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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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105話 次手

 



 音もなく現れたカルヴィヌに、ヴァルサスは目を細め、凝視したまま言葉を返す。


「……似ているな。我らが女神に酷く近いものを感じる。先ほどのサトゥンを逃がしたのもお前の仕業か」

「そうね。今の彼はまだ不完全なの。本来の姿に戻る前にあなたと戦わせるわけにはいかないわ。今のサトゥンでは、間違いなくあなたには勝てないもの」


 腕に抱いたノウァをゆっくりと地に下ろし、カルヴィヌは彼に手を翳す。

 その瞬間、彼の体を紅の光が包み込み、体中の傷を修復していく。光が収まる頃には、ボロボロだったノウァの体が嘘のように完治していた。


「凄いわね、あなた。この子も決して弱くはない……いいえ、もう少し経験を積めば魔神七柱の下位にも肉薄できる実力者なのだけれど、それを上回るあなたは魔神七柱の上位にも匹敵するわ。流石はリリーシャの最高傑作といったところかしらね」

「先ほどの口ぶりからして、俺の成り立ちを理解しているようだ。ならば分かるだろう。俺に勝てる存在などこの世に在りはしない。ヴァルサス・レザードウィリスという男は女神によってそう定められている」

「皮肉なものね……かつて古の世界において人間を救ったリエンティが、新たな世界では人間を管理し滅ぼす側に立っている。サトゥンではないけれど、愚痴の一つも零したくなるというものよ。リエンティはあの方が生み出した救いの具現、人間の夢、私たちの願いの結晶――それを汚すあの女とは、やはりどうしても相容れそうにないわね」


 妖艶に笑みを零しながら、カルヴィヌはそっと手を宙へと伸ばす。

 そして、彼女が魔力を込めたとき、その右手には紅蓮の鞭が生み出される。

 紅の光に煌めく幻想の武器。恐ろしき程の魔力と熱が込められた得物を握り、膨大な魔力の炎を揺らめかせる魔神に、ヴァルサスは口を真一文字に結び、槍を構えた。

 崖を隔てて向き合うが、距離など絶対強者の二人にとって意味を成さない。割れた大地で対峙したまま、張りつめた空気の中で――カルヴィヌが動いた。


 彼女が解き放つは紅蓮の大蛇。大きく空をうねった鞭は、激しく大地に叩き付けられ、紅の光とともに激しい爆発を生む。

 火山の噴火するがごとき爆音と爆炎を巻き起こし、彼女の生み出した土煙に第一軍が次々に巻かれていく。視界を塞がれ、動揺した兵士が慌てて指示を出そうとするが。


「いかん! ヴァルサス様をお守り――」

「不要だ。奴はもう既にそこにいない」

「は……?」


 土煙の舞い踊る中、ヴァルサスは槍を一閃させて『空間』を断裂させた。

 彼の生み出した斬撃は、空に舞う煙を文字通り切り取ってしまう。

 槍を下ろし、ヴァルサスの見つめる先――崖の対岸には、既にカルヴィヌとノウァの姿はなかった。

 そこにあるのは、念入りに破壊を重ねられ、距離の開いた断崖が存在するのみだ。


「奴は最初から戦うつもりなどない。奴の目的は最初からあの魔族の救出だ」

「で、では追撃を……?」

「追撃? この念入りに、丁寧に破壊されきった断崖絶壁を越えてか?」

「それは……」

「あの女を追う必要はない。第一軍も森林に入り、他の軍同様に村を目指す。あの村の住人を殺すために動けば、必ず連中は現れる。迅速に行動に移せよ」

「はっ!」


 兵たちに指示を出し、ヴァルサスは隻眼の瞳を閉じる。

 瞼の奥に焼き付くは、先ほど彼と向き合った紅の魔神。紅に燃える美しき姿、その神々しさは彼の仕える神と同じ輝き。

 ゆっくりと瞳を開き、崖の向こうを見つめながらヴァルサスは呟く。


「女神に生み出されたこの身が、女神と同じ存在を殺すか――悪くはない」


 槍をしまい、ヴァルサスは他軍に続くように深き森の中へと軍を進めるのだった。




















「――おかしいな。この女からは『異形の力』が感じられない」

「馬鹿な。そんなはずはない」


 力の封印を施すため、ニーナを調べていたラージュの言葉を否定したのはクラリーネだ。

 サトゥン城地下にある、鉄格子の並ぶ一室。そのベッドの上で寝かされているニーナを見つめて、クラリーネはその否定の根拠を述べる。


「彼女も私と同じく巫女シスハより『異形の力』が与えられている。現に私たちと戦う際、私同様『天使化』して戦っていたんだ」

「そう言われてもね。僕の目は見えない力の流れも見通すことができるんだけど、クラリーネの体内にある力がこの女の体内には見えないんだ。力がなければ能力の行使はできない訳で、当然僕の魔法で君に行ったような封印を施すこともできない」

「ではいったいどうして……」

「――あの女が力を回収したのだろう。シスハがそうであったようにな」


 クラリーネの戸惑いに答えを投げたのはサトゥンだった。

 椅子に腰をかけ、腕をミレイアに治療されながら、サトゥンは真剣な表情で述べていく。


「以前、巫女シスハと戦ったとき、奴の中に強大な何かを感じていた。巫女シスハの体を依代として、魔神クラスの何者かが入り込んでいたと私は予想していたが……まさかまだ消滅しておらんとは思わなかった。エセトレアの時に消したと思ったが」

「魔神クラス……それはつまり、全盛期のサトゥンやカルヴィヌクラスということか。六使徒全てを叩き返せば終わりだと考えていたが、甘かったか」

「何、気にすることはない。私は奴が人間だとは思わん。魔を退治するは勇者の仕事、今度こそ私が奴を消し去ってくれるわ」


 壁に背を預けたグレンフォードの問いかけに、サトゥンは笑って答える。

 だが、そのサトゥンの表情がいつもの能天気なものではないことに、嫌でも気づかされる。

 サトゥンが真剣にならざるを得ない相手、それこそが六使徒の背後にいる怪物の正体なのだ。

 場の空気を変えるように、ラージュは軽く息をついて話し始める。


「六使徒の背後、その正体は戦況が進めば嫌でも分かるさ。それよりも現状を報告しよう。君たちが作戦通り先陣の軍を叩いてくれたおかげで、敵はバラバラに山路を分散してくれているよ。これならどれだけ急いでもあと三日はこの村につくまでかかるだろうね」

「村に至る唯一の山道をああまで破壊されてはな。しかし三日とは随分と時間に余裕があるな」

「キロンの村、南部の山は面倒な山でね。山道を外れれば、そこは魔獣や魔物のテリトリーさ。精鋭の騎士たちとはいえ、随分と手間取ることになると思うよ? 連中がもたついている間に、こちらも作戦を並行して進めようじゃないか」

「いいのか? リアンにマリーヴェル、メイアはまだ戻ってきていないが」

「構わないよ。彼らには既に仕事をお願いしているからね。今から話すのは君たち向けの仕事の依頼だよ」

「仕事ねえ……サトゥンの旦那とのフルマラソンは二度と勘弁してもらいたいがね」

「ぬ? また私と仕事がしたいといったか? ふはは! 殊勝な心掛けであるな!」

「言ってねえよ! 微塵も! 一言も!」


 ロベルトの反論を右から左に聞き流すサトゥンを他所に、ラージュは説明を始めていく。


「君たちが戦いに出ている間、村人たちに協力してもらってサトゥン城の周囲を少し弄らせてもらった。ここまで攻めてこられる予定はないけれど、万が一に備えておかないといけないからね」

「周囲の堀は来るときに確認しているが、他にも色々やっているのか」

「ふふ、まあ力を入れるのはこれからだよ。まずグレンフォードにお願いしたいのは、村およびサトゥン城強化のために木材を集めてきてほしいんだ。村人の屈強な人たちにはお願いしているけれど、グレンフォードがいれば早いからね」

「いいだろう。時間が惜しい、早速合流しよう」


 そう告げて、グレンフォードは部屋を出ていく。

 次にラージュはロベルトに視線を向け、次の頼みごとを行う。


「ロベルトは村の畑にある作物を可能な限り収穫してほしい。敵兵がここまできたら、荒らされてしまうし、何より敵の兵糧になりかねない。サトゥン城の備蓄的な意味でも、手の空いている村人を集めて収穫をお願いするよ」

「ああ、任されたぜ」

「私は? 私もロベルトについていっていいの?」

「ライティは流浪の民をここに集めてほしい。魔法が使える彼らにお願いしたいことがあるんだ」

「分かった。お母さんに頼んでくる」


 ロベルトとライティにも仕事を振り、彼らもまたグレンフォードのように部屋を出ていく。

 残されたのはクラリーネ、サトゥン、そしてミレイアだ。

 ラージュはクラリーネに視線を送り、彼女にも役割をお願いする。


「クラリーネ、君は当面の間、ニーナについていてほしい」

「二―ナにか?」

「しばらくすれば彼女は目を覚ますだろう。そのとき、彼女に対する抑止力になってほしいんだ。武器は取り上げているし、力は感じられない。この状況ならば、ニーナは君を打倒する術がないと思っても大丈夫かい?」

「もちろんだ。たとえ空手同士であれ、ニーナと私なら私に軍配が上がる」

「それを聞いて安心した。彼女にはたっぷりと情報を提供してもらわないといけないからね。鉄格子もあるし、鍵もつけるけど、やはり見張りは必要だから」

「分かった。私が責任をもってニーナを見張ろう」


 クラリーネの了承を得て、ラージュは最後にサトゥンへ語り掛ける。


「サトゥン、君の力はどんな状態だい? カルヴィヌから時が来れば力は戻ると言われているけれど、その兆候は見えそうかい?」

「ふむ、微塵も感じぬな! 魔弾の一つすら出せそうにないぞ!」


 あっけらかんと笑って伝えるサトゥンに、ラージュは分かっていたとばかりに肩を竦める。


「正直なところ、一刻も早く君が力を取り戻してくれるとありがたい。本来なら、カルヴィヌの言う『時』というのを待ってもよかったんだけど、正直今の状況ではそうも言ってられないからね。準備に準備は重ねているけれど、本音を言うと不安を拭いきれない。下手を打てば、一気に僕たちは敗北しかねない状況だ」

「なぜだ? 第五軍とニーナは打ち破り、こちらは迎え撃つための準備を着々と進めている。対してレーヴェレーラ軍は慣れない山中の強行軍だ。むしろこちらの有利は深まるばかりなのではないか?」


 クラリーネの言葉は実にもっともなものだ。

 この村には、一騎当千の英雄たちが揃い、事実、三千の軍を寡兵で彼らは撃退している。

 彼女にはサトゥンたちが負ける要素が見えず、ラージュの不安の意味が理解できない。

 そんな彼女に、ラージュは口元を拳で押さえながら、ぽつりと呟く。


「人知を超えた強大な一は、有象無象の千よりも怖い。僕はエセトレアでそのことを巫女シスハに教えてもらったよ。この世には僕の物差しでも図り切れない化け物が往々にして存在する。サトゥンしかり、カルヴィヌしかり、そして――ノウァもそうだった」


 ノウァの名に、クラリーネの表情が強張る。

 彼はカルヴィヌに救助され、未だ意識を失ったままサトゥン城の一室で安静にしている。

 体はカルヴィヌが治療しているが、治療の前にどれだけ追い詰められていたのかは彼の身に纏う衣服の出血量で一目瞭然だった。


「そう、僕はノウァが誰かに負けるなんて想像すらしていなかった。膨大な魔力を使いこなし、英雄を一蹴するほどの剣技を持つノウァが、六使徒の一人に負けたんだ」

「……ヴァルサス、か。六使徒最強にして、聖騎士団長、『神の右腕』の異名を持つ男だ。強者ではあったが、まさかノウァを打倒するほどだとは……レーヴェレーラでは力を隠していたか」

「ノウァが負けたということは、こちらのメンバーでヴァルサスという男をカード一枚で抑えるのは困難を極めるということだよ。対等に戦えるのはカルヴィヌだけだ。だからこそ、これからの作戦ではヴァルサスという存在を常に頭に入れて動く必要があるし、それによって様々な弊害が生まれてしまう。一騎当千……味方に回ると頼もしいけれど、敵に回るとこれほど厄介なものはないね」


 そういう訳で、そう切り出してラージュは結論を伝える。


「サトゥンには可能な限り早く力を取り戻してもらいたい。結局のところ、僕たちがよりどころにしているのは君なんだ。君が誰よりも強く、真っ直ぐに在り続けるからこそ、僕たちは君の背中を追いかけて強くなれる。最小限の犠牲に留め、戦いを終結させるためには、君の力が必要なんだよ、サトゥン」

「むは、むはははっ! ふはははは! 任せておけ、ラージュよ! どれほどの強敵であろうと、私がいる限り何の問題もないわ! ヴァルサスとかいう小僧をちょちょっと捻り上げ、その背後にいる性悪女を今度こそ消し去ってみせようぞ! こうしてはおれぬ、今すぐ力を取り戻すためにも、勇者覚醒の儀を……」

「じゃあ、そういう訳で僕の話は終わったから。後のことはよろしく頼むよ、ミレイア」


 そう言い残し、ラージュは部屋からそそくさと逃げていった。

 また、サトゥンも部屋から飛び出そうとしたが失敗に終わっている。彼の外套をミレイアががっしりと掴んでいたからだ。

 先ほどまで彼の右腕の治療を行っていたミレイアの行動に、サトゥンは首を捻りながら問いかける。


「ぬぬ? なんだ、ミレイア、私の右腕なら完治しておるぞ! むふん! いつも以上に筋肉が躍動しておる、流石はミレイア、サトゥン教を広める者として日々信仰を欠かしておら……」

「……嘘つき、ですわ」

「……嘘つき、だと?」


 言ってる言葉の意味が分からないと首を傾げる勇者に、ミレイアは視線を落としたまま責めるように言葉を並べていく。


「サトゥン様は以前、私におっしゃいました。もうエセトレアのような姿を私に見せない、と。ですが、今日戦いから戻ってきたあなたの腕は血まみれでした」

「ぬ、い、いや、それは……ち、違うのだミレイア! あれは性悪女の気配を感じ、奴の思惑通りに人間を殺させてなるものかと体が勝手に動いて! そうだ! 勇者とは人間を庇う者、守る者である! 人間を守るためについた傷は私にとって誇らし……」

「お願いですから、無茶はしないでください……あなたが傷つきながら笑う姿を見るのが、つらいんです……エセトレアで私を庇って、血を流して笑うあなたを見てから、胸が苦しいんです……自分でも理由は分かりませんけれど、このままだといつかあなたが消えてしまいそうで……」

「ぬ、ぬわあああ! な、泣くなミレイア! いかん、いかんぞ! 女子どもを泣かせるなど、勇者として決して許されぬ悪行である! 無理などしておらぬ、しておらぬのだ! 私は私の思うまま、後悔のないように……ふぬうう! どうすれば泣き止んでくれる! お前が泣き止むなら、私は何でもするぞ! 仕方ない、今度子どもたちと勇者ごっこをして遊ぶとき、私専用である勇者リエンティの役を一度だけ譲ろうではないか! それで機嫌を直すのだ!」

「……あの、私はもしかしなくても邪魔だろうか。いや、私も本当は気を利かせて部屋を出ていきたいのだが、ニーナの見張りがある以上そうもいかなくてな……」


 涙をこぼすミレイアと、それを必死にあやすサトゥン。

 そんなちぐはぐな二人に、空気を読めるクラリーネはそっと小声で訊ね掛けていた。




 

次回更新は2月26日(金) 夜10時ごろの予定です。

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