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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
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96話 召喚

 



 ノウァが村に来てから三日。

 晴天の下、村の広場に響き渡るは甲高き剣戟の音だ。ぶつかり合う巨槍と大剣。それらの得物を握り合い、衝突しあうはリアンとノウァだ。


「はあああああっ!」


 大地を爆ぜ飛ばすように蹴り上げ、リアンが超低空から浮き上がるような神速の突きを繰り出すが、ノウァは動じない。

 体を最小限度に動かし、勢いのついたリアンの側面から大剣を薙ぎ払う。

 だが、リアンとてそれは読みの内だ。槍先を大地に沈め、それを支点に旋回、その勢いのままに強烈な蹴りを解き放つ。リアンの蹴りを片手で受け止め、口元を歪ませながらノウァは賞賛する。


「良い蹴りだ。素直過ぎる優等生の攻めから卒業できている。どうやら俺様の見ない間に随分と良い経験を積んできたようだな。実戦と研鑽に身を置き続けた戦士のそれだ」

「ありがとうございます! ですが、まだまだっ!」

「そうだ、貴様はまだまだ未熟。俺様に未だ一撃も届いていないようでは、勇者として不足もいいところ。ゆえに俺様が魔王と対峙するに相応しい勇者として直々に育て上げてくれる!」


 律儀に礼を告げながら槍を持ち直し、再びリアンはノウァへと突撃する。

 喜びに心を満たしながら、ノウァはリアンに対抗するように前へと出る。先ほどの受けとは打って変わった、獣のような獰猛な攻めにリアンは押し返され、守勢へと転身させられてしまう。

 その光景を観戦していたメイアとグレンフォードは感嘆するように声を漏らしあう。


「相変わらず素晴らしい使い手ですね、ノウァさんは。静から動への移行があまりに滑らかです。あの技量と恐ろしいほどのパワー、リアンにとって良き師となりましょう」

「リアンは俺ともお前とも戦いの型が違うからな。俺たちよりもノウァのほうが指導役として奴にはあっているのかもしれん」

「それはそれで寂しいものがありますね。我儘とは分かっていますが、リアンは私にとって可愛い弟子でもありますから」

「手元を離れる寂しさと男として磨き上げられる喜びか……難しいものだな、女心は」

「ふふっ、そうみたいです」

「め、メイアさん、グレンフォードの旦那、た、頼むから少しだけ休憩を……ぐええ」

「ロベルト、がんばっ」


 グレンフォードの足元からロベルトの今にも潰れそうな声が聞こえてくるが、人にも自分にも厳しい男の耳には届かなかったようだ。

 リアンとノウァが戦い続けている間、百キロ近いグレンフォードを背に乗せてひたすら腕立てをさせられているロベルトは今にもダウン寸前だ。だが、ここで彼が根性を見せ続けているのは目の前にライティがいるからだろう。ライティの前で情けない姿はさらせない、悲しい男の意地である。

 ロベルトを完全に無視したままグレンフォードはメイアとの話を続けていく。


「ラージュが魔法陣作成に取り掛かって今日で三日か。最近あいつが部屋から出ている姿を見かけないな。無理してなければいいが」

「体調管理の面では傍にリレーヌさんがついてますので問題ないかと。彼女ならラージュ君には絶対に無理をさせませんからね」


 二人の会話のとおり、現在ラージュは研究室兼住居であるサトゥン城にこもって召喚魔法陣の作成にとりかかっていた。

 情報がサトゥンのおぼろげな記憶という厳しい条件の元だが、ラージュは諦めるつもりはないらしい。サトゥンの掠れた記憶を何度も魔法で探り、パズルのピースをはめていくような作業に没頭している。

 なお、現在この場にサトゥンがいないのはその復元作業に強制的に付き合わされているからである。マリーヴェルもいないのは、彼が『飽きた! 私はリアンや子どもたちと遊ぶのだ!』と逃げ出そうとするたびに折檻して連れ戻しているからだ。勇者サトゥン、落ち着きのなさに定評がある実に駄目な大人であった。


 そんな雑談に興じている間に、リアンとノウァの戦いは決着がついたようである。

 槍を跳ね上げられ、その隙に剣を首元までねじ込まれたリアンの敗北。大剣を突き出したまま、ノウァは戦いを振り返りながらリアンに指摘する。


「守りの戦いは見事だ。だが、守りに集中し過ぎるあまり、貴様の槍の怖さが薄れている。守りの中でも隙あらば攻めるという気持ちを忘れるな。そして、最後の受けは悪手だ。貴様ほどの馬鹿力があるならば、流すのではなく強引に剣を弾き返せ」

「はい!」


 戦いを終え、指導を始めるノウァと生真面目に受けるリアン。

 戦いを終えたばかりだというのに、二人とも息一つ乱していないのは恐ろしいという他ないだろう。人外であるノウァもさることながら、それに負けない体力を秘めたリアンの末恐ろしさすら感じさせる。

 数分ほどの反省会を終え、ノウァとリアンの模擬戦は終わりを告げる。近づいてくる二人に、メイアは微笑みをもって言葉をかける。


「お疲れ様でした、リアン、ノウァさん。とても有意義な模擬戦だったようで何よりです」

「はい、メイア様! 本日もノウァさんから沢山学ばせて頂きました! ノウァさん、毎日ご指導本当にありがとうございます!」

「フン、勘違いするなよ、リアン。貴様は近い未来、勇者として魔王たる俺様に対峙する人間になるのだ。その勇者が弱くては興ざめにもほどがあるからな。貴様を鍛えるのはあくまで俺様自身のためだからな」

「ふ……リアンが勇者か。サトゥンが聞けば号泣して嫉妬しそうな台詞だな」

「奴は俺様と魔王の座を競う悪であって勇者ではない」


 勇者を完全否定されたサトゥンがこの場にいなくてよかった、リアンは内心でそう思うしかなかった。

 もしこの場にサトゥンがいれば、号泣して広場を転げまわり、『私が勇者なのだ!』と涙鼻水を撒き散らして村中を走り回っていただろうから。


 そんな我らが勇者様の姿を想像して苦笑する面々だが、彼らのもとに近づいてくる少女が一人。

 大きな竜翼を背中にはためかせ、額から力強い二つの角が伸びている人と竜の混ざったような美少女――ラターニャだ。

 彼女はぶんぶんと元気いっぱいに手を振りながら、英雄たちに伝言を伝える。


「皆さーん! ミレイアとクラリーネさんからの伝言でお昼御飯ができたそうでーす! サトゥン城に来てくださいだそうでーす!」

「分かりました! ありがとうございます、ラターニャさん!」


 リアンのお礼を満面の笑みで受け取り、ラターニャは鼻歌交じりで村の方へと戻っていった。

 ミレイアの親友である彼女はミレイアから伝言を伝えるように言われていたようだ。


「それでは戻りましょうか。昼食を終えてから、また鍛錬の続きということで」


 メイアの提案にその場の全員が頷く。特にロベルトはぶんぶんと縦に首をこれでもかと振っている。彼としては今すぐにでも休憩に入らないと色々限界が近いようだ。

 各々が鍛錬の片付けに入るなか、ノウァだけは視線をじっとラターニャの背中に向けたまま逸らさずにいた。そんなノウァに気づいたリアンは、小さく首を傾げながら彼に訊ね掛ける。


「ラターニャさんがどうかしましたか、ノウァさん」

「……リアン、あの小娘は悪に興味があると思うか?」

「え? いえ、多分ないのではないかと……」

「そうか……あれだけの魔の力、才、ただの村娘で終わらせるには実に惜しい。そうだな、俺様が魔王としてこの世に君臨した際には四天王の一角として……」


 ぶつぶつととんでもないことを口走るノウァだが、彼の望みは叶うことはない。

 天然系竜乙女ラターニャ、彼女の現在一番の興味は悪などではなく、先日畑に蒔いた種の発芽時期なのだから。
















「ぬおおおおん! もう駄目だ、私はもう限界だ! お前たちと遊ぶ役をノウァなんぞに取られ、私は毎日毎日毎日毎日この城に待機、子どもたちと遊ぶことすらままならぬ!」


 昼食をとりおえ、緩やかな昼休憩の時を楽しんでいる英雄たちだが、隣室から飛び出してきたサトゥンが弱音を全力でぶちまけ始めてしまった。

 困惑するリアンに抱き付き、サトゥンはおろろんと泣きながら自らの境遇がいかに不幸かを訴え続ける。


「私の力を取り戻すためにラージュたちが尽力してくれているのは分かるのだ! だが、だが、ちょっとの時間くらい遊ぶために抜け出してもいいではないか! 私には自由すら許されないのか! 私だってリアンたちと遊びたいのだ! 勇者としてちやほやされたいのだぞ!」

「あんたねえ……付き合わされてる私の身にもなりなさいよ? ねえ、私がリアンたちとの鍛錬に参加できないのは誰のせい? いい年した大人のくせに遊びたいからなんてふざけた理由で部屋から抜け出そうとする馬鹿はいったいどこの誰? なんで私が監視役として傍に居るのか分かってる?」


 後ろから月剣の鞘をゴツゴツとサトゥンの頭に押し付けるマリーヴェル。彼女もリアンたちと鍛錬時間がずれてしまい、色々と鬱憤がたまっているようだ。正直その眼はやや血走り気味で恐怖すら覚えそうになる。


 マリーヴェルに頭を叩かれても微塵も気にせずリアンに縋りつくサトゥンだが、そんな彼の苦しみはようやく解放されることになりそうだ。

 サトゥンが飛び出してきた部屋から遅れてラージュがリレーヌを連れ添って現れた。


「この三日間、君を拘束し続けたことは謝ろう、サトゥン。だけど、そのおかげでようやく召喚魔法陣が完成しそうだよ」

「おお、マジかよラージュ! 三日も缶詰だったとはいえ、かなり早くねえか? 一カ月くらいかかると思ってたんだが」

「そんなに時間はかからないよ、ロベルト。サトゥンの記憶から魔法陣の原型を汲み上げる作業に時間がかかっただけで、そこからはあっという間だったさ」

「それじゃ、この馬鹿の面倒を見るのは今日で終わりって訳ね? 本当に地獄のような三日間だったわ……もう二度とこいつの見張りなんかしないからね!」


 フカーと猫が威嚇するように断固拒否するマリーヴェル。なお、本物の猫であるリーヴェはミレイアの隣に寝転んで微睡んでいたりする。

 そんなマリーヴェルに苦笑いしつつ、ロベルトはラージュに再び口を開いて問いかける。


「早速その召喚ってやつをやるのか?」

「そうだね、みんなさえよければ今からでも。万全を期したつもりだけど、何が起こるか分からないから、村から少し離れた草原でやるつもりさ」

「そっか。みんなの都合は問題ないか?」


 確認をとるロベルトに、その場の全員が頷いて肯定する。

 話は決まり、ラージュを先頭にして英雄たちはサトゥン城から村外れの草原へと移動した。


 人影も畑もなく、よく鍛錬のために使用している草原で彼らにとっては馴染みの場所ともいえるだろう。

 草原にたどり着くなり、ラージュは手に持っていた式布を広げていく。開かれた布には紅色で巨大な魔法陣が描かれている。


「さすがに本格的ですね。この紅は絵具が何かでしょうか」

「魔法陣はサトゥンの血を使って描いてるよ。異界人を召喚するのだから、少しでも媒介になりそうなものは使うべきだと思ってね」

「ふはははは! もっと言うならば、それは私の鼻血であるぞ!」

「は、鼻血ですか……」


 明かされたくもなかった真実にメイアの表情が強張る。

 サトゥンから採血しようにも、鋼の肉体であるサトゥンの体に刃物は通らない。ゆえに、苦肉の策としてサトゥンを異常なまでに興奮させて垂れ流させた鼻血が魔法陣の正体であった。


「ちなみにサトゥンの旦那をどうやって興奮させて鼻血を採ったんだ? 旦那はほら、エロいこととか全然興味ないわけで」

「僕とリレーヌで村の子どもたちを集め、『最高の勇者サトゥン』と手拍子しながら連呼したら五分で大流血してくれたよ」

「旦那ぁ……」

「ふはははは! あれは実に甘美なひと時、至福の時間であった! ラージュよ、あれは一週間に一回は絶対にやろうではないか! 否、子どもたちではなく村の人間全員そろってやってくれても構わんのだぞ!」


 実に情けない方法での採血だが、サトゥン的にはすこぶる満足だったらしい。

 魔法陣の準備を終え、ラージュはサトゥンとノウァに視線を向けて次の手順のお願いをする。


「それじゃ、サトゥンは魔法陣に手を当ててカルヴィヌという魔人のことを考え続けてくれないか。君の身にある魔人界の存在と相手との絆が召喚の鍵となるからね。そしてノウァ、君には魔法陣にありったけの魔力を注ぎ込んでほしい。細かい制御はこちらで担当するから遠慮はいらない」

「手を当てるだけでよいのか? 手だけなどとは言わず、服を全て脱ぎ去って寝転がっても私は一向に構わんぞ!」

「いいだろう。俺様の野望のためだ、最初から遠慮も容赦もするつもりはない」

「よし、それじゃ始めようか。ノウァ、魔力を頼むよ」


 サトゥンの発言をスルーして、準備を終えたラージュが召喚呪文の行使を始めた。

 ラージュの高速詠唱とノウァの黒き魔力に呼応するように魔法陣が輝きはじめ、サトゥンの血液で描かれた巨大円がせりあがるように光の柱を立てていく。


「おおお、すげえな! これが召喚魔法か! 紅の魔法陣の輝きが神秘的っつーか、幻想的っつーか……」

「ぬはははは! 我が鼻血が黄金の輝きを放って居るわ! 感じる、感じるぞ! カルヴィヌの意思を、形を、風を!」

「台無しだよ! 鼻血のせいで色々と台無しだよ、旦那!……って、な、なんだこれ! 強大な重圧が……」

「無駄話はそこまでよ、ロベルト――とんでもないのが来る!」


 マリーヴェルの声よりも早く、英雄たちは己が得物を解き放ち、魔法陣へ武器を構える。

 彼らが体を反応させたのも無理はない。ここまで幾度の戦場を乗り越え、戦士として大きく成長したこと、そして何よりもエセトレアで女神と対峙した経験が彼らをそう駆り立てずにはいられなかった。


「馬鹿な……この力、エセトレアでの巫女シスハクラスだと?」

「忘れようとしても忘れられません。これは、初めて出会ったころのサトゥン様と同等か、それ以上の――」


 英雄の中でも強者であるグレンフォードとメイアの感想が的確に的を射抜いている。

 そう、魔法陣から現れんとする存在は魔神と呼ばれ魔人界で謳われる天蓋の存在なのだ。

 魔神カルヴィヌ。サトゥンの盟友にして、魔人界最強と謳われる魔神七柱が一柱なり。


「――来ます!」


 リアンの声と同時に、魔法陣の輝きが村中を包むほどに眩く照らされる。

 空に舞い上がる紅の光はさながら不死鳥のごとく。激しい輝きがゆっくりと収束してゆき、その中心――魔法陣の上に現れるは異界の住人。



 その髪は稲穂の海を想像するがごとく黄金に棚引いて。

 その容貌は女神リリーシャに劣ることなく華麗に輝いて。

 その体躯は美の彫刻をも退けるほどに妖艶に在りて。



 魔法陣の上に現れるは、魔人界最強が一角。魔神七柱序列第四位『烈華のカルヴィヌ』。

 凛とした妖艶な姿を見せる彼女は――


「――まあ、サトゥンじゃない。お昼ご飯の準備中、何者かに突然呼びだされたから何事かと思えばあなただったのね。久しぶりね」

「ふはははは! 久しぶりであるぞ、我が友にして勇者愛の同志、カルヴィヌよ! む、その手に持つのは腐敗竜グロドロンの肉ではないか! ぬうう、うまそうではないか! 私に分けてくれても構わんのだぞ!」

「……なんで、エプロン?」


 ――身をエプロンに包み、片手にフライパンを手にした日常生活そのものの姿で召喚されていた。

 召喚のタイミングは相手には選べない。その結果、カルヴィヌは神秘さも何もかも台無しの状態で召喚されてしまったようである。

 エプロン姿で楽しそうにサトゥンと会話を弾ませるカルヴィヌに、気の抜けてしまった英雄が一人、また一人と武器を下ろしていくのだった。




 

次回更新は2月8日(月) 22時頃の予定です。

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