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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
八章 華鞭・龍爪
102/138

93話 不能

先日のお知らせのとおり、大幅改変作業にともない、2月6日(土)以前の八章『華鞭』の内容が『華鞭・龍爪』となり、大きく変更されております。

唐突な大幅改変、重ねて心よりお詫び申し上げます。



 暗闇に空が彩られる深夜。


 荘厳な巨大神殿、その最上階に集まる五人の影。

 彼らは一様に並び、視線を一点へと集中させていた。

 彼らの視線の先には、円柱状の水槽内に浮かぶ美しき天使の姿が在った。それは彼ら、否、この国で多くの人間が信仰する寵愛の女神。

 目を覚ますことのない神を前にして、巨大な体躯を持つ男は悲壮に満ちた声を張り合げる。


「おお、我らが主神リリーシャよ! 現界するための依代を奪われ、その身は再び永き眠りの中へ投じられるなど! 女神の導きなくして我ら人間はどのように大地で生きてゆけばいいのか!」


 身振り手振りを交えて大袈裟に、役者染みた言い回しをする大男だが、彼の叫びに女神は答えない。その現実がさらに男の心を苛める。

 まるで悲劇のヒーローを演じているような男をおいて、紅一点である女性がニヤニヤしながら口を開く。


「情報は回ってる。でもちょっと信じられないねえ。人形シスハに憑依したリリーシャ様が誰かに負けるなんて」

「私とて信じられんがな。だが、事実だ。リリーシャ様は巫女シスハとして七国会議のためにエセトレアへと向かい、各国の担い手たちによって打破されている。我らと同じく六使徒であるクラリーネ・シオレーネとともにな」


 彼女の問いに答えたのは、騎士鎧を身に纏う金髪の青年だった。

 右目に傷を負い、隻眼が特徴的といえるだろう。


「きゃはははは! クラリーネの奴、殺されちゃったんだ! いい気味! あいつは昔からいい子ちゃん真面目ちゃんぶって気に食わなかったのよ! ああ、見たかったわあいつの死に様! どんな風に殺されたのかしら、どうせ死ぬなら男たちの慰み者にでもなっていればいいのに!」

「楽しんでいるところ悪いがクラリーネは生きている。人形シスハの身はクシャリエ女王国に奪われ、クラリーネはリリーシャ様を倒した男とともにいることを選んだそうだ」

「へええ? あの女、裏切りやがったのか? くはっ、いいねえ、いいねえ。あいつはリリーシャ様に家族を惨殺され、その恨みを腹に抱えていたからな。いつかこうなると思ってたよ。人間を虐殺することにちっとも楽しみを覚えてなかったしよ」


 隻眼の青年の隣に立つ黒髪長髪の男の言葉にその場の誰もが否定しない。

 クラリーネは他の六使徒から疎まれる存在だった。悪に堕ちきれず、過去を捨てきれない半端者、剣の腕だけを見込まれた獅子身中の虫、それが他の六使徒の評価だった。

 その情報に激高するのは、先ほどまで女神に祈りを捧げていた大男だ。


「許せぬ! 我らが主審を汚した担い手も、女神から離れんとする裏切者も断罪に値する! ヴァルサス! 今すぐ我ら『剛神隊』に出撃の許可を寄越せ! 俺が罪深き異端どもに裁きを下してくれる!」


 いきり立つ男に、隻眼の騎士――ヴァルサスは、少し考える仕草をみせる。

 そして、視線を最後の一人である少年へと向けた。その少年は興味なさそうに淡々と意見を口にする。


人形シスハの体を先に奪還するか迷ってるなら両方同時にやればいいじゃん。裏切者と担い手がいる場所は小さな田舎村なんだし、国と戦争する訳じゃない」

「相手はリリーシャ様を倒した存在だが」

「馬鹿じゃない? あんなできそこないの人形ごときじゃ、リリーシャ様の本来の力の十分の一以下しか出せないじゃん。僕ら六使徒と聖騎士一万で押し潰せるでしょ」

「ヴァルサス! さっさと許可を出せ! 何を悩む必要がある、相手は神を愚弄した、生かしてはおけぬだろう!」

「クラリーネが生きてるなら私も殺りたいかな~。あの女はいつか殺してやろうって思ってたし、裏切者なら何の躊躇もいらないしね。きゃはははは!」

「俺は人を殺せればなんでもいいぜ。村にいるなら、村人ごと殺し尽してやるだけさ」


 六使徒の負の感情が統一される様を眺めながら、ヴァルサスは一呼吸おいて結論を出した。

 彼の口から紡がれるは、新たな争いの口火。激しく燃え上がる戦の炎の始まり。


「――よかろう。各隊の精鋭三千、聖騎士一万五千をキロンの村へと向けて進軍させる。残る八万五千は国境に敷いて他国に余計な手を出させないようにけん制させろ。キロンの村で担い手と裏切者を殺し、その戻り道でクシャリエを攻め人形を回収する」

「おおおお! では、ヴァルサスよ!」


 歓喜に震える大男に、ヴァルサスは表情一つ変えぬまま命令を下した。


「女神に逆らった背信者どもに慈悲などない――殺し尽せ、男も女も老人も赤子も例外なく蹂躙しろ。女神リリーシャに逆らう人間に未来など必要ない」


 それはどこまでも残酷で、残虐で、彼らにとって『絶対順守』の命令であった。











「ふははははははははっ! よもやそれが精いっぱいなどとは言うまい! まだ私は片手しか使っておらぬぞ!」


 山奥に存在するキロンの村。

 青空が広がるのどかな村に、今日も元気に響き渡る勇者サトゥンの高笑い。

 村中に木霊する彼の馬鹿笑いに、農作業を行っている村の人たちも微笑ましそう笑ってしまう。どうやら彼の笑いは人に伝播するらしい。

 だが、そんな彼と対峙している人々はたまったものではない。特にマリーヴェルなど笑みどころか完全にムキになってしまっている。

 両手の二剣を握り直し、目に怒りの炎を燃やしてマリーヴェルはサトゥンに斬りかかる。


「本気でむかついてきた! 倒れろ! この!」

「甘いわあっ!」


 左右に剣を散らすマリーヴェルの攻撃をサトゥンは右手に持つ得物――木剣グレンシアで難なく打ち払う。

 強引でいて豪快。力で吹き飛ばされたマリーヴェルだが、彼女の狙いはあくまでサトゥンの目付。彼女に意識を捕われている内に、背後からサトゥン目がけて忍び寄る影。

 だが、その背後に向けて、サトゥンは目を向けないまま木剣グレンシアを振り抜いて短剣を受けとめた。腕だけ回して止めてみせたサトゥンに背後の影、ロベルトは驚愕に目を見開いて叫ぶ。


「後ろ向いてて止めんのかよ!? くそ、こんなのありかよっ! ってうおおおおお!?」

「私ほどの一流の勇者ともなれば、視線を向けずとも気配だけで瞬時に対応できるのだ! ふはは! まだまだ未熟なり、ロベルトよ!」


 強引に剣を振り切られ、ロベルトは短剣で受けとめたまま空へと吹き飛ばされてしまった。そのまま背中を大地に強く打ちつけ失神、リタイアである。気を失った彼を手慣れた様子で看護するライティ。

 ロベルトと入れ替わるように前に出るのはリアンだ。槍を構え、リアンは瞳を輝かせながらサトゥンに声を発する。


「サトゥン様、お手合わせお願いします!」

「リアンか! くはははははははは! 何の遠慮も出し惜しみも要らぬ、私にお前の全てをぶつけるがいい!」

「もちろんです! 最初から全力でいきますっ! はああああっ!」

「あ、こ、こら馬鹿リアン! 闘気は駄目だって――」


 マリーヴェルの制止の声も聞こえず、体を金色の闘気に包ませ、恐ろしいほどの加速と共にサトゥンにぶつかるリアン。

 サトゥンを誰より心酔し、最強と断じるリアン。そんな彼がサトゥンと戦うのに手加減などするはずもない。

 本気中の本気、己が力の全てを隠すことなく曝け出すリアン。そんな彼の一撃を、サトゥンは木剣で受け止めようとするが。


「ふはははは! 随分と太刀筋がよくなったな! 出会った頃からは考えられないほどの進歩である! だが、それでも私は止められんな! そこだっ!」


 リアンの高速の一撃を瞬時に判断し、サトゥンは右手の木剣でリアンの槍を払いあげようとした。

 本来ならば、ここでリアンは力負けをし、サトゥンが一気に戦況を傾けてしまったであろう。だが、彼が握る剣、それが彼の敗因だった。

 サトゥンの握る剣は木剣グレンシア。この一週間、サトゥンが山で伐採した木のなかでも、一番上等なものを削りだして愛情を込めて造り出した最強の木剣だった。

 その出来は見事であり、メイアやグレンフォードをして傑作と言わしめるほどの完成度。サトゥンも頬擦りするほどに愛を込めた一品だった。

 だが、どれだけできがよくとも、所詮は木剣である。サトゥンの魔力が込められているわけでもなんでもない、ただの木剣なのである。

 マリーヴェルの剣やロベルトの短剣を受けとめられたのは、彼らが得物に切れ味を失わせるよう意識してたからだ。彼らの持つ武器はサトゥンの生み出した己の意思をもつ神器。己の意思次第で、切れ味を調整できるのだ。

 だが、ここでリアンが興奮のあまり本気になり、しかも闘気を解放してしまったこと、これが非常に拙かった。

 ただでさえ仲間の中でも怪力を誇るリアン。そんな彼が闘気などを使用して、本気でレーディバルを振り抜いてしまえばどうなるか。その答えは今、彼らの目の前に広がってしまっていた。


「あ」


 それはいったい誰の声だっただろうか。

 振り抜いたレーディバルと木剣グレンシア。その二つが激しく衝突し合ったとき、ぽっきりと折れた。根元から、綺麗に、見事に。

 何が折れたとは言わない。手に持っていた得物が根元から完全に消失してしまったことに気付いたサトゥンは、十数秒固まった後、その場に崩れ落ちた。そして、絶叫。


「わ、我が木剣グレンシアがあああああああああああああ! 一週間かけて作り上げた我が伝説の剣があああああああああああ!」

「あーあ……言わんこっちゃない」

「あ、あああっ、ご、ごめんなさいっ!」


 大地に膝をつき、鼻水を垂らして大号泣するサトゥン。大地に投げ出された刃を失った木剣グレンシア。

 あまりの悲壮さに、リアンは慌ててサトゥンへ必死に謝罪するが、なかなか泣きやまない。筋骨隆々のいい大人が癇癪を起した子供のように泣き喚く姿は見苦しいことこの上ない。

 サトゥンが戦意喪失したことで、模擬戦は終了となる。メイアとグレンフォードが苦笑交じりで終わりを告げる中、絶望にくれるサトゥン。

 そんな彼らの姿を村の人々が眺めながら、楽しそうに笑みを零すのだ。今日もキロンの村は平和だと。













 木剣とサトゥンの心がへし折れてしまったため、模擬戦は中止となって仲間たちはサトゥン城へ戻っていた。

 未だ机の上でへし折れた木剣を眺めては未練がましく落ち込むサトゥン。オロオロとするリアン。そんな彼らに、マリーヴェルが呆れるように容赦なく言葉を紡ぐ。


「確かに本気出したリアンも悪いけど、こんな棒きれで模擬戦をするって言い出したアンタも悪いわよ。こんなの折れるに決まってるじゃない」

「自信作だったのだ……村の子供たちに羨ましがられるほどの一品だから、絶対にいけると確信していた……なぜだ、グレンシアは最強無敵の剣ではなかったのか! なぜ勇者の愛剣、グレンシアが折れてしまうのだ!? いったい何が悪いというのだ!?」

「木製だからでしょ」


 容赦のない的確の突っ込みを入れるマリーヴェル。サトゥンの悲しみを配慮するつもりなど微塵もないあたり、実に彼女らしい。

 そんなサトゥンに、ロベルトが至極当然の提案を行った。


「なあ旦那、やっぱり模擬戦するならちゃんとした武器じゃないと無理じゃないか? 村にある適当な剣を借りて、それでやるっていうのは」

「駄目だ。あの剣はあまりに格好悪すぎる。勇者が持つ剣はグレンシアでなければならぬのだ! 勇者は見た目も重要な要素なのだぞ! 誰が見ても勇者と一目で分かるように心掛けねば勇者とは言えぬわ! 私のように完全無欠の勇者がみすぼらしい剣など持っていては、人々が嘆き悲しんでしまうではないか!」

「完全無欠どころか、むしろ欠け過ぎて原型が分からない程のような気がするのですけれど……」


 ミレイアまで突っ込みだして収拾つかなくなる勢いだった。

 そんなサトゥンに対し、グレンフォードは確認するように訊ねかけた。


「まだ魔力は使えないか」

「うむ、微塵も使えぬ。魔力さえ使えれば、異空間を開くことができ、聖剣グレンシアを取り出すこともできるのだが……くそ、こうなればまた木を切りだして新たなグレンシアを」

「木材から離れろっつってんのよ! 剣が折れる度に泣き喚かれたらこっちの気分まで滅入るじゃない、この馬鹿勇者!」

「岩から切り出すのはどうでしょう? 叩き潰すように使う岩剣というのもあると聞いたことがありますよ?」

「おお! その手があったか! 早速造らねばならんな! ふはははははは! リアン! また徹夜作業で製作に移るぞ!」

「はいっ!」

「リアンを巻き込むんじゃない! リアンも嬉しそうに了承しない!」


 盛り上がるサトゥンだが、彼の態度とは裏腹に事情はかなり深刻だった。

 エセトレアでサトゥンの体に生じた異変――魔力の使用不可状態。サトゥンが己の魔力を使用できない体となって、一カ月は経つ。

 未だその原因は分からず、解決方法も判明していない。現在、魔法の天才であるラージュが日々原因解明に当たってくれているが、成果はでない。

 命に別条がある訳でもないのだが、いつまでもこの状態のままでいいという訳にはいかない。空も飛べない、魔法も出せない、武器も取り出せないなどという状態で、もしまたシスハクラスの敵と戦うことになったと考えると、非常に危険過ぎる。


 そういう理由で、現在サトゥンは魔力使用不可の理由を探りつつ、自身を鍛えることに余念がない。ポジティブ過ぎる彼は、魔力を使えないことを微塵も落ち込んでいなかった。

 魔力が使えない今だからこそ、見つめ直す箇所があると考え、現在こうして模擬戦をしたり体を鍛えたりしているというわけだ。エセトレアで戦ったグランドラ、彼に剣で後れをとったことも自分を鍛え直そうとする理由のひとつかもしれない。

 剣に磨きをかけるために、サトゥンは今新たな剣の作成に夢中なのだ。異空間に聖剣グレンシアを収納し、取り出せない今、新たな武器を手に入れる必要がある。

 そしてようやく完成した木剣グレンシアだが、二十四時間持たずに散ってしまった。次は岩剣グレンシアを完成させることに胸を躍らせているあたり、本当に切り替えの早い男である。


「おや、随分早い戻りだね。鍛錬してくるのではなかったのかい?」

「中止。サトゥンの剣が折れちゃったの、パキンって」

「まあ、折れるだろうね。木製だし」


 コントを繰り広げている仲間たちのもとに、部屋の扉を開けて姿を現したラージュとリレーヌ。ライティの返答に当然のように納得する。

 二人は現在、この城に住んで生活を送っていた。誰も活用していないサトゥン城に初めてできた住人である。

 広さや備品などが研究を行うためにうってつけらしく、ラージュは喜んでこの場所に住むことにしたそうだ。

 リレーヌと二人で暮らすことを言ったとき、ロベルトが随分と茶化してラージュも顔を真っ赤にしていたが、二人一緒で何だかんだ幸せらしい。

 幸せを掴んだ二人に祝福を送りつつ、ロベルトはラージュに訊ねかけた。


「どうだ? サトゥンの旦那のことで何か掴めたか?」

「駄目だね。人為的な要素で封印されたら、僕の目で分かるんだけど、その痕跡もない。サトゥンが『魔人』という存在だから、前例も調べられない。何よりサトゥン自身が『魔人』に関して無知過ぎるから詳しい話も聞けない」

「アンタ、なんで自分が『魔人』なのに『魔人』のことを知らないのよ……」

「しかたなかろう! 私の知識の八割はカルヴィヌの受け売りなのだからな! 聞いてないことは知らん!」

「カルヴィヌ? 誰、それ」

「私がこの世界に来ることに協力してくれた魔神だ。ふはは! 良い女だったぞ!」


 良い女という彼の言葉に、ミレイアは少しばかりムッとしたが、すぐにその表情が驚きに変わる。

 彼が他の女性を褒めたことへ不快感を持った自分に、驚き過ぎて言葉を失ってしまっていた。

 考え込むミレイアを置いて、興味深げに反応したのはロベルトだ。


「へええ、旦那が良い女なんて言うからにはマジで凄いんだろうな。うわ、めっちゃ会ってみてえ」

「ぬはははは! あれは素晴らしいぞ! 胸も尻もでかく、マリーヴェルが哀れに見えるくらいだからな!」

「よし、殺すわ。死体にして今すぐ魔人界に送り返してあげるわ」

「駄目だから! それは本当に駄目だからっ!」


 目の輝きを失って剣を抜き放とうとするマリーヴェルを必死で抑えるリアン。

 サトゥンに悪気がない分、マリーヴェルには腹立たしいことこの上ないらしい。ミレイアは自分の胸や臀部に軽く触れ、小さく溜息をつく。彼女も同世代からみればかなり豊かな方なのだが。

 また話題が横道に逸れ始めた賑やかな仲間たちに笑いつつ、ラージュは結論を告げる。


「とにかく諦めはしない。なんとしてもサトゥンを救うために手は尽くすけれど、今はとにかく情報が欲しい。サトゥン、魔人に関して少しでも情報があったら、何でもいい、すぐに僕に教えてほしい」

「うむ、任せておけ!」

「君たちも何か気付いたことがあったら遠慮なく教えて欲しい。どんな些細なことでも構わない、魔に関する情報は何でも教えてくれ。それがサトゥンを復活させる鍵になるのかもしれないのだから」


 ラージュの言葉に、一同は深く頷いた。

 キロンの村の英雄たち。日々鍛錬を重ねながら、彼らは今、サトゥンの力を取り戻すことを目的に一致して動いていた。

 力を失った張本人は至って呑気で、これから作る岩剣のことで胸を躍らせていたのだが。
















 日も暮れ始め、英雄たちは自分たちの家へと戻り始めた。

 サトゥンとリアンは早速岩剣を造り出すための素材を探しに向かってしまったようだ。

 現在、教会へ向けて歩きながらマリーヴェルとメイア、ミレイアは雑談に興じていた。その内容はもっぱらサトゥンとリアンのことなのだが。


「本当に山に行っちゃったじゃない。あの馬鹿、自分の体のこと全然深刻に考えてないわよね」

「でも、そんなサトゥン様だからこそみんなに心配をかけさせていないとも言えますよ。サトゥン様が力を失ったこと、リアンは凄く気に病んでいましたから」

「そうですわね……そう考えると、サトゥン様はあれでいいのかしら」

「……まあ、そういうところは認めるけど。でもアイツ、また人の胸を馬鹿にして! しかもリアンの前でっ!」

「それは、まあ、サトゥン様ですから……大丈夫、マリーヴェルはまだ若いんですもの。これからですわ」


 フォローになっているようでなりきれていないミレイア。

 そんな彼女を恨めしそうに睨むマリーヴェル。苦笑するしかないメイア。女性陣は今日も賑やかだ。

 そういえば、と思いだしたようにマリーヴェルは二人にもう一人の同居人の女性の話題をもちかけた。


「クラリーネはどう? 一カ月一緒に生活したけど、二人に迷惑をかけたりしてない?」

「迷惑どころか、お世話になりっぱなしですわ。こうして集まるときは、教会のお仕事を私のかわりにしてくれますし、子供たちの面倒も喜んでみてくれますし」

「ええ、彼女は本当に素晴らしい人間ですね。心根も真っ直ぐで、同じ女性としても戦士としても、とても話が合います。シスハに道を強引に狂わされてしまいましたが、これからが彼女の本当の人生の始まりなのでしょうね。日々、輝いていますよ」


 二人の言葉に、マリーヴェルは満足そうに笑みを見せる。

 クラリーネ・シオレーネ。シスハについていた元六使徒の一人で、彼女に人生を狂わされた非業の騎士。

 マリーヴェルとの勝負に負け、目覚めさせられ、彼女の元で残りの人生の贖罪を誓った女性だ。彼女の評価は二人の語る通り、村中でもかなり評判が良い。

 騎士上がりのため、礼儀正しく、真っ直ぐで快活。教会の子どもたちもすぐに彼女に懐き、元来子供好きであった彼女も心から喜んでいた。

 現在、彼女はマリーヴェルと共に教会に住み、ミレイアの仕事の手伝いを行っていた。時間があけば、村を見回り、困った人の手助けを率先して行っている。

 泥だらけになりながら、誰もが見惚れる美しい笑顔で彼女は喜びながら語っていた。『生まれて初めて、本当の幸せを手にできた気がする』と。

 血塗られた人生から抜けだし、人々の笑顔のために生きること。ずっと求め続けていたものを手にできたクラリーネは、誰よりも輝いていた。

 そんな彼女のことを談笑していた三人だが、ふと教会の前まで訪れると、クラリーネが扉の前で何やら叫んでいるのに気付く。

 どうやら彼女は一人ではないらしく、教会の前に来客が来ているらしい。だが、その来客である男を前に、クラリーネは威嚇する野良猫のように警戒してしまっている。料理の途中だったらしく、服装はエプロン姿で手にはお玉を持っているという格好ではあったが。

 敵意をむき出しにする彼女を珍しいと思いつつ、三人は彼女の傍へと歩み寄る。村人には笑顔しか見せていなかった彼女がここまで敵意を示す人物など村に居ただろうかと考えながら。

 そして、距離が近づき、彼女と男の会話の声が聞こえてくる。


「何度も言うがここは通さん! お前の体から放たれる魔の気配は常人のそれではない! 私はミレイアにこの教会の守りを託されている、お前のような危険な男を通す訳にはいかんのだ!」

「ふん、俺様の魔の気配を感じ取れるとは女、貴様は実に良い目をしている。だが、何度も言うが、貴様に用は無い。さっさとこの場所にすむミレイアを出せ。なんならリアンの場所に案内してくれても構わんぞ?」

「貴様のような悪を大切な人々の前に案内できるものか! あまり私を舐めるな!」

「悪ではない、世界一の巨悪だ。俺様こそ悪の華、世界を征服する男、魔の王となる男なのだからな」

「やはり悪か! おのれ、ミレイアを攫うつもりだろうが、そうはさせん! 清らかなミレイアを攫うなど人間のすることではない!」

「ほう? 俺様が人間ではないことにすら気付いたか……実に良い目をしているぞ、女。俺様は人間ではない、俺様は魔を統べる者、例えるなら闇の獣」

「け、けだものだと!? は、破廉恥な真似は許さん! 六使徒改め、サトゥン教騎士が一人、クラリーネが貴様を叩きのめしてくれる!」

「止めておけ。命を無駄にするだけだ……もっとも、俺様は人間に手を出すつもりは毛頭ないが。やがて訪れる未来で、人間は全て俺様の前にひれ伏し、心からの服従を誓えばいい。暴力に訴えるのは三流の悪、俺様は超一流の悪、美学を持つ男だからな」

「ひれ伏して服従させるだと!? ゆ、ゆ、許さん! 女の敵は私が排除する!」

「女だけではない。老若男女、全ての敵として君臨する最強最悪の男、それが俺様――ノウァだ」

「老若男女構わずだと!? そ、それも自分を最悪な男などと、は、恥を知れ!」


 全力で会話の交通事故を起こし続けている二人の姿に、マリーヴェルたちは本気で頭を抱えていた。

 顔を真っ赤にして怒りを露わにするクラリーネ、そんな彼女に敵視されなぜか嬉しそうにする男――ノウァ。

 なぜ、この男がこの場所にいるのか。なぜ二人が口論になってしまっているのか。そのような些細なことは今はどうでもいい。

 意思疎通を微塵も果たせていない二人を白い目で見つめながら、マリーヴェルは一人呟くのだった。『この馬鹿二人、いったいどうしてくれようか』と。








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