の極みと言ってもいい。言うなれば奴はお前たち英雄の目指す世界――遥か遠き到達点に辿り着いた男だ」
「英雄の、到達点」
「――女神リリーシャの生み出した『リエンティの勇者』、それがヴァルサス。この世界で最強の人間……いいえ、存在でしょうね。その強さは魔神である私すら超えるでしょう。それほどまでに彼女はヴァルサスを『完成』させているもの」
ノウァの言葉を継いだカルヴィヌに、一同は愕然とする。
魔人界でも最強と謳われる魔神、それすらも上回るという敵の強大さに戦慄しながら。
次回更新は4月8日(金) 夜を予定しています。




