34、呪術王は、アルブレヒトだ
北方のク・シャール紅国の旗と、サン・エリュタニア青国の旗が並ぶ陣地。
兵士たちが武器を磨き、祖国奪還の戦意を高めている、そんな夜。
フィロシュネーの父と兄が、一緒にいる。
「ぴぃ」
神鳥が可愛らしい声をこぼして、じーっと映像を見ている。
「ぴ! ぴ! ぴっ」
少し、嬉しそう?
「んん……? ご機嫌がいいのですね? 神鳥さま?」
フィロシュネーはふわふわっとした手触りの神鳥を撫でつつ、じっと二人に視線を注いだ。
「ふんふん♪ ふんふんふん……♪」
父である青王クラストスは上機嫌。傍らには、黒の英雄のぬいぐるみがある。
(か、買いましたの? お父様?)
フィロシュネーは自分の枕元にある同じぬいぐるみを見て微妙な気分になった。
青国の王太子であるアーサーもまた、眉を寄せている。
「父上。シュネーが空国の王族に金を使わせて慰霊祭を行うというのです。さすが俺の妹、民に自分名義で慈悲を施して人気を取りつつ相手の兵糧攻めも同時に行うとは。ついでにアインベルグの七男坊が首輪をつけられています」
王太子アーサーは、早口だった。
拳を握り、「俺の妹は俺の意を汲んで正義を執行したのです」「俺の妹は父上のせいで英雄とくっつけられそうで不憫でならないが、健気にも純潔を守っているので変な噂を引っ込めて名誉を回復してあげてほしい」とかペラペラと喋っている。
(に、人気取り。兵糧攻め……そんなつもりではありませんでしたが? お兄様?)
でも、言われてみればそうかも。フィロシュネーは自分の試みを客観的に考えて苦笑した。
それにしても、兄とは疎遠で、あまり仲良くなかったが。
映像の中の兄は、なにやらとてもフィロシュネーを気にかけてくれているではないか。
「気丈に振る舞っていても、敵中で心細いに違いない。苦労知らずなのに、気苦労が多くて可哀想だ。父上が情報を遮断して育てた世間知らずの姫なのに、黒の英雄などと二人で旅をさせるなんてとんでもない。ああ、こうしてはいられない。アインベルグに命じて攫わせないと。首が吹っ飛んでもあいつなら生き返るんじゃないか。あと、ろりこんの黒の英雄は許さん」
兄はこんな人だっただろうか。ろりこんってなんだろうか。
首が吹っ飛んだらシューエンは死んでしまうと思います、生き返らないと思います、お兄様。
「王兄ハルシオンは南方の蛮族平定に向かっています。慰霊祭と南方、紅国の三方に空王の兵が割かれている隙に乗じて、青国の王都を奪還しましょう! そして、俺はシュネーを抱っこしてよしよしして、黒の英雄に鞭を打ってやります」
そう唱えるアーサーの背後には、青国の預言者ダーウッドが控えていた。
「俺の預言者ダーウッド、父に預言を」
フィロシュネーと同じぐらいの外見年齢のダーウッドは、全身をすっぽり覆うローブを好んで着ている。
ダーウッドは白銀の長い三つ編みを垂らして、冷めた声で預言を告げた。
「呪術王の贖罪は英雄の浄化により完了する。これはつまり、英雄が呪術王を浄化して大地の呪いが解けるという意味なのですな……」
青王クラストスは、その預言は前にも聞いた、と言って腹のぜい肉を揺らした。
手のひらで叩いたら、ぽこんと音がしそうなお腹だ。フィロシュネーはそれを懐かしい気分で見つめた。
「おお。アーサー。ようし、よし。焦ってはいけない。どっしりと構えて、父に全部を任せておけ。大丈夫だ。問題ない。贖罪は完了する。黒の英雄に鞭を打ってはいかんっ。ほら、英雄で呪術王を討つのだろう? 英雄をいじめてはならんだろ~、アーサー?」
青王クラストスの声は、なんとも気楽な調子の、のほほんとした調子だった。
「父上。アルブレヒト陛下、ハルシオン殿下、どちらが呪術王でもいいです。まとめて処刑してしまえばいいのです。空国は、我が国に侵略してきました。紅国と足並みをそろえて反撃し、国土を奪還して、あちらの王族は揃って斬首に処すればいいのです。英雄を斬首係にすればいい。さっくりと解決です」
「いや、いや、アーサーよ。それはいかん。ハルシオン殿下はお助けするのだ。ハルシオン殿下は、呪術王アルブレヒトに呪われて猫にならなければ王になるはずだった。我ら青国は友として悪逆のアルブレヒト王を討ち、正統な後継であるハルシオン殿下に王位を継いでいただく」
「はあっ? ちょ、ちょっと。父上はこの前、『ハルシオン殿下が呪術王の生まれ変わりっぽい』と仰ったではありませんか? ならば、ハルシオン殿下の御命は頂戴せねば大地の呪いは解けないのではありませんか。ハルシオン殿下を王にするというのは、おかしいです……」
「ええ~っ? パパ、そんなこと言ったぁ? 言ってないもぉん。アルブレヒトが呪術王だもぉん」
「父上ぇ~っ!?」
「パパ上と呼びなさいアーサー。我が息子よ。そして、王であり父の言葉は絶対だ。呪術王は、アルブレヒトだっ」
映像がそこで途絶え、フィロシュネーはぽふりと枕に頬をうずめた。いろいろ情報が頭に詰め込まれて脳が疲れている。が、ほっとした気持ちもあった。空国の映像は緊迫した雰囲気だったが、青国の父と兄は元気そうでもあって、預言者も健在だった。フィロシュネーはそこに安堵した。
静かな寝室は、すこし寂しい。
でも、ふわふわの神鳥がそんなフィロシュネーの頬をくすぐったり、おでこにぴょこんと乗ったりして遊んでくれた。その優しい触れ心地に、フィロシュネーは心地よい眠りに誘われた。
そして、朝が訪れた。フィロシュネーはゆっくりと目を覚ました。
「ふむむ」
「姫殿下、昨夜はよく眠れなかったのですか? 本日の午前中は、寝台でお休みになって過ごされても大丈夫ですよ」
ミランダが優しい声で気遣ってくれる。
「ありがとう、ミランダ」
ミランダはハルシオン様が好きなの?
そんな言葉を呑み込んで、フィロシュネーは朝食を食べた。
「慰霊祭の間は、戦いがお休みになるといいですわね。かなしい霊を慰めたいというときに戦争をして殺し合ったりするのって、なんだか意味がないと思いますの」
「姫殿下」
ミランダが少し驚いた顔をしている。
「どこで戦いが起きているというのです? 戦いなんて、……ありません。現在は、空国が青国を制圧して、二国は平和に……」
「そんなの、うそ」
フィロシュネーは、お花の形にカットされたニンジンを上品に口に運び、にこりとした。
甘めに煮たニンジンは、やわらかくて、美味しい。
「わたくし、知っています。青国はいまだ、抗っています。戦いは終わっていません。それに、ハルシオン殿下が現在、南方で戦っていらっしゃいますね」
ミランダの瞳を見つめながら、フィロシュネーは「わたくしが手紙を書いて声明を出します。ミランダ、アルブレヒト陛下とハルシオン殿下にお手紙を届けてくださる? 兄と父には、サイラスかシューエンを通せばお手紙が届くかしら」と首をかしげた。
「聖女フィロシュネーは、慰霊祭の期間中、休戦を求めます」
フィロシュネーは聖女の声で、大人たちの世界に平穏を求めたのだった。




