113話 大好き
サトゥン城、その最上階にある屋上部。
リアンに連れられ、マリーヴェルとメイアはそこに足を運んでいた。
月明かりが眩く差し込み、夜だというのに互いの顔はハッキリと分かる光度を保っている。
だからこそ、マリーヴェルとメイアにはリアンの顔色が真っ赤に染まっていることが伝わってしまう。
緊張が伝播するように、マリーヴェルは少し上擦った声で、リアンに問いかける。
「そ、それで、リアン……その、話って、何?」
マリーヴェルも鈍感な訳ではない。むしろ英雄内では鋭い方である。
リアンの様子、この空気から、もしかしたらという考えが頭を過るが、それは突き詰めれば自分の願望。
だからこそ、臆病さが鎌首をもたげてしまい、このような訊ね方になってしまう。
メイアも同様だ。彼女に至っては、この手の免疫がマリーヴェルより薄い分、もっと重症な状態だ。意識してしまっているため、リアンに負けないくらい顔が真っ赤に染まっている始末。
そんな二人に、リアンは意を決したように、ゆっくりと自分の想いを伝えていく。
「急に呼び出してごめん……実は二人に、伝えたいことがあるんだ。こんな状況で伝えるのもどうかと思うんだけど……伝えないで、後悔だけはしたくないから」
「リアン……それは」
「マリーヴェル。君と一緒にいる時間がずっと楽しかった。一緒に修業したり、冒険したり、魔物と戦ったり……気づけば君といる時間が、僕にとってかけがえのない時間になっていた。とても可愛くて、優しくて……そんな君に、僕は気づけば惹かれていた」
リアンとマリーヴェルの出会い、それは色褪せることのない懐かしい記憶だ。
城を家出し、ミークと偽名を使って日々を無為に過ごしていたマリーヴェルが出会った少年は、彼女の世界の全てを変えてくれた。
ボロボロになっていた彼女の家族を救い、この世界には楽しいことが沢山あることを教えてくれた少年に、マリーヴェルもまた強く心惹かれずにはいられなかった。
メイアが死んだかもしれないと少年が泣いたとき、彼を守りたいと思った。
サトゥンを庇い、エセトレアでリアンが死にかけたとき、我を忘れるほどに絶望した。
失いたくない。離れたくない。一緒にいたい、誰より傍にいたい、今度こそ離れ離れになんてなってやるものか、そう願った。
だからこそ、リアンの想いは嬉しい。けれど、マリーヴェルは素直に彼の言葉にうなずけない。
彼の想いに答えたい。だけど、できない。
なぜなら、リアンではない、彼女の大好きな人も――メイアもまた、自分と同じ気持ちを抱いていることを知っているから。
そんな彼女の背中を押すように、メイアはそっと瞳を閉じ、笑みを作る。
マリーヴェルの想いは届いた。それはつまり、自分の想いは届かなかったということ。
ならば、諦めなければならない。大切な少女と、大好きだった初恋の少年の門出を、祝福してあげなければならない。それが、敗者としての最後の役割だから。
二人に優しく微笑み、祝いの言葉を告げようとしたメイアだったが、それより早くリアンが彼女に言葉を紡ぐ。
「メイア様。僕は、出会った時からずっとあなたに憧れていました」
「リアン……?」
「僕に戦いを教えてくれたあなたに、少しでも近づきたいと願いました。あなたと並び立ちたいと思い、槍を振ってきました。綺麗で、格好良くて……そんなメイア様に、気づけば僕は一人の男として認められたいと思うようになっていました。あなたに胸を張って想いを伝えるに相応しい、そんな男に」
リアンの言葉に、今度はメイアが驚く番だ。
彼の言葉、その一つ一つがメイアの心に染み渡り、鼓動が大きくなっていく。
リアンの言葉に、それは違うと言いたかった。彼を一人前の男だなんて、自分はとうの昔に認めていた。
誰かを守るために槍を取り、鍛錬を欠かさず丁寧に積み上げ、どこまでも純真に前だけを向いて走り続ける少年がメイアは好きだった。
戦士としての才能は自分をはるかに凌駕し、決して力に驕ることなく誰かのために戦う彼の成長を見届けるのが何よりの幸せだった。
そして、邪竜王にさらわれたとき、グレイドスを打倒してみせた彼に気づけば恋慕を抱いていた。
彼の傍にはマリーヴェルがいる。二人が想いあっているのは明らかだ。
決して叶わない想いだと分かっていても、それでも抱かずにはいられなかった。
マリーヴェルと結ばれても、笑顔で祝福しよう。そう思っていたのに。
真っ直ぐに二人を見つめながら、リアンは己の胸に秘めた思いを告げた。
精一杯の勇気と、おバカな勇者の後押しを背に、少年はどこまでも愚直に。
「――マリーヴェル、メイア様、好きです。こんなことを二人に伝えるのは、不誠実だと分かってる。呆れられても、嫌われても仕方のないことだと分かってる。でも、それでも気持ちに嘘はつけないから……だから、ごめん。これが僕の、本当の気持ちです。二人を、愛しています」
頭を精一杯下げるリアンだが、二人からの返答はない。
それをリアンは目を瞑って受け入れる。
結局、自分はどちらが好きかを選べなかったのだ。マリーヴェルも、メイアも、心から愛してしまっていた。
そんな優柔不断が過ぎる答えしか出せなかった自分に、彼女たちがどんな罵倒をしてもおかしくはない。最悪、二人から嫌われてしまうかもしれない。
けれど、それも彼女たちの出した答えであり、受け入れる覚悟はできている。
答えを待つリアンに、最初に声を出したのは、マリーヴェルだった。
「何よ、それ、私とメイア、どっちも好きだなんて、そんなの……そんなの、嬉し過ぎるじゃない」
「マリー、ヴェル?」
震える声に、リアンはゆっくりと顔を上げようとするが、行動は途中で遮られることになる。
彼の胸に、マリーヴェルが飛びこんできたからだ。
瞳いっぱいに涙を溜め、マリーヴェルはリアンを見上げながら言葉を必死に押し出していく。
「怖かったんだからっ……もし、私かメイア、どっちかだけ選ばれたらって思ったら、どうしようもなく怖くてっ……リアンもメイアも、大好きだから、そんなの嫌だって……」
「マリーヴェル……」
「ごめん、ごめんね、リアン……好き、大好きだよ、リアンっ……馬鹿みたいにお人好しで、サトゥンなんかに憧れて、優し過ぎる鈍感なリアンがずっと大好きだったんだからっ……私に広い世界を教えてくれたあなたが、世界で一番大好きなのっ」
涙を零しながら必死に想いを伝える少女を、リアンは優しく抱きしめ返す。
ありがとう。何度も心の中でお礼を告げて、慰めるように優しく。
そして、メイアもリアンに近づき、彼に穏やかな声で答えを紡ぐ。
「リアン、私もマリーヴェルと同じ気持ちです。あなたとマリーヴェルが互いに想いあっていたことを知っていましたから、私の想いは諦めるつもりでした。ありがとうございます、リアン……私にもあなたを、好きでい続けさせてくれて。私もあなたを愛しています、リアン」
「メイア様……ありがとう、ございます」
「ふふ、メイアで構いませんよ、リアン。大切な旦那様に様付けで呼ばれ続けるのは困ってしまいます。私もあなたの胸に飛び込みたいのですが、マリーヴェルが占領していますので、そちらは我慢しようと思います。ですので代わりに――」
「メイア、さま……?」
「ん――」
リアンが声を返すより早く、彼の唇がそっと塞がれる。
何が起こったのか、リアンが把握したのは、メイアの香りと熱が唇越しに伝わってからだ。
ファーストキス。あまりに唐突なことに、あわあわと顔を真っ赤にするリアンだが、そんな彼に、メイアは顔を真っ赤にしたまま悪戯っ子のように微笑み、舌を出す。
「マリーヴェルよりお姉さんですから、ちょっとした意地みたいなものですね」
「あ、あうあ……」
「ず、ずるいわメイア! わ、私だって負けないから! リアン、こっち向いて!」
「わ、ちょ、ちょっと待ってマリーヴェ……んんっ!?」
リアンの体をガッチリと固定したまま、マリーヴェルはリアンの唇を塞ぐ。
美少女から不意打ち気味に二度もキスを交わし、まともでいられるはずがない。
完全に頭がクラクラ状態に陥っているリアンだが、彼をおいて、マリーヴェルとメイアの競争は続く。
「ぷはっ、どう、メイア! 私はこーんなに長い時間リアンとキスしたわ!」
「むむ、負けていられませんね。それでは次はこちらの番です。リアン、もっとあなたに触れさせて下さい。あなたが望むなら、私のどこを触れても構いませんから」
「あ、わ、私も! リアンに触れたいし、沢山触れてほしいもん! リアンの為なら望むことはなんだってしてあげたい!」
リアンを抱きしめあい、とんでもない状況になってしまっている屋上。
互いの吐息がかかりあい、柔肌の感触を確かめあい、押さえていた情欲に火が灯り。
今にも一線を越えかねない、そんな状況の中で――桃色の空気をぶち壊す高笑いが屋上に木霊した。
「フハハハハハハハ! 見事、見事であるぞ、我が友リアン! よくぞ、よくぞよくぞよくぞ己が想いを貫き通した! そして我が友マリーヴェル、我が友メイアよ、よくぞリアンの想いに応えてみせた!」
「ちょ……なんであの馬鹿の笑い声が……どこ、どこよ!?」
「ここである! とう!」
馬鹿笑いとともに、空気読めない最強勇者――サトゥンがその身を露わにした。
屋上の縁からヌッと顔を出し、両手の指力だけで一回転。見事な懸垂ジャンプと着地を決めたサトゥンはむふんと満足そうに笑い、祝福の言葉を述べる。
「リアン、マリーヴェル、そしてメイアよ! お前たちの愛が実った瞬間、しかと見届けたぞ! 我が愛しき英雄たちの門出、心より祝おうではないか!」
「この馬鹿勇者! アンタ、いったいどこから湧き出たのよ!? というか、ままま、まさか見てたわけ!? 覗いてたわけ!?」
「無論、最初から最後まで覗いておったわ! 屋上の縁に指先だけでぶら下がり、隠れておったのである! お前たちは私にとって愛しき子も同然! その愛が実る瞬間を見守る義務が私にはあるのだ!」
「へ、変態! 最低! 死ね、馬鹿勇者!」
「さ、流石に覗かれるのはちょっと……」
マリーヴェルだけではなく、メイアすら非難の声をあげるが、我が道を行く勇者が耳を傾けるはずもない。
一方、サトゥンが現れたにも関わらずリアンが静かなのは、マリーヴェルとメイアの女の色気に完全にやられてしまい、ノックアウトしているためである。気絶しても、二人がしっかり抱きしめて離さないため、気を失っていることに誰も気づいていないのだが。
女性陣の声を華麗にスルーしつつ、サトゥンは意気揚々と祝いの言葉を述べていく。
「リアンにマリーヴェル、メイア、お前たちが愛によって強く結ばれたことを今宵勇者サトゥンが見届けた! 勇者の祝福のもと、お前たちの愛は永遠となるであろう!」
「ぜ、全然嬉しくない……何でこいつ、覗きを正当化してるわけ……?」
「それがサトゥン様だからなのでしょうけれど……これはちょっと」
「男女の仲になったお前たちに、この勇者サトゥンから新たな要求を述べさせてもらおう! 一つ! 早く三人の子どもの顔が見たいので、今宵からでも早々に体を交わること! 一つ! 生まれた子供の命名はこの勇者サトゥンに委ねること! 一つ! 生まれた子供の育児および英雄教育はこの勇者サトゥンに任せること! 一つ……ぬおおおお!? な、何故二人して剣を振り回すのだ!? 危ないではないか、ふんぬううううう!」
顔を真っ赤にしてサトゥンを追い回すマリーヴェルとメイア。
けれど、二人の少女の顔は、どこまでも喜びに満ちていて――英雄を目指した少年が憧れ、心奪われた少女たちの微笑みだった。
次回更新は3月14日(月) 夜を予定しています。




