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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
101/138

魔人勇者(自称)サトゥン書籍化感謝SS 『猫の名前と世話係』

こちらは書籍版魔人勇者(自称)サトゥンの特典用SSとして執筆し、未使用となっていたSSとなります。

時系列としましては、二章剣姫、19話『共に』の最後部分、連れてきた猫のリーヴェをサトゥンが『こやつがマリーヴェルだ!』と叫び、マリーヴェルに馬鹿かお前はとぶん殴られたあたりのお話となります。





「いいですか、サトゥン様。私たちの探し求めていたマリーヴェル王女は、他の誰でもないこの娘なんです」


 怒り狂うマリーヴェルの猛攻からサトゥンを救出したリアンが、本日六回目となる説明を続けた。マリーヴェルを指して切々と事情を説明するリアンだが、サトゥンは未だに納得できていなかった。首を傾げてマリーヴェルを見つめながらサトゥンは言葉を返した。


「こやつは『ミーク』だろう? 先日会ったとき、自分でそう言っていたではないか」

「だ・か・ら! 偽名を名乗っていただけって何度も言ってるじゃない!」

「そもそもお前がマリーヴェルであるならば、ここにいるマリーヴェルはいったい誰だというのだ!?」

「私が訊きたいわよ!」


 路上で丸くなる猫を指差して訊ねるサトゥンに声を荒げるマリーヴェル。

 再び熱がこもってきた論戦にリアンはおろおろと困った様子を浮かべるばかり。そしてサトゥンが鬼の首をとったかのようにマリーヴェルに向けてふんぞりかえって指摘した。


「ふふん、私を騙そうとするのもそこまでにしておけ、偽物のマリーヴェルよ! なぜ貴様がマリーヴェルを騙ろうとしているのかは分からぬが、貴様が断じてマリーヴェルではない証拠を私は握っているのだぞ!」

「こいつ、本気でむかつくわね……なによ、証拠って」

「ふはは! マリーヴェルの姉であるミレイアが言っていたではないか! マリーヴェルは金髪で小さくて目が大きくて可愛い奴だと! 貴様は金髪でもなければ可愛げなど微塵もないではないか! 小さくて胸が貧相な部分は当てはまっているがな! がははは!」

「リアン、私もう無理、止まりそうにない」

「わあああっ! だ、駄目えええええ!」


 星剣と月剣を腰から抜こうとしたマリーヴェルを慌ててリアンが抑える。勝ち誇ったように笑うサトゥンの表情がマリーヴェルの怒りへ次々と油を注いでしまったようだ。

 必死に大切な相棒を宥めながら、リアンは誤った証拠を突き付けたサトゥンに対しそれを恐る恐る指摘する。


「あの、サトゥン様……大変お伝えにくいのですが、ミレイア様のおっしゃっていたマリーヴェルの特徴は、その……全部嘘なんです」

「……なんだと!?」

「この娘がマリーヴェルであることは、ミレイア様からも他の王族の皆様も証言されていますから……」

「で、では本当にこの娘がマリーヴェルなのか!」

「だから最初からそう言ってるでしょ!」

「それではこのマリーヴェルはいったい誰だというのだ!?」

「だから知らないわよっ!」


 気持ち良さそうに眠る猫を指差して唾を飛ばすサトゥンへマリーヴェルはしっかり怒鳴り返した。マリーヴェルだけではなく、リアンからもはっきりと断言されてしまい、サトゥンはようやく自分が間違っていたことを悟ったようだ。

 呆然としたのは一瞬のこと、わなわなと体を震わせたサトゥンは咆哮と共に大地を踏みしめた。人はそれを地団駄を踏むと表現する。


「ぬおおおおおおおおおおおっ! どこだ! 勇者に嘘の情報を並べ立てたミレイア・レミュエット・メーグアクラスはどこにいるっ!?」

「あ、ミレイアなら馬車の中にいるわよ。なぜか出てこないけど」

「そこかああああああああっ!」


 どうやらサトゥンの怒りは嘘の情報を教えたミレイアへと向けられたらしい。

 あっさりとミレイアの居場所を吐いたマリーヴェルの言葉を耳にするや否や、サトゥンは飛び込むように王族専用の馬車へと乗り込んだ。

 そしてミレイアを肩に抱えて高笑いと共に再び現れた。半泣きでじたばたと抵抗するミレイアを抑えつけながら、彼はふんぞりかえって言葉を並べるのだった。


「よくぞ勇者である私を見事に騙してくれたな、ミレイア・レミュエット・メーグアクラスよ!」

「ひええっ、わ、わざとじゃないんですっ! 悪気はなかったんですっ! 許してくださいましっ!」

「ふはははは!勇者に嘘の情報を流して英雄集めを妨害するとは、なかなかやってくれるではないか! このような不埒者には、私が直々に勇者信仰の大切さを教えてやらねばならぬ! 今日から貴様には嫌というほど勇者学を叩き込んでくれるわ! むはははは!」


 どうやら彼はミレイアを解放するつもりはないらしい。やがて抵抗を諦め、彼の肩でぐったりとしている姉を見て笑いを堪えながら、マリーヴェルはサトゥンに訊ねかける。


「何、ミレイアも連れていくつもり? 私を送り届けたらミレイアは城に戻る予定だったけど」

「このまま素直に帰すつもりなど毛頭ないわ! がはは、勇者を騙した罪は重いのだ! こやつが真に勇者の素晴らしさを理解するまで行動を共にさせてくれる!」

「あらら。というわけでミレイア、これからもよろしくね。あなたも一緒ならこれからが更に楽しくなりそうで私も嬉しいわ」

「あ、悪夢ですわ……これはきっと夢なんですわ」


 にっこりと笑みを浮かべるマリーヴェルに、ようやくサトゥンから解放され大地に下ろされたミレイアは弱々しく返答を返すだけだった。

 ミレイアがサトゥンに嘘を並べ立てた理由の大半が他の誰でもないマリーヴェルのせいなのだが、それを指摘する元気もないようだ。

 先ほどまでの怒りが嘘のように上機嫌になったマリーヴェル。何だかんだいって、姉であるミレイアが一緒に来てくれることが嬉しいらしい。なかなか素直になれないが、彼女はミレイアが兄弟の中で一番好きなのだ。

 サトゥン、マリーヴェル、両者の怒りがようやくおさまり騒乱が収束したかにみえたのだが、リアンが新たな騒動の種へと触れてしまった。大地に寝転がる猫に視線を向け、ふとリアンがサトゥンに訊ねた一言が始まりだった。


「あの、サトゥン様……この娘がマリーヴェルであることは証明できたのですが、この猫はどうされるのでしょうか」

「ふはは! 当然村に連れて帰るに決まっているだろう! こやつは我らと共に歩む道を選んだのだからな!」

「分かりました。ええっと……この猫に名前はあるのですか?」

「マリーヴェルだ!」


 サトゥンが自信満々に告げた猫の名前、それがいけなかった。

 折角上機嫌になっていたマリーヴェルの機嫌が再び奈落の底へと転落してしまった。不満を爆発させたマリーヴェルがサトゥンを睨み、怒りを押し殺して訊ねかける。


「私がマリーヴェル・レミュエット・メーグアクラスだってさっき納得したわよね? どうして猫の名前がマリーヴェルなのかしら?」

「仕方ないであろう! 私がこやつと出会ったとき、お前がマリーヴェルだと知らなかったため、そう名付けてしまったのだから! 別にマリーヴェルが二人いたところでさほど問題ないであろう。同じ名前の人間など世界中にいくらでも溢れているとリアンから聞いているぞ?」

「そういう問題じゃない! 私がマリーヴェルって分かったのなら、別の名前をその猫につければいいだけじゃないの!」

「何を怒っておるのだお前は。ふむう、完全に同じ名前というのが気に入らないのか。よし、分かった! こやつをマリーヴェルその一、お前をマリーヴェルその二と呼べば万事解決ではないか! がははは! 何という名案、これぞ勇者のひらめきである!」

「馬鹿にしてんのか! 仮に百歩譲ったとして、どうして私がその二なのよ!?」

「落ち着けマリーヴェルその二。私にはお前が怒り狂う意味がさっぱり理解できんぞ。怒りよりも笑顔の方が人間にはよく似合う、笑うのだマリーヴェルその二!」

「その二その二と連呼するんじゃないわよ!」


 激しい口論を再開させた二人に、もはやリアンは割って入ることを諦めてしまった。内容が内容だけに止める方法など思いつかなかった。

 サトゥンとマリーヴェルはどちらも我が強く、自分の意見をなかなか曲げられない。猫の名前をマリーヴェルとしたいサトゥンとそれは自分だけの名前だと反論するマリーヴェル。

 他人が聞けばなんとも馬鹿らしいと呆れ果てるしかない口論なのだが、二人にとってはこれ以上ないほどに真剣だった。ぎゃあぎゃあと止まらない水掛け論を続ける二人に、ようやく立ち直った様子のミレイアがおずおずと二人に一つの考えを提案した。


「あの、よろしいでしょうかお二人とも。お二人が揉めているのは猫の名前なのですわよね?」

「そうよっ! この馬鹿が猫の名前をマリーヴェルにするってふざけたことを言うから!」

「ふざけてなどおらぬ! こやつがマリーヴェルであることは変えられぬ事実なのだ!」

「あの、お二人の意見の間を取るのはどうでしょう? このままではきっと平行線を辿るだけですし、妥協案と申しますか」

「妥協案?」

「猫の名前なのですが……『リーヴェ』というのは如何でしょう? マリーヴェルの響きを残しつつ、同じ名ではない、とても可愛らしい名前だと思うのですが」


 ミレイアの提案にマリーヴェルとサトゥンは一時休戦し互いに考え込むような表情となる。

 その状況を争いを止める好機だとみたリアンは、ミレイアの意見に賛同を示した。


「とてもいいと思います! 僕は賛成ですっ!」

「ありがとうございます、リアンさん。それで、お二人はどうでしょう?」

「……まあ、それなら」

「ふむ……まあ、いいだろう」


 二人が渋々ながらも折れたところで、ようやくこの下らない論争に決着がついた。

 そのことに安堵し、リアンは小声でミレイアに心から感謝を告げた。そんな彼にミレイアは構いませんわと温和な笑顔を浮かべた。気弱ではあるが、締めるところはしっかり締められる彼女をリアンは心強く感じた。ミレイアとて王族、人をまとめるための教育は幼いころから学んできたのだ。

 笑顔を取り戻したミレイアだが、そんな彼女の腕にぽふんと重量感のある何かがサトゥンの手によって乗せられた。とても温かく心地よいそれに視線を向けると、腕に乗った何かはミレイアに『にゃあ』と答えるだけ。その何かとは言うまでもなく『リーヴェ』だった。

 なぜリーヴェを抱かされているのか。頭上に疑問符が浮かび上がり続けるミレイアに、サトゥンは満面の笑みを浮かべてその理由を説明する。


「本当は私が面倒をみるつもりだったのだが、名付け親を買って出られては私も折れざるを得ないではないか。ふはは! ミレイアよ、今日からお前をリーヴェの飼い主として認定しようではないか! 我らと共に戦うこやつの世話を頼んだぞ、ミレイア!」

「え……ええええええええええええええええっ!?」


 ミレイアの驚きの声は青空へと吸い込まれるほどに大きく響き渡った。彼女の絶叫を耳にしてもリーヴェは動じることもなく、穏やかに眠り続けていた。






特別SSでも涙目になってこそミレイアの真骨頂(確信)


というわけで、お蔵入りしておりましたSS公開となります。

この場を借りまして、本編をここまで共に歩んで頂いた皆様、書籍を購入下さいました皆様に、書籍出版にご尽力頂きました関係者各位の皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

あとは八章再開までしっかり計画プロット練って、落ち着いたらまた頑張れればと思います。再開できるよう、しっかり頑張りますっ。


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