122話 雷帝
アガレスに対するノウァの蹂躙は、第三軍と第四軍の混成部隊の戦意を恐ろしく損なわせることになる。
「ア、アガレス様がやられただと!? ば、馬鹿な! アガレス様がああも一方的に!」
「ば、化け物だ! 悪魔だ、こいつらは女神に反逆する冥界よりいでし悪魔だ!」
国の英雄である六使徒がああも一方的に一蹴されてしまえば、動揺が広がらない訳がない。
加えて、千を超える軍勢がリアン、マリーヴェル、サトゥンの三人に触れることすら叶わずに押し込まれている状況も彼らの恐怖を増幅させる。
一人、また一人と戦意喪失し、逃げ出す兵士たちを横目に、マリーヴェルがからかうようにサトゥンに話しかける。
「冥界の悪魔だって。魔人界の魔神なんだから、あながち外れでもないところが笑えるわよね」
「勇者に向かって悪魔など言語道断であろう! ぬう、勇者としてのアピールがまだ足りんようだな! ならば、より活躍して人々に私の雄姿を瞳に焼き付かせるしかあるまい!」
不満そうな表情を浮かべつつ、サトゥンは次々と兵士に襲い掛かりその意識を手刀で奪っていく。
堅牢な鎧で身を固めた重騎士相手では武器をへし折る戦いにシフトする流れは見事の一語。
剛と柔を使いこなす、まさしく達人の戦いと言っても過言ではないのだが、本人がアレなので微塵もそう思えないのが悲しいところである。
そんなサトゥンに苦笑しつつも、リアンとマリーヴェルは背合わせのまま敵を倒していく。
「ノウァが六使徒を倒してくれたおかげで何割かの兵士が逃げ出してくれているけど、まだまだ数自体は多いわね」
「焦っちゃ駄目だよマリーヴェル。僕たちは僕たちにできることを精一杯やろう。ラターニャさんの合図をみんなも見ているはずだから、もうすぐ来てくれるはず」
「焦りはしないけれど、ちょっとだけ残念かもね。こうやってリアンと二人で一緒に戦う時間が終わるのが惜しく感じちゃう。メイアには申し訳ないけれど、今、この瞬間だけは大好きなリアンを独占できちゃうんだもの」
「マリーヴェル、あの、照れるから……」
「おおい! 助けに来たぞ……って、戦場でイチャついてんじゃねえええ!」
森林の中から現れたロベルトが、リアンとマリーヴェルに全力で突込みを入れる。
敵の増援として認識した兵士が次々にロベルトに襲い掛かるが、その攻撃をロベルトはバックステップで巧みにかわし、黒刃一閃。
まるでバターでも斬るかのごとく敵の剣を破壊しながら、ロベルトは怒りに身を震わせて愚痴を零す。
「ここまで必死こいて走ってきたのに、来てみれば戦場でイチャイチャしやがって。しかも、惚気あいながら次々に敵をぶっ飛ばしていくってお前らおかしいだろ!」
「悔しかったらアンタもライティと一緒に戦えばいいじゃない」
「悔しくねえよ! とにかく、俺も合流するからな! メイアさんやカルヴィヌの姐さん、グレンフォードの旦那ももうすぐ来てくれるはずだ! それまで何とか凌いで……」
そこまで言葉を発し、ロベルトは時が止まったように固まる。
彼の視線は空の向こうにあり、何事かとつられるようにリアンたちは空を見上げると、そこには良く見知った巨鳥――ポフィールの姿があった。
否、驚くべきところはそこではない。ロベルトが驚いたのは、そのポフィールの上にライティがいたためだ。
「な、なんでライティがポフィールの上に乗ってるんだ!? あいつは城で待機してるはずじゃ……」
「ラターニャが呼んだんじゃないかしら? あの子、他の人たちを呼んでくるって言ってたから」
マリーヴェルの推測通り、ライティはラターニャ経由で手助けに来ていた。
第三軍、第四軍の侵攻を伝えるために村に飛び込んだラターニャだが、軍と戦える人材はライティとクラリーネの二人だけであった。
そしてクラリーネは二―ナの監視があるため、この場を離れられない。ゆえにライティがポフィールに乗ってやってきたのだった。
「……おい、なんか、ライティの周囲がやばいことになってないか? 遠目からでも分かるくらいバチバチ光ってるんだが……」
ライティの周囲は彼女の魔力によって生み出された電撃が既にあふれ出しており、小さな嵐となってしまっている。
まるで雷神のごとき状況となってしまっているライティ。彼女の状況を語るなら、一語で事足りる。――ライティは、張り切っていた。
レーヴェレーラ軍との戦いが始まったものの、ライティはこれまで一度も出番がなかった。
彼女が得意とするのは超火力による大魔法。そして、苦手とするのは接近戦闘。この二つによって、彼女は戦闘メンバーに入れずにいた。
魔物相手では無類の強さを発揮するライティだが、対人戦となると非常に相性が悪くなる。
彼女の魔法は威力が高過ぎ、かつ範囲も広いため下手をすれば大量の死人が出てしまう。かといって皆と歩調を揃えて戦うのは、近接戦闘が出来ないライティには難しい。
よって、これまではラージュと共にみんなのサポートに回っていたのだが、やはりそれだけでは物足りないと感じてしまっていたのだ。
みんなと一緒に戦いたい。みんなの力になりたい。そう思い続けていたなかでの救援要請だ。これで張り切らない訳がない。
「人を殺さなければいいんだよね……大丈夫、毎日特訓して精密操作も学んでいるから、できるよ。『暴れよ雷撃、狂えよ光嵐――』」
ポフィールの上からライティは地上に向けて魔法を解き放つ。
空から幾重もの光の柱が大地に降り注ぎ、地上に近づくや否や、光の柱は四方八方へと飛び散るように飛散する。例えるならば光の大蛇。
まるで獲物を求めるかのように、光蛇は次々と兵士を飲み込んでいく。
蛇に丸のみにされた兵士は短い悲鳴を上げて次々と感電して倒れていく。ライティの宣言通り、命を奪うには至っていないが、その光景は仲間の英雄たちすら絶句するほどに悲惨の一語。
「か、神の裁きだ! この世の終わりだ! あああっ!」
「なぜです!? 私たちは女神の騎士、それなのになぜ私たちが罰されるのですか!? ぎゃああああ!」
周囲から魔力を集めて自身の魔力に生成するライティ。
彼女の辞書に魔力切れなどという文字はない。持ち前である破格の魔力、サトゥンに与えられし神具の能力、その全てにおいて敵を蹂躙していく。
ライティを止めようにも、敵は遥か空中、レーヴェレーラ軍には為すすべもない。
その光景を呆然を見つめていた英雄たちは、息を飲みながら言葉を交わす。
「ライティの奴、いつの間にここまで魔法を制御できるようになってたんだ……つーか、これ、俺たち必要ないような……」
「圧倒的過ぎて敵が可哀想になってきたわね……アンタ、ライティ怒らせないように気をつけなさいよ。嫌よ、恋人同士の喧嘩で蒸発した、なんて聞かされるの」
「蒸発の意味がちげえよ!?」
「な、何はともあれ好機です、ロベルトさん、マリーヴェル! ライティさんの撃ち漏らした敵を僕たちで叩いていきましょう!」
「分かったわ!」
「お、おい……サトゥンの旦那、またライティの魔法に巻き込まれているんだが……」
「あれは無視して! いくわよ!」
ライティの強力な援護によって、リアンたちは一気呵成に攻め込む。
空に陸に、人間離れにもほどがある英雄たちの攻撃に、六使徒を失った彼らでは持ちこたえられるはずもない。
結局、メイアたちが合流するよりも早く、英雄たちは第三軍、第四軍を撃退するのに成功するのだった。
次回更新は4月4日(月) 夜を予定しています。




