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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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121話 黒鎧

 



 銀鎧に身を固めた鋼人形――それがアガレスの見せる異形化だ。

 どんな刃も魔法も跳ね返し、体に傷一つ付けられぬ無敵の肉体。全てをねじ伏せる剛力。それこそが女神に与えられた至高の力にして、アガレスの誇りであった。

 だが、そんな彼の誇りは今、一人の男によって瓦解されかねない状況に追いやられてしまっていた。


「ふんっ!」


 アガレスの繰り出す攻撃の全てを、その男――ノウァは正面から全て跳ね返していた。

 次々と繰り出される重量の乗った拳を、ノウァは何事もないように大剣で受け止める。自身の三倍近くあろうかという巨人の破壊を何事もないかのように。


『ゴアアアアア!!』


 ノウァとの戦い、その一連の流れ全てがアガレスの怒りを刺激する。

 神に貰った怪力無双のこの力を前に逃げ回る輩はこれまで幾らでもいた。身分不相応にも、この力と正面から打ち合おうとした愚か者も数える程度は存在していた。

 だが、アガレスはその全てをこの力でねじ伏せてきた。敵をこの力でねじ伏せることで、己が敬愛する女神に報い続けた。そして確信する、女神リリーシャこそ、絶対唯一の神であり、我ら人間の支配者なのだと。


 だが、目の前の男は女神に与えられたこの力を正面から受け止め続けている。

 この程度かと、まるで見せつけるかのように正面からぶつかり合い、そして打ち勝つ。その姿の何と不遜なことであろうか。

 許せぬ。許せぬ。

 女神を愚弄する者は生かしておけぬ。女神の為に、アガレスは全てを差し出した。

 地位も、名誉も、妻の命も、親の命も。神々しき女神に魅入り、彼女が望むものは全て差し出した。狂気にも満ちた忠節が、女神にアガレスを気に入らせた。


『いいわ。その狂い方こそ、救いがたい愚かな人間として相応しい。アガレス、今日からあなたを私の道具として使ってあげる』


 笑ってそう告げられた時、アガレスの胸の喜びは決して他人に理解できるものではないだろう。

 女神を守るため、傍で忠義を示す騎士。女神の傍で尽くすことだけが彼の望み。

 その為ならば、どんなことだってやってみせよう。この身がいつ朽ち果てようと、無残に死を迎えようと構わない。

 ――狂信者。六使徒の中でも、他とは比肩できぬほど女神を信奉するその男こそアガレス・ドグラレタ。

 女神こそ己が人生の全てである彼にとって、ノウァの在り方は到底許せるものではない。

 万死に値する。もはや彼の心にあるのはノウァへの殺意のみ。思考すら必要ない、全身全霊を以って目の前の男の魂を女神に捧げる。それだけが今のアガレスの全てだった。だが。


「貴様にできるのは『それ』だけか? この程度の力で俺様を殺そうなど笑わせる。自慢そうに振り回しているが、力だけで言えば貴様はリアンやグレンフォードにも劣るわ」


 何度殺意をむき出しに拳を振り抜いても、ノウァには決して届かない。

 ノウァは逃げ回っている訳ではない。それどころか、戦闘が始まってから一歩もその場を動いていない。にも関わらず、アガレスの拳は彼を捉えられずにいる。

 その場から動かず、大剣を凪いで正確無比に攻撃を押し返す姿。それは圧倒的な力の差がなければできないことだ。


「ふん……どうやら女神とやらは力を与える人間にも差をつけているのか。ヴァルサスに与えられた力はこんなものではなかったぞ。どうやら奴だけは特別で、他の六使徒は『捨て駒』のようだな」


 クッと笑いを押し殺すノウァ、その言葉が一層アガレスの怒りに火をつける。

 怒りが限界を超え、アガレスは本来発せないはずの声を口から漏らす。それはまさに呪詛にも等しい言霊だろう。


『トリケセ……! コノオレガ、ステゴマナドト……!』

「事実だろう。まあいい、宣言通り貴様には実験台になってもらう。本来ならば、力を取り戻したサトゥンとの戦いまで取っておきたかったが――ヴァルサスを殺すために、もはや躊躇などせん」


 口を閉ざし、ノウァは掌に刃を当て、迷わず引いた。

 彼の掌から零れ落ちる血雫が霧となり、ノウァの体を包んでいく。

 霧が晴れるように現れたのは、彼の全身を覆う漆黒の鎧だった。

 視界を閉ざすほど顔を覆う兜は猛り狂う悪魔がごとく。体躯を包む刃の鎧は触れる者全てを切り刻むかの如く。

 姿を変貌させたノウァは、大剣を構え直して告げる。


「『闇の戦鎧』――サトゥンに敗北し、研鑽を積んで習得した俺様が得た新たな力だ。貴様は運がいい、人間。俺様のこの力を最初に味わえるのだからな。先に言っておくが……力の加減は期待してくれるなよ?」


 瞬間、ノウァは体中から魔力を吹き荒れさせる。

 体に収まり切らない魔力の暴風、荒れ狂う風がアガレスを襲う。

実体を持つほどの濃密な嵐は刃も同然、アガレスの鎧を黒き刃が切り刻む。ついでに遠くにいるサトゥンも切り刻む。


「ぬふうううう! 風が吹き荒れて我が身をくすぐっておる! ふはは! こそばゆいわ!」

「こらああああ! こっちにまで影響出る戦いするんじゃないわよ! サトゥンだけだからいいけど、私たちを攻撃したらぶっ飛ばすからね!」

「この力はその馬鹿を倒すために編み出したのだ、サトゥンに向かうのは仕方あるまい。さて……いくぞ、人形。せいぜい簡単に壊れてくれるなよ」


 ノウァは腰を深く屈め、アガレスへ向けて跳躍した。

 アガレスが反応することもできない速度で懐へ潜り込み、彼を全力で蹴り上げる。

 あまりに強烈な蹴りは、アガレスの体重を度外視するかのように空へと浮かばせた。そこから始まるは惨劇に他ならない。


 蹴り上げられた巨体を先回りするようにノウァは宙を駆け、そこからアガレスの脳天へ向けて大剣を一直線に振り下ろした。

 頑強さを誇る彼の体が一刀両断されることはないが、その衝撃は計り知れない。そこから大地に向けて叩き落とされる、そのまえに再びノウァが回り込み、アガレスを空へとかちあげる。


「くくくっ……ははっ、はははっ、はーはっはっはっはっは! 踊れ踊れ踊れ踊れ、踊り狂え、岩人形!」


 まるで瞬間移動でもしているかの如き速さで蹂躙するノウァ。

 あまりの速さで、鍛えられているマリーヴェルやリアンですら残像を追うのに必死になるレベルだ。

 彼らでそうならば、実際に戦っているアガレスはいかほどか。彼にはもはや、何もない空間に殴られているようにしか思えないだろう。それも一撃一撃が意識を奪いかねないほどに強烈だ。異形化した彼でなければ既に終わっているだろう。

 闇の彗星は幾度も空を駆け、アガレスを破壊していく。十、二十、三十。容赦のない攻撃がアガレスを襲う姿に視線を向け、マリーヴェルはぽつりと呟く。


「凄い、凄いんだけど……あいつ、あれをサトゥンにやろうとしてたの?」

「あは、あははは……」


 乾いた笑いしか返せないリアンだが、心底ゾッとする。

 あんなもの、喰らってしまえば、いくらサトゥンとはいえ……


「……なんかあれ喰らってもアイツはピンピンしてそう」

「……うん」

「ふははは! これぞ勇者奥義が一つ、無血開城である! この技は我が鋼の筋力により、敵の武器を一つ残らずへし折って戦う術を失わせるという秘奥義であるぞ! みたか、二人とも!」


 鋼の槍を次々と腕力でへし折っていく勇者を見つめながら、二人は考えを改めるのだった。

 確かにあれくらいの技じゃないと、サトゥンは倒せないだろうな、と。

 そんな馬鹿なことを考えながら二人が戦いに戻る内に――


「――ククッ、女神の力に感謝するんだな。もしその『異形化』の力がなければ、貴様は跡形もなく消えていただろうからな。だが、感謝しよう。貴様のおかげで確信が持てたのだからな」


 ――ノウァとアガレスの戦いは決着を迎えていた。

 人の姿に戻り、完全に意識を失って大地に倒れ伏すアガレスを見下ろしながら、ノウァは愉悦交じりに言葉を紡ぐ。


「今の俺様の力ならば、奴など敵ではない――ヴァルサスよ、喜ぶがいい。この『闇の戦鎧』の力で俺様が今度こそ貴様を殺してやろう」


 闇の戦鎧を解除して、ノウァは静かに笑う。

 自身の編み出した奥の手が、最強の敵をも一蹴できると確信して。




 

次回更新は4月2日(土) 夜を予定してします。


サトゥンの合間にぽにぽにと書き溜めていた小説を投稿しました。

タイトルは『シャチになりましたオルカナティブ』です。サトゥンと併せてお楽しみ頂けると嬉しいです。


 



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