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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
111/138

102話 混沌

 



 前日の朝、時間はサトゥン城での作戦会議にまで遡る。


 サトゥンが考えた名案――『全ての人間は勇者サトゥン愛に通ず』を聞き、場内は完全に静まり返っている。

 否、一人だけウキウキ状態のサトゥンが高らかに笑いながらドヤ顔で作戦の素晴らしさを語り続けてはいた。


「私を狙って大量の人間がくる、すなわち私に会いたくて会いたくて仕方がない人間たちが我慢できずにやってくるということだろう! ならばこれを勇者である私が相手をせずにどうする! 何、どれだけ数がおおかろうとこの勇者を敬愛する愛しき人間たちを私が邪険にするはずがなかろう! 一人残らず私が相手し、夢と感動をふりまいてやろうではないか!」

「うわあ、どうしよう、こいつ人の話何も聞いてないわ。ねえ、リアン、こいつ本気で殴りたい。過去にないくらい殴りたいの。もう、いいわよね?」

「だ、駄目だよマリーヴェル! 落ち着いて!」


 拳をプルプルと震わせるマリーヴェルを、リアンは彼女とサトゥンの間に入ることで必死に食い止めている。

 勘違いを続けるサトゥンにため息をつき、噛み砕いて説明をし直そうとしたミレイアだが、そんな彼女を制止したのはラージュだ。

 ミレイアを止め、ラージュはサトゥンに対しとんでもないことを言い放つ。


「君の言う通りだ、サトゥン。レーヴェレーラからやってくる連中は君の熱烈なファンのようで、君のエセトレアでの活躍に心奪われたらしい」

「ふははは! そうであろうそうであろう! うむうむ! 確かにエセトレアで私は誰よりも輝いておったからな! 勇者の大活躍は全人類の望む夢であるからな!」

「ただ、一万を超えるであろう彼らが村に押し寄せては、村の人たちも困ってしまうんだ。なにせこの村は一万人もの人間を受け入れられないからね。だからサトゥンには、村の外で彼らの相手をしてほしいんだ」

「うむ! それは仕方あるまいな! 一万を超える人間がサトゥン教徒となり、この村で生活を送るのは確実な未来であるが、まだ準備が足りておらぬ!」

「明日の早朝、キロンの村のふもとの山道で彼らを歓迎しようじゃないか。そのためにもサトゥン、君にしかできない仕事を頼めるかい? 彼らの歓迎会の準備のために、獣の肉が大量に欲しいんだ。何せ一万人を歓待しないといけないからね」

「あいや分かった! ふはははははは! 任せておけ! 今から村の外に生息する魔獣を片っ端から仕留めて村に運んできてやろう! 勇者のもてなしはされる時はもちろんのこと、する時も最高級のものに仕上げねばならぬ! おっと、こうしてはおられぬ! 善は急げであるな!」

「あ、ま、待ってくださいサトゥン様っ!」


 ラージュの口車にあっけなく乗せられ、サトゥンは意気揚々とダッシュで部屋を飛び出していった。

 そんな彼を追おうとしたリアンだが、ラージュに部屋を出ることを止められ、その足を止めた。

サトゥンがいなくなった室内にて、みんなを見渡してラージュは話を始める。


「さて、サトゥンもいなくなったことだし、作戦会議を始めようか。レーヴェレーラ軍を返り討ちにする作戦をね」

「いや、それはいいんだが……いいのか? サトゥンの旦那、お前に言われるがままウキウキで出て行っちまったけど」

「ああ、いいんだ。サトゥンの役目は既に与えてあるし、何よりもここから先、サトゥンにはあまり聞かせたくない話もしなければいけないからね」


 そういいながら、ラージュは壁に大きな地図を広げていく。

 それはキロンの村を中心とした周囲の地図だ。それを見て驚くのはリアンだ。


「キロンの村の周辺地図? 凄いね、こんな正確に記載されてるものは初めて見たよ。ウチって山奥だから、地図なんて上等なものはなくて」

「ふふ、ありがとうリアン。これは僕の手が空いたときにリレーヌと一緒に制作したものさ。何せこの村は外の世界では色々と曰くつきだからね。『こういう事態』になる可能性も捨てきれなかったから、防衛の為にも準備していたのさ。ま、今回の件は人々からの迫害ではなく出兵な訳だけど……さて、それじゃ話を始めようか。この村に被害を出すことなく、どうやってレーヴェレーラ軍を返り討ちにするかをね」


 地図を軽く指さし棒で叩き、ラージュは仲間たちに自分たちを取り巻く状況を噛み砕いて説明していく。


「見てのとおり、キロンの村は山中奥深くにある田舎の村だ。山道は険しく、深く、悪路が続き、正直なところ、人の行き交いする場所じゃない。言うなれば天然の要塞、砦と化しているのがこの村だね」

「ひでえ言われようだが、実際その通りだよな……リアン、お前、よくサトゥンの旦那に出会うまでこの場所で生き延びられたな」

「ううん、僕は生まれも育ちもここなんでそこまで気にしたことなくて……」

「普通はこういう場所を領主とかが手を入れたりするもんじゃないのかねえ。ま、どうせ地方の領主なんてお決まりの脳無し貴族様で、こんな面倒な村は放置しておこうって感じだったんだろうけどな」

「す、すみません……脳無しの前領主代理で本当にすみません……」

「え、ぜ、前領主ってメイアさんだったのかよ!? や、いや、今の無し! 今のは言葉の綾で」

「うん、ちょっと真面目に話を聞こうか、君たち。というかロベルト」


 ラージュの指摘にロベルトは平謝りだ。

 あっちに謝り、こっちに謝り、本当に忙しい男である。

 気を取り直し、ラージュは村の周囲をぐるっと囲みながら、説明を続けていく。


「このようにキロンの村は軍にとって非常に攻め難く、一度に軍を送り難い地形なんだ。さらには村にはこのサトゥン城という堅牢な城まで存在する。この城はサトゥンが冗談で作り上げたにしてはよくできてる代物でね。村人の総数が二百人程度だと考えると、この城に籠城することだってできる」

「そうなんだ……あいつ、自分が勇者として名を挙げたらリエンティのように王になるからって馬鹿な理由でこの城を造ってたんだけど」

「衝撃耐性、魔法耐性、全て完備で外から侵入する方法は城門を抜けるか六階建ての屋上、空から入り込むしかない。正直言ってエセトレア城よりも面倒だよ、攻めるのは」

「つまり、村の人たちがここに逃げ込めば、簡単には落ちないということですね。水と食料さえ確保できれば、一月籠城することだってできると」


 メイアの問いかけにラージュは頷く。その彼の答えに安堵する一同。

 戦となり、何より心配になるのは村人の安否だ。彼らは外見が魔獣と融合したり、流浪の民であったりと外の世界に逃げて生きることができない人々だ。

 ゆえに、彼らを守るためには、なんとしてもこの地を死守するしかないし、彼らを守るために戦うしかない。そんな彼らを守る手段、城への籠城という手を確保できたのは非常に大きな意味を持つのだ。


「これらの前情報を得た上で選べる手段がまず一つ。戦いを国に押し付け、僕らは静観する方法だね」

「国に押し付ける、ですか」

「言ってしまえば、今回の件はレーヴェレーラがメーグアクラスに侵攻している訳だからね。彼らの目的がエセトレアでの事件で企てを邪魔した僕らであろうと、彼らのやってる進軍は侵略行為に他ならない。なら、簡単なのはメーグアクラス軍に全てを投げて僕らは彼らを信じて城に籠り続ければいい」

「策としては一番正しいだろう。兵士が戦うのは国家間同士の戦争が本来の在り方だ。ただ、そこに生まれる結果に対して、サトゥンが納得するとも思えんが」


 グレンフォードの言葉に、ラージュはその通りだと頷いてみせる。

 眼鏡の位置を直しながら、指を立ててラージュはこの策の生み出す状況を語っていく。


「まず第一に、この手は大量の死者がでる。レーヴェレーラ聖騎士軍とメーグアクラス王国軍が正面からぶつかり合うんだから、何千何万という戦死者が出るのは絶対に避けられないだろうね」

「……まあ、戦争だからな」

「その後の問題も生まれるでしょう。軍同士の戦いに発展し、犠牲が出てしまえば、メーグアクラスはレーヴェレーラに軍を出さねばならなくなります。そこに同盟国のローナンや他国も関わり始めれば、それこそどちらかが致命的な敗北をするまで続きかねません」

「なるほどね……グレンフォードの旦那の言う通り、サトゥンの旦那が納得する訳ねえか。ラージュ、サトゥンの旦那を遠ざけたのはこういう話をするためか」

「まあね。彼には極力こういう話を耳に入れたくない。彼は人間を信じ、愛する。酷く偏った人間賛歌な考え方だけど、そんな彼の生き方を僕は何よりも好ましく思っているよ。彼の在り方に心惹かれ、ついていきたいと願った。ならば、僕らはサトゥンがそんな眩い生きた方をいつまでも続けられるように助力すべきだと思ったんだ」

「ふふっ、本当に愛されてるのね、彼は」

「ここのみんな、サトゥンが大好きで集まった人だから」

「ちょ、ちょっとライティ、そこに私は入らないから!」


 壁に背を預け、話を聞いていたカルヴィヌが嬉しな声をあげる。

 素直になれないマリーヴェルが照れ隠しの発言をあげてはいるが、彼らの本心は誰も彼も同じものだ。

 サトゥンの苛烈で眩い生き方、在り方に心奪われ、彼のように強く在りたいと、共に在りたいと願った者、それが英雄たちなのだから。

 仲間たちの考えがまとまっていくのを確認し、ラージュは案の結びに入る。


「この案は最後の手段として置いておこう。そういう事態にならないように手を尽くすけれど、どうしようもなくなったとき、大事なのは村人の命だからね。村人と兵士の命を天秤にかけるつもりはないけれど、戦争になれば国の兵士には役割を全うしてもらうほかない」

「そうさせないための案があるんでしょ? ほら、次の案を教えて頂戴」

「分かった。じゃあ次の案なんだけど、それはレーヴェレーラ聖騎士軍を殲滅させる案だ」


 ラージュの言葉に、室内が再び静まり返る。

 そして、仲間を代表して、ミレイアがおそるおそる手をあげてラージュに問いかける。


「あの、レーヴェレーラ聖騎士軍を殲滅なんてできますの? 聖騎士軍と言えば、この大陸でも指折りの精強な軍隊で、度々凶悪な魔獣を打ち滅ぼし、他国の侵略を防ぎ続けたことで有名なのですけれど……」

「できるかできないかで言えば、可能だと答えるよ」

「それはどうやって?」

「まず一番簡単なのは上空からライティ、ノウァ、カルヴィヌ、そしてラターニャによる大規模破壊攻撃を行うことかな。魔力切れを起こすまで延々と魔法やブレスを軍へ向けて放ち続け、撃ち漏らした連中を英雄たちで狩ればいい。酷く大雑把な作戦だけど、一番効果的な作戦でもある。ただ、この作戦には問題が二つ、『敵兵士が大量に死ぬこと』と『四人が人を大量に殺すこと』だね」


 その言葉に、英雄たちの表情が強張る。

 そして、視線が自然にライティに集まってしまう。敵兵が大量に死ぬことはもちろんだが、彼女が大量殺人を行うことになってしまう。

 仲間たちの視線が集まるなか、ライティは眠そうな目をしたままぽつりと意見を述べる。


「私はいいよ。それで村のみんなが守れるなら、私は誰だって」

「ねえよ。ラージュ、悪いがその作戦は無しだ。こいつに人は殺させねえ。それを背負わせるのは絶対に認められねえ」

「分かっているよ、ロベルト。さっきも言った通り、兵士が大勢死ぬことをサトゥンは望まない以上、こんな作戦はとらないさ。この話をしたのは、あくまで次の策を説明するためのものだと考えてほしい。だからそんなに強くライティを抱きしめて守らなくてもいいんだよ?」

「ち、ちげえよ! これはそういうんじゃねえよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るロベルトだが、ライティは嬉しそうに彼の胸に顔をこすりつけている。

 そんなイチャイチャする二人を置いて、ラージュは本題とばかりに本命の話題を提起する。


「レーヴェレーラ軍を壊滅状態に追い込むのは敵兵を全滅させるだけが策じゃない。生物が頭を落とされれば死ぬように、軍という生き物の首を叩き切ってやればいい。聞けばレーヴェレーラ聖騎士軍は多頭竜のごとく、凶悪な頭によって統制されているそうじゃないか」


 そう告げながら、ラージュは視線をクラリーネへと向ける。

 レーヴェレーラにて六使徒の一人だった彼女は、その情報が確かであると証明するために頷き肯定する。


「聖騎士軍は六使徒、私を除く五つの戦士を長として五軍団制で構成されている。もし、レーヴェレーラが本気でサトゥンを殺すつもりで進軍しているならば、全軍団が来ているはずだ」

「仮に彼らを全て倒してしまえば、軍は止まると思うかい?」

「止まる。六使徒は聖騎士たちにとって絶対の存在であり、常勝不敗の将。彼らは女神より『祝福』という名の『呪い』、神の使徒としての力を与えられている。その六使徒が負けてしまえば、阿鼻叫喚を生み、戦線を維持することは不可能だ。六使徒を絶対とする軍において、彼らのほかに軍を担える人材などいない」

「なるほどね、実に分かりやすいじゃない。つまり、クラリーネをあと五人倒せば私たちの勝ちってことでしょ?」

「その例えは複雑だが、間違ってはいない。六使徒さえ全滅させれば、彼らはリリーシャ教の指示を仰ぐために敗走するだろう。だが、逆を言えば六使徒が一人でも残れば、そこに希望が残ってしまう。やるならば、六使徒全てを確実に倒さねばならない」


 クラリーネが断言したことで、今回の作戦の勝利条件が明確になる。

 軍のトップである六使徒、その全てを倒しきれればあとはいくらでも手の打ちようがある。彼らの命で進軍を行っているならば、彼らが敗北した状況で強硬に軍を推し進めるとは考えにくい。


「勝利条件は明確になったね。僕らは軍の長である六使徒たちを倒し捕えてしまえばいい。その身柄をメーグアクラスに引き渡して、後の国家間交渉は投げる。それだけだね」

「問題はどうやって敵の頭をおびき出すか、ですね。一万を超える軍勢を正面から相手し、その後に六使徒と戦うというのは非常に困難です」

「釣り上げるにしても、よほどの餌がないと敵は食いつかんだろう。軍として行動を起こしている以上、生半可なことで六使徒は前に出まい」

「それこそ、六使徒の連中が我を忘れて前に出るような、そんな特上の餌が……」


 そこまで言って、マリーヴェルはハッとあることに気づいてしまう。

 それは他の英雄たちも同じらしい。ノウァとカルヴィヌに至っては心底楽しそうに笑う始末。

 仲間たちの頭にあるのは、さきほどウキウキで出ていった男の笑顔だ。そんな仲間たちに、ラージュは悪びれることなく爽やかに言ってのける。


「食いつくさ。彼らの目的である、巫女シスハを打倒した『勇者』が眼前に現れ、いつもの調子で接するんだからね。サトゥンを餌に軍を大きく立てに引き延ばし、山道の途中でそれを魔法で分断する。孤立した軍を少数でねじ伏せ、あわよくば六使徒を数人潰す。それが今回の作戦の序幕かな」

「サトゥンを餌って……あんた、可愛い顔してやること本当にえぐいわよね」

「無論、サトゥンが危険だと感じたらすぐに撤退させるさ。転移魔法か、はたまた別の方法か。ま、そのあたりは任せてくれて構わないよ。もしも敵が釣れなかったら次の策を打つつもりだけど……サトゥンの挑発に乗らないってなかなか難しいことだからね」

「あいつなら一万の敵を前にしても、平然と馬鹿笑いかまして女神リリーシャを馬鹿にしそうな気がするわ」

「女神リリーシャをコケにすれば、間違いなくアガレスは釣れるだろうな。サトゥンの普段の在り方なら、ニーナあたりも怪しい」


 ため息をつきながらマリーヴェルとクラリーネが言葉を漏らしていく。

 だが、今回においてサトゥンのどこまでも自然体に人をイラつかせる才能が活きる。普段から怒りを溜めさせられているマリーヴェルのお墨付き、彼には存分に活躍してもらおうという意見で一致するのだった。


「敵軍の分断にはノウァ、君の一撃をお願いしたい」

「俺様か? 別に構わんが、そこの小娘でも構わんのではないか?」

「いや、ライティだとインパクトが薄いからね。できれば君にはレーヴェレーラ軍の『恐怖の象徴』になってほしいんだ」

「ほう? 興が乗った、話せ」

「まず、この敵を分断する上でこちらに『大規模破壊魔法』のカードがあることを敵に伝えたいんだ。それも並じゃない、恐ろしいほどの力の使い手がいるということを大々的にアピールする。そうすればどうなると思う?」

「進軍が止まるだろうな。敵が命を惜しまん泥人形なら話は変わるが、人間の集まりならば命は惜しむだろうよ」

「その通り。大軍を一気に進めれば、そこを敵の魔法で一網打尽にされる……そう思わせてほしい。大量の人死にが出る以上、本当はこちらはその手は打てないのだけれど、ノウァにはそのブラフを見破られないように振るまってもらいたい。正体不明の、大地を割るほどの魔力の使い手――それも人を殺すことを何とも思っていないような存在が突然現れたとあれば、敵は必ず動きを止めるはずさ」

「その隙にお前たちは分断した側を叩くということか。ククッ、いいだろう。つまらん戦いなら参加せずにいるつもりだったが、それなら別だ。俺様は将来、魔王となる男。人間に恐怖を与える腕鳴らしにはちょうどいいだろう」


 乗り気のノウァにラージュは安堵する。

 カルヴィヌは本調子ではないサトゥンにつけたい以上、この役を担えるのはノウァしかいないからだ。

 ライティやラターニャでは力は十分だが迫力に欠け、敵の歩みを止められるかあやしい。

 その点、ノウァなら容赦なく敵の進軍を塞いでくれるだろう。実力も申し分なく、彼の稼いでくれた時間がこちらの作戦時間を稼いでくれるはず。


「村を守るための次の手は用意してあるし、その準備もいまから始めるつもりだよ。だから君たちは、まずは何としても明日の緒戦に勝利してほしい。分断するとはいえ、敵兵も数千は残るはず。兵士の猛攻を防ぎつつ、六使徒を倒し、可能なら捕縛してほしい。そうすれば次の一手がスムーズに進められ、事を優位に運べるはずだ」

「作戦の遂行は任せておけ。ラージュ、お前は自分が一番良いと思う策を遠慮なく俺たちにぶつけてくれればいい」

「グレンフォードの旦那が言うと頼もしいな……ま、そういう訳だラージュ。困難なんてこれまでいくらでも乗り越えてきたんだ。竜の大軍と戦ったときに比べたら、人間の兵士を相手に立ち回るなんて余裕だっつーの」

「アンタはメイアを助けるとき、必死に逃げ回ってただけじゃない。でもまあ、こんなの困難でも何でもないっていうのは同意見よ。任せておきなさい、ラージュ。私がクラリーネの四人や五人、ぱぱっと捕まえてあげるから」


 仲間たちの言葉に、ラージュは『ありがとう』と礼を伝える。

 そんな英雄たちに、ノウァは楽し気に笑いながら意見を述べる。


「ふん、貴様らも愚かだな。敵兵を殺し尽してしまえば、手間も面倒もないだろうに。見知らぬ、こちらの命を狙う敵兵を生かすために、敢えて困難な道を取るなど」

「馬鹿ね。だってそれが『勇者』と『英雄』でしょう? たとえそれが愚かと思われても、無意味だと笑われても、人を救う道があるなら己が意思で突き進む――あの馬鹿ならきっとそう言うでしょう? だったら私たちが選ぶ道は一つじゃない」

「人を殺す覚悟より、人を殺さずに戦い抜く覚悟を持ちたい。甘さと蔑まれても、愚かだと指さされても、それでも僕たちの目指す道はたった一つですから」

「甘い、実に甘い……が、それでこそ人間の守護者たる『勇者』と『英雄』に相応しい。そうだ、俺様が認めたお前たちはそうでなければならん。はなから諦める弱者の言い訳など不要、貴様らは道化と蔑まれてもその道を歩めばいい。いいか、何があろうと決して折れてくれるなよ。真なる勇者として花開き、俺様の前に対峙するその時まではな」





















 山道で火蓋が切って落とされたレーヴェレーラ第五軍と英雄たちの戦い。

 その戦況はまさしく圧倒の一語だろう。


「く、くるぞ! 守りを固め……ぎゃあ!」


 背中を預けあった兵士が一人、また一人と頭部を強く剣で叩き付けられ、その場に倒れていく。

 闇雲に槍を振り回す兵士だが、その攻撃は狩人には当たらない。木々を飛び回る狩人たる少女は、興味を失ったとばかりに敵から離れ、また別の集団へ向けて二剣を振るう。

 あまりの速度に、雑兵では死神の一撃を追い切れるはずもない。一瞬にしてまた二人が蒼髪の死神、マリーヴェルの剣によって地に倒れ伏した。

 素早くその場を離れ、背の高い木の枝に駆けあがった少女は、軽く息をついて戦場を見渡す。そこにはどうすればよいのか右往左往する獲物がこれでもかと存在していた。


「これだけ数がいると、どいつから叩いても同じね。しかし、聖騎士軍なんて大層な名前がついているけど、随分とお粗末だ事」

「それは仕方ないでしょう。彼らは国防や侵略を主とする純粋な兵士であり、私たちのように木々を飛び回る相手をする訓練などしていないのですから」


 愚痴るマリーヴェルの隣に現れたのはメイアだ。

 彼女もまた愛刀ガシュラを抜き放ち、風魔法で生み出した透明の足場に立っている。


「想定してないから対応できないってのも情けない話よね。ま、相手が対応できないならそれはそれで楽できていいわ。私たちは存分に山と森を利用して、敵をどんどん減らしていきましょう」

「山道では馬上での戦いは難しく、敵も次々と馬を捨てていますね。できれば、あの馬をキロンの村に数頭頂ければリアンやあなたの馬上訓練も行えるのですが」

「あー、そういう鍛錬の話は後々! 今はこの戦場を駆け抜けるわよ、メイア! 大物は譲った分、大暴れしてやらないと気が済まないわ」

「そうですね。人間同士の戦場で剣を振るうのは久々ですが、この空気も悪くありません。やはり戦は心が昂るものです」


 互いに笑いあい、二人の戦女神は木々を飛び越えて戦場を走る。

 彼女たちの目的はただ一つ。仲間が目的の大物を仕留めるまでの間、敵をかく乱して時間を稼ぐこと。

 ただ、彼女たちの実力が抜きんでるあまり、かく乱どころか兵力をガンガンと削っている状況になっているのだが。














 激しく動く動乱の戦場。

 そのなかでニーナは激しく声を上げて指示を出す。


「槍兵、前に出なさい! 数で押し潰すのよ! 弓兵は間髪入れずに掃射! 味方を巻き込んでも構わないわ! 連中を止めるのよ!」


 必死に指示を送るが、彼女の命令は風に響くだけ。

 なにせ、彼女の指示を受けるよりも早く、兵士が次々と戦場の嵐に巻き込まれてしまっている。せっかく開けた場所まで戦線を移動させられたのに、その意味すら失いかけてしまっている。

 その嵐に触れれば最後、兵士たちは激しく吹き飛び、武器はへし折られ、次々と兵の層が押し込まれていく。

 ――なんて無茶苦茶。表情を歪める彼女だが、後衛を固める弓兵たちからの悲鳴にさらに顔をこわばらせることになる。


「だ、駄目です! 弓兵部隊、側面から強襲を受けています! 槍部隊への援護ができません!」

「横からですって!? くそっ、敵はどれだけいるの!? 手が回らないほど伏兵が潜んでいたわけ!?」

「それが、たった一人で、その相手は六使徒のクラリーネ様でっ」

「あの裏切者があ! ええい、弓兵と剣士隊は側面に集中なさい! あの裏切者を数で押し潰した後、こっちへ加わりなさい!」

「で、ですが、反対側からも恐ろしく手練れの槍戦士が迫っており……」

「それでもやるのよ! やれないって言うなら役立たずは前に出なさい、奴らより先に私が殺してやる!」


 忌々しい名前に、ニーナは殺意を隠すことなく罵声を浴びせながら、視線を前線へ向ける。

 以前、敵とニーナの本陣との距離はあるが、数で押し潰せる空気を感じない。味方兵士の悲鳴がどんどん近くなってきている。

 さらに左右に展開している部隊も次々に押し込まれている。それも、どちらもたった一人の力によってだ。

 後方から兵士を前に出そうとしても、山道の途中で何者かに襲われているらしく、うまく戦線を押し上げることすらできていない。

 苛立たし気に爪を噛みながら、ニーナは吐き捨てるように言い放つ。


「何よ、たった数人相手になんて無様なの。このままじゃ他の六使徒の連中に笑われるじゃない。たった十人にも満たない連中に第五軍が負けるなんて笑い話にもならないわ」


 戦況を見渡しながら、ニーナは昂る怒りを抑えつつ冷静に思考する。

 確かにクラリーネは強敵だ。同じ六使徒であり、巫女シスハのお気に入りである彼女は一騎当千、一人で兵士千人分の力はあるだろう。

 だが、それでも戦況は問題ないと考えていた。クラリーネと同等の力である自分が彼女を仕留め、残りの雑魚は兵士たちによって蹂躙する。それですべてが終わるはずだった。


「それなのに、この状況は何よ……どうして私たちが押されているのよ。山道、森、戦場が不利なのは事実だけど、それでもこちらは三千も兵士がいるのよ? それがどうして――」

「――簡単な答えだ。こちらにはクラリーネの他にも一騎当千の人間が揃っていて、貴様たちの兵力を上回っていた。それだけのことだろう」


 前方を守る兵士たちが吹き飛ばされ、そこから現れた男をニーナは忌々しそうに睨みながら腰の剣を抜く。

 三千の兵を全て倒された訳ではない。それなのに男は自分の前にたどり着いた。その理由は明白だ。

 敵は、最初から兵士全てを倒そうとしていない。敵は戦力を分散させ、危険を承知の上で戦い、薄くなった戦線を恐ろしいほどの突破力で強引に突き破ってきた、ただそれだけなのだ。

 そのような真似をした理由はただ一つ――こいつらは、最初から『六使徒わたし』だけを狙っていた。

 馬から飛び降り、男の前に立って怒りを露わにしながらニーナは口を開く。


「……そう、そういうこと。そういえばそんな情報もあったわね。この田舎村にはアンタがいるんだって……本当に忌々しいわ。一度舞台から降りた腰抜けの亡者がノコノコと出てくるんじゃないわよ、『若獅子』グレンフォード!」

「悪鬼の魂を運ぶのは亡者にしか出来ん仕事だろう――かかってくるがいい、六使徒が一人、ニーナ・アプリア。もっとも、貴様からはさしてクラリーネほどの重圧は感じんがな」

「殺す! アンタといい、筋肉男といい、人の神経を逆撫でしてくれるわ! 惨たらしく無様に惨めに刻んでやる!」


 剣を逆手に握り直し、ニーナはグレンフォード目がけて大地を蹴った。

 恐ろしき速度の剣速に、グレンフォードは微塵も慌てることなく巨斧を合わせて振り回す。甲高い剣戟音とともに、大陸一の戦士と六使徒の戦いは開始を告げるのだった。












 そんな戦場が開かれた中、彼らの先頭に立つ勇者はというと。


「ふははははは! ここだ! お前たちが狙う最強の勇者はここだぞおおおお! 山の中で私を探し回る兵士たちよ、私はここにいるぞおおおおお! 私は勇者であり、この者たちを束ねる者である! そんな私を捕まえれば、最高の功績になるぞおおおおお!」

「くそっ、なんて足の速さだ! 全然追いつけねえ!」

「弓だ! 弓で撃つんだ! 足を狙えば……」

「駄目だ! さっきからあいつ矢を弾いてやがる! 当たってるのに微塵も刺さらねえ! どういう体で出来てんだ、本当に人間かあいつは!?」

「隣だ! 隣で走っている金髪を狙うんだ! あいつを先に仕留めろ!」

「な、なんで俺までサトゥンの旦那と一緒に追われてるんだよおおおおお! ちくしょおおおおおお! 俺もリアンたちみたいに格好良く活躍できるんじゃねえのかよおおおお! そもそも旦那、なんで敵兵に追われてるのに、そんなに嬉しそうな顔してんだよおおおおお! 意味わかんねええええ!」

「何を言うロベルトよ! 勇者と英雄は人々にちやほやされるもの! これから先、我らは人々を救い、このように追いかけられることが日常茶飯事となるのだぞ! この状況を喜ばずしてなんとする! うははははは! 人が、人が私を求めて興奮しておるわ! 私を巡って争っておるわ!」

「もう嫌だああああああ! マリーヴェルーーーー! 頼むから旦那を本気で蹴り飛ばしにきてくれえええええええ!」


 大量の敵兵士をトレインし、山道を全力で疾走していた。

また、そのトレインになぜか巻き込まれたロベルトが、彼と並走して山道を全速力でダッシュしていたりした。

 人間たちに追い回されるサトゥンの笑顔はどこまでもご満悦だった。

 勇者サトゥン、人間にちやほやされたい彼にとって、このように追っかけに追い回される経験はすこぶる嬉しいらしい。




 

空白状態となっておりました先話部分の削除できました。大変お手数をおかけしました。

次の更新は2月20日(土) 夜10時ごろを予定しています。


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