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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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107話 物語

 



 今よりはるか昔、この大陸は闇に覆われていました。


 世界に突然現れた魔物とそれを総べる魔王。

 人間たちに牙を剥く魔物たちによって、多くの人間の国が滅ぼされてしまいます。


 魔物に対抗するため、人々は武器をとり戦いましたが、魔物たちはあまりに強大でした。

 度重なる敗北に人々は絶望し、多くの命が失われ、滅びを待つしかない状況の中で、その希望は生まれました。



 ――勇者リエンティ。



 黄金に輝く剣を手に、彼は絶望に沈む人々の前に現れました。

 そして、襲いくる魔物の大軍を彼はその剣一つで次々に倒していきました。

 迫る魔物を全て倒し、リエンティは人々に告げるのです。


『私は人々を救うため、魔王を倒す『勇者』となる使命を神に与えられた。私と同じ使命、神器を授けられた十一の『英雄』と共に、私は人々のために魔王を討つ』


 リエンティの登場に、人々は希望を見出しました。

 魔物を圧倒的な力で倒す彼の背中に、人々は心を激しく震わせたのです。


 この世界の神に与えられし聖剣『グレンシア』を手に、リエンティは世界中を旅します。

 世界各地の魔物を倒し、そして志を同じくする『英雄』と巡り会い。

 長き旅の果てに、彼の元に十一人の英雄と神器が集います。


 『神槍』アトス――神槍レーディバル

 『剣姫』ヴァジェーラ――星剣リゼルド、月剣アヴェルタ

 『烈斧』アグレイド――天壊斧ヴェルデーダ

 『影刃』ドードニス――冥牙グリウェッジ

 『聖魔』ヴィアレッタ――虹杖スフィリカ

 『刀覇』キヌミコ――煌刀ガシュラ

 『精弓』レルメール――流弓リジェネイア

 『華鞭』ナーナ――紅蛇ラスピューレ

 『龍爪』グラリ・グラネ・スピカ――聖竜爪フランタル

 『獣妃』ルネ――輝鈴フォルカナ

 『命従』カティア――神命石セトゥルス


 十一の英雄と『勇者リエンティ』――聖剣グレンシア。

 彼らは力を合わせ、幾多の困難を乗り越え、そしてついには魔王を倒したのです。


 魔王は滅び、魔物たちは世界から消え去り、世界は再び平和を取り戻しました。

 戦いを終えた勇者と英雄は故郷へ戻り、幸福に過ごしました。

 彼らが取り戻した平穏は、いつまでもいつまでも続くのです。

 全てが幸せに、めでたしめでたし――それが勇者リエンティと英雄たちの物語です。















 本当に?
















 勇者リエンティの結末は、本当に、そうだったのか?
















 皆で力を合わせ、魔王を倒し、それで彼らは幸せになれたのか?


 ――いいや、そんなはずはない。何故なら彼らが魔王を倒したとき、いったいどんな顔をしていた?

 ――なぜ、私の『記憶』の中にある『英雄』たちは、誰も彼もが悲しみに満ちている?

 ――どうして彼らは涙を流し、必死に声をあげて、魔王と戦っている? まるで誰かを説得するように、何度も何度も声が枯れるほどに。




 魔王を倒し、魔物が消えた世界で人類は本当に平穏を取り戻したのか?


 ――いいや、ありえない。

 ――もしそうであれば、なぜ『英雄』であった彼らが兵を率いあい、戦場で対峙している?

 ――どうして仲間であった、友であった彼らが『殺し合い』を演じている?

 ――人々に希望を与えた『勇者』と『英雄』が国を奪い合い、殺し合う戦争を繰り広げるこの世界が、本当に平穏だというのか?






 おかしい。

 おかしいではないか。


 私の知るリエンティの物語は、このような凄惨な結末などではなかった。

 人々が手を取り合い、一つとなり、強大な敵を協力し合って打倒した。その物語の結末は美しく、輝いて、どこまでも胸を打つほどに恋い焦がれたものだったではないか。


 それがなぜ、こんなモノが見える?

 その物語が、どうしてこんなにも明確に『偽り』だと認識できてしまう?


 こんなもの、認められない。

 こんなもの、許されない。

 このような結末、誰が認められる。

 私はこのような残酷な終わりを紡ぐために、彼らに願いを託した訳ではなかった。


 そうだ、私は夢を託した。

 大切な夢を、かけがえのない友たちに。長き旅を共にした、我が愛しき子どもたちに。



『あの、貴方は――?』



 ――ああ、そうだ。そうだったのか。

 そもそもが、間違っていた。



『名前か……すまぬな、人間、改めて名を名乗ろう。喜んでくれて構わない、お前がこの世界で『俺』の名を知る初めての人間になる――』




 リエンティの物語は、『真実』を伝える物語などではなく。

 『彼女』が儚い願いを形に残してくれた、私にとってこれ以上ないほど優しい嘘に満ちた偽りの物語で。




 私は知っていた。知っていたのだ。


 『真実』となる勇者リエンティの物語には、『勇者』でも『英雄』でもない、もう一人の存在が確かに関わっていたことを。


 その者は、彼らと旅をし、彼らと共に戦い、同じ空の下で笑いあい、同じ星を見上げて。















『――『俺』の名はサトゥン。魔王を倒すため、お前たちを導くよう、天より遣わされた存在――『従者』サトゥンだ』











 彼らといつまでも共に在ることを望んだ、どうしようもないほどに愚かな男が。

 ――『サトゥン』が、確かにそこにいたではないか。

































「さあさあさあ! 我が名を世界に轟かせるため、人々にちやほやされんがためにも、今日も一日勇者活動を行おうではないか! さあラージュよ、今日の私の役目は何だ!」


 早朝、サトゥン城に集まった面々だが、話が始まろうかという時に勇者の第一声がこれである。

 あまりの声量に、半分うとうとしていたライティなど耳をピンと立てて驚いて目を覚ますほどである。


「ねえ、リアン。なんでこいつ、朝っぱらからテンションこんなに高い訳? いつもうるさいけど、今日はいつも以上に酷いんだけど」

「ううん、僕もよく分からないけど、朝からずっとこんな感じで……でも、楽しそうだからいいかなて」

「まーたそうやって甘やかす。いい、リアン、こいつは子どもと一緒なの。図体ばかりでかいけど、中身は村の子ども連中と何も変わんないのよ。甘やかしてばかりじゃ、遠慮を知らずに調子に乗るばっかりなんだから、時々は怒らないと駄目よ」

「あはは、マリーヴェルは良いお母さんになりそうだね。マリーヴェルの赤ちゃん、凄くしっかりしてそう」

「普通よ、普通……って、な、ななな何てこと言うのよアンタはあ!」

「え、えええ!?」


 顔を赤く染めたマリーヴェルに睨まれ、リアンは訳も分からず困惑する。

 そんな姿を眺めて溜息をつきながら、ロベルトはラージュに話を始めるよう目で要求するのだった。


「サトゥンがやる気になってくれているのは嬉しいけど、とりあえず午前中に戦場で君の出番はないかな」

「な、なんと!? ぬうううう! こんなにもやる気に満ち溢れているというのに! こんなにも、こんなにも活力に満ち溢れているというのに! 何かないのか! 私にできる、勇者にしかできない役割があるだろう! 隠さずともよいぞ、さあさあさあ!」

「アンタ、本当にいつもの三倍くらい鬱陶しいわね……ラージュ、何かないの?」

「戦場がないというだけで、やることは幾らでもあるよ。というより、メイア、カルヴィヌ、僕以外のメンバーは午前中は村の手伝いだね」

「メイアさんにカルヴィヌさんとラージュねえ……飛行できる組か?」

「正解。午前中は空から敵の偵察……進軍状況を見つからないようにチェックしようと思ってね。その具合を見て、午後の差配を決めようと思う」


 ラージュの言葉に、英雄たちは納得という表情を浮かべた。

 メイアとラージュは風魔法により空中移動が可能であり、カルヴィヌは魔神のため空が飛べる。

 だが、唯一反対するサトゥンが異議ありとばかりに意見を述べてきた。


「ふはは! 空なら私とて飛べるわ! 魔力が復活しないので地力飛行は無理だが、何、私にはポフィールが!」

「いや、あんなデカいデブ鳥に乗ってたら偵察どころじゃねえから。しかも鳥の上に乗ったら旦那高笑いするからバレバレなわけで」

「ぬ……では、飛び跳ねながら移動するのはどうだ! 魔力なしでも、私の力ならばこのサトゥン城程度ならば軽々飛び越えることができるぞ! 常に飛び跳ねて移動すれば空を飛んでいるも同義であろう!」

「バッタみたい。ちょっと見たいかも」

「馬鹿言えライティ。そんなことしたら着地音だけで見つかるっつーの」


 ロベルトとライティの突込みでサトゥンはあえなく撃沈する。

 そんな彼の背中をマリーヴェルがトントンと叩きながら、ぶっきらぼうに声をかける。


「今日のところが我慢しなさいよ。アンタはこっちで私たちと村の手伝いよ。村の人たちの力になるのも立派な勇者の仕事でしょ?」

「ふぬう……一理あるな! 仕方あるまい、ここは涙を呑んでお前たちに出番を譲ろうではないか! 私は村の子どもたちと遊びまわっ」

「手伝いをしろっつってんのよ! 誰が遊べって言ったのよ! 人が仕事してる中で遊びまわるつもりなわけ!?」

「お、落ち着いてマリーヴェル!」

「少しいいか、ラージュ」


 ぎゃあぎゃあと言いあういつも通りの彼らを横目に、グレンフォードがラージュにある提案を行う。


「その空中による偵察任務だが、ラターニャに声をかけた方がいい」

「ラターニャに?」


 グレンフォードが名を挙げた少女――ラターニャ。

 竜を素体としてサトゥンが復活させた少女であり、その戦闘力は一介の村人ながらグレンフォードにも匹敵する恐るべき少女である。

 戦ったことなど微塵もないのだが、吐くブレスは山をも砕き、岩石をも溶かし、湖をも凍て付かせる。文字通り、その身体能力だけで英雄に並ぶ力を有した不思議な少女であった。


「彼女ならば何かに出くわしても高速飛行で逃げられる。万が一攻撃されても、彼女の肌を並の武器や魔法では貫けん」

「まあ、あの娘やべえくらい強いもんなあ……天然過ぎてあれだが」

「わ、私の親友をあれだなんて言わないでくださいまし! あの娘はちょっと、人一倍……ううん、人十倍不思議な思考回路をしているだけです」


 ロベルトの評価に、友人であるミレイアが抗議する。

 といっても、そのフォローはより酷い内容になっている気もするのだが。


「ううん、それなら是非助力をお願いしたいんだけどね。ただ、本人は協力してくれるかな? 言ってしまえば、戦場に触れるということだからね」

「大丈夫だと思います。彼女はずっと命を与えてくれたサトゥン様の力になりたいと言っていましたし、その、戦闘になる前に逃げても大丈夫なんですよね?」

「勿論さ。むしろそっちの方が望ましいね。万が一飛行魔法の使い手がいて、追ってきても村まで逃げてくれば何とでもなるさ。まあ、飛行魔法の使い手なんていても一人か二人だと思うけれど」

「そんなに少ないものなのか?」

「魔法で空を飛ぶっていうのはかなり高等な魔法でね。かといって、メイアのように風魔法で足場を作って蹴るなんてできる命知らずがこの世に二人といるとは思えないし」

「……メイアの魔法って、そんなに無茶苦茶なの?」

「集中力、脚力、判断力、その何れかが欠けたら遥か下の大地に真っ逆さまだよ? 少なくとも僕は絶対にやりたくはないよ。彼女の命知らずかつ常識はずれな天才的なセンスがあればこその力だね」

「あの、褒められてる気が全然しないのですが……」


 ラージュの言葉に、メイアは恐縮するように身を縮める。

 彼女の使う魔法と技がいかにおかしいかがまざまざと証明された瞬間だ。


「とにかく、そういう話なら、ラターニャに相談してみようか。その後に偵察任務に出る、他のメンバーはこのサトゥン城の要塞化を進める方向で。以上かな」


 ラージュの結びの言葉で、彼らの午前中の割り振りが決まった。

 そして、英雄たちのお願いに、ラターニャは満面の笑みで二つ返事の了承を返すのだった。

 レーヴェレーラ軍とサトゥンたちの戦い、その二日目が始まる。




 

次回更新は3月1日(火) 夜10時頃を予定しています。

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