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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第4章 冥府の番犬 編

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第79話『悪者は無条件の救済をしない』

戦争屋が収監されてから18日目(残り42日)




 ――。

 ――――。


 その日は霧がかかっていた。


 広大な海は遠くにいけば行くほど白がかって見え、どう考えても航海には圧倒的に向いていない日和だが、最新鋭の技術を積み込んでいるらしい移送船は進む方向に不安を覚えることなく突き進んでいる。


 ――人生で、初めての航海だった。


 けれどそれは、塔の中で想像していたような楽しいものではなかった。


 船の揺れという問題を考慮していなかったこともそうだし、初の記念に相応しくない天候であることもそうだが、何よりも楽しんでいられる心境じゃない。


 遠縁の親戚の根回しにより、収容監獄に送られる羽目になったノエルの、今の気持ちでは。


「……」


 影がかかり、すっかり墨汁を垂らしたような目をするようになったノエルは、虚ろな面持ちで甲板から海に視線をやる。


 ここ数日、同じ格好のままだ。あれだけ重みを感じた、アンラヴェルの聖騎士団の制服姿のまま。でも、かつてと違い今はその重みを感じない。


 手首は付属の鎖を聖騎士――いや、聖騎士のガワを被っただけの、権力と欲望に負けた男に握られていた。


 故に大した身動きは取れない。だから、それを良いことに良いように散々引っ張り回されて、挙げ句の果て『海を拝ませてやる』などと偉そうに言われて、甲板までわざわざ連れてこられたのである。


 でも、やはり。


 絶望的に、楽しくない。

 というよりもはや、楽しい楽しくない以前に感情が欠如していた。


 意思を持つこともなく、行動をすることもなく、あらゆる諸行無常を与えられるがままに受け入れているのだ。きっと雨晒しの中に放っておかれれば、死ぬまでそこに立つだろうというくらい放心していた。


 それだけの、ショックがあったのである。


 だから、


「――ッ!?」


 ノエルは、隣の男が息を呑んだことにも興味を示さなかった。


 たった今ノエルを運んでいる移送船が、突如霧の向こうから現れた攻撃船に砲弾を撃ち込まれていることにも、何にも。


「っ、こっちに来い!!」


 聖騎士は慌てたように鎖を引いて、ノエルを船内へ避難させようとする。しかし放心しているノエルの反射神経と聖騎士の慌てぶりは噛み合わず、結果ノエルが足をもつれさせて転ぶ羽目になり、


「ハァ!? 何をしてんだクソッ、んのガキ……!!」


 ――焦りを苛立ちに変換しているのか、人形のように空っぽのノエルに聖騎士はちっと舌打ちを1つ。けれども次の瞬間、うざったそうにこちらを見ていたその顔はどこかに弧を描いて跳んでいった。


 残された胴体は頭部を失った後、数瞬遅れて膝をつく。首の切り口からは血がどくどくと流れ、甲板の一部を真紅に染め上げていた。当然近くで倒れ込んでいたノエルの元にも血溜まりは流れてきて、生温い液体がノエルの白い頬に触れる。


 そこでようやく、今まで目の前しか見ていなかったノエルの瞳が、周囲の確認のためにぎょろりと左右を向いた。


「……」


 顔までは見えないが、スーツに身を閉じ込めた男が居るようだ。片手に剣――にしては妙に細長い刀身をした、見たことのない妙な刀剣(ぶき)を手にしており、その美しい鉛色の刃は醒めるような鮮烈な赤で濡らされている。


 殺されるのだろうか。ふと、ノエルの脳内でそんな考えが頭をよぎった。


 そこに本来の自分であれば生まれていただろう『抵抗感』が生じることはなかったが、ここ最近で初めて自力で考えたことだった。


 殺されるのならば、それでも良い。


 自分は夢を叶える権利を剥奪されたのだ。こんな空っぽの人生、生きていたって何も面白くない。どうせ神子という立場を利用されて上手いように親族に使われるくらいなら、いっそこの場で訳もわからぬこの男に殺されたい。


 などと、静かな思考の海に浸っていると、


「すまないが、君を介錯することは出来ないな。最終的には君を生きている状態で救わないといけないんだ。もう少しだけ辛抱してはくれないか?」


 男はこちらの考えを見透かしたかのように、そんな言葉を落としてくる。

 そして屈み込むと、彼は血の池に浸っている少女に手を差し伸べた。


 所々にマメが出来ていて、剣士らしい無骨な手がノエルの視界に入り込む。だが生憎とそれを受け取る気にはなれなかった。拒絶の言葉を唇から溢す気力さえもうノエルにはなく、ただじっと男の手を見つめていれば、


「……困ったな。すまない、女の子を誘い出すのには慣れていないんだ。なにぶん男所帯で長いこと生活してきたもんでね。悪いが、手荒に行かせてもらうよ」


 そんな発言の後応答する間もなく、病人みたいに細っこい身体に頑丈な片腕が回されて、ノエルはひょいと小脇に抱えられる。

 ――ヒョロガリな自覚はあったが、こうも軽々と抱え上げられるとは。思わぬところでショックを受けていれば、それに気づかない男は刃先の血を払って、


「さて、中にも何人か居るんだろう?」


「……たぶん」


「じゃあ、俺が今考えていることを君に話そう。まず俺の目的はこの移送船を乗っ取ることだ。だから中に居る者は全員、戦闘不能にしないといけない」


「乗っ取る……?」


 聞き返した瞬間、船が横から小突かれたようにぐらりと揺れた。


「――ッ!?」


「っと……全く、そっと来いと言ったのに全然遠慮がないじゃないか」


 男は呆れたような声音で呟きながら、振動の発生源を赤眼で見上げる。それに倣って抱えられたままノエルも同じ方向を見上げれば、そこにはなんと――移送船よりもひと回り大きいくらいの、木造の帆船があった。


 移送船の横腹に対して正面からぶつかっており、明確な敵意が感じられる。


「えッ……?」


 目を見開き、素で出た本気の動揺を唇から落とせば、甲板の下からざわめくような声が聞こえた。今の衝撃で船内に居た聖騎士達も混乱しているのだろう。そのざわめきを聞いて、男は『あぁ……』と呟きながら項垂れた。


「おい、これ確実にやったろう……」


「――あら、随分と早く見つけ出したわね。それでおしまい?」


 今度は突然頭上から、低く伸びの良い男声が降りかかる。その耳心地の良い声にそちらを見れば、ウェーブがかった薄金髪をハーフアップにした、先程の美声の持ち主らしき美丈夫が大船の先端に立っていた。


 どこかの劇団の男優だろうか。随分と顔の良い男だ。美丈夫に興味のないノエルでも、そう思わざるを得ない圧倒的な風貌と雰囲気を持っていた。


「いや、偶然この子が甲板に出てたんだ。聖騎士の監視を1人だけつけてな。だから下にはまだ何人か居たんだが、今の衝突で確実に警戒されたな……全く、もう少し静かに進めなかったのか? フィオネ」


 スーツの男は呆れたように、しかし親しげな柔らかさを持って美丈夫――フィオネというらしきその男性に問いかける。すれば、


「あぁ、なぁんだ。まだ終わってなかったのね。じゃあ、一旦その子はこちらで預かるわ。そうね、20分くらいで終わらせられそうかしら?」


「うーん、そうだな……『匂い』からして中に居るのは15人前後。だとすると20分もかからないかな。まぁ、頑張って10分台で片付けてくるよ」


「じゃあ9分台目指して頑張って頂戴ね」


「1分減ってるのは俺の気のせいだろうか……? まぁいい、預けるよ」


 そう言って、抱えていたノエルを放るノートン。突然ぐわりと身体が浮いて、掠れた悲鳴を上げれば、今度は海の広がる方向に引っ張られていって、気づけばノエルはすっぽりと美丈夫の腕の中に収まっていた。


「それじゃ」


「えぇ、それじゃあ」


 軽いやりとりを交わすと、黒髪の男は躊躇うことなく船内に飛び込んでいく。

 そしてその6分後、彼は全身に血を浴びて戻ってきた。





「――さて、貴方には何から説明をしましょうね?」


 大型船の中、談話室らしき一室にてノエルと向かい合った薄金髪の彼は、姿勢良くソファに足を組んで座りながら、ノエルの黒く沈んだ瞳を見つめる。


 ちなみにノートンは血を落としに風呂に入っているそうで不在だ。代わりに彼と同じダークスーツに身を包んだ女性が、ノエルとフィオネの間にあるローテーブルに茶菓子と紅茶を配膳してくれていた。

 どうやら淹れたてらしく、カップからは湯気が立っている。


 対してノエルはというと、聖騎士の制服が血塗れだったからという理由で真新しい洋服を貸し出され、その着心地の悪さにちんまりと座り込んでいた。着心地が悪いといっても肌触りなどはとても良い。


 白いワイシャツに黒のスキニー、これといって特徴のない軽装だが、選べる人間が選んだのか一級品であることがノエルにはわかる。


 ただレンタルしているものだと思うと、どうにも落ち着かないのだ。


 ちなみに、着る前にはきちんと風呂を貸してもらっている。

 元々しばらくの航海で入っていなかった上、血溜まりにべったり顔をつけていたのでフィオネ側から勧められたのだ。最初はどちらも拒否したが、そしたらそのまま談話室に連れて行かれそうになったので、仕方なく2つとも借りた。


 ――で。


「……あの」


「何かしら?」


 小さく上げたノエルの声を拾い、優しげな眼差しを向けるフィオネ。しかしどれだけ取り繕っても、本来の顔面に染み付いているのだろう凛々しさは拭えず、透明な圧力に押しつぶされているようでノエルは沈黙する。


 けれど、そんなノエルを急かしたり叱ることなく、フィオネはいつまでも悠々と言葉を待ってくれていたので、勇気を振り絞って口を開いた。


「貴方がたは、誰ですか……?」


「――」


 驚いたように少し、紫紺の眼を見開くフィオネ。数秒後ぷっと吹き出して、


「あぁ! そうね、肝心な説明を忘れていたわ。アタシは『戦争屋インフェルノ』のフィオネ。戦争屋、って名前には貴方にも聞き覚えがあるんじゃないかしら?」


「戦争屋……」


 あぁ、そういえば、ちょうど1ヶ月前のことだっただろうか。


 突然現れて暴れ散らして、忽然と消えた嵐のような人達。あの数日間で、ノエルの中ではそういう認識になっている。実際に会って、喋ったことがあるのは1人だけだが、本当はあと何人か居るんだという話は祖父から後日聞いていた。


 まさか、その他のメンバーのうちの1人にこんな場所で出会うとは。


 でも、


「ごめんなさい。ボク、シャロさんしか知らないんです……」


 なんならシャロの存在も、戦争屋という存在さえもあのアンラヴェルの一件まで知らなくて、『ベルテア』という身体が機械で出来た女性がうんたらかんたらとシャロの解析をしている最中に、やっと始めて知った言葉なのだ。


 当然そこまで世情に疎いノエルが目の前の人間を知っているはずもなく、何故か無礼なことをしているような気になって頭を下げる。すると、


「あぁ、あの子ね。彼とは仲良くしてくれた?」


「え、あぇ、彼?」


 ノエルが目を白黒とさせていれば、フィオネはそんな様子を可笑しそうに笑いながら、『彼よ』と一文字一文字はっきりと発声して教えてくれた。


「よく間違えられるから安心していいわ。それに、そう間違えられることはあの子にとって幸福なことのはずだから、認識はそのままでも構わないわよ。ただ感覚の食い違いが起こらないように、ここではちょっと改めさせてもらったけれど」


「は、はぁ……そんな、あの人が男の人だったなんて……」


 確かに一緒に階段から飛び降りる時に、顔に当たる胸がやけに硬かったような覚えはあるが、追われながらだったので焦っていて余裕がなかったことに加え、自分の胸に起伏がないのもあって、つい同類なのだとばかり思っていた。


 ノエルは生物の不思議を目の当たりにしたような気になって放心するが、それどころではないのを思い出して我に返り、


「それで、なんで戦争屋さんがボクを助けてくれたんですか……?」


 少しずつ気がほぐれてきたらしく、心なしか表情の硬さも取れてきたノエルは本題というべき疑問を投げかける。すれば、


「えぇ、そうね。まあ……利用、って言ったら聞こえが悪いけれど、概ねそれよ」


「利用……ボクを、ですか?」


「ああ、そんなに怖がらないで。言う順番が悪かったわね、ごめんなさい。別に貴方の能力を求めてるわけじゃないわ。ただ、アタシ達の仲間もちょうど収容監獄に閉じ込められているようだから、潜入して救出するために貴方が必要なのよ」


「え、っと……それって、具体的にボクはどう使われるんです……?」


 洗脳の能力(フール・ドール)は必要とされていないとわかっても、やはり人から裏切られた後のノエルはどうしても疑り深くなってしまい、どう考えても良い方向に進む気がしないので身体を無意識に縮こめる。

 しかし、フィオネはどこまでも優雅な態度でカップを口まで運び、


「ひとまずこの、今乗っている船で監獄まで向かうわ。それで出迎えの看守達を一斉に叩いて身包みを剥ぎ取って、さっきの男……ノートンっていう堅物と、あとほか何人かに着させるつもりよ。変装して潜入ね」


「え、えぇ……叩くって、武力行使ですか……?」


「入るまではしょうがないわ。それで看守のふりをさせたメンバーには、貴方を収監するついでに監獄の中を捜索させる予定よ。仲間が全員見つかる、なんて現実から目を背けた期待はしないけれど……でも、必ず見つけさせる」


「……ボクは、その後どうなるんですか?」


「さぁ?」


「さぁ!?」


 とんでもない感動詞が突きつけられて、ノエルはばちんと弾かれたような衝撃を喰らいながら復唱する。ノエルの立場を利用するだけ利用しといて、彼女には利点を提供するつもりがないのかこの男は。つくづくイカれた野郎である。


 と、


「――もちろん、仲間が助けられさえすれば君も助けるつもりでいるよ」


「……あ、ノートンさん……」


 どうやら、風呂から上がったらしい。若干火照った身体を再びスーツに収めた青年が入ってきて、ノエルは反射的に顔を上げる。


 血を被っていた黒髪はきっちりと七三分けされており、眼鏡のレンズも磨かれて奥の赤眼がこちらに覗いていて、身を整えた彼からは先程まで人間の首を飛ばしていたとは思えない『エリート営業マン』的な雰囲気が醸されていた。


 しかし肩幅の広さであったり、ゴツゴツとした手であったり、戦士らしいポイントもいくつか見受けられる。やはり元々騎士を志していた者として、彼の身体には目を見張る点が多いとノエルは改めて感じていた。


 ――あ、この人座っても背筋が綺麗だ。


 なんて、かじりたてな癖をして専門家のような目で凝視していれば、流石に可笑しな奴だと思ったのか『はは……』と小さく笑いを溢される。


「そんなに見つめられるとな……俺も流石に照れるよ」


「あっ、いえ、すみません! 凄い体格が良いなって思って……失礼しました、それで『仲間が助けられさえすれば』っていうのは……?」


「まぁ……言ってみれば、こちらもタダで君を助けたわけではないって話なんだ。君を助けた代わりにこちらに協力しろ、という一方的な押しつけ、ワガママになるな。もっとも、君にはこれを拒否する権利があるよ」


「……あぁ、意地悪な話ですね」


 核心的な話をされる前に、会話の本筋を理解するノエル。


 つまり、フィオネ側からの提案を拒否することも出来るが、拒否した場合協力関係は結ばれないので、この独り身の状態からどうにか自分の力のみで生き延びろという話である。もしくは、たとえばこの大海に身を投げて死ぬか。


 もし自分が先程までのように、諸行無常を全て受け入れている心境であれば喜んでこの提案を拒絶したかもしれないが――不思議と、本来の自分を取り戻しつつある現状では、恐らく積極的に死にに行くことは出来ない。


 かと言って、自力で生き延びることも出来ないとわかっているから、ノエルの気持ちは板挟みになっていた。


 しかし、


「でも――貴方が『洗脳』の能力をアタシ達に使うことで、盤面をひっくり返すことも出来るわよ」


「……え?」


 間抜けな声を上げるノエルの手前、フィオネの薄桃色の唇が弧を描いた。

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[一言] この3人の掛け合いは、新鮮だがかなり好みの予感だぞ!
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