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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第3章 渇望の悪魔 編

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第51話『薔薇の園で破られた心臓』

 15分が経過した。ぷつりという音を皮切りに、再びアナウンスが始まる。


《さて、時間じゃ。現在102グループ621名のうち、16名が退場しておる。理由は武器の奪い合いによる抗争……いやぁ、情けないものよのぅ!!》


 美しい声を存分に操って、愉快そうに笑うイツメ。

 その声を宮殿の廊下で1人浴びていたギルは、スピーカーの裏側に隠すように設置された監視カメラへ、両頬を内から小指で引いて『ゔぇー』と舌を出した。


 ここは宮殿2階西エリア。当たり前のように金銀がひしめく廊下だ。


 天井が物凄く高い。廊下の片側の壁には見上げるほど大きな窓がずらりと奥まで張られていて、そこからは星の光が差し込んでくる。だが、その星の光も、巨大なシャンデリアの輝きに負けて打ち消されてしまっていた。


《皆の準備も整ったじゃろうところで、早速イベントを開始する。今回もオーナーの意向により、勝つまでカジノより外の世界は拝めんから、外の世界を見たい者は必死で生き残るが良い。では、覚悟は良いな?》


「良いな? じゃねェんだよ、あんのクソアマ……食事の時間を邪魔しやがって、テメェのせいで完食し損ねたじゃねえかよ、クソがァ!!」


 スピーカーに向かって暴言を吐き、ギルはずんずんと廊下を進む。あの白黒の女を見つけ出して、殺してやらなければならない。食べ物の恨みは怖いのだ。


 ギルは息を巻いて進んだ。ずんずん進んだ。足取りは確かだ。


 しかし迷子である。食事をしていたらアナウンスが流れて、武器庫を探そうとしていた他の招待客に押し流され、こんな変なところまで来てしまったのだ。


《それから重要な情報じゃが――今回は従業員側から、内通者をそちらに入れておってな。あまりに拮抗して人数が減らない場合を考慮して、こちらから数名を投入しておる。なお時間経過で内通者は増えるので覚えておくように》


《忠告は以上。さぁ、イベント開始じゃ!!》


 イツメが宣言をすると同時、周囲から爆発音が(とどろ)く。既に戦闘があちらこちらで始まっているのだろう。皆、生き抜くのに必死なのだ。そんな中、自分は何故アホみたいに迷子になっているのだろうか、とギルは頭を抱えた。





 その頃シャロは、マオラオと別行動を取っていた。ギルと同じように武器庫を探す人の奔流に巻き込まれ、抵抗できずに遠くまで運ばれてしまったのである。


「どこだよぉう、ここ……」


 東側エリア、と丁度ギルの真反対のエリア内を歩きながら溜息を吐くシャロ。


 いいかげん宮殿の眩しさがうざったくなってきて、大きな窓の外に目をやった。このエリアの東側には窓が張られているので、この時間帯――午後20時前後だと月がよく見える。見事な満月だ。


「武器が……武器がないよぅ……」


 ぼやいているその間にも、色んな場所から爆発音が聞こえてくる。その内、シャロの居るこの場所にも誰かが攻め込んでくることだろう。


 特殊能力を持たないシャロは、大鎌をなくした途端に雑魚になる。否、雑魚といっても路地裏のチンピラをいなせるタイプの雑魚なのだが、それがこのカジノに選ばれたような悪党相手にも通じるかは定かではない。


 なので、この状況下では最弱の雑魚である可能性が高かった。


「ギルぅ……マオぉ……ミレーユちゃあん……ヤク中眼鏡ェ……なんか紫色の粗大ゴミぃ……」


 腑抜けた声を上げながら、シャロはどこに居るとも知れぬ仲間達に助けを求めてふらふら歩き回る。すると、それを聞いたかのようなタイミングで、


「――見つけたわ、シャロ=リップハート!!」


「ほぇ……あァ?」


 遠く離れた後ろから大声をかけられて、シャロは振り向いた。

 最初は間抜けた声だったが直後、グッ――と低い音を鳴らす。自分の苗字を呼ばれたためだ。そこには軽く殺意すら宿っていた。


 しかし、彼が振り返って目にしたのは、初対面の少女であった。


 豊かな金髪を三つ編みにまとめ、白磁のような肌をモスグリーンのパーティードレスに収めている。睫毛の長い目がぱっと開かれると、美しい翡翠の瞳が覗いた。――彼女が、こちらを見据えていることがわかる。


「……!」


 全速力で走ってきたのか、相当息を切らしている。だが、シャロは実際に声をかけられるまで、全くもって彼女を気配は感じなかった。故に、(この場に居るからには当然のことだが、)彼女も『同業者』であるとすぐに悟る。


「……誰だし、お前」


「私は【セレーネ=アズネラ】。貴方の命はもらい受けるわ、覚悟なさい。恨むなら私以外の〈女〉という分際で、彼の隣に立っていた自分を恨むが良いわ!!」


「はい? 彼?」


 目を白黒とさせていると、セレーネと名乗った少女はお構いなしに、手にしていた(むち)を大きく振るう。瞬間、3メートルほどだった鞭は中空を走るにつれて伸び、20メートルほど離れていたシャロの身体に勢いよく巻きついた。


「えっ、なにそれ、どういう仕組み!?」


「答えるわけが、ないでしょうッ!」


 軽く引いて、しっかり鞭が巻きついているのを確認すると、セレーネは波を作るようにぶるんと鞭をしならせた。すると、鞭は波を描いてシャロの方へ走り、


「――ッ!?」


 波がシャロに届くと同時、巻きつかれた身体が弾けるように跳ねた。ジャンプなんてものではない、下手すれば天井に顔面をぶつけかねない跳躍であり、


「ぐぇっ」


 鞭の振るいに合わせ、天井にぶつかる前に壁際に寄せられる。かと思えば、その反動を利用して反対側に振り切り、一面に広がるガラス窓に叩きつけられた。


「――ッ!!」


 ヒビが入った直後、窓は波紋を広げて一斉に割れた。物凄い音がして、いっぱいに飛び散るガラスの破片は月光を白く反射する。身体はバルコニーに投げ出され、落下防止用の柵に衝突。目から火花が散るほどに、シャロは後頭部を強く打った。


「が、ぁ、ぁぁぁああああッ!!」


 着地と同時に、散らばっていた破片が食い込んだらしい。

 横腹に走る熾烈(しれつ)な痛みに、シャロは濁点混じりの悲鳴を上げる。歯を食い縛って悶えながら、これ以上食い込んで内臓に刺さらないよう破片を引き抜けば、中から血がどろどろと溢れて濃紺のドレスを侵食した。


 傷口はそこだけではなかった。比較的被害が少ないものの、剥き出しの首筋にもふくらはぎにも、腕にも赤い線が乱雑に走っている。露出が多いものを、とジュリオットに頼んだのが裏目に出てしまったのだった。


「……あら、まだ死んでない。流石に威力が弱かったかしら」


 かつ、かつ、と軽快なリズムでこちらへと歩み寄ってきたセレーネの瞳は、細められて獲物を射るやじりのように研がれている。それに対し這うような姿勢でうつ伏せたシャロは、額からぼたぼたと血を流しながら顔を起こし、琥珀色の輝く双眸をそちらへと向けた。そして、眼光は鋭く研ぎ澄まされる。



「――約束しよっか。絶対に、殺してやるよ」


「あら、死に損ないが何か喋ってるわ。早く黙ったらどうかしら」


 ――金髪の少女が細腕を振るうと同時、革の鞭がひゅんとしなって空間を裂く。一直線に向けられたそれを横殴りするように掴めば、手中で鞭が走ったせいで手の内側が熱くなった。多少、手の皮も剥けてしまっただろうか。


 しかし、相手の武器に触れてしまえばもう問題はない。シャロは魚獲りの網を引く要領で鞭を手繰り寄せ、先程シャロがやられたように鞭を振るって波を作った。


 詳しい仕組みはわからないが、この鞭の扱いはなんとなくわかっていた。

 波を作るように鞭を振るうと、遠くに行くにつれて波は大きくなる。そして波が端まで辿り着いた瞬間、鞭は弾けるように身を揺らすのだ。


 ――幸い、シャロの予想は合っていた。


 だが、


「ッ!」


 向こう側から鞭に波を作ることで相殺し、何の原理か鞭の長さを短くすることでセレーネは強制的に鞭の先端をシャロから回収する。


「これは〈私〉が〈彼〉に作ってもらったものよ。貴方のような汚らしい売女(ばいた)が気安く触れて良いものじゃないわ!!」


「……? バイタじゃないし!!」


 正直売女がどういう意味を持つのかわからなかったが、口ぶりと状況からして罵られたのはわかったので、否定を露わにしつつシャロはバルコニーから飛び出す。


 直後、手近な庭木に飛び移ると、猿のような器用さを披露して降下。1番地面に近い枝から茂みに向かって飛び降りれば、全身に針のような痛みが走る。ガラスの破片でできた傷にも、ダイレクトに鋭利な枝が刺さった。


 が、ここで止まれば命はない。

 シャロは自分を鼓舞しながら、茂みから這い出てよろよろと歩く。


「……気休めに」


 近場で息絶えていた男の身体を物色し、スーツの中から銃を盗むと、セレーネがこちらへ降りてくる前に、とシャロは奥のガーデニングエリアへ移動を急いだ。





 ――昔、宮殿を所有していたという皇帝が作らせたものだろうか。歴史の重みを感じる古っぽい花壇を横目に、シャロは石畳の通路を駆け抜けた。


 視界の端を、凄い勢いでガーベラやらマリーゴールドやらが走っていく。

 専門知識のないシャロにはわからない花も沢山植えられていたが、やはり1番多く見かけるのは薔薇だろうか。赤やピンク、黄色に白。色も豊富であり、この庭園を手入れしている人物がいかに薔薇好きなのかが窺える。


 などと考えていると、背後から突然、セレーネの怒気を含んだ声が飛んだ。


「花のある場所に逃げるなんて、貴方とんだ卑怯者ね! そんなんだから貴方は彼の隣には見合わないと言っているの!!」


「だから、彼って誰なんだよさっきからぁ!!」


「まさか貴方、自覚がないの!? ペレット君のことに決まっているでしょう!」


「ペレット『くぅん』!? おえーっ」


 語感の気持ち悪さに顔を歪めるシャロ。どんな感性をしていたらあんなクソ野郎を君付けで呼べるのだろうか。というか、彼女の言う『彼』がペレットなら、セレーネはペレットの為にシャロを殺そうとしているのか?


 どんどん訳がわからなくなってきた。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。


「もしかして、あのクソ野郎のファン!? ファンなの!? やめときなよあんなゴミ、他にもっと良い人がいるから! 例えばウチとかね!」


「――ッ、流石にこれ以上生かしてはおけない……。なるべく、無様な終わりを迎えさせてあげるわ!」


 どうやら、ペレットへの侮辱的な発言がトリガーとなったらしい。セレーネは高らかに死刑宣告をすると、ブレーキをかけるように立ち止まり、


「死になさい、家畜未満のゴミ畜生! 私が貴方へ冥府への片道切符を今、ここで渡してあげる! 天国になんて行けると思わないことね!」


「くっそ……!」


 焦燥感に苛まれながらぐるり、と振り向いて、シャロは見知らぬ死体に借りた拳銃を発砲する。しかし当然撃ち方は下手くそで、発砲の反動が手首に刺さる。弾道は大きく逸れ、頭を狙っていたはずが肩を撃ち抜いてしまった。


 しかも運の悪いことに、


「えっ、うっそでしょ……!?」


 シャロが撃てたのは、今の1発だけだった。

 前の持ち主が、ほぼ弾を使ってしまっていたのである。


「うふ、あははは……あははは!!」


 肩に空いた風穴から血を撒き散らしながらも、苦痛や焦りを見せないセレーネ。むしろ邪悪に、だが気品を感じさせる濁りのない笑い声を上げ、彼女は肩を震わせながら夜空を仰ぐ。

 星の光がそれを淡く照らし出して、セレーネの狂笑を美しく際立たせていた。


「良いわ、素敵よ、滑稽ね! 無様に終わる最後の悪足掻き……ふふ、良いものを見せてもらったわ! そうね、素敵なものを見せてもらったお礼。貴方をきちんと1発で逝かせてあげるわ、そう、地獄にね!!」


 先程まで花を傷つけることを心配して躊躇していたのに、それを脳内から切り捨てて目標だけを目指し、自在に伸びる鞭で空を切り裂くセレーネ。


 それを(さば)こうとして鞭の動きを予見しながら身を捻るシャロであるが、ペレットの銃弾すら全て弾いた経験のあるセレーネの腕の前には、ただ一般的な動体視力で避けているシャロなど捕まえるのにそう時間は掛からなかった。


 褐色の鞭がシャロの身体に巻きついて、抜け出せないよう固く締め上げる。


「ッ、やばっ……!」


「さようなら、シャロ=リップハート!!」


 セレーネはドレスの裾をたくし上げ、太腿のホルダーから拳銃を抜き、シャロの心臓部へ焦点を合わせる。いちいち確かめることはしなかった。幼少期から人を手にかけてきた自分であれば、必ず狙った場所に当たるから。


「ッ!!」


 何百回、何千回とやってきた構えをとって、セレーネは意を決したように表情を固めて引き金を引いた。――弾丸が走り、遅れて弾けるような音が空気中を刺す。ほぼ同時、銃弾が確かにシャロの左胸に食い込んだ。


 セレーネは、(ほとばし)った安堵に頬を緩めて口角を吊り上げる。

 そして17という年齢に不相応の、恐ろしい魔女が嗤うような笑みをたたえて、心臓を撃ち抜かれた彼が体勢を崩す様を恍惚とした表情で眺めた。


 しかしシャロがひっくり返った瞬間、左胸の銃創から噴き出したのは、



「……え?」



 想像していたような、噴水のように湧き出る血飛沫ではなかった。鮮血の如く真っ赤な色をした、濃霧――としか形容の出来ない謎の気体であった。

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