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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
2章、協奏のキャストライト

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69、迎賓館『アズールパレス』殺人事件3〜俺はシュネーが思っているより、シュネーのことが好きだぞ

「さて、足跡魔法の信ぴょう性はだいぶ高まったといえるのではないかしら」


 フィロシュネーは気を取り直して、預言者ダーウッドにヤスミール・ブラックタロン嬢の足跡を確認させた。

 

「つまり、ハルシオン殿下が警備を引きつけた隙に、ヤスミール・ブラックタロン嬢は待機・準備部屋に入ったわけですな。ブラックタロン家は呪術の名家ですから、侵入しやすくなる呪術も何か使ったに違いありません。そして、プレゼント置き場に近づき……」

 

 ダーウッドが足跡の動きを見ながら解説してくれる。


「何かを盗もうとしたようです。おおっと、ここでビクッと飛び退きましたね。この時、マントに攻撃されたのでしょう。そして、フラフラしながら退室……」


 退室した後の足跡を、みんなでゾロゾロと追跡していく。フィロシュネーは兄をチラッと見た。

 優秀で、フィロシュネーにあまり好意を抱いていないと思っていた兄アーサーは、意外と脳筋なところがあって、フィロシュネーにも好意的だ。


(いきなり王様になるって、大変よね。本来は、もっと王様になるためのお勉強や基盤固めをしっかりして、新しく王様になったお兄様を先代の王や有能な幕僚やしっかり者の王妃が支えてあげるべきなのに)

 

 眼が合うと、アーサーは微笑んだ。


「シュネー、ここだけの話だが、兄さんは正直、自分が何もしなくても真相がわかっていくので、とても助かった」


 率直すぎる言葉に、フィロシュネーは胸が熱くなった。


「ダーウッドの仕掛けと、お兄様がくださったお薬のおかげですわ」

 

 思い出すのは、空王アルブレヒトとハルシオンの関係。そして、ここにはいないサイラスとの兄妹ごっこ。

 

「わたくしは、お兄様の味方です。どんな時でも、頼ってくださいね」

 絶対安心できる味方がいるというのは、それだけで頼もしいのだ。

 

「ありがとう、シュネー」

「お兄様。わたくし、以前はお兄様がわたくしのことをあんまりお好きじゃないのだわって思っていたの。でも、今はお兄様がわたくしのことを思っていたより好きなのだわって思うので、嬉しいのです」


 素直な声色を笑みに乗せれば、兄は耳を赤くして唇をむにゅむにゅとゆがめている。

 

「そ、……そうか。うむ。俺はシュネーが思っているより、シュネーのことが好きだぞ」

 兄が照れているのがわかって、フィロシュネーはニコニコした。

「お兄様。シュネーも、お兄様のことが好き」


「ご兄妹の仲がよろしくて結構、結構、コケコッコウ」


 そんな兄妹を背景に、預言者ダーウッドのマイペースな解説が続く。


「退室した後は……フラフラしてますね、どうも弱っていますね……あっ、隠れていますね。警備が戻ってきたのでしょうか。警備をやり過ごし……また動きましたぞ」

 

 一行は、ふらふらの足跡を追って庭に出た。

 

「庭に出て……ふうむ、部屋に戻るのではなく、外に逃げようとしたのでしょうか。となると、外に共犯者がいた可能性も……おっと、足を滑らせて池に! そして池の外に出て……あ、力尽きましたね……お悔やみ申し上げます」


 発見された地点で足跡は止まり、消えた。

 

「つまりレディ・ヤスミールは、青国の王女の部屋に忍び込み、窃盗をしようとして防犯マントに攻撃されて逃亡、途中で力付きて亡くなったと」


 そんな結論にひとまず辿り着き、青王アーサーは事実を裏付ける証拠集めをする方向性に舵を切った。さて、二国が揉めたとなるとしゃしゃり出てくるのが、二国を支援・指導する立場の紅国(こうこく)である。

 紅国の外交官カーセルド・ゾーンスミスは、眼鏡をキラリとさせ、意見を呈した。

 

「青王陛下。ならびに空王陛下。まずは、個人の犯行か、それとも組織的な犯行かを調べてはいかがでしょうか。特にブラックタロン家に対しては、事件が個人犯行であったとしても、家人が罪を犯した責任を問う必要があるかもしれません。ブラックタロンは空国の名家ですので、空国自体に責任が問われる可能性もございます」


 青王アーサーも空王アルブレヒトも、深刻な表情で耳を傾けている。

 

「ちなみに姫殿下」

 兄たちが真剣に話し合う中、預言者ダーウッドはフィロシュネーに耳打ちをした。

「なあに、ダーウッド?」

 

 ダーウッドは袖を引くようにして、人の輪から連れ出そうとする。これは、魔法も使っているのだろう。周囲の者がぜんぜんこちらに視線を向けない。フィロシュネーたちが離れても、気にする気配がない。

 

 内緒話だ。フィロシュネーはドキドキした。  


「狙われたのは、ノイエスタルどのがお贈りになった()()()()()()と思われます」

「ドラゴンの石? 魔宝石のこと?」

「うむ。あの石は、呪術師の(うつ)ろいの術にて姿を変えられているドラゴンなのです」


 移ろいの術は、オルーサが使っていた術だ。


「あ、あの石……ドラゴンなの」

 フィロシュネーは驚いた。

「ミストドラゴンですな」


 ダーウッドは頷き、説明を続けた。

 

「石を狙った組織の正式名は、≪(かがや)きのネクロシス≫と申しましてな。彼らの中には、姫殿下に恨みを(いだ)いておる(やから)も多いのです。『真実を暴く奇跡の使い手』とうたわれる聖女としての能力も警戒されているのですな」

「……!?」


 預言者ダーウッドの顔を見ると、人差し指が口元に立てられている。

 内密に、という合図だ。


「リュウガイとは、仲間をさらわれて怒ったドラゴンが暴れて起こる被害。竜害(りゅうがい)と記しまする」

「紅国って、ドラゴンの恨みを買ってしまっているの?」

「石がわが国にも流れてくるようになれば、わが国にもドラゴンが襲撃してくるやもしれませんな」


 それはとても物騒な話なのでは――フィロシュネーは身震いした。

 

「紅国に出かけられる際は、あちらの女王の騎士(ノイエスタル)どのに、ドラゴンの石を可能な限り回収して親元に返すべきだと伝えるのがよろしいかと。ただし、できるだけ信頼できる者だけを動かして、秘密裡(ひみつり)に」

 

「秘密なの?」

 すぐにでも、各国の王様に情報共有して対応した方がよいのでは。フィロシュネーは焦燥感を覚えた。

 

「うむ。あの紅国の外交官も≪輝きのネクロシス≫の息がかかってございます。そして、実はこのダーウッドは前々から同じ組織に所属しているものでして」

「はあっ?」

 

 何か、おかしな発言が出た気がする。

 フィロシュネーはパチパチと瞬きを繰り返した。


「預言などという神秘的な能力を持つ者は存在しないと申したら、姫殿下はがっかりなさいますかな」

 

 ダーウッドはそう言って、その姿を青い鳥に変えたのだった。


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