84、筒杖、商業神、空飛ぶ羊さん
魔法薬屋の近くにあるお店には、用途もよくわからない道具がいっぱい並んでいた。
「姫、このお店のゴルム・ハンマーハンドは、火山地帯に住むドワーフの一族の出身ですよ」
「まあ。噂の亜人さんね」
サイラスが紹介してくれたドワーフの外見は、背が低くがっちりとした体格のおじいさんという印象。真っ白なひげを伸ばしていて、三つ編みにしている。
「ふん、そっちは暗黒郷の亜人王族じゃな」
「あら、わたくしの目をご覧になって? 王族ではありませ~んっ」
気分は「カントループ」だ。お忍びだ。
今は瞳だって普通でしょう? フィロシュネーは得意げに目を見せた。
二人の間に割って入るようにして、サイラスが仲を取り持ってくれる。
「姫、ドワーフの体は、熱や火への耐性が高いのですよ。すごいでしょう? そして姫は治癒魔法がお得意なのですよね。すごいですね?」
「そうやって子供をあやすみたいに言う……」
フィロシュネーは首をかしげつつ、店の商品を手に取った。
「ねえ、こちらの筒みたいな杖、飛び道具なのね?」
円筒状の筒のような杖に、説明が添えてある。石をいれて魔力をこめると、先端から石が放たれるという玩具だ。とても面白そう。
「わたくし、これが欲しいわ」
「この玩具は、人に向けると怪我をさせてしまいますからお気をつけて」
「これに魔宝石を入れるの」
「魔宝石なんて高価なものを飛ばして遊ぶおつもりですか。さすが姫ですね」
「その『さすが』は褒め言葉ではないわね、サイラス?」
フィロシュネーは筒杖を買ってもらって、考えを打ち明けた。
「お兄様の真似をしようと思って」
「即位式で槍を爆発させたという青王陛下ですね。あまり真似しないほうがいい遊びに思えますが。危ないですし、物がもったいないでしょう」
兄の即位式での振る舞いがしっかりと把握されている。
「もったいない? 新鮮ね。そういう考え方は、したことがなかったわ」
「姫はそうではないかと思っていました」
サイラスは納得顔になって神殿地区に連れて行ってくれた。
「神殿地区は、紅国の人々にとって重要な聖地です」
神殿地区は、優美で荘厳な雰囲気の建物が並んでいる。
「神殿には神官たちが常におり、人々の願いを聞き、神々に届けてくれます。神殿地区は、安らぎと希望をいただける場所であり、多くの人々の心を癒しているのです」
「んん? 神様をあがめる場所でしょう? 教会というのではないの?」
「紅国では、神々を祀る建物を神殿と呼びます。説教、信仰の指導、儀式を行う場所を教会と呼びます」
「い、いろいろあるのね。サイラスも、何か信仰しているの?」
「愛の女神を」
「うそおっしゃい……」
商業神ルートの神殿をのぞいてみると、ハルシオンたち空国勢が神の像を見つめている。
「あっ、シュネーさぁん」
仮面をつけた「カントループ」姿のハルシオンが手招きする。
「われわれカントループ商会一同、さっそく商業神に入信してみました。今日から信者です。やはり、熱心さをあらわすために聖印入りの旗をつくってきたのが好印象でしたね。あと献金」
商会メンバーが商会の旗と並べて聖印入りの旗を振っている。
「んふふ。神様って、いいですねぇ。実在しないからなんかすっごい超然とした存在でいられるんですねぇ!」
「殿下、殿下。そのご発言は不信心がばれてしまいます」
「カントループです」
「あの方々、いろいろ悪化してませんか?」
サイラスは不審そうに眉をひそめつつ、フィロシュネーを神殿から連れ出した。
見慣れない生き物がたくさんいるお店は、わくわくする。
「騎乗屋です。移動用の魔法生物を民間向けに貸し出ししています」
見ていると、騎乗魔法生物を借りた者が空に飛んでいく。
「空が飛べるのね!」
「少し飛んでみましょうか?」
サイラスは、羊のような魔法生物を借りてくれた。真っ白で、首が長い。
「姫、この生き物は、クラウドムートンといいます。とても穏やかで、優しい生き物ですよ」
前に抱えられるような姿勢でクラウドムートンに乗ったフィロシュネーは「これは秘密のお話をするチャンスなのでは」と思いつつ、声をあげた。
風が顔を撫でて、新緑の匂いを伝えてくれる。
「わぁ、すごい!」
空を飛んでいる。
羊のようなクラウドムートンは、ふわふわとした毛並みが心地よく、揺れもほとんど感じない。
空中を飛ぶことで見える風景は、鳥になったような気分にさせる。
「高いところから見ると、町の景色が全然違うのね」
フィロシュネーは、目の前に広がる景色に感動した。
建物の屋根や道が小さく見え、人々の姿もかわいらしい人形のよう。
遠くの森や山が見える。すごい。
それに、景色だけじゃない。身を寄せ合っている近い距離が、ドキドキする。体温や、息づかい、香りに、胸が高鳴る。
「姫、高いところは、怖くはありませんか? もう少し高度を下げますか?」
やわらかに問うサイラスの声が、耳に心地よい。
「もっと高くてもいいわ! わたくし、高いところが好き!」
「そうではないかと思っていました」
返ってくる声は、楽しそうに聞こえる。サイラスも楽しいのかしら。そう思うと、フィロシュネーは嬉しくなった。
「紅都は衛生的で美しい都市です。住みやすいですし、人も店も多くて、姫が楽しく過ごせる場所だと思います」
「そうね」
フィロシュネーは美しい都市風景を眺めながら、頷いた。
「姫、あのあたりに家を建てようかと見積もっています。いかがでしょうか?」
「お家を建てるの? 素敵ね」
「屋根の色は、何色がお好みでしょうか」
問われて、気付いて、頬が熱くなる。
「わたくしと住むおうち?」
「その予定で考えていますが、いかが」
悪くない。良いのではないかしら。フィロシュネーは小さく頷いた。
「お兄様が、許して下さったら」
兄が許したら、自分は青国ではなくてこの紅国に住むのだ。
そう思うと、わくわくするような心浮き立つ思いと、寂しいような気持ちが同時に湧く。
複雑な気持ちから目を逸らすようにして、フィロシュネーは話題を変えた。
「そうそう、秘密のお話をしたかったの」
サイラスの肩に顔を寄せると、軽く息をのむ気配が感じられる。首にさげている黒い皮紐のペンダントが少し気になった。それは、あの祭りの夜に彼が「紅国女王からの褒美を受けて、成り上がる」と決めた証なのだ。
「お聞きしましょう」
以前はつけていなかった香水のかおりがする。お互いに。フィロシュネーはそれを意識しながら、平静を装った。
そして、預言者ダーウッドが教えてくれた≪輝きのネクロシス≫とドラゴンの石の話を共有した。




