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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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108話 竜娘

 



「呼ばれてきましたラターニャです! 命を救って頂いたサトゥン様には恩返しをしたいと常々思っていましたので、今回は機会を頂きありがとうございます! 隣村を代表してサトゥン様や皆様のお力になれるよう、頑張ります!」


 村の広場に集まったサトゥン一行に対し、ぺっこりんと元気よく頭を下げる竜娘のラターニャ。

 爛漫な笑顔と激しく地を叩く太い竜尾が彼女の喜びをこれでもかと表しているだろう。


「うむ! 勇者への恩返しとは実に殊勝な心掛けであるが、そのあたりは気にすることはないぞ! なにせお前たちには普段からちやほやしてもらっておる故な!」

「ラターニャ、力を貸してくれてありがとう。でも、少し訊きたいのだけど……その背中の荷袋は何かしら?」

「これ? お弁当とお菓子だよ、ミレイア。お腹が空くといけないから、しっかり準備してきたんだから!」


 背中の翼をばっさばっさとはためかせながら、ラターニャは目をキラキラさせて断言。

 そんな彼女の天然ぶりに、ミレイアは頭を痛めつつ、これからのことをしっかり諭してあげる。


「あのね、ラターニャ。これから貴女が向かうのは戦場であって、遠足ではないの。ですから、お弁当とかお菓子とか、そういう荷物になりそうなものは全て置いていきなさいな」

「え、でも、これ置いて行っちゃうと、私の昼ごはんがなくなっちゃうよ。駄目だよ、ミレイア、元気の源はご飯なんだから! 食事を抜いたりしちゃ駄目!」

「やべえ、相変わらず斜め上の天然ぶりを発揮してやがる……無理だってラージュ、ラターニャの力は認めるけど、偵察なんてこの娘にゃ絶対に無理だって」


 頬を引きつらせて説得を試みるロベルト。

 どうやら以前、鍛錬中のときに芋を無理矢理食わされたり、ドラゴン的レーザービームをぶちかまされそうになったことが未だ尾を引いているらしい。ロベルト・トーラ、不幸話にいつも事欠かない男である。


「まあ、今回は午前中に偵察を終わらせるから、弁当は置いていこうか」

「そっかあ……それじゃあ仕方ないね。ミレイア、お弁当はお願いね。お菓子はポケットに詰め込めるだけ詰め込んで向こうでみんなと食べよう!」

「はあ……ラージュさん、メイアさん、カルヴィヌさん、どうかこの娘のことよろしくお願いしますわ。ラターニャ、戦闘になりそうになったら絶対に逃げますのよ?」

「あはは、当り前だよミレイア。私、普通の女の子だから戦っても勝てないって。見つかったら、頑張ってブレスばらまいて逃げてくるよ!」

「普通の女の子は山を貫くようなブレスなんて吐けねえよ……キロン山の麓一帯が大火災にならねえといいが……」


 背中の荷袋をミレイアに預け、ラターニャは準備おっけーとばかりにブイサイン。

 メンバーが揃ったことで、ラージュは最後の確認を行う。


「空からの偵察だけど、ラターニャは地上からは見えないくらい高度を上げること。僕たちが行うのはあくまで、敵が現在どのあたりを進軍しているか、大凡の距離にあたりをつけることだからね。メイアとカルヴィヌはいけそうだと思えば高度を下げ、敵の武装や軍の特徴を確認してもらいたい。その情報をクラリーネに照らし合わせれば、第何軍がいるのかが分かるだろうからね。偵察する方角は少し飛行したところで、改めて指示を出して分散しよう」

「了解です」

「分かったわ」

「分かりました! 敵に見つからないよう、頑張って見学します!」

「見学じゃありません! 偵察ですわ!」

「そうでした! 敵に見つからないよう、頑張って偵察します!」


 気持ちいい返事が返ってきたことに満足し、ラージュは改めてサトゥンたちに向き直って別れを告げた。


「それじゃ、サトゥン、行ってくるよ」

「うむ! 村のことは私たちに任せておけい!」


 言葉を交わし終え、ラージュたち四人は一気に空を飛翔し、村からは見えなくなっていった。

 空の向こうに消える姿を眺めながら、マリーヴェルが目を丸くしてぽつりと言葉を紡ぐ。


「空を飛ぶ速度、ラターニャが一番速くなかった? あの娘、本当にとんでもないスペックなのね」

「中身は残念だけど凄えんだよ……中身は本当にびっくりするくらい天然過ぎて残念なんだけど、とにかく凄えんだよ、ラターニャは」

「わ、私の親友を残念残念と連呼しないでくださいまし!」


 どうやらロベルトのラターニャに対する苦手意識は簡単に払拭できそうもないらしい。

 男ロベルト、鍛錬中にラターニャの天然に殺されそうになったこと、数知れずである。




















「ふんふふ~ん わったしは~勇者~サットゥーン~ 世界の闇を払うため~ この世に舞い降りた最強勇者~」


 仲間たちと分散し、西の方角の偵察を任されたラターニャは鼻歌交じりで空を飛翔していた。

 彼女が口ずさんでいる力の抜ける歌は、サトゥンが子供たちの前でよく歌っている勇者サトゥン賛歌である。

 作詞作曲サトゥンであり、子どもたちと遊ぶ時に毎度毎度歌っているので、それを耳にしていた村人全員が覚えてしまったという歌だ。

 ラターニャお気に入りで、このように度々口ずさんではミレイアに微妙な顔をされたりしていた。


そんな歌を歌いながら、彼女は遥か上空から木々の生い茂る山を見下ろしていた。


「む~、森の中から人の気配がするかも。あと、流浪の民の人たちみたいな魔力を感じるかなあ。魔法使いさんがいっぱいいるのかな? あ、お菓子食べようっと!」


 地上を観察しながら、ラターニャはポケットに詰め込んだ菓子を取り出し、ポリポリと口に運んでいく。

 戦場の空に出ているにも関わらず、一切の気負いも緊張もなく、どこまでもマイペースを突き抜ける少女だが、彼女が泰然自若な在り方を貫けるのは、やはりラターニャが再誕することになった『素材』の理由もあるだろう。


 ――魔竜レーグレッド。


 サトゥンがかつてキロンの村に舞い降り、キロンの村を襲おうとしていた魔獣のついでに狩ってしまった世界二凶竜の片割れ。

 その力はかつて人間界で猛威を振るい、人々を恐怖のどん底へと突き落としたほどの伝説を持つ邪悪竜だった。

 そんな化け物をサトゥンは『巨大トカゲ』と勘違いし、サクッと殺してしまい、あまつさえラターニャを復活させる素体として再利用してしまったのだ。


 魔竜を元に復活したラターニャが、その影響を受けない訳がない。

 彼女がここまで恐怖も何も感じず、自由奔放に振る舞えるのは魔竜として生物的強者として心に影響を与えているのは間違いないだろう。まあ、その影響は一割程度で、九割ほどは彼女の性格が元来こんな適当な感じだというのもあるのだろうが。


 そんな強者として生まれ変わったラターニャは、持ち前の『なんとなく魔力的な何かを感じる気がするなあ』的能力をいかんなく発揮して、敵の所在を探っている訳である。お菓子をもしゃもしゃと食べながら。


「うーん。とりあえず、アムラルの滝周辺に魔法使いさんっぽいのがいっぱいいるって報告すればいいのかな。よし、そうしよう! 早速ラージュ君のところに戻って……」

「――戻れる? 何を馬鹿なことを。お前はここで死ぬんだよ、化け物」

「……ほえ?」


 偵察を終え、予定していた集合場所に戻ろうとしたラターニャの背後から突然激しい稲光が襲いくる。

 気配を感じず、全くの無警戒だったラターニャはその稲光を直撃してしまう。

 彼女の背中に黄金の雷光が突き刺さり、その体を貫くように正面から光があふれかえった。

 激しい雷を放ちながら、ラターニャの後方数十メートルに現れた魔法使い――第四軍『魔神隊』隊長、アーニック・ゲーニクルは鼻で笑いながら言葉を放つ。


「魔力探知に飛行魔法、それがお前たちだけのものだなんて思ってるのか? そんなもの、天才の僕にとっては児戯同然なんだよね。空をウロウロと蝿が飛び回り、見苦しいことこのうえないね」

「あ、あ、ああああああっ」


 激しい電撃に捉えられ、ラターニャは悲鳴にも似た声をあげ続ける。

 そんな彼女に、アーニックは吐き捨てるように宣言する。


「無駄だよ。この魔法は特別製でね、相手が死んでも効果は切れないんだ。それこそ、死体が消滅して対象が消えるくらいじゃないとね。さ、分かったらとっとと死んでよ。僕は忙しいんだから――」

「な、な、な、何するんですかあああああああ!」

「――は?」


 瞬間、アーニックの眼前に信じられないものが映しだされることになる。

 ラターニャはくるりと彼の方へ振り返り、二人をつなぐ雷撃の鎖を強引に片手で引きちぎってしまったのだ。

 アーニックの手から離れた雷撃魔法は、未だ効果を失わずラターニャの体を捉えてバチバチと火花をあげている……が、彼女はぷんぷんと怒りながら口を開く。


「あなたの魔法のせいで私の持ってきたお菓子が全部駄目になっちゃったじゃないですか! せっかく頑張って作ったのに!」


 そう叫びながら、ラターニャは『ほら!』と掌いっぱいにポケットのお菓子を見せつけるように差し出した。

 彼女の掌には、無残な残骸と化したお菓子の屑がこんもりと山になっている。

 そんな憤るラターニャを愕然と凝視しながら、アーニックは確認するように問いかける。


「な、なんなんだお前……僕の電撃魔法が効いていないのか?」

「へ? ……ああ! 言われてみれば何かチクチクします!」

「そ、それだけ?」

「それだけですけど……えっと、何か拙かったでしょうか。というか、あなた誰ですか? むむ、よく見たらラージュ君と同じ歳くらいの子どもじゃないですか! 私は今、レーヴェレーラ軍の偵察任務に来てるので、お仕事の邪魔をしちゃ駄目ですよ! めっ!」


 腰に手を当て、人差し指を立てて怒る少女に、アーニックはあんぐりとするしかできなかった。

 そう、彼はあまりに不運過ぎた。あまりに相手が悪すぎた。

 彼女の元となる素体――魔竜レーグレッド。その力は、人間が相手にするにはあまりにも破格過ぎたのだ。


 かつてサトゥンたちと対峙した邪竜王セイグラード。

恐ろしいほどの強敵であった邪竜王だが、魔竜レーグレッドは、遥か昔にセイグラードにすら勝利を収めていた。

 そんな世界最強、残虐無比の竜を元とする体を持つ少女ラターニャ。

 その体は最強の魔竜と同じく、恐ろしいほどの対魔力性能を誇っていたのだ。それこそ本人が痛みすら感じないほどに。


「でも、どうして私を攻撃するために魔法なんて使うんですか! いいですか、人に向かって魔法を撃つのは危険で……あああっ! も、もしかして君、レーヴェレーラ軍の人ですか! あ、あわわわ、お、お願いします! 私が偵察していたことは、どうか秘密にしてください! これは秘密任務なので、バレちゃ駄目なんです!」


 今更大切なことに気づいたらしく、両手を合わせてペコペコ頭を下げて拝み倒すラターニャ。

 数万の人間の軍を退け、太古の英雄が命を賭しても負傷させることしかできなかった最強最悪の魔竜レーグレッド――その成れの果てが、このポンコツ美少女であった。




 

次回更新は3月3日(木) 夜10時頃の予定です。

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