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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第4章 冥府の番犬 編

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第69話『DANGER! DANGER!』

「……じゃ、ここが医務室ですから、入ってください〜」


「あ、どうも。すまん」


 扉を開けてくれるチャーリーに小さく一礼をして、マオラオは先に中へ入室する。そしてその後に続くようにして、チャーリーが扉を閉めながら入室した。


 ――ギルを先に牢屋に収監し、彼らがやってきたのは医務室であった。


 何やらマオラオが厨房での作業中に包丁で指をやってしまい、すぐに出血は止まったのだが傷口から菌が入ってしまったらどうのこうのと言われ、半ば強制で手当をしにきたのである。


 だが、


「……あれ、おらんくない? 先生」


「え、おかしい、監獄の専門医の先生が居るはずなんですけどぉ……ちょっと待ってください、もしかしたらまた職員室で一服してるのかも〜……」


 清々しいほど人の気配がない空間を前に、チャーリーはぶつぶつと呟きながら医務室を退室する。扉を乱雑に閉める音を合図にただ1人、外の世界と拒絶されたマオラオは暇な待ち時間を目でものを見て潰す他なく、


「はぇぇ〜……凄い、医療器具がいっぱいや。何をどう使うんかわからんけど。こっちは患者さんのリストなんかなぁ〜? あかん、全部北東語やわ。全く読めんけど、多分これシャロの名前よな……?」


 9割以上読めない単語で構成されたリストの中で、唯一ちょっと見たことのある文字の羅列を発見し、何故ここにアイツの名前が……と首を斜め45度くらいに傾けるマオラオ。しばらく考えてからはっと記憶が蘇り、


「……あぁそうか、メンタルケアの先生に診せるって、説明されたわそういや」


 呪いを重ねて受けたことにより負のエネルギーが暴走し、精神や思考をめちゃくちゃにしているだか何だかで。思い返せば思い返すほどただごとではない気がするのだが、彼は今どこでどういう状況にあるのだろうか。


 リストに名前こそ乗っているものの、シャロが医務室に居る様子はない。と来れば『監視者』で調べたいところだが、この広大な監獄全体を対象に使用すると、見つける前に限界を迎えて目が爆発する可能性が高い。


 こんなところで不必要――不必要とはまた違うが、目一杯使って肝心な時にダメになっては周りのいいお荷物だ。


 前回の遠征では特に何も出来ずに終わってしまった。だから今回こそは上手く立ち回って脱獄に一役買わねば、とマオラオは気を引き締める。


 すると、


「――!」


 不意に、心臓を握り潰すような圧迫を感じた。


 まるで空気から拒絶されたような息苦しさに、マオラオは慌てて胸を触る。呼吸を促すも、枯れたような『がァ』という珍妙な音しか出てこない。粒のような汗が頬に浮き、視界が白みがかり始めた頃には、マオラオは膝から崩れていた。


 ――なん、や、これ。


 外界からの音――時計の秒針の音や、よくわからない医療器具のブゥンという起動音が遠のいていき、隔絶された思考の世界でマオラオは苦しみに喘ぐ。脳は霧がかかったようにあらゆる機能を鈍化させ、異常事態を知らせる心臓の鼓動だけが耳のすぐ傍から聞こえたような錯覚を得た。


 しかしながら間抜けなのが、世界が点滅して見えるほど苛まれているのに、肝心なるこの苦の連鎖の原因を本人が理解していないことだ。


 まだどうにか見える両眼をどうにか巡らせるも、それらしき異変はない。無味無臭の毒ガスである可能性もあったが、医務室でそれを使われる意味がわからない。


 マオラオは本格的に死を察して――ふと、医務室の出入り口の方を振り返った。

 なんとなく、惹かれるようにしてそちらを向いた。


 するとそこにあった鉄扉に嵌め込まれた、ガラス窓の奥に人が立っていた。漆黒の軍服を纏った男だ。やけに白い肌の人物だった。


 圧迫感の発生源はそこだ。


 彼を視界に認めた瞬間に、心臓が強く打った。雷に打たれたような衝撃を受け、モヤがかかっていた視界は一瞬で晴れていく。その一方で今までゆっくりと力強く打っていた脈は、次第に呼吸と共に速さを増して早鐘と化した。


「……え?」


 脳内では警告灯がちかちかと壊れたように明滅し、ほぼ全身の汗腺から脂汗が滲み出る。汗で濡れた指先は震え、


「は? え? なに、なんや、これ」


 何か理解し得ない状況が起きていることを、マオラオの全身の部位が文字通り、身をもって報告していた。その報告の山を乱雑に受け止めて、マオラオはただ全身からの警告のままに医務室の奥へ駆ける。


 何が起きているのかはわからなかった。だが、その男とはすぐに距離を取らねばならないと、本能的に感じ取ったのであった。


「なん、誰やっ、あれ……ッ!!」


 心臓の脈と同じ速度で呼吸を繰り返し、何故だかわからないが止まらない涙を急いで拭い、マオラオはこの部屋で1番出入り口と距離の取れるデスク裏へ。恐らく医師用のものだろう、車輪つきの椅子を乱雑に引いて、無理やり譲らせた机下の空間に滑り込む勢いで身を隠す。


 すると、死へのカウントを心臓で大きく早く刻んでいるマオラオを差し置き、男は無情にもただ当たり前のように入室をしてきた。


「……」


 しばらく革の靴音らしき心地の良い音が響き、その男が室内を歩き回っていることを理解させられる。


「……」


 新しい空気を求める口を必死に押さえて、マオラオは机の下に縮こまっていた。布擦れの音さえも出さないよう懸命に気を払って自分の存在感を殺しているが、どうにも生命の象徴である心臓の音だけはけたたましい。


 もしや聞こえているんじゃなかろうか。そう思っても、この心臓を一時的に止める術など知らない。だから必死に無機物になりきって、


「そこに」


「ッ!!」


 ――男が声帯を震わせた瞬間、耳にした者を地にねじ伏せるような、低く伸びやかな声がマオラオの意識を支配した。


 見つかったという心配よりも数瞬先に、自分の全てを掌握されたような圧倒的な支配感が脳を殴りつけた。


「そこに、居るんだろう? 少年」


 弦楽器で奏でたような強かな声。人に聞かせる為に生まれた演説者の声。人を支配する為に紡がれる支配者の声。


 平静時なら、そんな感想が羅列できるだろうか。もっとも、これほどまでに彼が圧倒的格上の生物であると証明しているその声音を前にして、平静で居られるのならこんなことにはなっていないのだろうが。


 マオラオは奥歯を震わせて鳴らし、食い縛ると、


「……ッ!!」


 その声の主を『敵』と認識し、机の下から這い出るや否や、書類の乗ったデスクを掴み上げて放り投げた。


 すると金属の塊が豪速球のように室内を駆け抜けて、見当違いの場所に衝突。デスクは壁にめり込み、書類は舞い上がって吹雪のように散らばった。


「お、おおぉ……」


 突然の襲撃に男は困惑したような声を上げて、自分の真横を通り過ぎたデスクを見やる。


「……あの、そう私を恐れないで欲しい」


「……ッ」


「生まれつき、人を怖がらせる体質なんだ。……そうだ少年、コーヒーでも飲まないか。私が淹れてやろう、見様見真似だが難しくはないだろう。だからその、次の武器を探そうと歩くのをやめ……やめないか??」


 どうやら本気でマオラオを恐れているらしく、手近な寝台を抱え上げるマオラオの前でぶんぶんと横に首を振り、戻せ戻せとジェスチャーで対話を試みる男性。しかし、小さな身体で寝台を担ぐ少年が耳を貸すことはなく、


「おぉぉぉぉーっと、危ない、それは危ない。いやあ、本当に君は人の話を聞かないな? 私が言えたことじゃあないが……見ろ、このか弱い私を。君が傷つけようとしているのはなんだ? そう、善良で人並みの民だ。小さな幸せを享受することに必死なだけの民だ。ほーら、怖くない怖くな……ウワーッ!」


 投げられた寝台をしゃがみ込んでかわし、慌てて医務室の戸棚からインスタント粉を持ってくる軍服男。


 彼は書類だらけのテーブルの端に寄せられたコーヒーメーカーを慣れない手つきでおずおずと触り、『うーん最近の機械はわからん』と唸りながら適当に粉をぶち込む。それから勘でボタンをぽちぽちと押し、『アッ水が足りない?!』と絶叫して、何故かコーヒーメーカー丸ごと手洗い場に持っていく。


 その珍妙な姿についマオラオが我に返っていれば、物凄い水圧で早くも水を満タンにしたコーヒーメーカーを専用の台に設置して、緩くウェーブがかったブロンドヘアの彼は『チョットマッテテ』とマオラオに平伏。


 それからコーヒーが出来るまで男は、荒地と化した医務室を行ったり来たり。時折書類を踏んでは『ぎゃー!』と安直な悲鳴をあげながら滑り、マオラオを威圧でねじ伏せた声があちこちで起きるハプニングにより無駄遣いされ、


「……なんやこれ」


 ただ呆然と、目の前の男を見やるマオラオ。


 ――と、そこへすっかり存在を忘れていたチャーリーが医務室の外から戻ってきて、


「あのぉ〜、先生がいらっしゃらないみたいなんで〜、勝手に処置………をっ!?」


「……む?」


 奇声を上げてひっくり返ったチャーリーに、同じ場所を繰り返し移動する足を止めて意識を向ける軍服男。自分が元凶とはつゆ知らず、男はゆったりとチャーリーに歩み寄って手を差し出し、


「――大丈夫か? キミ」


「なっなな、なん、なん、なん!?」


「……えぇ」


 軍服の男の手を取らずに即立ち上がり、壊れたように震えるチャーリーに呆然とするマオラオ。先の自分はあれほどまでに無様だったのかと羞恥心に苛まれるも、そもそも何故あの男が周りの人をそうさせるのかと思考する。


 先程彼は『生まれつきの体質』と言ったが、わざわざ特殊能力と言わない辺り、能力とはまた別ジャンルの何かがあるのだろうか。


「そう緊張しないでくれ、君。私は優しい人間だ」


「は、ははは、はい」


 いっそ頭が飛んでいきそうなほど、何度も首を激しく縦に振るチャーリー。明らかに精神に異常をきたしている青年の前で軍服の男はゆったりと笑い、


「それで、何故……と聞きたげだったな。うん。それはあれだ、恥ずかしながら私はここへ、拳銃の腕を上げに来たんだ」


「拳銃、ですか……?」


「あぁ、私は銃の扱いがめっぽう駄目でな。この監獄が1番練習がしやすいんだ、看守用に練習場があるからね。といっても、先の練習は散々だったが……まぁ良い、誰にでも得意不得意はあるのだから」


「そっ、そうですね……その通りです、はい」


 いちいち男の顔色を伺いながら、チャーリーは首を縦に振るだけのイエスマンに変化。その奇妙な光景にマオラオが圧倒されていれば、崩壊しかけの医務室にて金髪の男は壁掛け時計を見上げ、


「……さて、そろそろコーヒーも出来上がるだろう。君と向こうの少年で一緒に飲むと良い、私はコーヒーが嫌いだ。ドクターにも野菜を摂れと言われたので、いちごジュースを補給しに行ってくる。……いちごって野菜だよな?」


「……そうです、野菜です」


「うむ、良かった。流石の私もドクターに怒られるのは勘弁だからな。助かるよ」


 ゆらりと片手を挙げて、こちらに背を見せる軍服男。彼はそのまま緩い髪に手櫛を1度入れてから、特にアクションを起こすことなく普通に医務室を出て行った。


 その、出入り口の扉が静かに閉められる音を合図に、チャーリーは喉の奥に溜めていた息をはーっと解放し、


「なぁチャーリー、今の人ってなんや?」


「バッッッ、やめてくださいよぉ! 何がきっかけで殺されるか、わかったもんじゃなんですからぁ!」


 血眼で周囲を見回して、あの男が付近に居ないかを確認するチャーリー。彼が頬に汗粒を滑らせるのを見てマオラオは『殺される?』と復唱し、


「待て、あン人ってお前の仲間やないの?」


「仲間……まぁ、確かにおれはあの方の味方ですけどぉ……でも、軽々しく仲間と自称できるような立場におれは居ません」


「うん? ようわからんな、つまり早い話が上司なん?」


「上司……いえ、これ以上話すのは危険です。やめましょう」


 頑なに喋ることを拒絶するチャーリーに、『……?』と首を傾げるマオラオ。それでも鬼気迫る表情で震えている彼にこれ以上の説明を要求するのはなんだか気が引けて、マオラオは喉まで出掛かっていた質問をどうにか飲み下すのであった。

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