97話 切欠
「……なるほど、あなたが魔人界を離れ、人間界に訪れてからそんな出来事があったのね」
召喚したカルヴィヌを連れ、サトゥン城に戻った英雄たちは、これまでの経緯をカルヴィヌへと説明していた。
サトゥンとリアンの出会いからエセトレアでの激闘に至るまで、サトゥンがこの人間界で何を成し、どんな風に英雄たちと出会い絆を育んだのか。その説明をカルヴィヌが求めたためだ。
仲間たちの、サトゥンの話をカルヴィヌは優しく微笑みながら耳を傾け続けた。
「サトゥン、あなたは『勇者リエンティ』のようになりたいと夢見て魔人界を飛び出したけれど、その夢はしっかり叶ったようね。こんなにも素敵な仲間たちにも巡り会えたのがその証拠だわ」
「ふはははは! 当然である! 勇者と英雄は惹かれあうは自然の道理! この世の摂理とも言ってよかろう! お前たちは私と出会うためにこの世界に生まれた、そうであろう!?」
「違うわよ、ありえない」
「旦那、それはマジで厳しいわ」
「この通り、英雄たちもそうだと言っておる! むふん、愛され過ぎてしまうのも勇者の悲しい性というものよ!」
「アンタの耳は自分に都合の悪い話が入らないのか!」
右から左に聞き流すサトゥンに突込みを入れるマリーヴェル。この光景ももはやお馴染みのものとなってしまっている。
いつもの取っ組み合いになりつつあるマリーヴェルをリアンが必死に宥める姿を見つめながら、カルヴィヌは確認するようにサトゥンに問いかける。
「今一度確認しましょう。あなたが力を失ったのはエセトレアで巫女シスハという人間との戦いを終えてから。その戦いでサトゥンは相当量の力を解き放っている」
「うむ、巫女シスハ……というよりも、そのなかに入っていた奴は強敵であった。結局シスハの中に入り込んでいた者の正体は分からずじまいであったが、状況が少しでも変わっていれば負けていたかもしれん」
「ほう? 能天気な貴様の台詞とは思えんな」
真剣に語るサトゥンに茶々を入れるノウァだが、サトゥンの表情に変化はない。
シスハとの戦いは苛烈を極め、一歩間違えばリアンはおろか、仲間たちが一人残らず殺されていただろう。そのことが未だサトゥンの心に残っていた。
ゆえに、シスハに関しては彼も冗談めいた発言をしない。サトゥンの真剣さが伝わったのか、ノウァはそれ以上口を開いて揶揄することはなかった。そうすれば、先日のように英雄たちから怒りの剣を向けられるだろうから。
「巫女シスハ……ね。あなたが武器作成によって力を落としているとはいえ、そこまで苦戦するとは常軌を逸する相手だったようね。正確には中に憑依していた何者か、だけれど」
「うむ。あれの力は以前の私やカルヴィヌ、お前にも並ぶほどであった。魔神七柱クラスが私たち以外に人間界に訪れているとは思えんが……カルヴィヌよ、人間の体に憑依する魔神に心当たりはあるか?」
「魔神にはないわね。ただ、その正体は大凡掴めているけれど……今は置いておきましょう。今、ここで大事なのはあなたの力を取り戻すことでしょう。違って?」
「む、その通りだが……」
「仲間たちの身を案じて敵の正体を探ろうとする気持ちは分かるけれど、今はおいておきなさいな。それはサトゥンが力を取り戻してからでも遅くはないでしょう」
「……分かっているさ。だが、『俺』は奴がリアンを傷つけたことを未だ許してはいない。次に見つけた時は、その代償を払わせてくれる……ん、どうした、お前たち」
会話に参加せず、呆然とサトゥンを見つめる仲間たちに気づき、サトゥンは訊ね掛ける。
一番早く動揺から脱したマリーヴェルは、恐る恐るといった感じでサトゥンに言葉を紡ぐ。
「……アンタ、誰よ?」
「ぬ?」
「サトゥンがそんな真面目な顔して会話するなんてありえないわ。サトゥンが格好いいなんて絶対にありえない」
「ぬうううう!? 何を言うかマリーヴェル! 私はいつでも格好いい、光り輝く存在であろう! この勇者としての容貌、肉体、言葉、何をとっても人間にちやほやされるために存在しているとしか思えぬ、まさしく勇者美の塊である!」
マリーヴェルの指摘にサトゥンは筋肉を震わせて憤慨する。
冷静で寡黙さすら感じさせる二枚目が、坂を転げ落ちるように筋肉達磨のコメディ残念美形へと変わる様はなぜか美しささえ感じてしまう、それくらい見事な転落であった。
「なんで口を開けばすべてが台無しになるのよアンタは! もうあれよ、アンタは必要な時以外はずっと真剣な顔して寡黙で過ごしてなさいよ! そうすれば村の女の子たちの人気を独占できるから!」
「ふはははは! 馬鹿を申すなマリーヴェルよ! 私の声をこの世に生きる幾億の人間が渇望してやまぬというのに、それを黙っていろなどとは笑い話にもならぬわ! 勇者サトゥンは死ぬまで口を閉じぬぞ! 賑やかさこそ生命の証である!」
シリアスな空気が全力で霧散し、いつものサトゥンにあっという間に戻ってしまう。
それを笑う仲間たちだが、今のがマリーヴェルの機転だというのはその場の誰もが理解していた。誰かを憎み暗き感情に身を委ねるサトゥンよりも、能天気なまでの笑顔で楽しそうにしているサトゥンのほうが彼らしいのだから。サトゥンが元に戻ったことに誰より安堵しているのは、ミレイアだろう。
完全に脱線してしまった話を、カルヴィヌは気にすることなく笑顔を湛えたままでやんわりと戻していく。
「サトゥンの状況は把握したわ。あなたが魔力を枯渇させているのは、言うなれば過大負荷ね」
「過大負荷?」
「あなたは仲間たちに己が魔力から武器を与え、力が欠損した状態でありながら、魔神として在った完全状態の力を引き出そうとした。そんなことをしてしまえば、無理が出て当然だわ。あなたがしたことは、下手をすれば死んでいてもおかしくなかったくらいの無茶なのよ。本当、手遅れにならず、対処できる程度でよかったわ」
「ふむ、死の危機をも乗り越えて人々を救ってみせた勇者……実にいいではないか! ミレイアよ! サトゥン英雄譚二十八章に今の一文を書き加えておくのだぞ!」
「えええ、そんなもの私書いていませんけど……」
「カルヴィヌ、君の口ぶりではつまるところサトゥンは手遅れではないんだね? 君ならばサトゥンの力を取り戻せる、そういうことかい?」
「ええ、そうよ、ラージュ・ムラージュ。私ならサトゥンの力を取り戻すことができるわ」
カルヴィヌの自信に満ちた言葉に、仲間たちから歓声があがる。
だが、カルヴィヌは『ただし』と前置きしたうえでサトゥンに向き直る。彼女の視線は真っ直ぐにサトゥンを射抜いたままだ。
「サトゥン、あなたが力を取り戻すためには代償を生じる必要があるわ。私の取る方法なら、確かにあなたは確実に全盛期の力を取り戻すことになる。ただし――代償ととしてあなたは『全てを思い出す』ことになる」
「思い出す、だと?」
カルヴィヌの言葉の意味を理解できず、サトゥンは眉を寄せる。それは仲間たちも同様だ。
訊ね返すサトゥンに頷きながら、カルヴィヌは諭すように彼に説明を続けていく。
「思い出すのは禁忌の記憶。かつてのあなたが捨て去った全て。それを開けてしまえば、あなたは『サトゥン』としていられなくなるかもしれない。仲間たちのことも今まで通りの目で見ることができなくなるかもしれない」
「カルヴィヌ、お前は何を……」
「私の言っている言葉の意味が理解できないことは重々承知しているわ。けれど、それでも私は忠告しなければならないの。それが『あなた』と交わした約束だから」
一度瞳を閉じ、カルヴィヌは心を記憶の奥底へと沈めた。
彼女が触れるのは遥か昔の記憶。擦り切れるほどに摩耗し、なおも輝く大切な夢の時間。
やがて、ゆっくりと瞳を開き、カルヴィヌはサトゥンに判断を迫る。
「サトゥン、あなたがその記憶に触れればつらいことを沢山思い出すことになるかもしれない。全てに絶望するかもしれない。それでもなお、あなたは――」
「くはははは! 馬鹿を言うなカルヴィヌ! その程度で私が絶望などするものか! 私にとっての希望は愛しき仲間たちだ! その希望が傍にあるのに、どうして私が絶望する必要がある!」
カルヴィヌの言葉を止め、サトゥンは拳を強く握りしめて力説する。
その瞳はどこまでも輝き、力強く、活力に溢れ。
「私の傍にはリアンが、マリーヴェルが、メイアが、ミレイアが、グレンフォードが、ロベルトが、ライティが、ラージュがいる! こやつらは私にとって希望であり、私の生きる全てだ! こやつらと一緒ならば、私は何度だって立ち上がれる! こやつらが共に在り続けるならば、私はどんな絶望をも乗り越えられる! ゆえに私が恐れる必要など何もないのだ! 私は私の選んだ英雄を、仲間を愛する! 愛する者がともに道を歩み続ける限り、私は誰にも何事にも負けぬのだ! それが勇者サトゥンである!」
きっぱりと言い切るサトゥン、そのどこまでも力強き言葉にその場の誰もが言葉を発せなくなる。
ある者は嬉しそうに笑みを浮かべ、ある者は感極まって涙を浮かべて。サトゥンの言葉一つ一つが英雄たちにとって嬉しく、誇らしく。
常軌では測れない破天荒な存在だが、仲間に対する想いは人百倍強い男。だからこそ、彼らはサトゥンに惹かれ、この場に集っているのだ。
サトゥンに救われ、彼と共に在ることを、彼と共に戦うことを、一緒に歩むことを望んだ者の集まり、それが英雄なのだから。
そんな反応を見て、カルヴィヌはふっと柔らかく微笑む。それはどこまでも満足そうに。
「――分かったわ。サトゥンが力を取り戻すために力を貸しましょう。あなたなら、あなたたちならば何があろうと乗り越えられると信じているわ」
「うむ! 私たちなら何があろうと余裕で乗り越えてみせる! どんな困難をも乗り越え、人々の窮地を救う者、それが勇者であり英雄なのだからな! ふははは!」
「それではサトゥン、その場にまっすぐ立って頂戴。そのまま動かないでね。すぐに終わらせるから」
「ふむん? こうか?」
カルヴィヌに命じられ、サトゥンは言われるままに直立不動となる。否、無駄にポージングをとり、筋肉を強調したりしてはマリーヴェルにげんなりとされていた。
そんなサトゥンに微笑みながら、カルヴィヌは一歩、また一歩と彼に近づいていく。何をされるのか微塵も検討のつかないサトゥンは次々にポーズを変えてドヤ顔をみせるだけ。
「え……ま、まさか!?」
嫌な予感が走り、最初に気づいたのはミレイアだった。
カルヴィヌがそっとサトゥンの肩に両手をかけ、顔を近づけていくときになって、その場の誰もが気づく。
ロベルトとマリーヴェルが驚愕に目を見開き、リアンとメイアが顔を真っ赤に染めて目を反らし、グレンフォードは軽く瞳を閉じ、ライティはじっと見つめ、ラージュは興味深い魔法だと観察し続け、ノウァは微塵も興味なさそうに視線を外していた。
そして、ミレイアが手を伸ばして悲鳴染みた声をあげて制止するが。
「だ、だめっ、駄目ですわっ! それは駄目えええええええええ!」
少女の叫びは抑止の効果を発揮することなく。
英雄たちの眼前で、カルヴィヌとサトゥンの唇が一つに重なった。
「――はい、おしまい」
時間にして数秒とかからない接吻を終え、カルヴィヌはサトゥンから顔を離してそう告げた。口づけを交わした後とは思えないほど、彼女からは微塵も動揺は見られない。
対するサトゥンも同様だ。顔色一つ変えることなく、己が手を眼前で握ったり開いたりを繰り返してカルヴィヌに確認をとっている。
「ふんむ……試してみたが、魔力は戻っておらんぞ?」
「すぐには戻らないわ。私が行ったのは『損傷』を埋め、楔を抜き放つ作業。時がくれば以前のあなたの力が戻るはずよ。この子たちに武器を与える以前の、本来のあなたにね」
「くはははは! 他ならぬカルヴィヌがそういうのなら間違いはないのだろう! 窮地に際したとき、失ったはずの力が再び覚醒の時を迎える、ううむ! 実に勇者らしく燃える展開ではないか! また一つ我が勇者英雄譚に素晴らしい物語が加えられてしまった! 早速村の子どもたちに披露せねば……こうしてはおれぬ、ゆくぞリアン!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「ふぬうっ!?」
部屋を飛び出して子どもたちのところへ向かおうとしたサトゥンだが、マリーヴェルにマントを掴まれ制止される。
急に掴まれたため、勢いを殺すことができず、足を滑らせ頭を強く床に打ち付けたのはご愛敬。大の字に転がるサトゥンに、顔を真っ赤にしたマリーヴェルが指さしながらカルヴィヌに早口で問いかける。
「い、今ので治ったなんて信じられるわけないでしょ!? 私たちの目の前で……うう、き、キスしただけじゃない!」
「治っているのは本当よ? 即効性とはいかないけれど、やがて時が来ればサトゥンの力は確実に目覚めるわ。そのための代償もしっかり払っているもの。それよりもあなた、顔が真っ赤だけど大丈夫? もしかして接吻を見るのは初めてかしら? 刺激が強すぎたならごめんなさいね」
「は、初めてじゃないわ! そそそ、そんなの全然初めてじゃないし! そうよね、メイア!?」
「す、すみません、私は初めてです……びっくりしました」
「あっさり白状しないでよ!? 見栄を張った私が馬鹿みたいじゃない!」
思考がぐちゃぐちゃになっているのか、完全にマリーヴェルは暴走状態になっている。
いつもは突込み役の彼女だが、知り合いの、それも普段馬鹿ばかりしてるサトゥンのそういうシーンを見て冷静ではいられなかったようだ。
そんな彼女とは対称的に、最初から治癒魔法の一環として観察していたラージュが感心したように声を漏らす。
「口を介して魔力回路の損傷を修復……実に興味深いね。魔力を送り込んだのかな? いや、それだけじゃ治るとは思えない。送り込んだ魔力の形を変え、サトゥンの体に浸透させて……いや、それだと適合性で負担が……」
「んなこたどうでもいい! 旦那ずりぃよ! 治療のためとはいえ、そんなスタイル抜群の美女にキスしてもらうなんてありえねえだろ!」
逆にロベルトは激高して、サトゥンに対し己が感情を素直にぶつけにぶつけていた。
頬を膨らませ、ロベルトの背中を杖でぼこぼことライティが叩いているが、今のロベルトはそれどころではなかったようだ。
妖艶な大人のお姉さんにカテゴライズされるカルヴィヌ、まさに彼のストライクゾーンど真ん中である彼女にサトゥンがキスされた事実、それが辛抱たまらなかったらしい。ロベルト・トーラ、大人のお姉さんに相手にされず、幼女に愛される悲しい男である。
そんなロベルトに、床から跳躍して起き上がったサトゥンが快活に笑いながら問いかける。
「ふははは! なんだロベルト、お前は接吻が羨ましかったのか!」
「いや、そんなの当たり前だろ! むちむちで妖艶な美人のお姉さんにキスされるのが羨ましくねえ男なんているか! 俺がこれまで酒場のお姉さんに何度袖にされたと思ってんだ!」
興奮のあまり、自身の恥話をこれでもかとひけらかしているが、ロベルトがライティ以外にもてないのは周知の事実なので誰も気にしたりしない。
ごんごんと杖で叩かれ続けるロベルトに、サトゥンは腕を組みふんぞり返りながら語り続ける。
「ロベルトよ、これは仕方がないのだ! 勇者たるもの美女に愛されて当然、否! 美女に限らず老若男女全ての人間に愛を向けられて然るべき存在、それが勇者なのだ! ましてや私は勇者リエンティを継ぐ史上最高の勇者サトゥンであるからな! そもそも私はこれまでも美女にちやほやされてモテモテだったではないか! 何を今さら羨む必要があるというのだ!」
「ないから。アンタがモテモテだった瞬間なんて今日この日まで一秒たりともなかったから。アンタほど村の女性陣から対象外くらってる奴なんて他にいないから。アンタが良いなんていう頭おかしい奴なんて私の知る限り一人しか知らないから」
不満をぶちまけるように突っ込みながら、マリーヴェルはジト目を放心状態の姉へと向ける。
彼女は未だサトゥンとカルヴィヌのキスシーンから立ち直っておらず、足元のリーヴェから猫パンチを受けてもなお呆然としている始末だった。
「しかしロベルトよ、お前がそこまで接吻を欲していたとは知らなかったぞ! ふはは! 英雄を目指す者が接吻の一つや二つを経験せずしてなんとする! ふぬん、我が愛しき英雄の未来のためにも、ここはひとつ手ほどきをくれてやらねばなるまい! さあ、ロベルトよ、遠慮はいらん! 我が胸に飛び込んでくるがよい!」
「な・ん・で・だ・よ!? なんで俺が旦那とキスする流れになってんだよ!? 罰ゲームなんてレベルじゃねえぞ!?」
「お前はむちむちが好きだと言ったではないか! 自慢ではあるが私は己が肉体のむちむちぶりには誰よりも自信を持っているので問題はなかろう! さあ、遠慮せずにくるがいい! 磨きをかけたむちむちの肉体で包み込んでやろう!」
「むちむちじゃなくてムキムキじゃねえかよ!? お、おい止めろマリーヴェル! 何俺の背中を押してやがる!?」
逃げ出そうとしたロベルトだが、両肩を背後からガッチリホールドされていた。
絶対に逃がさないとばかりに鷲掴みにしているマリーヴェルは、顎でミレイアを指しながら真剣に事情を説明していく。
「うるさいわね、このままじゃミレイアが鬱陶しいくらい落ち込みそうなのよ! アンタがサトゥンとキスすればさっきのキスも悪乗りの一環で済んで場が収まるかもしれないでしょ! ミレイアのためにここはサトゥンにキスされなさいよ!」
「ふ、ふざけんな! 馬鹿止めろ、マジでっ、マジで旦那が近っ……ら、ライティ、助けてくれっ! さっきまでのは謝る! もうお前以外見ねえから! だからっ!」
「サトゥンは女じゃないから別にいいよ、キスしても」
「あ……そうか、俺は、もう駄目なのか……悪い、リアン。俺の英雄への旅はこれで終わり――に、なんてしてたまるかあああああ!」
「くははははは! そんなに喜ばずとも、順番に接吻してやろうではないか! ロベルトが終わったら次はお前たちの番だぞ! 私の愛は無限大なのである!」
「はああ!? こ、このド変態! そんな適当かつ曖昧な理由でミレイアにキスしたら本気で殺すからね!」
「馬鹿、旦那を揺らすんじゃねえ! 唇が当たる! ぬおおおお! 旦那、せめて頬で! 頬だけで勘弁してくれ!」
首もとをマリーヴェルに掴まれ、前後に激しく揺さぶられるサトゥンだが微塵も応えていないのはいつものこと。
マリーヴェルとロベルト、サトゥンの三者三様の喧騒に慌てて止めに入るリアン。
そんないつも通り過ぎる勇者と英雄の一コマを見つめながら、騒ぎの元凶である魔神はクスリと微笑んで言葉を漏らすのだ。
「ふふ、そんな風に『心から』笑っている姿は久しぶりに見るわね、サトゥン。あなたはこの人間界で、ずっと探し求めていたものを手にすることができたのね」
その微笑みは、まるで聖母のように慈しみに満ち溢れていた。
今週の水木は不在となりますので、次回更新は2月9日(火) 22時ごろになります。




