120話 三軍
「皆さん、こっちです!」
爆走するサトゥンたちをラターニャは満面の笑みで呼び込む。
一番に彼女の元に走りこんできたサトゥンとノウァは、大地を抉るほどのブレーキをかけ、ぴたりと彼女の前に制止する。
「ふははは! 待たせたな、ラターニャよ! 窮地に我が名を呼んだお前の声、しかと胸に届いたぞ!」
「そうなんですか!? 特に声は叫んでなかったと思うんですが、助かりました!」
「それよりも小娘、六使徒はいるのだろうな。俺様が出向いたのだ、ただの雑兵では満足せんぞ」
「それなら安心してください、ノウァさん! このアガレスさんが六使徒なんだそうです!」
アガレスを指すラターニャに、ノウァは『ほう』と満足そうに声を漏らす。
突然現れた二人の大男にも、アガレスは動じない。強固な兜のなかからサトゥンを睨みつける。
「誰かと思えば一番槍として我ら六使徒と単独で戦った男ではないか! その実力は認めるが、貴様が女神を愚弄したことは忘れておらんぞ!」
「愚弄などしておらんではないか! 私はただ性悪女神の信仰をやめて私を信仰してもよいと誘っただけであろう……ぬ!」
サトゥンの言葉にキレたアガレスが、軍槍をサトゥンへと突き出した。
巨体によって繰り出された槍だが、それが彼に届くことはない。突き出した槍は、横からノウァが黒剣を振り抜くことによって弾いたのだ。
サトゥンの前に躍り出たノウァは、命令するようにサトゥンに言い放つ。
「こいつは俺様が貰う。サトゥン、貴様はリアンたちとともに後ろの雑兵どもを相手にするがいい」
「待て、ノウァ! そやつは六使徒でこの中で一番の強敵なのだろう! 一番の強敵は勇者に譲るのが英雄としての決まりであっただろうが! それを貴様……」
「追いついたっ! この変態馬鹿、迷惑ばっかりかけて!」
「サトゥン様、ノウァさん! とりあえず先に服を着て下さいっ! その間に僕たちが敵をひきつけます!」
文句を言おうとしたサトゥンだが、後方から追いついたマリーヴェルとリアンの叫びに仕方なく折れる。
服を二人に渡し、リアンとマリーヴェルが入れ替わるようにアガレスの前に飛び出した。
「僕が六使徒をおさえて時間を稼ぐから、マリーヴェルは後ろの兵士を! 敵に魔法使いがいるから気を付けて!」
「おっけー! 馬鹿二人もさっさと服着て合流しなさいよ! ラターニャは村に戻って他の連中を誘導してきて!」
「わ、分かりました!」
戦場に身を踊り出し、リアンはアガレスとぶつかる。
正面から槍を交わし合い、アガレスの剛槍をレーディバルで強引に弾き返した。
攻めたてるリアンに、アガレスはぬうと声を漏らす。荒々しく、どこまでも丁寧に突き詰められた至高の暴力。理に適った破壊。また一つ上のステージに上り詰めたリアンの力。
そのあまりの見事さに、唸らずにはいられない。
二十に満たぬ若者がこの境地に辿り着いていることが、アガレスには驚きを隠せない。
リアンの猛攻を重盾で受けながら、アガレスは心を震わせながら叫ぶ。
「やるではないか小僧! その実力、七国の担い手にも劣らぬ! 女神に仇成す逆徒でなければと思わずにはいられんわ! 今からでも遅くはない、我らが女神リリーシャを信仰する気はないか!」
「ありません! 僕の生まれ故郷を、有無を言わさず滅ぼそうとする女神なんて! 僕たちが信じ敬うのは、僕らを救ってくれたサトゥン様に他なりません!」
「そうか、ならば死ね! 死んでその穢れた魂を女神に浄化してもらうがいい!」
大地を強く蹴り、バネをいかした強突きをリアン目がけて解き放つ。
アガレスの必殺の一撃に、リアンは動じず槍を大地に突き立てた。アガレスが近づくのを見計らい、その槍を手に握り――大きく跳躍した。
「なっ!?」
「――今です、ノウァさん!」
リアンが上空に身を翻し、彼のいた場所には黒髪の英雄が入れ替わるように立っていた。
その男、ノウァは、向かいくるアガレスに、目にも止まらぬ速さの蹴りを繰り出し、その腹部へ突き出した。激しい蹴りに、アガレスは後方に大きく吹き飛ばされ、一度二度と大地を跳ねていく。
「言ったはずだ、貴様の相手はこの俺様がもらうと。リアン、服を着るまでの時間稼ぎご苦労だった。褒めてやろう」
「あとはお願いします、ノウァさん! 僕たちはマリーヴェルの加勢に向かいます! いきましょう、サトゥン様!」
「そうか! そんなにも私の力が必要か! ふはははは! 他の誰でもない愛するリアンに乞われては仕方あるまい! ノウァよ、この場は譲ってやろう!」
千を超える大軍のなかに、リアンとサトゥンが共に駆けて飛び込んでいく。
彼らがマリーヴェルの助力に向かったのを確認し、ノウァはフンと息を吐いてアガレスを見下ろす。
「立て。仮にもヴァルサスと同じ六使徒だ、貴様の力はこの程度ではないだろう。本気でなければ、奴を殺す前の調整にもならん」
「貴様、そんなに地獄がみたいか……ぐっ」
強がりを吐きながら、アガレスは内心動揺を隠せない。
重鎧の上からの蹴りだった。それなのに、その威力は鎧を貫き、腹部に痛烈なダメージを残している。
たったの一撃で、アガレスは認識を切り替える。目の前の男は危険だと、本気でかからねば即座に食われる、と。
「貴様ら六使徒は女神とやらに力を与えられているのだろう。さっさとそれを解放するがいい。しなければ、何もできずに終わるだけだ」
「いいだろう、貴様を女神の敵と認めよう! 女神の敵は必ず俺が排除する! この神に与えられた奇跡の力を以って!」
アガレスの体が光に包まれ、その姿を変容させていく。
それはクラリーネやニーナのような天使化でも、リックハルツのような外見無変化でもない。明らかに人が『化け物』へと変わっていた。
その体躯はノウァの三倍はあるだろうか。
全身を銀に光らせた巨鎧を身に纏った鉄人形。それを見上げながら、ノウァはその化け物の名を呟く。
「ゴーレムか。期待外れに終わってくれなければいいのだがな」
『ゴアアアアアッ!!』
もはや人語を話せなくなったアガレスにノウァは黒剣を構える。
ノウァを叩き潰さんと振るわれた巨拳と衝突する大剣、激しい火花を散らしながら戦いは続いていく。
「はあああああ!」
周囲に集う第三軍、重鎧兵たちをリアンは槍で一閃する。
怪力無双、彼の槍の前にはどれだけ重装備であろうと堪えられるものではない。
一人、また一人と敵を蹴散らしていくリアンだが、敵は数千。一騎当千の英雄とはいえ、彼一人でどうにかなる数ではない。
だが、その状況下であっても彼の心に絶望など微塵も入る余地はない。彼の心をどこまでも奮い立たせてくれる二人が、リアンの背中を守ってくれているのだから。
「物足りないわね! 悪いけれど、この程度の実力じゃ私たちは止められないわよ!」
彼の背中で舞い踊るは剣姫マリーヴェル。
二剣を自由自在に操り、迫る兵士を華麗に捌いていく。
直感ではなく、確かな技術に裏打ちされた狩人のような戦闘スタイル。剣技と手数に限定すれば、メイアすらも上回るマリーヴェルの真価がリアンとの共闘で極限まで解放されていく。
「ぬはははは! よいぞ二人とも! 愛する二人が互いの背中を守り合い、高め合う、これぞ人間の成せる美しさである!」
そんな二人を高笑いと共に歓喜するは、最強無比の勇者サトゥン。
彼は二人をフォローするように立ち回りながら、迫りくる敵をそっと撫でていく。
恐ろしく早く鋭い手刀を首筋に落としていき、眠りに誘うように兵士を次々と倒してく彼の姿に、マリーヴェルは目を丸めつつ声を上げる。
「何よ! アンタ、そんな器用な戦い方なんてできたわけ!? 今までと戦い方が全然違うじゃないのよ!」
「ふははは! 勇者を舐めてもらっては困る! 勇者とは至高の存在、何でも出来て当然であろう!」
マリーヴェルの言葉の通り、これまでサトゥンはこのような戦法を選んだことがなかった。
彼はどこまでも派手を好み、目立つことを第一とし、その戦い方を選んできた。
だが、今の彼の戦い方はこれまでのサトゥンとは正反対の戦い方だ。音もなく敵の背後に回り、気づかれる前に意識を奪う。まるで暗殺者のような手慣れた動き。
だが、リアンはその光景に違和感を覚えなかった。
非常にサトゥンらしくない、初めて見るはずの戦い方なのに、それがなぜかしっくりときてしまうのだ。
「遊ばずに手を貸してくれるならなんでもいいわ! さあ、リアン、サトゥン、さっさとこいつらを叩きのめすわよ! ぼやぼやしてたら私が全部倒しちゃうんだから!」
「ぬう、それはいかんぞ! 全てをマリーヴェルが倒してしまっては私の活躍の場がないではないか! むしろ私に全てを任せてくれても構わんのだぞ!」
背中越しに軽口を叩きあうマリーヴェルとサトゥン。
彼らの声に、リアンは不思議な光景を幻視した。否、『重ねて』しまった。
リアンの胸に、魂に映し出されるは、かつての夢の日々。ああ、そうだ――この光景を、僕は……『私』は、知っているはずだ。
『追手なんて何人差し向けられても敵にならないのよね。さあ、いくわよ――二人とも。星剣と月剣、竜をも滅ぼす夜空の煌めき、存分に知らしめてあげましょう』
『後始末を押し付けておいてよく言う。だが、勇者の名を人々に知らしめるには良い機会か。ゆくぞ盟友。この戦いで、お前の名を世界に轟かせてみせよう。そしてお前は……『勇者』は魔に怯え恐怖する人々の希望となる』
「リアン、どうしたの!? 敵がくるわよ!」
「――え……あ、うん! ごめん、ボーっとしてた!」
マリーヴェルの声に、我に返ったリアンは槍を握り直して腰を落とす。
愛しき人と敬愛する人、二人に背を預け、リアンは戦いに身を投じ続ける。戦場にて瞳に映し出される光景に、強く既視感を覚えながら。
次回更新は3月31日(木) 夜を予定しています。




