8.裏話と大団円
「でも、いつ私が偽物だって気づいたの?」
「確信したのは、先ほどのカフェですわ。女友達と話しているみたいでとても楽しかったのですが、殿下はあんな話題絶対にご存知ありませんもの」
そう言うリリーは、眉を下げどこか寂しそうな顔をしていた。今までフィリップのフリをして騙していたことに、罪悪感でいっぱいになる。
「ですが、おかしいと思い始めたのはテストの時ですわ」
「ああ……あの王子がいきなり勉強頑張るわけないもんね……」
「いえ、そこではなく……。流石に今の殿下では、たった二週間で学年二位の成績を取るのは難しいと思いましたから」
リリーは再び苦笑しながらそう言った。しかし彼女の答えに、私はふと疑問に思うところがあった。
「あれ? でも、成績発表のあとフィリップに、『よく頑張ったね』とか『見直した』とか言ってなかった? 疑ってたならどうしてそんな言葉を?」
「あの時は、まだ殿下の異変に確信がなかったのもありますが……無謀でもわたくしのためにヴィンセント殿下に勝負を挑んでくださったのが嬉しかったのです。あの時の殿下は、絶対に本物でしたから」
私が眠っていた時か。意識を失っていたせいで、フィリップがヴィンセントに勝負を挑んだ経緯を私は知らずにいた。
「実はその時のこと知らなくて。なんでそんな勝負をすることになったの?」
「フィリップ殿下がいる前で、ヴィンセント殿下がわたくしに『次のテストでも一位だったらデートをして欲しい』と仰ったからですわ。それでフィリップ殿下がムキになられて……」
リリーは当時のことを思い出したのか、クスクスと可愛らしく微笑んでいる。
ん? でもおかしくないだろうか。さっき彼女はフィリップがヴィンセントに勝負を挑んだことが『嬉しかった』と言わなかったか。
「ね、ねえ。確認なんだけど、今リリーはフィリップよりヴィンセントの方が好き……なんだよね?」
「ふふっ。あなたも騙されまして?」
リリーは私の質問に、悪戯っぽく笑いながらそう返した。彼女の言葉の意味がわからず、私は目を丸くする。
「実は、ヴィンセント殿下には協力していただいていただけですの」
「協力……?」
「ええ。『フィリップ殿下に嫉妬させて振り向かせよう大作戦』ですわ」
リリーは変わらず悪戯っぽい笑顔を浮かべたままそう答えた。
つまりあれか。リリーはフィリップを振り向かせようと、わざとヴィンセントと良い感じなように振る舞っていたということか。
小説では、婚約破棄の後、すぐにフィリップが廃嫡されヴィンセントとリリーが結婚するシーンがあったが、リリーにヴィンセントへの恋心が芽生えたのは結婚後のことだったのかもしれない。
確かにリリーとヴィンセントが良い感じに描かれているシーンはあったが、肝心のリリーの心理描写がなかった気がする。裏ではそんな設定になっていたのか。私が死ぬ前はまだ第一巻しか出ていなかったから、第二巻以降で恐らくそういう話が出てくるのだろう。
私もまんまと騙されて、この可愛らしく笑う少女に振り回されていたというわけだ。まあ、セシリアとの一件で本当に婚約破棄していたら、廃嫡まっしぐらだったから良しとしよう。
彼女とヴィンセントの演技力を賞賛しつつ、私は正直な疑問をリリーにぶつけた。
「ねえ、リリー。私が言うのもなんだけど、こんな男のどこが良いの?」
「わたくし、ダメな人を支えたいタイプですの」
「わお。フィリップのお嫁さんにピッタリ」
そう言うと、私とリリーは顔を見合わせて笑った。まるで女友達と恋バナをしているみたいで、私はこの時を心から楽しいと感じた。リリーとは友人としても仲良くしたいと、そう願った。
そしてひとしきり笑った後、リリーが表情を少し暗くして言った。
「……でも、フィリップ殿下がわたくしのことをどう思っているのかわからなくて……自信がありませんの」
「うーん、心の内を聞いてる感じ、普通にリリーのこと好きだと思うけどなあ」
「だと良いのですが。まだ、殿下のお気持ちを言葉にしていただいたことがございませんの」
リリーはそう言うとシュンと項垂れ俯いた。こんな可愛い女の子にこんなに思ってもらえてるのに、他の女の子に現を抜かすとは本当に愚かな男だ、フィリップよ。
そして私は、リリーの手を取り元気づけるように言った。
「よし! そういうことなら、私に任せて!」
***
現在から少し前のこと。
私はフィリップに昼休みに生徒会室へ行くよう指示し、眠ったふりをした。その後、フィリップにわざとヴィンセントの告白シーンを見せ、リリーに対するフィリップの気持ちを引き出したのだ。
この計画を実行するにあたって、私はヴィンセントにも事情を説明していた。彼は私の存在に全く気づいていなかったらしく、かなり驚いた反応を見せていた。
リリーに私のことがバレたのは、普段から余程フィリップのことを見ていたからなのだろう。
そして現在。
全てを知ったフィリップは、信じられないというように立ち尽くしていた。
「そ、そういうことだったのか……」
「ええ。騙すような真似をしてしまって申し訳ありませんでした、フィリップ殿下」
「いや、そもそも騙していたのはこちらの方だ。本当にすまない……」
すると、お互いに謝罪し合うリリーとフィリップを見守っていたヴィンセントが、苦笑しながら言った。
「でも、婚約破棄騒動の時はどうなることかと思ったよ。アリスさんのおかげで、兄さんの目が覚めて本当によかった」
「その件についても、本当に申し訳なく……」
しおしおと項垂れるフィリップに、私は脳内で声をかけた。
(ほんと、感謝してよね! でもよかったわ。リリーのこと、一生大事にしなさい)
(ああ、それはもちろんだ。たくさん助けてくれてありがとう、アリス)
こうして、私とフィリップによる「リリーの心を掴もう大作戦」は幕を閉じたのだった。
その後、フィリップは無事リリーと結婚し、後々に王位を継いだ。そして私は、フィリップの補佐役としてこの国の政治に大いに貢献し、リリーの友人としても楽しく過ごさせてもらった。
この世界に来た時は、とんでもない異世界転生をしてしまったと思ったけど、大切な友達もできて、前世で満足にできなかった学園生活も送れて、これはこれで幸せな人生だったと思う。
何より、想い合うフィリップとリリーが結ばれて本当に良かったと、心から思うのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




