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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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123話 乱弓

 



 第三軍、第四軍が壊滅するより時間は少し遡る。


 ラターニャが空に向かってブレスを解き放つ姿を見て、額に青筋を立てる少年がいた。

 その少年――第四軍を率いる六使徒、アーニックは、心底苛立たしそうに吐き捨てる。


「ちっ、あの馬鹿女、また出てきたのか。おとなしく村に引っ込んでいれば、もうすぐ村が転移魔法のテリトリーに入って襲撃できたのに。つくづく使えない女だな」


 アーニックはラターニャに転移魔法の楔を打ち込んでいる。

 それを利用して、単身で村に転移して内部からひっかきまわすつもりだったのだが、ラターニャが村から出てしまっている時点でそれもご破算となってしまった。

 イラつきを隠せないアーニックに、並び立つアガレスは問いかける。


「どうするのだ、アーニックよ。その口ぶりからして、一気に転移することは不可能になったようだが」

「ふん、別に必要ないだろ。ヴァルサスの情報では、既にリックハルツたち第二軍の連中が村を襲っているんだ。あいつのことだ、今頃好き勝手に虐殺しているさ。けれど、僕の予定を狂わせたあの女は生かしておけないね。一度ならず二度までも僕の邪魔をしやがって」


 唾を吐き捨て、アーニックは杖を大地に突き刺して詠唱を始める。

 その瞬間、大地に紅の魔法陣が描かれ、淡い光と放ちだす。


「アガレス、お前に僕の第四軍を預けるから、このまま一緒に進軍して村を蹂躙させといて」

「それは構わんが、お前は?」

「邪魔者を消してくる。今度は手加減も何もしない――本気で殺してやる。はああ!」


 アーニックは全身を光り輝く魔力で包ませた。

 まるで蛹のごとく、その内部で蠢くアーニックに、アガレスは驚きながら問いかける。


「敵に対して舐めてかかるお前が初手から『異形化』とは、それほどの相手か」

『誰に向かって言ってるのさ――先にお前から殺してやろうか』


 光の蛹がひび割れてゆき、その中から現れたのは黒き精霊。

 魔力によって体を形成された、実体無き霊体生物。人の形を成していながら、その体からは命というものを感じない。

 暴力的なまでの魔力を凝縮させた魔霊、それが今のアーニックであった。


『フフ、フフフ! この魔力の渦なら幾らあの女と言えどレジストできる訳がない! この力であの馬鹿女も、ラージュ・ムラードも消し去れる! 僕が、僕こそがこの世界でナンバーワンの魔法使いなんだ!』


 獲物を定め、飢狼と化した黒霊はラターニャの元へと転移を始める。

 音もなく、気付かれないように背後を取り、一瞬にして消し去る。その為の一手をアーニックは選んだ。

 風景に溶け込み、空間を転移する感覚がアーニックを襲う。予定通りに事が進めば、今すぐラターニャを文字通り消し去ることができる、そのはずだった。


 だが、次の瞬間、彼の計画は全て水泡へと帰すこととなる。

 アーニックが転移を終えた瞬間、彼の背中を青白く輝く光の矢が貫いたのだ。


『な――』


 矢が体を貫いた瞬間、アーニックはまるで石化したかのごとく、体が動かなくなる。

 突然の体の異常に、アーニックは混乱に陥りながらも必死に分析する。


 何が起きた――体に矢が突き刺さった、敵襲を受けている。

 なぜ矢が体に突き刺さる? この魔力体に矢など刺さらないはずではないか――魔力により構成された矢だろう。

 だが、それでも体が動かないことに対する説明にならない――情報不足。

 そもそも、僕は馬鹿女の背後に転移したはずなのに、ここはどこだ?――石造りの室内、どこかの地下室か。

 何が、何が起きているかは不明。だが、これを行った者などアーニックには一人しか心当たりがない。

 転移魔法に強制介入し、背後から魔法の矢を放ち、動きを拘束する。このようなことやってのける人間など、たった一人しかいない。

 憎悪を隠そうともせず、アーニックはその人物の名を吐き捨てるように叫ぶ。


『貴様あああ! ラージュ・ムラードおおおお!』

「なんだ、僕の仕業だと分かったのかい。思ったより勘は良いようだね、流石は世界一の魔法使いだ」


 コツコツと足音を立ててアーニックの正面に回る少年――ラージュ。

 弓を構えたまま、ラージュは光の矢を右手に生み出しながら語り掛ける。


「まあ、ここまでくれば当然察していると思うけれど、君がラターニャにかけた転移魔法の楔に細工させてもらったよ。君が転移術を使用してラターニャに近づこうとすれば、こちらに転送されるようにね」

『魔力の楔に細工だと、そんなことできるはずがない! 己が魔力ならいざ知らず、他人の魔力を弄るだなど!』

「君にはできないだろうね。だけど、僕はできる。力の流れを視たり介入したりするのが得意でね。意外と簡単に終わったよ」


 他人の強化など力の細工を得意とするラージュにとって、魔法への介入は難しいことではない。

 現にエセトレアで彼は魔力を弄り封印を行ったりといった恐ろしき能力を発揮している。

 そして、それはアーニックに対しても例外ではない。『魔法使い』に対し、ラージュの能力は天敵と言っても良いだろう。なにせ、彼は魔力の流れを読み取り、それを封印・封殺するスキルがある。


『では、僕の体が動かないのは!』

「アーニック・ゲーニクル、君には少し同情するよ。どうやら僕は君にとって非常に相性の良くない存在らしい。君はその身を『異形化』によって魔力の塊へと変えているようだけど――魔力を封じることのできる僕にそれは悪手だよ」

『があああああ!』


 ラージュは光の矢を次々に放ち、アーニックの霊体へと突き刺していく。

 対するアーニックは避けることも撃ち落とすことも叶わない。魔力が完全に封殺されている現状、魔力体である彼には動くこともできないのだ。

 最強と信じて疑わなかった異形化の体。物理攻撃全てを無効化する霊体。アーニックの誇る力は、よりにもよって彼の一番憎悪する少年に通じなかった。


『こんな、こんなことがあってたまるか! ふざけるな、ふざけるなふざけるな! お前に勝てないなら、僕が女神に魂を売り渡した意味がないじゃないか! ラージュ・ムラードを殺すために、僕のほうが優れていることを証明するためにこの力を得たのに!』

「そうか、それはご苦労様だね。君が優秀な魔法使いであることは認めよう、その才能も女神とやらに重宝される価値はあるだろう。だけど、君がこの村に――僕の愛する人々に刃を向けた時点で、全ては終わりなんだよ。殺しはしないけれど、二度とそんな気を起こさないくらいに潰させてもらうよ」

『ひ、く、来るなっ!』

「僕は英雄見習いだからね――残念だが、他のみんなほど、僕はまだ優しくはないよ。覚悟して臨んでくれ、アーニック・ゲーニクル」


 爽やかに笑みを浮かべながら、ラージュは容赦なく光の矢をアーニックへ注ぎ込む。

 ラージュの恐るべき猛攻はアーニックが気を失い、異形化が解けるまで続くのだった。

 ラージュ・ムラード。普段は温厚だが、大切なものに手を出されれば誰よりも容赦のない少年である。




 

次回更新は4月6日(水) 夜を予定しています。

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