表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
104/138

95話 方法



「どうしたサトゥン。なぜ剣を出さん。勇者を名乗るならば、俺様を自慢の剣で打ち倒してみせるがいい」


 床に膝を落として愕然とするサトゥンに対し、ノウァは容赦ない追い打ちをかける。

 彼はサトゥンが魔力を使えず、剣を取り出せないという事情を知らないため、その発言がサトゥンの心の傷に塩を塗りたくる行為だと全く気付いていなかった。

 涙にくれるサトゥンを必死にリアンが励ましているが、ノウァは微塵も空気を読まず早く剣を出せ剣を出せとサトゥンに声をかけ続けている。魔王志望戦士ノウァ、全く空気の読めない男であった。

 そろそろ事情を説明せねばと、覚悟を決めたミレイアが一歩踏み出そうとしたときだった。突如、サトゥンが元気を取り戻したかのようにその場に立ちあがり、高笑いと共にノウァへ反論を始めた。


「ふははははっ! ノウァよ、先ほどから黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるではないか! 貴様は以前、私に一撃で吹き飛ばされたのを忘れたか!」

「む……その通りだ。だからこそ、俺様は修練を重ね、新たな技を……」

「笑止! その程度で私に挑むなどまだまだ未熟と言わざるを得んな! たった数カ月剣を磨いたところで、あれだけの差が埋まるはずがなかろう! 貴様が剣の腕で私に挑みたいのならば、まだまだ時間をかけてこれ以上ないという境地まで辿りついてからにするがいい! うむ! そういう訳で今日は剣の勝負はお預けだ! ぬふう! 本当なら私も剣で本気で戦いたかったのだが、そういう理由ならしかたあるまい! うむ、仕方がないのだ! 仕方がないったらないのだ!」

「す、すげえ……強引に剣の勝負から逃げようとしてるぞ、旦那。しかもあくまで自分が上だというアピールしつつだ」

「必死過ぎて哀れになってきたわ……」


 仲間たち、主にロベルトとマリーヴェルから哀れみの視線を向けられてもサトゥンは気にすることはない。

 彼の滅茶苦茶な言葉に納得する相手など、目を輝かせて『確かに!』などと納得しているリアンくらいのものだろう。

 すぐに突っ込まれてまた泣きだすだろうと見守っていたマリーヴェルたちだが、彼らの予想に反してノウァはサトゥンの言葉を肯定したのだった。


「……確かに一理ある。あのとき、俺様とサトゥンの剣はあまりに大きな差があった。それは認めよう」

「ふはは! そうであろうそうであろう! 己の未熟を認めてこそ、英雄への一歩である!」


 ノウァが納得したことに、剣の勝負は回避できたとサトゥンは満面の笑みを咲かせた。

 だが、その笑顔はノウァの手によって再び奈落の底へと突き落とされることになる。


「ならば剣ではなく魔法で勝負だ」

「……ぬう!? 魔法とな!?」

「そうだ。剣では遅れをとったが、魔法戦においても俺様は最強を目指している。貴様も魔人ならば心得はあるのだろう?」

「ぬ、う……ま、魔法というとあれか、やはり炎を飛ばしたりするあれか。障壁を出したりするあれか」

「貴様は何を言っているんだ。魔の者ならば、魔法の意味など今更確認する必要もないだろう」

「……駄目だ! 魔法による戦闘など勝負などと認めぬぞ! 男ならば肉体で戦ってこそだろうが!」

「剣での勝負を否定したのは貴様だろうが。やるぞ、サトゥン。外に出ろ。俺様の暗黒の炎で貴様を焼き尽くしてくれる」

「ぐううう……わ、私だってできるものなら黒炎で貴様を丸焼きにしたいわ! だが、だが……今の私は、その……魔法が使えぬのだ……」

「……何だと?」

「だから! 今の私は魔法が使えぬのだ……魔力が存在しないのだ……」


 ノウァの言葉に対し、凹みながら説明する縮こまった筋肉が一匹。

 その姿はさながら道端に捨てられた野良犬のようであった。ただ、サイズが超超大型犬で箱からはみ出してしまっているのだが。

 眉を顰めるノウァに対し、サトゥンと彼の言葉を捕捉するようにミレイアがようやく事情を説明する。

 エセトレアの戦いにおいて、サトゥンが全く魔力を使えなくなってしまったこと。それが理由で剣すら出せなくなってしまったこと。

 全ての事情を訊き終え、ノウァは驚愕に目を見開き、サトゥンに対し口を開く。


「なんということだ……サトゥン、貴様、そこまで堕ちたか。魔力を使えない貴様など、ただの筋肉達磨ではないか」

「っ」


 ノウァの容赦ない一言にマリーヴェルとロベルトは必死に吹きだしそうになるのを堪えた。

 ここで笑ってはサトゥンの心が傷ついてしまう。そう判断したがゆえに必死に押さえたのだ。

 なんだかんだいって、サトゥン想いの二人である。だが、ノウァの言葉に怒ったリアンの反論が拙かった。


「なんてことを言うんですか! サトゥン様はただの筋肉達磨じゃありません! たとえ魔力を失っても、僕たちにとっては最強で最高の勇者様なんです! ただの筋肉達磨なんて言わないでください! 最強で最高の筋肉達磨なんです!」

「っ、ちょ」

「ふはははは! リアン、よくぞ言った! そうだぞノウァよ、私は魔力を失おうと愛する仲間たちにとって最強にして最高にして至高にして究極の筋肉達磨勇者である! ただの筋肉達磨ではない、私は仲間に愛された筋肉達磨勇者なのだ! そうであろう、お前たち!」


 筋肉達磨を否定するどころか積極的に活用してきたリアンとサトゥン。ずれている天然がコンビを組むとこうも恐ろしくなるようだ。

 サトゥンの問いかけに震えて言葉を返せないマリーヴェルとロベルト。メイアはニコニコと表情を作っているが、肩は震えている。

 ライティはしきりにロベルトに『お腹痛いの』と問いかけている。動じていないのはミレイア、グレンフォード、ラージュくらいか。

 軽く息をつき、ノウァはサトゥンに強い口調で要求する。


「治せ。今すぐ魔力を復活させろ。そして俺様と戦え。勝ち逃げなど認めんぞ」

「治せるものならとうに治しておるわ! その方法が微塵も思い当たらないのだ!」

「そんなこと知るか。とにかく何としても方法を探し、魔力を取り戻せ。全力の貴様を倒さずして、俺様は堂々と魔の王を名乗れん」

「むうう……方法、方法か……」


 ノウァにせっつかれ、しょんぼりするようにサトゥンは悩む。

 頭脳労働など門外漢とばかりに日々考えることを放棄する男がこれまで考え込むのは大変珍しい。思考するサトゥンを仲間たちは期待のまなざしを送るのだが、サトゥンの様子はどうも芳しくない。

 そんなサトゥンに、ノウァもまた考え込む仕草をみせたのち、ゆっくりと口を開いた。


「おい、サトゥン。貴様はどうやって魔人界からこっちに転移してきた?」

「ぬ? 急に何を言い出すかと思えば。異界を渡る方法などたった一つ、転移魔術を作動させたに決まっておろう! 魔法陣を描き、我が魔力を贄として!」

「その転移魔術は貴様一人で発動させたのではないだろう? 頭の中まで筋肉でできている貴様にそんな細かな芸当ができるとは思えん。人間界へ渡るにあたり、そのための協力者がいたはずだ。それもかなり頭の切れる奴がな」

「ふははは! なかなか読むではないか! その通り、私が勇者としてこの世界に降臨するため、カルヴィヌという魔人に協力してもらっていた! 奴は私と同じく魔神七柱の座を冠する最強の魔人の一人よ! 私の知識の八割はカルヴィヌの受け売りゆえ、私の知らんことも山ほど知っておる知恵者でもあるな!」

「ならばこれで答えは出ただろう。貴様が過去に使った転移術を用いて、そのカルヴィヌという奴を魔人界から呼び出せ。そいつなら貴様を元に戻す方法を知っているやもしれん」

「……それは名案かもしれないね」


 ノウァの提案に賛同の意を示したのはラージュだった。

 ラージュへ観察するような鋭い視線をノウァは向ける。ノウァが以前、キロンの村を訪れたとき、ラージュはまだいなかったため互いに面識はない。


「新顔だな。なかなかに良い魔力を内包している、人間にしては優秀だ。貴様もサトゥンの仲間か」

「君とは初めまして、だね。ラージュ・ムラージュだ。君の提案してくれた『魔人界の協力者』を転移させる……いや、『召喚』するという策に、僕は是非乗るべきだと思う」


 そう言い切り、ラージュは同意する根拠を語り始めた。


 サトゥンの魔力が発動できない原因が分からない以上、それが分かる可能性のある人物――『魔人』を探し接触する必要があるという前提がラージュの考えにあったこと。

 そのため、世界を周ってサトゥンやかつてのレグエスクのような、人間界にいる魔人を探す旅に出ることを考えていたが、ノウァの意見でその必要がなくなる。

 協力してくれるかも、存在するかどうかすらも分からない魔人を探し回るより、『サトゥンの協力者』として力になってくれるであろう魔人を異界から呼び出す方が確実だ。


「本来なら、魔人に近い存在である君の家族に会わせてもらおうかと思っていたんだけどね、ノウァ」

「止めておけ。やつらが『下らぬ神』以外に力を貸すなど考えられん。神狂いどもがサトゥンに接触するとは思えん。時間の無駄だ」

「そうか、随分と気難しい家族をお持ちのようだ。だけど、ならば僕らの打てる手は決まった。サトゥン、君が力を取り戻すために、魔人界にいる君の協力者を人間界に『召喚』したい。カルヴィヌという魔人は困っている君の力になってくれると思うかい?」

「当然である! カルヴィヌは我が半身、何より我が勇者愛の同志なのだからな! あやつは私の勇者語りに笑顔で付き合い続けてくれるくらいの勇者好きだからな! むふう、あの時はついつい熱がこもってしまい、百五日ほど夜通しで語り続けてしまったわ!」

「……カルヴィヌって人、魔人じゃなくて寛容の女神か何かじゃないの? 百五日、夜通しでアンタの勇者話聞くってどんな無限地獄なのよ」


 ゾッとするマリーヴェルを置いて、サトゥンは如何にカルヴィヌが素晴らしいかを語る。彼の話に少し眉を寄せるミレイアだが、そんな彼女に気づく者は誰もいない。

 サトゥンの話に納得し、ラージュは改めて話を切り出した。ちなみに魔人界での勇者活動自慢話に突入したサトゥンは既にリアンに押し付けてあったりする。


「サトゥンの話を聞く限り、カルヴィヌという魔人が召喚した僕たちと敵対する可能性は限りなく低い。加えてその人物は魔人、というよりサトゥンに関する知識に精通している。これほどの条件が揃っているんだから、僕はノウァの策に乗るべきだと思うけど、どうかな」

「サトゥンが手っ取り早く力を取り戻せるならなんだっていいわよ」

「問題はそれが実行に移せるか、ですね。異界からの召喚なんて大魔法を再現できるかどうか……」


 口元に手を当てて考えるメイアに、ラージュは自信ありげに口元を釣り上げる。


「そこは僕に任せてほしいね。転移と召喚の魔法はかなり近しいもので、必要なものは魔法を展開できるだけの魔力と魔法陣の基本描写だ」

「魔力に当てがあるのか? サトゥンは魔力がゼロ状態で巨大な魔力を使うことはできんぞ」

「それは大丈夫さ。以前のサトゥンと同等クラスの魔力の持ち主なら目の前にいるじゃないか」


 そう言ってラージュはノウァへと視線を送る。

 彼の言う通り、このメンバーのなかで魔の力を有するノウァは相当量の魔力を有する強者だ。内包する魔力だけなら、以前のサトゥンと同じくらいの力がある。


「ほう、俺様を利用するつもりか?」

「利用じゃない、『協力』してもらうのさ。聞けば君は力を取り戻したサトゥンと戦いたがっているようだしね。その望みを満たすために力を貸してほしい。これは取引と言い換えてもいいね」

「……いいだろう。サトゥン、貴様が力を取り戻すために手を貸してやる。そして力を取り戻した暁には俺様と……」

「その時である! 力なく幼き魔人の前にたち、襲いくる魔獣を薙ぎ払い、私はこう言ったのだ! 『力は弱者を守るために在る。我が力は全ての弱者の剣、それこそが勇者リエンティである』と!」

「か、格好いいです! 僕たちを救って下さったように、魔人界でも多くの方々を助けられたのですね! 流石はサトゥン様です!」

「ふははははは! そうであろう、そうであろう、そうであろう! リアンよ、言うなれば魔人界での我が活躍は前日譚、勇者の胎動の物語なのである! ぬう! そうだ、このあたりの話もミレイアにまとめてもらって村の子どもたちに語り聞かせねばならぬ! ミレイア、ミレイアよ! 私の話を一言一句聞き漏らさず心に刻みつけるのだ! 私の話をお前がしっかり口伝できるようになるまで決して傍を離れてはならぬぞ!」

「そ、そんな無茶な……」


 残念ながら、サトゥンはノウァたちの話など微塵も聞いていなかった。

 そんな彼を呆れるようにジト目で見つめつつ、マリーヴェルは口を開く。


「あいつは放っておきましょう、どうせ話に参加しても会話をかき乱すだけだから。魔力はノウァの力でどうにかなるとして、魔法陣のほうはどうなの? ラージュがどうにかできるの?」

「どうにかできなきゃ僕が君たちの仲間になった意味がないね。転移陣を召喚陣に移すのは僕にすればそれほど難しいことじゃないさ。あとはサトゥンから転移に使用した魔法陣の原型を訊ねさえすれば……」

「……サトゥンのやつ、カルヴィヌとかいう魔人が作ってくれた魔法陣の原型なんか覚えてると思う?」


 マリーヴェルの指摘に、ラージュは言葉を返せない。

 勇者サトゥン、脳に入っているのは勇者への熱き想いと筋肉のみ。そんな彼が複雑な魔法陣など覚えているはずもなかった。

 大きく溜息をつくマリーヴェルに、ラージュは苦笑いを浮かべながら対処法を話し出す。


「ま、まあ、魔法でサトゥンの断片的な記憶を救い上げて、足りない部分を僕が改造すれば……多分、いける、はず」

「何だか急に頼りなくなったわね……でもまあ、お願いするわ、ラージュ。こういう魔法がらみに関してはアンタが頼りよ。私たちはからっきしだし、ライティは大魔法をぶっ放すこと以外苦手だし」

「ごめんね、ラージュ。私、好きな魔法とロベルト以外ちょっと自信ない。ロベルトに関することなら全部自信あるんだけど」

「ちょっと待ておい! 俺に自信あるってどういうことだ!? そういう誤解を招く発言は止めろ! あとマリーヴェルも人をゴミのように見る目は勘弁してくれ、俺は何もやってねえから!」


 ぺこんとウサ耳を下げて謝るライティに気にしないでと首を振るラージュ。

 こうしてサトゥンの力を取り戻すため、魔人界からカルヴィヌを召喚するという作戦は決定された。

 実行の目途がつくまでノウァはキロンの村に滞在することになるのだった。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ