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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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116話 再生

 



 奔る刀をリックハルツは両手で剣を握り、力で押し返す。

 だが、ここで気を緩めることは決してない。

一の太刀を防げば、そこから矢継ぎ早に幾重もの刃が疾走してくることを嫌というほど思い知らせているからだ。

 確かな技術と洗練された経験、そして何より神がかったセンス。全てが複雑に絡み合い、この女――メイア・シュレッツァは鬼神のごとき強さを発揮しているとリックハルツは認めていた。


 ――よくもまあ、ここまで完成度の高い化け物をメーグアクラスは生み出したもんだ。


 感嘆しつつ、剣を横薙ぎしてメイアを強引に引きはがす。

 距離をとった彼女を牽制しながら、リックハルツはここ数分の斬り合いで感じた彼女の実力を頭の中で整理する。


(こいつは確実に強え。剣の冴え、体捌き、直感、どれも超一級品、俺と殺りあった連中の中でもピカイチだろうよ)


 恐らく、純粋な剣の腕なら自分やクラリーネをも超えるだろう。

 ただ、それはあくまで試合だったならばの話だ。ここは戦場、殺すか殺されるか、強さだけが全てを決める、自然の摂理に支配された世界。

 血生臭い世界で、リックハルツは不敗を築き上げてきた。お上品な剣とは一線を画す、剛腕にして苛烈な剣が彼をここまで生き延びさせてきた。

 その経験と自負が、彼に呪いのように囁くのだ。綺麗で、清廉でいようとするだけの剣で俺を殺れる訳がない、と。

 だが、それとは反対に『獣』ではなく『剣士』としての自分が彼女を目にして別の言葉で窘めてくるのもリックハルツは感じていた。


(……底が見えねえな。確かに強えし、メーグアクラス一を名乗っても申し分ねえレベルだ。だが、俺の『殺し屋』じゃなく『剣士』としての勘がうるせえほどに告げてやがる。こいつはただお上品なだけの甘い女じゃねえってよ)


 ――試してみるか。

 剣を握り直し、リックハルツは加速を強めてメイアに肉薄する。

 接触する瞬間の駆け引きに一枚イカサマを仕込む。

 剣と刀がぶつかり合う刹那、リックハルツは剣を引いた。メイアの奔らせた刀にその身を無防備に晒したのだ。

 乱心とも思える行動に驚くメイアだが、その刀は加速がついているため止まれない。このままいけば、彼女の刃はリックハルツを肩から袈裟切りにしてしまうだろう。

 それはリックハルツの絶命を意味するのだが、彼はそれを承知で踏み込んだ。下ろした剣を、下方向から奔らせ、メイアを斬りあげるために。彼の狙いはずばり、相撃ちだった。


 天から振り下ろされるメイアの刀と、大地から振り上げられるリックハルツの剣。

 行動を一度引いた分、メイアの刃が速い。このままでは、彼女に剣が届く前に、リックハルツは斬られて死ぬだろう。相撃ち狙いですらも不発で終わってしまう。

 だが、それでもリックハルツは止まらない。止める気はない。愚直なまでに剣を全力で振り上げる。

 ゆえに、この結末は最初から明らかだった。

メイアの刀が、リックハルツを肩から深く斬り裂いていく。人間であれば、確実に絶命するほどの深さだ。



だが――リックハルツは止まらなかった。



 心臓に届くほどの刃を受けてもなお、リックハルツは愉悦の笑みを浮かべたまま、メイアへ剣を奔らせ続けている。

 それはまるで死してなお動く化生がごとく。彼の『異常』に気づき、刀を引き抜いて距離を取ろうとしたメイアだが、既に手遅れだ。

 達人同士の戦いにおいて、一呼吸分の遅れは死へとつながる。彼女が下がるより早く、リックハルツは剣を振り抜き、メイアを斜め上に斬りあげた。骨も臓腑も一切合切を叩き割る、剛腕の一刀。

 メイアを切り捨て、リックハルツは喉を鳴らして笑いながら口を開く。


「ハッ、やっぱり手札を隠してやがったか――最高だぜ、メイア・シュレッツァよお」


 彼が惨殺したメイア、その後方に立つのは無傷で刀を構えて笑う当人だ。

 ネタ晴らしの意味も込めて、メイアはリックハルツの前の死体を霧散させた。黄金の光を散布させながら、メイアの『分身』は風に溶けて消えた。


「残像を生み出す魔法使いを殺したことはあるが、実態のある分身を生み出す使い手なんざ聞いたことがねえ。全く、とんでもねえ化け物だぜ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。致命傷を受けながら、死を微塵も感じない……それがあなたの女神とやらに与えられた力ですか――リックハルツ・ナルバル」


 メイアの視線は、リックハルツの体にある。

 先ほど、メイアの分身体によって袈裟切りにされた体が、既に何事もなかったかのように完治してしまっている。

 肩を回して調子を確かめながら、リックハルツは正解と笑う。


「裏切り者のクラリーネがそっちにいるんだ、『異形の力』のことは当然知ってるわな。俺が女神に与えられた力は『再生』だよ。俺はここを潰されない限り死なねえんだわ」


 頭をトントンと叩きながら、リックハルツはメイアに何でもないように告げる。

 己が能力と弱点を晒す、一見とんでもない愚行のように思えるが、メイアは彼の狙いを読んでいる。

頭が弱点だと告げることで、剣の組み立てや呼吸を乱し、そこを突く算段。頭を潰さなければ勝利できないと言われれば、誰でもそこを意識せざるを得ない。

 力量差がある場合や魔物が相手ならばともかく、高次元で拮抗している実力者同士の戦いで、それは破滅への一手となる。

 彼女が動じないことを悟り、わざとらしく呆れながらリックハルツは告げる。


「少しも乱れてくれねえな。はっ、優秀過ぎて可愛げもねえ」

「褒め言葉と受け取らせて頂きます。さて、互いに手札も見せ合いましたし、そろそろ『本気』で戦いませんか? 私と彼を殺せば、この橋がまるまる手に入ります。ここを通れば、キロンの村は目と鼻の先ですよ」


 良い餌をぶら下げてくれる。リックハルツは内心で賞賛する。

 この橋の簡素な造りといい、数千の数を渡せるほどの強度はない。渡れても数百人、それも十数人数が限度だろう。それ以上が乗れば瓦解してしまいそうなほどに脆い。だからこそ、リックハルツは自分のほかに側近だけを残したのだ。

 だが、無視して迂回するには餌が上等すぎる。たった二人だけ、それもリックハルツ好みの強者なのがさらに始末に負えない。

 この後、後詰めの第一軍が来ることを考えても、この橋は必ず確保しなければならない。


「ま、長時間をかけても仕方ねえしな。殺し合いの価値は長さじゃねえ、密度で決まるもんだからよ。それに、たかが人間ごときに手間取ったなんて知られたら、俺がヴァルサスに十秒と持たずに消されちまうわ」

「……あなたほどの実力であっても、ヴァルサスという男とはそれほどの差があるのですか」

「あいつは別格なんだよ。あれと戦える存在なんて、この世にいるはずがねえのさ。ま、お前は幸運だよ。あの絶望を目の当たりにせず、この俺に殺されるんだからよ、カカカッ!」


 剣を一振りし、メイアの首を狙ってリックハルツは始動する。

 メイアもまた、『闘気』を解放し、リックハルツを迎え撃つが、彼のスピードが先ほどまでとは異なることに嫌でも気づかされた。

 どうやら手札を全てオープンにしたらしい。

 リックハルツの力、速度ともに全てが先ほどまでより一回りも二回りも上昇している。まるで身体強化。この現象を、メイアはエセトレアで経験している。


「クラリーネと同じ、『異形化』による身体能力向上ですかっ!」

「おうよ。あいつの戦い方はこの力と全然あっていなかったが、俺は違うぜ? さあ、楽しませてくれよ、メイア・シュレッツァ! 俺がお前を飽きるまで存分に切り刻んでやるからよ!」

「ええ、こちらも都合が良い。あなたに勝てなければ、その背後に控えるヴァルサスという男には剣すら届かないということですからね。是非、自分の本気を存分に試させてもらいましょう」

「俺を物差し代わりに使うってか! 冗談にしては笑えねえんだよ!」


 『異形化』による凶暴化、それが表に出始めたリックハルツの剣をメイアは技術で押し返す。

 メーグアクラス最強の剣士とレーヴェレーラ最悪の剣士の戦いは、大詰めの局面を迎えていた。




 

今夜、もう一話分を更新できるかもしれません

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