119話 並列
「申し上げます! 先行した第二軍から魔法石による連絡が完全に途絶えました! 第一軍から連絡要員として送り出した兵も戻ってきておらず、おそらくは……」
「リックハルツも負けたか」
兵士から上がってきた報告を耳にしても、ヴァルサスは表情を変えることはない。
報告を持ってきた兵に、馬上からリックハルツは問う。
「アガレスとアーニックはどうしている?」
「はっ、第三軍と第四軍は予定通り、迂回路を進み侵攻中です」
「そうか。ならば二軍に指示を飛ばしておけ」
「了解です! アガレス様とアーニック様には、なんと……?」
「アガレスとアーニックには『第二軍はキロンの村への侵攻に成功。第三、第四軍も急いで加勢に向かえ』とだけ伝えろ」
「は……? そ、それはなぜ……あ」
それ以上言葉は続けられなかった。
報告に来た兵士の胸に大きな風穴が空き、血が噴き出したからだ。
何が起きたかもわからぬまま絶命する兵士に視線を向けることもなく、リックハルツは他の部下に命令を下す。
「早急に伝えろ。決してアガレスとアーニックに第二軍が敗北したことを悟られるなよ」
「は、ははっ!」
淡々と命令を下し、ヴァルサスは進軍を続ける。
ただし、その歩みが急ぐことは決してない。
第三軍と第四軍に加勢に向かうには、あまりにも遅すぎる歩みで第一軍はキロンの村を目指し北上するのだった。
「あれ……?」
キロンの村の上空。
周囲の偵察に励んでいたラターニャの視界に、近づいてくる何かが映し出された。
それが何かなど今更言うまでもない。この村に迫るものなど、レーヴェレーラ軍をおいて他にないのだから。
だが、彼女が驚いているのはそこではない。
「おかしいな……村に近づいてくるのは、昼過ぎだってラージュ君が言ってたのに……」
ラターニャが驚く理由、それは彼らの進軍があまりに早過ぎることだ。
現在、英雄の大部分は第二軍との戦闘に出払っており、敵の現れた方角とは真逆に配置されている。
村に残っているのはラターニャ、ラージュ、ライティ、ミレイアの四人くらいだろう。
このままでは一時間とせずにキロンの村に到達する、そんな距離だ。
「ど、ど、どうしよう!? お菓子なんて食べてる場合じゃないよね!?」
食べかけのお菓子を収納しながら、ラターニャはどうするべきかを考える。
急いで城に報告に戻るのは構わないが、その後に英雄たちを集めるなどとやっていては敵が村に到着してしまう。
どうしたものか。考えることがあまり得意ではないラターニャは悩み、そしてポンと結論を出した。みんなにこの危機を知らせる方法は、先日と同じ手を使えばいいのだと。
思い立ったが吉日、ラターニャは大きく息を吸い込み、大空に向けて思いっきり息を吹きだした。
「ふーーー!」
彼女の口から放たれるは巨大な光柱。
大空を貫くように、激しい音とともに放たれた光に英雄たちが気づかない訳がない。
「早く、早くみんな気づいて! こっちこっち!」
何発も何発も空に魔力を解放し続けるラターニャだが、彼女は肝心なことを忘れてしまっていた。
英雄たちに気づいてもらうため、ド派手な力の開放をし続けていれば、当然敵にもばれる。
自分たちの位置を伝え続ける、そんな彼女をいつまでも放っておくはずがない。
「ひゃあああ!」
ラターニャがブレスを吐き続けていると、敵軍から雷魔法が飛んできた。
その攻撃をラターニャは右に左に回避する。彼女の魔抗力なら当たったところで大したダメージはないのだが、そこは戦いの素人、やはり怖いものは怖いのだ。
魔法の次に訪れたのは雨のような矢だ。降り注いでくる矢に、ラターニャは必死に高度をあげて対抗する。
「そっか、みんなに伝えようとすると、当然敵さんにも伝わっちゃうよね。うう、ちょっとまずいかも! またこの前みたいにアーニック君が襲ってくるかも……あわわ!」
身を震わせるラターニャだが、彼女の不安とは他所に、いつまで経ってもアーニックがやってくる気配はない。
そのことにラターニャはこてんと首を傾げる。先日の感じといい、アーニックならいの一番にやってきてラターニャを殺そうとしそうなものだが、それがない。
「どうしたんだろう……? もしかして、あの中にアーニック君はいないとか……って、あああ!」
ラターニャは軍に目を向けなおし、慌てて声を上げた。
レーヴェレーラ軍は止めていた足を再び動かし始めたのだ。ラターニャに攻撃は無駄だと悟ったのか、彼女を無視するように足を速めている。
「ままま、まずいです! このままではキロンの村にたどり着いちゃう! こ、こうなったら!」
大慌てでラターニャは高度を下げ、進軍する彼らの前に降り立った。
突如現れた竜娘に、軍は再び動きを止めた。重鎧と魔法兵の混合した部隊、その様子から見て第三軍と第四軍の混成部隊だろうか。
ラターニャは戦闘に立つ重鎧の騎士に、ムンと胸を張って宣言する。
「止まって下さい! 止まらないと撃ちますよ!」
「ほう? この軍勢の前に降りてきたか。ただの臆病者ではないようだな。単身で身を投じるなど、それほど俺たちを第二軍に合流させたくないか」
先頭に立つ重鎧の男は、一歩前に出る。
その威圧感にラターニャは気圧されるが、なんのと気合を入れ直して名乗りをあげる。
「キロンの村のラターニャです! これ以上進むと私のブレスが火を吹きますよ! あれ、でも吹くのは光線だし、火を吹くわけではないですね……? すみません! 火は出ません!」
「これだけの数を前に名乗りをあげるとは面白い。我が名は第三軍『剛神隊』隊長、金剛壁のアガレス! 女神リリーシャの忠実なる僕である! 女神に仇成す悪鬼を打ち滅ぼすため、この地に参った!」
巨槍と巨盾を振り回し、堂々と名乗りをあげるアガレス。
槍をラターニャへと向け、アガレスは嬉々として会話を交わす。
「貴様がラターニャか。まさかあのアーニックの小僧を瞬殺するとはな。見かけはただの小娘の癖に、相当の実力者のようではないか」
「ほえ、私、アーニック君を瞬殺したんですか!? いつの間に倒したんでしょう、私!」
「とぼける必要などないわ! 先ほど、貴様の存在に気づいたアーニックが殺すと息巻いて飛び出していっただろう! そのアーニックがここにいないということは、お前がアーニックを返り討ちにした以外に説明がつかぬだろう!」
「そ、そうだったんですか……私、空でお菓子を食べていただけなんですけど、知らぬ間にアーニック君を倒してしまっていたんですね! 私、頑張りました!」
全力で噛み合わない会話を繰り広げるアガレスとラターニャだが、二人を取り巻く空気は穏やかなそれとは程遠い。
戦意を高揚させたアガレスは、大地を強く踏みしめながら力強く言い放つ。
「全てを焼き尽くすほどの砲撃を放つようだが、試してみるがいい! アーニックに預けられた魔法兵が我ら全員に強力な魔法壁を張っている、そのようなものは通用せんぞ!」
「ううう……え、あ、これ、もしかして……」
ここでラターニャの邪竜王としての力が生きることになる。
彼女は魔を感知する能力に目覚めている。ゆえに、巨大な力の接近を何となくではあるが察知することができるのだ。
その『なんとなく』が、物凄い速さで彼女に迫るのを感じ取っていた。
彼女が力を感じ取れるほどの存在となると、それが何者かなど考える必要もない。
激しい地鳴りのような音を背後に、ラターニャは歓喜の声を上げる。
「来てくれました! 皆さんが来てくれた以上、私の勝ちです、アガレスさん!」
「ぬう、援軍か!? ふん、面白い、何者がこようと我ら女神の信徒の敵ではないわ!」
「ふふ、それはどうでしょう! これから来てくれる人々は、世界で一番格好いい、最強にして最高の皆さんなんですからね! ほら、来ましたよ!」
ラターニャの歓喜の声の先には、二人の男の姿があった。
その男たちは、風のような速さで疾走していた。というより、互いに妨害しあいながら抜きつ抜かれつの競争を繰り広げていた。
そして何よりも、彼らはなぜか上半身が裸であった。上半身というか、下も脱いでいた。パンツ一丁という酷過ぎる有様だった。
ほわあとびっくりするラターニャに、先頭を駆ける銀と黒が叫び声をあげるのだ。
「ふははははは! ラターニャよ、勇者サトゥンがお前の窮地を救いにきたぞおおおお! ええい! 救いの一番手は勇者と古来より決まっておるのだ! 肉体の美しさで後塵を拝した敗者は下がっておれ!」
「戯け! 肉体の完成度で俺様に敗北したのは貴様だろうが! ヴァルサスの前の試運転に六使徒と戦うのはこの俺様だ。無駄筋の負け犬は城にでも籠っていろ!」
騒がし過ぎる二人から、かなり離れた後方を走るのはリアンとマリーヴェルだ。
二人の脱ぎ散らかした服を抱えて走るリアン。そんな彼と並走しながら、マリーヴェルは顔を真っ赤にして怒りの咆哮をあげるのだ。
「い・い・か・ら! さっさと先に服を着なさいよっ! 戦争中に大恥晒してんじゃないわよ、このド変態勇者とド変態魔王!」
ラターニャが世界で一番格好いい、最強にして最高と褒め称えた英傑たち。
彼らの辞書に羞恥という概念は存在しないようであった。
八章・変態そろい踏みリメイク。
次回更新は3月29日(火) 夜を予定しています。




