13話 襲来
出発の時間を迎え、待ち合わせ場所であるギルドの前にマリーヴェルは姉のミレイアを連れて到着する。
散々昨日の夜に話し合いという名の脅迫を行った為か、ミレイアはすっかりマリーヴェルに対して従順な態度を取っている。
全ての兄弟がこれくらいちょろければなあ、などと酷いことを考えながら、マリーヴェルはこちらに手を振ってくれているリアンに挨拶する。
「おはよう、リアン。よくその様子だと、昨日の疲れは微塵も残ってないみたいね、流石だわ」
「おはよう、ミーク。それにミレイア様。身体はむしろ調子いいくらいだよ」
「お、おはようございます、リアンさん。今日から数日の間、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
三者三様に挨拶を交わして、三人は旅にもっていく道具をそれぞれお互いチェックをかわす。
緊急時の包帯や火種など、冒険者として必需品の道具がそろっていることを確認し合い、最終検査を終了する。
そして、早速街の外へ向かおうとしたマリーヴェルに、リアンが制止の声を向ける。
「ごめん、ミーク。もう少しだけ出発を待って貰っていいかな」
「ん?別にかまわないけれど、どうしたのよ」
「これから数日の間、ミレイア様の護衛をするから、マリーヴェル様の情報を探すことは出来ないって、お世話なっている人に『さっき』連絡したんだよ。
そうしたら、その人が今からこっちに向かうから、少しだけ待てって」
「マリーヴェルの捜索って、ふぎゃっ」
「そういえばリアンがこっちにいるのはそんな目的だったっけ。いいわよ、少しくらいなら。
あれ、ところでミレイア、貴女何頭を押さえてうずくまってるの?地面に蟻でもいて観察でもしてるの?」
「そ、そうですわ……私、蟻が好きなもので、ぐぐぐ……」
突如何処からか襲ってきた痛みに悶絶しながら、ミレイアは必死にマリーヴェルに返答する。半泣きなのは言うまでもない。
そんな状態にした犯人は素知らぬ顔で、リアンに許可を出す。ミレイアにとっては急ぐ旅でもあるのだが、マリーヴェルにとっては何ら急ぐ必要も無い。
彼女の目的はあくまで洞窟の中にいくことで、ミレイアを次期王位につけることではないのだから。
というか、『これ』では無理だろうとマリーヴェルは思っていた。妹相手にびびり通している、このミレイアでは。
「それで、そのリアンの待ってる人って、何処かに滞在してるの?宿かどこか?」
「ええと、サトゥン様っていうんだけど、その人がいるのはトントの街のさらに山超えたところにあるキロンの村って場所だよ」
「……は?トント?トントって、あのトント?あそこって、ここから歩いて一カ月はかかるじゃない。その人を待っていたら、日が暮れるどころかミレイアが涙にくれるわよ?」
「あはは、あの人は特別だから。ほら、噂をすれば、もう来たみたい」
そういって、リアンは苦笑しながら何故か斜め上、上空を指差した。
眉を顰めながら、マリーヴェルとミレイアがそちらへ顔を向けようとした時である。はるか遠くの上空から、声が聞こえたのだ。
それは言ってしまえば、アホみたいな高笑い。ふはははははは……と、男性の愉しげな高笑いが街の上空に響き渡ってきた。
声の聞こえる方角とリアンの指差す方向が一致する事に、すさまじい嫌な予感を感じてしまう二人だが、その予感は残念ながら的中する事になる。
遥か上空から、一人の青年がこちらにむかって文字通り『飛んで』きているのだ。
米粒ほどの大きさから、どんどんどんどん大きくなってゆき、そして恐ろしい速度を保ったまま、三人の目の前に着地……もとい、突き刺さった。膝下がずっぽりと。
だが、空から舞い降りた青年は何ら気にすることなく、愉しげに笑って三人に高らかに宣言するのだ。
「ふはははははははははは!勇者サトゥン、参上である!お前達の救世主、リエンティの勇者である!むははははははは!」
目の前に現れた青年に、マリーヴェルは絶句するほかなかった。当たり前である、目の前の存在が、非常識を通り越し過ぎているからだ、全ての面において。
銀色の髪を逆立て、美男子であることは違いないだろう。体躯は見事という他ない。リアンより何回りも大きく、鍛え抜かれた身体には何一つ無駄が無い。
だが、彼の着る服が全てを台無しにしていた。彼の今の服装は、ヨモギ色の薄い服をピッチリと着こなしている。着こなしていると言うか、筋肉にぴったりと張り付いている。小さい服を無理に着たような状態で、腹部に至っては寸がたりないので丸出しだ。見事に割れた腹筋がこれでもかと自己主張するように露出している。
次に、何故か下にいたっては、太腿の時点で布がおわってしまっている。いわゆる半パンという状態である。太腿途中から、はちきれんほどの筋肉と生足を見せつけるようにむき出しにしている。
もうこの時点でとてつもなく近寄りたくない変態としか表現出来ず、それだけで済んでいたなら、マリーヴェルはリアンの知り合いだろうが迷うことなく腰の剣に手を伸ばしていただろう。
しかし、マリーヴェルが彼を非常識だとみなしたのは、その変態っぷりだけではない。姿以上に、彼から溢れ出る『強さ』が規格外なのだ。
マリーヴェルは幼い頃より『観察』することを鍛えてきた。どんな相手と対峙しても、心乱さぬように分析し、自分の力と相対し、次の一手を紡ぐ為に必要な情報を集める力だ。
だが、目の前の彼からはその情報が何一つ読み取れない。ただ、彼から突き付けられる情報は『天蓋』の存在ということだけ。
例え、彼の手足を拘束し、目隠しをした状態であっても、マリーヴェルは彼に一撃入れられる気はしなかった。
どのような有利な場を形成しても、この強者は別世界の存在だ。かすることすら不可能だ。それが分かるのは、マリーヴェルが強者であるからだ。
もはやこれが相手では、自分を試したいとすら思わない。一撃を入れるということすらおこがましい。何という化物か。
息を呑み、相手の一手をまつマリーヴェル。そんな彼女の視線に気付いた青年、サトゥンはマリーヴェルを一瞥し、高笑いをしながら言葉を紡ぐ。
「ふははははは!なんだリアン、この者達はお前の女か!むはは!構わぬ構わぬ!英雄たるものそうでなければならぬ!
しかし、女の趣味は頂けんな!特にこっちの小娘など、胸があまり発達しておらぬではないか!そもそも女かほぶううううっ!」
「あ、さ、サトゥン様あああああ!」
とんでもない暴言を吐くサトゥンに、気付けばマリーヴェルは全力の拳を彼の右頬に叩き込んでいた。
一撃を当てられるかどうか、などという数秒前の自分にさよならし、あらんかぎりの力で振り抜いた右拳は、彼の身体を吹っ飛ばすほどの威力がこもっていたようだ。
だが、哀れサトゥンは足が地に埋まっていた為、吹き飛んで威力を減らすことも出来ない。おきあがりこぼしのように、頭から地面に叩きつけられたサトゥンは、まるで何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、再び高笑いをしながら話を再開する。
「むはははは!いいパンチであったぞ、小娘!お前もリアンに劣らぬ良いモノを持っているではないか!胸は小さいがな、がはははは!」
「まだ言うか!いいわ、本気で殺してあげる。この世に生まれてきたことを後悔させてあげるわ、この変態が!」
「変態ではない!変態の勇者と呼べ!」
「へ、変態は構わないんですのね……」
そこから第二のゴングが鳴り響き、拳の嵐を降り注ぐマリーヴェルと、足が埋まっている為、上半身移動だけでひらひらとかわすサトゥンの争いは、リアンが二人の間に入るまで終わらなかった。
肩で息をするほどに疲れたマリーヴェルと、対照的に息一つ乱さず高笑いをするサトゥン。そんな二人に苦笑しながら、リアンは会話を始める。
「えっと、それじゃ改めて、こちらはサトゥン様。
僕の村や、僕の命を救ってくれた恩人で、勇者様なんだ。あと、僕の師匠でもあるね。格好がちょっとあれなのは、すみません……サトゥン様、それ、僕の服ですよね」
「ふははははは!勇者サトゥンである!老若男女問わず私は救世主となるだろう!困った時は相談するがよい!
服の件はしかたないであろう!我が勇者のマントと勇者の鎧は全て洗濯中なのだ!レミーナが少しの間これを着ていろと言うのでな!」
「あ、あんたが噂の勇者ごっこの張本人かっ」
「ごっこではない、何一つ偽りなく勇者本人だ!ふははは、か弱い人間には私の輝く勇者の波動が眩くみえるであろう?」
「変態過ぎて目を逸らしたくなるわよ。ふん、私はミークよ。貴方とはよろしくするつもりは微塵もないけれど」
「こ、この流れで私も名乗りますのね……こほん、私はミレイア・レミュエット・メーグアクラスと申します。以後お見知りおきを……あんまりしたくないので、程程でお願いします」
それぞれ自己紹介をかわし、サトゥンは胸を張って握手とばかりに両手を二人に差し出すが、当然サトゥンの手を二人が握り返すわけもない。
ミレイアは二歩下がって怯えるわ、マリーヴェルに至っては手を叩くわ。だが、サトゥンも引っ込めるつもりはないので、仕方なく何故かリアンがその両手と握手した。それで満足したらしく、満面の笑みでサトゥンは手をひっこめた。本当に変人である。
そんなサトゥンに、改めてとリアンは今回の依頼について話を行う。それを静かに聞き終えたサトゥンは、話が終わると再びバカ笑いをしながらリアンに叫ぶ。
「うむ!うむうむうむうむ!困っている者がいれば、手を差し伸べる!それこそ英雄である!
ふははははは!いいぞ盟友リアン!男子三日会わざればなんとやら!メイアの言う通り、お前を一人でこちらに向かわせた甲斐があるわ!」
「それでは、サトゥン様」
「ふはははは!マリーヴェル捜索の件は全てこの私に任せるが良い!お前が依頼を達成している間に、マリーヴェルをひっとらえてくれる!
手を離せなかった村での作業も昨日終わった故、私も野望のために動かねばなるまい!むはははは!」
「ありがとうございます、サトゥン様」
「うむ!しっかり英雄として励めよ、リアン!今日の一歩が明日の英雄を作るのだ、ふはははは!」
良い台詞を言っているのだが、その姿で全て台無しである。へそ出しルックで高らかに笑う人物に、良い台詞等いわれたくもなかった。
マリーヴェルの中で、どうやらサトゥンの位置は決まったらしく、圧倒的強者ではあるが馬鹿で変態、それが彼女の中のサトゥンらしい。
もうこれ以上アホな会話につきあっていたくないとばかりに、早く帰れと視線で圧するが、サトゥンも空気を読めないことに関しては遥か天蓋の一流。
マリーヴェルを見返しながら、ふむふむと愉しげに納得しながら口を開く。
「お前はなかなか面白いではないか。メイアとはまるで鏡映しであるな、むははははは!」
「メイア様と、ですか?」
「むはは、そうだリアン。メイアが熱であればこやつは冷気よ。あ奴が淑女という皮一枚下に膨大な熱量を持った火炎であるならば、こやつは真逆よ。
騒がしく横暴な道化の下には、恐ろしく冷静な狩人が潜んでおるわ。機会があれば、小娘と一度剣を交わしてみると良い。
この手の相手は実に厄介であるぞ、手を抜かず、頭を使って一歩ずつ駒を進めていくからな。ぬははははは!私にとっては雛も同然であるがな!むははははは!」
笑いながら、土から足を引き抜くサトゥンの話を聞き、リアンは目を輝かせてマリーヴェルを見つめてくる。
その目は昔、彼女を見つめてきたメイアと同じ目だった。マリーヴェルの才能に、胸躍らせる戦士の瞳だ。
ただ、リアンの眼差しをスルーしつつマリーヴェルはサトゥンへの警戒を一段と引き上げる。彼は剣を交わすことなく、マリーヴェルの芯となる戦い方を見抜いてみせたのだ。
初めてあったばかりの赤の他人に見透かされたこと、それがマリーヴェルは腹立たしい。話は終わりとばかりに、彼女は顔をそっぽへとむけた。
そして、用件も終わったらしく、サトゥンもまた三人に別れの言葉を告げる。
「では、私もマリーヴェル探しに向かうとしよう。ふははは!我はいつでも駆けつける故、危機になったらいつでも呼ぶが良い!」
「ありがとうございます、サトゥン様……っと、サトゥン様、マリーヴェル様をお探しするのはいいのですが、どのような方かご存知なのですか?」
「がははは!一介の小娘の情報など知らんわ!だが、さきほどの紹介を聞いたが、そこの胸がでかいほうの娘はマリーヴェルの親族なのだろう?
むははははははは!ならばそやつからマリーヴェルの情報を聞き出せば、万事解決ではないか!」
「あ、確かに。そうですね、その通りです。すみません、ミレイア様、お願い出来ますか?」
「ひえっ、わ、私ですか!?」
「ふはは!当然であろう!さあ、マリーヴェルという小娘の特徴を勇者である私に教えるが良い!」
冷や汗を流すのはミレイアである。特徴も何も、マリーヴェル本人は彼らの目の前、というか歩いて一歩のところにいるのだから。
特徴をそのまま伝えられる筈が無い。特徴を伝えてしまえば、ミークがマリーヴェルであると一発で分かってしまうだろうし、もしばれたときはミレイアの首と胴体が妹の手によってさよならするときである。
それだけは避けねばならない。案の定、マリーヴェルはミレイアに対し、視線で重圧をかけ続けている。言ったら殺す、と。
どうするべきか、どうするべきか、悩みに悩み、ミレイアは決めた。うん、嘘をついてしまおう、と。
「え、えとですね、マリーヴェルはその、美しい金の髪を持ってまして」
「ほう、金の髪とは分かりやすい!ふはは、それで?」
「あ、あう……背丈は、私より小さくて」
「お前より小さいとなると、まるで小動物ではないか!むはははは!」
「と、とても可愛らしい容姿をしていまして、目は大きくて、えとえと、とても優しい子で」
「むはははは!これだけの情報があれば、ものの数時間とかからぬわ!それで、マリーヴェルの居場所の方向に心当たりはどうだ?」
「た、多分ずっと西だと思います……」
「西とな!?西と言えばすぐ海が見えていたが、ふはは!大陸を渡るか、よかろうマリーヴェル!その程度で勇者から逃げられると思うなよ!勇者からは逃げられない、古来よりの常識である!むはははははは!」
それから数分の間、ミレイアは必死に嘘を並べ立てた。おそらく彼女の一生分の嘘である。
そうしてサトゥンは、三人に高笑いと笑みを残して、この街を去って行った。というか大陸から去っていった。かなりの速度で飛翔し、空の彼方へ消えていった。
勇者サトゥンによる英雄探し、マリーヴェルとの邂逅の時はどうやらまだまだ先になるようである。
彼の残した高笑いを背に、三人は街の外から北東の洞窟を目指し旅立っていった。
色々と数日前からは考えられないことになっていて、本当、感謝の言葉しかありません。
ありがとうございます。ありがとうございます。書いたものを読んで頂ける、作者としてこんな幸せなことはありません。がんばります。




