117話 剣神
本気となったリックハルツとメイアのぶつかり合い。
それを後方から見守り続けているのはグレンフォードだ。
腕を組んだまま、二人の戦いを真っ直ぐ見つめて続けているが、横槍を入れて助勢することはない。その理由は明白だ。
「……確かに強い。レーヴェレーラが六使徒に抜粋されるだけのことはある。死線を幾度も潜り抜けているようだ。かつての俺たちならば後塵を拝したかもしれんな」
そう呟きながら、二人の戦いの観察を続ける。
身体能力を向上させたリックハルツの剣は暴風がごとく。メイアの命を刈り取ろうと変幻自在に荒れ狂うが、その全てをメイアは不発に終わらせている。
本気を解放したメイアはまさしく風神。
サトゥンに譲られたガシュラと『闘気』の開放により、彼女特有の能力として開花させた実体を持つ分身、それが彼女を恐ろしきまでの強さに昇華させてしまっている。
その証拠に、メイアの刀は既に彼の身を数えきれないほどに斬り伏せている。それをお構いなしに攻め続けられる、リックハルツの『再生』が無ければ完全に終わっている戦いだ。
「何度斬ったところで効かねえんだよ! 人間如きが、神の再生を止められるか!」
「さて、それはどうでしょう? クラリーネも、ニーナ・アプリアも最後まで『異形化』を続けられませんでした。これは推測ですが、あなたたちがその力を用いるのは容易なことではなく、消耗を強いられるのではありませんか? ならば私はあなたが力尽きるまで斬り続け、その力を無駄に消費させればいい」
「その前に俺がてめえの首を取っちまうがなあ!」
メイアは頭を潰して、リックハルツを殺すのではなく、能力を消費させて無力化を狙っているようだ。
非効率的にも思えるが、それは英雄たちで決めた作戦でもある。
それは、別に英雄として『不殺』を貫くという意味ではない。グレンフォードとメイアは英雄ではあるが、同時に国を守る騎士でもある。敵兵を殺したことは一度や二度ではない。
敵がキロンの村を蹂躙しようとしている以上、人を殺すことに躊躇いはない。最小限に留めはするが、やむを得ない場合には迷いはない。
リアンやマリーヴェルたちに人を殺めさせないと決めた以上、大人であり、騎士でもある自分たちがこの責を負う。それが二人の想いだった。
だが、今回リックハルツの無力化を狙う理由は、それとは全く関係のないものだった。
リックハルツを殺さずに捕えようとするその理由は、ニーナ戦の最後にみた光景にあった。
ニーナが敗北した瞬間、何者かがニーナを操り、彼女を殺そうとした。
そして、その際にニーナが口にした『解放』。
『そう……神に逆らった愚かな人間は滅びなければならない……今一度、神の裁きを人間に。神の裁きを世界に――返還、五の鎖の放棄……神の先兵、その左足を、解放せん―』
ニーナを操る何者かは彼女を使って何かを企んでいた。
その解放が成功したのかどうかは分からない。ニーナの『異形』の力が失われているという現状からみて、企みは成功しているのかもしれない。
だが、ニーナを殺すことをサトゥンが防いだことで、それを止められたかもしれないとも考えられる。
敵の背後、狙い、全てが透明ではない以上、手にできるカードは増やすべきだ。
ましてや、六使徒の身柄は非常に重要だ。彼らの身柄一つで、戦闘中にできること、戦後のことで非常に大きな武器となる。
ゆえに、英雄たちは『可能ならば六使徒は拿捕』することを決めた。その取り決めをメイアは忠実に実行しているのだ。彼女はそれができると踏み、戦いを続行している。
ならば、グレンフォードはそれを見守るだけだ。彼がここに立つだけで、背後の兵士どもに睨みを利かせる意味を持つ。もし、兵士どもの乱戦になれば、メイアはリックハルツだけに集中できなくなる。
今の彼の役目は、彼女の戦いを見届けることだが――グレンフォードはフッと口元を緩めて笑う。
「以前よりも動きのキレが格段に上がっている。これほどの高みにたどり着いていたか……一度、本気で手合わせしたいものだ」
彼の視線の先のメイアは、完全にリックハルツを圧倒していた。
彼女の生み出す分身体、三人ものメイアの刀舞を彼は処理しきれていないのだ。
踊るように舞う彼女の剣、その何と完成されたことか。芸術的とも思える戦いに、グレンフォードは過去を振り返る。
思えば、メイアはこれまでずっとサポートに徹してきた。
エセトレアでの戦いでもリアンやマリーヴェルの補助に回り、本気で戦う彼女の姿を見ていない。師として、彼らの成長のため心を割いていた印象がある。
だが、彼女の真の姿はどこまでも戦士。強者を求め、研鑽を積み続け、その戦いに身を委ねて酔いしれる。
その彼女が、久方ぶりに見せた本気の姿は見事の一語。リアンたちの鍛錬に付き合う間、彼女もまた刃を研ぎ続けていたのだろう。
「何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ!? 何故俺の剣が当たらねえ!?」
また一段とギアを上げ、もはや姿が残像しか残らないメイアにリックハルツは発狂染みた声を上げる。
斬られても斬られても再生を続ける体、ダメージはゼロのはずだが、メイアの手数があまりに多過ぎることが彼に焦りを呼んでしまう。
彼はこれまでダメージを受け過ぎて再生の力を使い果たした経験などない。無敵の力だと信じ、不死の力を背景にどんな敵をも蹂躙し続けた。
どんな敵もこの再生する体を経験し、すぐに心折れた。抵抗することの無力さに絶望した者の命を刈り取る、ゆえに死神。
だが、目の前のメイアは心折れるどころか更に力を引き出してきた。
分身体を駆使し、何度も何度も丁寧にリックハルツを『殺して』くる。そのあまりの回数の多さに、リックハルツの心にある恐怖が芽生えてしまった。
――この再生の力は、本当に無制限で使えるのか?
どんな強大な力でも代償は必ず存在する。
魔法を使用する際の魔力然り、闘気を発動する際の体力然り、果たして自分の再生の力だけが例外たりえるのだろうか。
そのような不安を胸に抱くのも、仕方のないことだろう。この短時間で、ここまで見事に、容赦なく、丁寧に殺されることなど、彼にとって初めての経験だったのだから。
「止めろ、止めろ止めろ止めろ! 俺を、俺を殺すんじゃねええええ!」
ここにきて、自分とメイアの実力差も彼の心に重く圧し掛かる。
先ほどまでは互角だったはずだ。だが、隠していた手札を開いてみれば、その差はあまりに圧倒過ぎた。数字の数どころか、役すら違っていた。
どこまでも純粋に、丁寧に磨かれた剣のなんと隙のないことか。
自分のように弱者を嬲り殺し満足する剣ではない、強者との戦いだけを望み昇華された絶対強者の剣。覇王の刀、まさしく『刀覇』に相応しい実力。
ここにきて、リックハルツはようやく現実を知ることになる。自分の剣は、ただハイエナのように弱者を甚振り殺すだけの剣では届かない相手なのだと。この女も、ヴァルサスと同じ常識の外に存在する化け物なのだと。
「くああああ! お、お前ら、何をぼさっとしてやがる! 俺を援護しねえか!」
たまらず声を出して部下たちに指示を出す。
だが、彼の背後の兵士たちは動けない。橋の向こうではグレンフォードが依然として斧を背負って立っている。
彼らが動けば、彼は間違いなくこの橋を叩き落とすだろう。ゆえに、彼らは動けない。
ならば自分が向こう岸まで逃げるしかない。だが、戻ろうにも前後をメイアの分身体に挟まれていて、どうしようもない。そんな彼に、メイアは刀を舞い踊らせながら笑みを浮かべるだけ。言葉を発しない重圧が、更に彼を追い詰める。
(くそっ、俺は今まで何度死んだ!? 俺はあと何度死ねる!? あがっ!)
右腕を斬り飛ばされ、彼の握る獲物は崖の底へと落下していく。
武器を失い、勝負はついた。だが、彼女の剣舞は止まらない。全身を斬りつけられ、リックハルツは恐怖を隠すことすらできなくなった。
胸の内に溢れるは目の前の鬼神に対する恐怖。彼女が戦いを止めないのは、自分の戦意が喪失していないこと、隙あらば殺してやるという心を見透かしているからだろう。
立ち続ける限り、歯向かうかぎり、彼女の嵐は止まらない。死ねば止まるだろうが、自分に死の終わりはない。
その答えが、リックハルツに新たな地獄を伝えてしまう。つまるところ、自分は『異形の力』を使い続ける限り、延々と彼女に殺され続けるのだと。
この痛みを、つらさを、地獄を、いつまでも。それが頭を過ったとき、彼女と視線が合った。どこまでもゾクゾクするような笑みを浮かべる戦姫の姿に、リックハルツの剣士としての心は完全に折れた。
「か、勘弁してくれ……俺の、負けだ……死ねねえのが一番の地獄だなんて、こんなのありえねえ……」
リックハルツの胸元で三本の刀が止まり、その瞬間、彼は膝をつき、首を垂れた。
彼の前を舞う三人の女神が刀を鞘に納め、彼女は本体だけの姿に戻った。
「嵐のごとき剣舞のみで心を折る、か……俺には出来そうにない芸当だな」
彼女の勝利を見届け、グレンフォードはリックハルツを捕縛するために彼女のもとへと足を進めるのだった。
次の更新は24日(木) 夜を予定しています。
※追記 3/20/22:42
本文の途中にサトゥンとは異なる物語が載っており、該当部分を削除しました。
大変申し訳ありませんでした。ご指摘下さった皆様に心より感謝申し上げます。全然気づきませんでした……慌ててアップするのではなく、事前の見直しを心がけます、本当にすみませんでした(白目)




