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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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115話 血刀

 



「……怪しいな」


 顎の無精ひげに触れながら、第二軍『黒神隊』隊長――死神リックハルツは訝しそうに眉を寄せる。

 彼の隣を歩く副官が、剣を静かに抜き放つ。それが視界に入ったらしく、リックハルツは喉を鳴らして笑う。


「敵が来たんじゃねえよ。剣を抜くのはまだ早えから安心しろ、ボズン」

「ですかい。お頭が物騒なことを言うもんだから、警戒しちまいやした」

「お頭は止めろ。俺たちは今や立派なレーヴェレーラ聖騎士軍の隊長と副官だろうが」

「へっ、散々好き勝手に人を殺してきた俺たちが聖騎士になれるなんざ、女神様様ですわ」


 いやらしく笑うボズンに全くだとリックハルツは同意する。

 彼ら黒神隊に所属する人間、その大半は騎士上がりや真っ当な兵隊ではない。彼らは所謂『戦争屋』と呼ばれる傭兵から成り上がった者たちだ。

 金や享楽のために人を殺し、女を犯す。そんな無法者の中でも、リックハルツが率いていた傭兵団は札付きの最低集団であった。彼らの手によって滅んだ村は十では済まない。


 そんな彼らがレーヴェレーラ軍に所属している理由、全ては前巫女とヴァルサスによる推挙のおかげだった。

 どこまでも人間の醜い本能のままに生きる彼らを巫女は気に入った。どんな汚れ仕事でも命じられるままに『愉しみながら』実行できるのがいい。

 何より、彼らの長であるリックハルツは統率力もさることながら、剣技は人斬りとして最高峰の力を有していた。

 女神の名のもとに好きなだけ『残虐非道』を楽しめるこの契約をリックハルツは心から気に入っていた。何をやっても罪に問われない、女神という最高の免罪符が彼らをより残忍な道へと駆り立てたのだ。


 その黒神隊を率いるリックハルツは、実戦経験においてはヴァルサスと並ぶほどに場数を踏んでいる。

 だからこそ、この違和感を嫌でも感じ取ってしまうのだ。もっとも、その違和感も彼にとっては『遊び』により深みを持たせるためのスパイスに過ぎないのだろうが。


「情報と照らし合わせても、村までの距離はそれほどないはずだ。それなのに、俺たちへの迎撃が出てこねえ。なぜだろうな?」

「ただの田舎村に一国の軍と戦う戦力なんてねえからじゃねえですかい? 俺なら山の反対側、メーグアクラス王国に逃げ込みますがね」

「メーグアクラス側の道から上がってるのは爺さんだったかガキだったか。やつらが何もできねえ羊なら、狙い通りに挟み撃ちで終わりなんだが、奴らは羊じゃねえだろ?」


 リックハルツに視線を向けられ、ボズンは先日ノウァから軍を分断されたことを思い出す。

 山道を一刀両断するほどの大魔法を使う存在がいるのだ。

その気になれば、あの場で暴れまわってレーヴェレーラ軍を消耗させることだってできたはずだ。

 それをせずに引き下がり、ここまで自分たちに手出しをしなかったのは、何かあると考えて自然。そうリックハルツは言いたいのだろう。


「キロンの村だったか。ただの田舎村を蹂躙するだけかと思えば、なかなか面白いところじゃねえか」

「ですが、奴らは分断した第五軍と戦った訳でしょ? 俺にはあの三千の軍団を倒せたとは思えませんがね。連中がこれ幸いとそのまま村を蹂躙してるんじゃないですかい?」

「それなら楽が出来ていいんだけどな。さて、敵さんはどう出てくることやら。楽しい時間が長く続くよう、せいぜい必死で抵抗してほしいところだが……っと」


 前方を行く部下たちから、何やらざわめきが聞こえてくる。

 それは次々と伝播するように伝わり、最後方を進んでいたリックハルツのもとまで届いてきた。


「ほらみろ、早速なにやら楽しいことになりそうじゃねえか、ボズン。おい、どうした! 何があったのかちゃんと伝達しやがれ!」


 リックハルツの指示が届いたのか、前方を進んでいた兵士の一人が彼のもとまで駆け込んでくる。

 彼もリックハルツと同じく傭兵上がりのため、軍式の挨拶など行わない。

 首を捻りながら、その部下はリックハルツにありのままの情報を伝える。


「へい、それが……この先は崖になってやして」

「それがどうした。迂回して北を目指せばいいだけじゃねえか。崖沿いに山を上っていくのは予定通りだろうが」

「それが……なぜか、崖に立派な橋がかかってるんでさ」

「……あ?」


 部下の情報に、リックハルツは不可思議そうに声を漏らした。

 得ていた前情報では、キロンの村に向かうこの先に橋など存在しない。当然だ、人が通れる道を逸れ、森を抜けた先の人気のない場所に橋などあるはずがない。

 こんなところに橋を作ったところで、人が使わないのであれば何の意味も持たない。

 無論、得ていた情報が間違っており、最近になって建造された橋という可能性もないではないのだが。

 思考するリックハルツに、部下は更に言葉を続ける。


「それだけじゃないんでさ。橋の上と向こうに、キロンの村人らしき連中がいるんでさ。それもたった二人で」

「二人だと? ……埒が明かねえな。おい、ボズン、ついてこい」

「あいさ」


 情報だけではどうにもならないと判断したリックハルツは、副官を引きつれて森を抜けていく。

 そして、木々の切れた先に部下の言う崖と橋は存在していた。橋の幅は三メートル、対岸までの距離は五十メートルといったところだろうか。

 木造で簡素な作りで作り出された橋は、確かに対崖までの道を生み出している。

 リックハルツは眉を寄せたまま、橋の上と対岸に視線を向ける。

 崖の上に立つは紅髪の女剣士、そして対崖に立つのは音に聞こえし大陸一の英雄。

 彼ら二人を見ながら、リックハルツは『ほう』と感心するように声を漏らす。


「ありゃあメーグアクラスのメイアとローナンのグレンフォードじゃねえか。二国で最強と謳われる英雄二人とは、随分と贅沢な出迎えなこって」


 さて、どうしたものかとリックハルツは思考する。

 軍の連中が困惑し、足を止めているのは、二人が強者であることを知っているからなどではない。この地形では『大軍』が攻め入れないと理解したからだ。


 確かに橋はかかっている、かかってはいるが、実に簡素な造りだ。

 このような橋に、何百人もの兵が乗れば、瓦解して谷底の川へと真っ逆さまなのは容易に想像できる。

 万が一兵士の重みに耐えきれたとしても、背後に大斧を背負う男が控えているのが拙い。

 兵士をおびき寄せたことを幸いとして、メイアは後方へ下がり、それを確認してグレンフォードが橋を叩き壊すだろう。

 この光景が幻視できるからこそ、兵士たちは判断ができないのだ。

 どうしたものかねとにやつきながら考えるリックハルツに、ボズンが問いかける。


「お頭、どう考えても罠ですぜ。わざわざ橋を作って、その上で陣取っているっていうことは、俺たちを乗せて川へ突き落そうって算段としか思えやせん」

「まあ、普通はそうだわなあ。本来、この道は存在しなかった道だ。俺たちがこんなもんに乗る道理はねえわな。つー訳でボズン、俺の側近五百を残して、てめえは第二軍を率いて予定通り崖伝いに攻めあがれ」

「へ? いや、それは構わないんですが……お頭、まさか」

「せっかく場を整えてくれたんだ。無抵抗の雑魚を蹂躙するより、ああいう大物を俺は食いてえんだよ。カカッ!」

「ああ、もう、お頭の悪い癖が……」


 呆れるボズンを無視して、リックハルツはツカツカと足を進めていく。

 ぎしぎしと音のする橋を進み、リックハルツは腰に下げた長剣を抜きながら声をかける。

 それはどこまでも気軽に、まるで偶然友人に会ったがごとく。


「さて、こうして俺が出てきた訳だが、俺はちゃんとお前たちの策の筋書きに乗れているかね? 俺とこうして戦うことがお望みだったか? それとも全軍で迂回の道をとった先に罠でも仕掛けているのかい? 正解を聞かせてもらいたいね、メーグアクラスのメイア」

「名を知られているとは光栄です。さて、その答えは残念ですが私にも分かりません。私の役目はこの橋を守ること。不謹慎ではありますが、あなたがこの道を選んでくれて嬉しいという気持ちはありますよ。死神リックハルツ・ナルバル」

「アンタみたいな美人に知られているとは嬉しいね。俺の名はクラリーネあたりから聞いたか?」

「彼女に聞かずとも、あなたの剣の評判はメーグアクラスにも届いています」

「悪評だろ?」

「さて、それこそ私の口からは」


 口元を緩めながら、メイアもまたガシュラを鞘から抜き放つ。

 リックハルツは視線を後方のグレンフォードに向けながら、問いかける。


「あいつはローナンのグレンフォードだろ? 奴も引っ張り出さなくていいのかよ?」

「彼は先日に一番手を譲りましたので、今日は私の番です。私を仕留めきれたなら、次はグレンフォードさんが相手になりますよ」

「そうかいそうかい、俺ァ二人同時でも構わないんだがよ。ま、アンタをぶった斬ったあとで楽しませてもらうとするかね――ははっ!」


 瞬間、リックハルツの姿が風に溶ける。

 爆発的、それでいて静的な剣士の疾走に、メイアはその場を動くことなく、ゆっくりと刀を軽く空へ掲げる。それは一見無防備に見えて、その実、綿密。

 残像のようにリックハルツの姿は橋上に溶け、彼の振り抜いた剣はメイアの掲げた刀に吸い込まれるように重なり合う。

 初撃を受け止められたリックハルツは、満足そうに愉悦を零しながら声を張り上げる。


「今の剣をあれだけの動きで止めるかい! 入りの初動を観察しただけでそこまで見切るかい! クカカッ! いいねえいいねえ、メイア・シュレッツァ! 実に愉しい『血刀』になりそうじゃねえか! 良い女を無残に斬り殺すのは、抱くよりも何倍も興奮するからなあ!」

「残念ですが、愛しい人と将来を約束したばかりですので、あなたに殺されてあげるわけにはいきませんよ、リックハルツ・ナルバル――ふふっ。さあ、舞うとしましょうか。心行くまで楽しい『決闘』の舞を」


 互いに得物を構え、戦闘態勢を取ったメイアとリックハルツは獰猛に笑いあう。

 それは剣に生きる者だけが見せる貌。どちらがより強いか、どちらが相手を屈服させるのか――その証明が、この橋上で示されることになる。




 

次回更新は3月19日(土) 夜を予定しています。

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