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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
1章、贖罪のスピネル

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49、そこにいるのは、悪しき呪術師です!


 フィロシュネーが会場に着けば、儀典官が報告の声をあげる。


「青国のフィロシュネー殿下にお越しいただきました」

 

 会場には、主要人物が集まっていた。

 

 大きな噴水から、水しぶきが上がっている。

 噴水の周りには鮮やかな花々や樹木が植えられていて、その色が空間全体を温かみのある雰囲気に彩っている。

 会談用にと設けられた席は、上品な赤色のクロスがかけられたテーブルと椅子が配置されていて、国ごとに王族や外交官が集まっていた。


「シュネー、元気にしていたかい? パパは心配していたのだよ。もっとゆっくりでもよかったのに」 


 青王クラストスが、優しそうな表情で両腕を広げて近づいてくる。


「うふふ、お父様」 

(けれど、あなたはお父様ではない)


 フィロシュネーはひんやりとした笑みを返した。 


「シュネーをのけものにしては、いやですわ。拗ねてしまいます……呪術師さん」 


 言い放った瞬間、相手の顔が驚きを浮かべるのが、小気味いい。

 フィロシュネーは先手必勝とばかりに奇跡を行使した。


「青空と神鳥の加護のもと、太陽の娘、青王クラストスの娘、聖女にしてエリュタニアの第一王女にしてノルディーニュの友、フィロシュネー・ニュエ・エリュタニアは、皆様にお知らせしたいことがございます」

  

 証拠も、弁舌も必要ない。

 わたくしには、神鳥さまの奇跡がある。

 真実を見せれば、それで終わり。


「そこにいるのは、父ではありません。悪しき呪術師です!」   


 フィロシュネーはありったけの花びらで、警備兵も含めて、できるだけ多くの人に真実を見せた。


 凛とした声を響かせて見せる真実は、青王クラストスの正体。

 呪術師が暗躍し、国際紛争を起こしたこと。

 

「……なっ!?」


 驚愕が充ちる中、青王クラストスは(まと)う気配を豹変させた。

 唸るような声は、父が一度も発したことのないような、邪悪で恐ろしい声だった。


「シュネー、神鳥をそんな風に使って。パパを邪魔して。この使い方は嫌いだ。嫌な記憶を刺激する……悪い子だ。シュネーは、悪い子だ!」


 ぶわりと全身から黒煙に似た禍々(まがまが)しい何かが漏れる。

 空気を濁らせ、闇に染め上げる――それは、瘴気(しょうき)と呼ばれる種類のオーラだ。


 恐ろしい気配に、ゾッと鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。

 

 心を侵食し、魂を蝕んでいく、負のオーラだ。

 心に潜む闇を呼び覚ます。神聖なるものを冒涜する。腐敗と堕落を象徴している。

 そんな悪しきオーラだ。

 

「青王陛下……では、ない……!?」 


 居合わせた全員が目を(みは)る中。 


「アーサー様!」

「アルブレヒト様!」

 それぞれの護衛が、準備していた通りに貴人を守ろうと陣形を組む。

 

 全員が警戒する中。


 ――ゆらり。

 炎のように揺らめく暗黒の気。それがぶわりと膨れ上がって青王クラストスの全身を包み込んだ。


「殺してはいけない……いいや、殺してもいい、やり直せば……いいや……もう終わらせる……」


 その手に杖があらわれた瞬間、フィロシュネーが腕に填めたブレスレットが鮮やかな赤色の光を咲かせて、粉々に砕け散った。

 なんらかの攻撃をされて『ラルム・デュ・フェニックス』が守ってくれたのだ、と理解した瞬間、目の前に割り入るように大柄の騎士の背が滑りこむ。

 騎士ノイエスタルだ。


「わらわの騎士よ、任務を課します。その悪しき呪術師は、(ふる)き時代より南の土地を支配し、我ら北方の民にまで度々干渉して、多くの人々を苦しめてきた者です。正義の鉄槌を下し、我が国の尊厳を取り戻してください」

 

 薔薇のような赤い髪と深い紅色の瞳をした美しい女王アリアンナ・ローズの声に、騎士ノイエスタルは動いた。


 目の前で、赤いマントが勇壮に(ひるがえ)る。

 瞬きひとつする間に、騎士ノイエスタルは疾風のように突進して、敵に肉薄していた。

 

 テーブルの赤色のクロスが余波で飛び、空をひらりと舞う。

 赤色と交差するように(はし)るのは、白銀の剣閃だった。

 

 抜き放たれた大剣は、ずっしりとした重量を感じさせる立派な一振り。


 凄まじい膂力(りょりょく)で、尋常ならざる速度と勢いで振られる様は、恐ろしい。

 しかし、思わず見入ってしまうほど、鮮やかでもある。


 常人にもわかる技量の高さだった。


 ヒュッ、と風が鳴り。

 剣華が流々舞って、呪術師が張り巡らせた暗黒の結界を割る。

 

 ――パリィン!

 結界が破れる音は、澄んでいた。

 

 同時に小規模な爆発が起きて、二者が反動を利用しながら後ろに()退()いている。


 誰も割り込むことのできない。そんな一瞬の攻防だ。


 着地した瞬間、間髪入れずに地面を蹴った騎士ノイエスタルは、重厚感あふれる全身鎧姿に見合わぬ速度で翔けた。

 地に足はついていたが、「駆ける」のではなく「翔ける」と表現するのが相応しい――そんな体重を感じさせない動きだった。


 (かまびす)しく金属音を奏でて。

 自己の存在感を放ち、相手を威圧する、野生の獣が放つような吶喊(とっかん)が響く。

 

 そこに燃えるような怒りや憎悪が感じられて、フィロシュネーは「怖い」と思った。

 

 闘気が刃に乗り、赤黒い光を放っている。


 渾身(こんしん)気魄(きはく)を込め、赤く(あか)く、美しくもどこか禍々(まがまが)しい光を(まと)い、殺意の刃が踊る。


「――シッ」

 斬り裂くような呼気(こき)と共に大上段から雷霆(らいてい)のごとく振り下ろした刃の軌跡が、赤色の血飛沫を導く――悲鳴があがる。

 

「アアァァッ!」

  

 敵の血に塗れた剣先は、地に付く前に(こうべ)をあげた。

 くっと肘が引かれて、突きの型に移るまでが、流れるようにスムーズだった。

 

 呪術師の胸を、赤い殺意に輝く兇刃(きょうじん)が深々と貫く。


 呪術師は苦痛に顔を歪め、苦鳴を洩らした。ごぼりと口から血を(ほとばし)らせる瞳は、自分に迫る『死』という現実を見ていた。


 まだまだ先だと思っていた死が唐突に目の前に突き付けられて、自分がたった今、唐突に死ぬのだと気付いて驚くような。

 初めて感じる「死」という感覚に戸惑っているような――生物が本能的におぼえる恐怖に邂逅して、誰かに助けを求めるような。

 どこか迷子にも似た、……そんな目だ。



「――……はっ……」


 最期にその唇が吐息を洩らして、瞳が何かを探すようにぐるりと巡り――がくり、と膝をつき、呪術師は倒れた。

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