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王女フィロシュネーの人間賛歌  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!
1章、贖罪のスピネル

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26、小さな騎士様、月光浴びて

「えっ」

 わたくしの考えがだだ漏れですって?


 動揺するフィロシュネーの耳には、「銭袋の持ち主が見つかったなら返せ」という声が聞こえてくる。


「そうだそうだ、自分のものにするな」

「返してあげなさい」

 銭袋を拾った者は「ちぇ。言わなきゃよかった」とぼやきながら銭袋を取り上げられている。


(一件落着かしら? でも、「ありがとう」は貰えないかしら。ここにいる方々、誰も得をしていない)


 では誰が得をするか? 銭袋を落としたおばあさまだ。


「おばあさまはきっと大喜びね。わたくし、喜ぶお顔が見たいわ」

「直接お渡しになって感謝されたいと仰る?」


 サイラスは呆れ顔でフィロシュネーを抱き上げた。

 両方の手がふさがる抱え方は、以前と違う『お姫様抱っこ』だ。横抱きにしてくれている。荷物みたいに担がれていない!


()()()()はこれくらいにして、休んでいただきましょう」

「おてんば?」

 

 フィロシュネーは首を傾げた。


「地方特有の言葉かしら。スラング? それとも古語?」

「お姫様らしからぬ……軽挙で奔放がすぎる振る舞いと申しましょうか……」

「ふうん。なら、そう仰ればよいのではなくて? なぜわたくしにわからない単語を使うの。意地悪?」


 フィロシュネーは頬を膨らませた。


「わたくしが難しい言葉を使ったから根に持って、対抗したのね」

「被害妄想……」

「何か仰って?」

「いえ」


 ミランダが微笑ましそうにやり取りを見守る気配を感じつつ、フィロシュネーは自分を抱える男の肩に手を置いて、無邪気な声を返した。


「おてん……はともかく、前より敬意を感じる抱え方! ねえ、サイラス。物語のお姫さまみたいで、こちらの抱え方の方が、わたくしの好みです」

「なんです、物語のお姫様って。あなたは本物のお姫様でしょうに」

「ところで、おてんば……というのは、どのような字を書くの」

 

 すっかり兄妹設定がどこかに行っている。自覚しつつ、フィロシュネーは「今はそれでもよいのではないかしら」と笑った。

 そして、教えてもらった「お転婆」という字に驚いた。


「まあ! わたくしを表すのに、婆という言葉を用いましたの?」


 と、その耳に、少年の必死な声が飛び込んでくる。


「じいちゃんの薬を買うために稼がないといけないんですう! なんでもしますう!」

「こ、こらっ、しつこい!」

「じいちゃんを許してもらうための賄賂(わいろ)も払わないといけないですしぃ!?」

「賄賂など受け取らんっ」 


(あら、シューエン)

 

 騒いでいる少年は、金髪に緑の眼、可愛らしい顔立ちをしている青国の侯爵令息だ。

 年齢はフィロシュネーよりも年下の、十二歳のはず。アインベルグ家という家柄の七男坊で、兄である王太子アーサーの騎士。

 

 現在、どう見ても潜入中。


 ミランダがルーンフォーク卿と二言(ふたこと)三言(みこと)言葉を交わし、教えてくれる。

 

「先ほどの子供が、どうも仕事を探しているようで」


 フィロシュネーはチラッとサイラスの顔色を(うかが)った。

 あまり気にしている様子はないし、助け舟を出す気配もない。


(シューエンは青国のために動いているのでしょうね? となると、手伝ってあげるべきよね?)

 

「ミランダ、わたくし、あの子が可哀想ですの。お願いを叶えてあげてほしいのですわ」


『やっぱり自分の国がなくなるのは嫌です。姫殿下もそう思われませんか!?』

 ダイロスじいさんの必死な声が、フィロシュネーの脳裏に蘇る。

『姫殿下は青国の姫ではありませんか』 


 そうよ。

 わたくしは青国の姫よ。

 だから、自分の国がなくなるのは、もちろん哀しいわ。


 国には、歴史があるのよ。

 その歴史が自分の代でなくなるって、とんでもないことよ。

 必死になって抗うのが、王族としての務めよね。

 民が嘆いているのも、心が痛むわ。当然よ。


 ――けれど、二国がひとつになったことで両国が一緒に加護を受けられるのではなくて?

 自分の中にそんな思いが湧いて、フィロシュネーは戸惑った。 


(うーん。それに、戦争をすると、結局傷付くのは民なのよ? わたくし、それくらい知っています)


 戦争する時は、だいたいのパターンが権力者の都合で戦争をする。

 具体的にどうやって戦争するかというと、空国がしたように騎士や兵士を動かして相手の領土を攻め落とすのだ。身分階級が上流の者たちは指揮官として後方で幕僚たちと計画を立てたり策を練ったりして、自ら戦うことはあまりない。戦うのは騎士や兵士である。


 騎士や兵士の多くは、王侯貴族が治める領地で生活する民だ。

 自ら志願する者もいれば、領主の命令で強制的に従軍する者もいる。だいたい、肉体労働に適した年齢の男性が兵士になっている。

 つまり、農村などは働き手をその分、失っている。


 亡くなって戻ってこない者や、大怪我をして以前のように働けなくなり、けれど薬代はかかるようになるという本人にも家族にも悲劇としか言いようのない結末に至る者は、それはもう多い。

 さらに、兵士たちの武具や兵器、補給のために税が投入され、商会の食糧は戦時特需で値上げされたり、買い占められて品薄になったりして、民は苦しむのである。

 

(だから、わたくしは青国を奪還したい気持ちもわかるけど、安易に「青国を取り戻すわよ! 空国と戦います!」とも言いたくない気分だわ。うーん、とても悩ましい……)


 本来、こういう「困ったわねー」ってときに神秘的な能力で助言をするのが、預言者という存在だ。


(お父様のそばには、わが国の預言者がいるのよね。むむっ、考えてみれば、わたくしがひとりで必死になってあれこれ悩むのって、どうなの? お父様やお兄様のお考えもわからないし~)


「お加減が優れないのですか?」

 ミランダが心配そうに問いかける声で、フィロシュネーは我に返った。

「あ、いいえ。考え事をしていましたの。ふぅ……」

  

 儚げに溜息をつけば、ミランダとサイラスが意味ありげに視線を交わす。


 どう解釈したのか、二人はその後の時間、異様に優しく心配してくれて、医者などを呼んだりして――フィロシュネーは結局、ベッドで安静に過ごすことになったのだった。



 * * *


 

 窓の外で、働き者のお月様が高い位置にのぼる頃。

 

「調子に乗って花びらをいっぱい使ってしまいましたけど、一回分くらいは、ありますわね」

 ベッドの中で『ありがとうの花びら』を眺めていたフィロシュネーは、「何を調べようかしら」と迷った。


 父のこと、兄のこと、ハルシオンのこと。知りたいことなら、たくさんある。ありすぎて困っちゃう!


 フィロシュネーが悩んでいると、コン、コンと窓側から音がした。

 最初は気にしないでいたのだが、どうも音はずっと続く。しつこく続く。いつまでも続く。明らかに「窓を開けてよ」とアピールされている。


「そんなアピールされて開ける者がいますか。どう考えても危ないでしょ。警備はどうしたのよ」


 宿泊している建物の外にも、扉の外にも、空国勢の兵士がいるはずなのだ。


「そんなこと仰らずに開けてくださいよう」


 少年の声が哀れっぽく窓の方向から聞こえて、フィロシュネーは目を丸くした。


「シューエンじゃないの」


 窓を開けてみると、コソコソと室内に転がり込んでくるのはシューエンだった。


「七男とはいえ、仮にも良家の令息がすっかり落ちぶれて夜盗の真似事とは……わたくし、涙を禁じ得ません! 一応説明すると、涙を禁じ得ないとは『かわいそうで泣いちゃう!』という意味よ」


 わざとらしくハンカチで目元を拭うフリをしてみせると、シューエンは「そうなんですよ、落ちぶれちゃって」と調子を合わせてふざけつつ、声を潜めた。


「さてフィロシュネー殿下。僕はフィロシュネー殿下のお近くで警護の任に就かせていただきます……可能ならば黒の英雄を暗殺し、フィロシュネー殿下をアーサー王太子殿下の陣営までお連れするように、と命じられて参りました」

 

 寝台に座るフィロシュネーの前にかしこまって膝をつき、片手を後ろにまわして礼をするシューエンの金髪が窓から注ぐ月光に幻想的に照らされている。


(まあ。小さな騎士様って感じで、微笑ましい感じ……)

 

 まるで、物語のワンシーンみたい。

 フィロシュネーは一瞬、目の前の少年に見惚れた。 


 しかし、一部物騒な言葉も聞こえた気がする……フィロシュネーは、「ん?」と首をかしげた。


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