第50話『恐怖の宣告、ジュリオットの策略』
ジュリオットとペレット。彼らが、カジノにおいて大敗をすることはなかった。
まず『空間操作』のペレットが居ればルーレットはまず無敵だ。
いくらでもボールを動かすことが出来るし、軌道に不規則なブレがないよう繊細さが求められるため集中力が必要だが、それさえやり切ってしまえばジュリオットの指定した数字盤に必ず入れられる。
それに人心把握が得意なジュリオットであれば、心理戦になるタイプのカードゲームに強いのだ。ある程度の確率を知った前提での挑戦になるが、それでも彼に勝てる者などそうは居なかった。
お陰で、手持ちのコインが凄まじいことになっていた。見かねたディーラーにコインを入れる専用のカップ(ほぼバケツくらいの大きさ)を持ってきて貰ったが、2人だけでは増えるばかりで一向に減らない。
なので対人戦が怖いというミレーユに、ジュリオットとペレットの交代制でずっと見守りながら、ただひたすらスロットで遊んでもらっていた。
あまり運は持っていないらしく、あっという間に溶かしているのだが、男子2人からずっとコインの供給が来るので良い感じの釣り合いがとれている。
「……ミレーユさん、失礼ですけど、スロットへったくそっスね」
「こ……こんな運要素のイベントに、下手とかありますかね……!?」
縦3列・横3列に並んだ絵柄がくるくると上から下に走り、ギリギリのところで絵柄が揃わずにズレる。それをもう60回は繰り返しているだろうか。ジュリオットが見守っていた時も当たらなかったようだし、彼女は本当に運がないのだろう。
ペレットは、スーツのポケットに手を突っ込みながら、ミレーユに憐れみの目を向ける。
「ここまで来ると逆に才能っスよ。……しかしまぁ、よく遊びますね」
「あ、いや……弟の心配をしてないわけじゃないですよ、もちろん。むしろ、色々考えてたら作業みたいになっちゃって……どんどんコインが運ばれてきますし、見てくださいよ」
そう言われてミレーユの座る席の足元あたりを見れば、コインの入ったカップがミレーユを囲むようにしてずらりと並んでいる。全てジュリオットとペレットが交代交代で持ってきた取り分だ。
おかげでまだ1回も成功していないミレーユが、側から見ると大勝ちをした人みたいになっていた。
「ま、増えるばかりで邪魔なんで……」
などと嫌味を遠回しに告げていると、不意にエリア内にチャイムが鳴り響いた。カジノエリアにかかっていたお洒落なBGMが止められ、ペレットとミレーユは呆然と天井を見上げる。
「これ、って……」
「イベントの始まりを告げるチャイム、っスよね。もしかして、結構時間経ってたんスかね……?」
窓も時計もないので詳しい時間がわからないのだが、もう軽く2〜3時間はここで潰していたのだろうか。となると、もう20時くらいになっているのかもしれない。いやはや、カジノとは怖いものである、とペレットが思考していると――。
《あー、あぁー、マイクチェックじゃ。あ、あ、皆の者よう聞こえとるか? わらわじゃ、この『グラン・ノアール』公式アイドルの【イツメ=カンナギ】じゃ》
「……あの黒髪パッツンの人っスか」
招待状をジュリオットに押しつけた例の女性による場内放送が始まり、ペレットは脳裏に切り揃えられた黒髪を想像した。
【イツメ=カンナギ】。イツメという名前を聞いていた時から思っていたが、やはり少し妙な名前の人物だ。大北大陸や大東大陸、中央大陸では聞かない雰囲気の名前だが、南西部の出身なんだろうか――。
《よし、じゃあ特に言うこともないしのぅ、早速良い感じに殺し合ってくれ。なるべく見てる側が笑えるように、撮れ高を意識するんじゃぞ?》
「……は?」
この時、一緒に上を見上げていたミレーユと揃って声が出た。
同時に、ミレーユの席のスロット台が、最大レアリティの金王冠マークを横1列に叩き出してジャックポットしていたが、上から降ってきた言葉へのショックの方が大きく正直今はそれどころじゃない。
《……え? 言葉が足りない? あぁすまんな、何も知らない者もおることを忘れておった。ええっと、毎年やっておるんで割れた話かとは思うが、『グラン・ノアール』では招待の度に、招待客同士を殺し合わせるイベントを開催しておる》
「……うん?」
何か、予想していたものとは違う話が飛んできた。イベントとは、奴隷オークションのことではなかったのか? 否、別にイツメたち経営側から実際に『オークションをやる』と言われたわけではないが――。
勝手に完全にその気でいたからか、なんだか拍子抜けしてしまう。
否、そのオークションの代わりに行われようとしているイベントは、そう軽率に拍子抜け出来るような事柄ではないのだが。
《我がオーナーが定期的に欲する娯楽の為じゃ。今より、『グラン・ノアール』は閉鎖空間となる。庭園までなら外に出れるが、南で栄えた異能文化『呪力』というものを込めたドーム状の結界を、門を媒体に隙間なく張っておるため逃げることは出来ん。能力も影響せん》
――周りで各々の礼服を身に纏った招待客達が、それぞれ反応を見せる。
聞いていないと困惑する者、どうしてこんなことに自分を巻き込んだのだ、と仲間に詰め寄る者。待っていたかのように笑みを浮かべる者もいれば、逆に気を引き締めるためか笑みを殺している者も居る。
《今より場内各地に『武器庫』を設置した。数は全部で8つ。ただし武器が詰められている武器庫はそのうちの3つじゃ。今から15分以内に武器庫を探し当て、誰よりも先に有力な武器を奪ってみせよ》
「ぶ、武器庫って……!?」
《しかし入場時にて記名した1グループ。そのグループ1つにつき、最初に所有して良いのは3つまでじゃ。よいか、それが何人所属しておっても、グループ1つにつき3つじゃぞ》
それを守らなければ、ばーん! じゃ。と、けたけた笑うイツメ。反対に、ペレットの表情はどんどん険しいものになっていく。
この放送は、食事会場にもダンスホールにも流れているのだろうか。だとすればギルはともかく、シャロがどう動くか。シャロは手ぶらではほとんど何も出来ないから、ペレットは彼に大鎌を渡しに行かねばならない。なのだが、
《違反をしたら当然いかんぞ。我が従業員を会場中に潜ませておくので、決して隙がつけるなどと自惚れないように。たとえトイレルームに逃げても処罰するからそのつもりでな》
「――ど、どど、どういうことですか……? ころ、殺し合い、って」
イツメの言葉にようやく意味不明な現状を咀嚼し始めたミレーユが、同様に周りの熱狂に置いていかれている隣のペレットに尋ねる。すると、黒髪の彼は首を横に振り、
「……俺にも、よくわかりません。『我がオーナーの定期的に欲する娯楽』って言ってましたけど……ただ、わかったのは奴隷オークションは見当違いだったっぽいっスね。弟さんは恐らくここには居ません」
「そんな……じゃあ、私ただの足手まといなんじゃ……」
「足手まといかはこの際置いといて。これって、自分で持ってきた分の武器は使っちゃダメなんスかね?」
「ど、どぁ、どうでしょう……?」
ペレットの場合は拠点からあらゆる武器を持って来れるので、武器の制限など関係ないように思えるが……いや、違うか。ドーム状の結界とやらが電波妨害の役割を果たしているから、結界よりも外のものは持って来れないのか。
つまり――シャロ愛用の大鎌も、こちらへは持って来れないということ。
《ただしイベントスタート後、他グループを撃破した場合のみ、相手グループの武器の所持も認められる。もちろん武器でなく特殊能力で殺してもよい。しかし、15分が経過するまで殺してはいけないぞ? それも立派なルール違反じゃからな》
「……」
という事は武器所持に関する違反と同じく、規定時間外の戦闘も違反扱いとなって、従業員によって殺されて退場させられるということか。
ただ、辛うじて現状を理解し飲み込んだ上で1つ気になるのが、世界中から悪党を集めて開くイベントを、従業員が違反抑止できるのだろうか――ということ。
口ぶりから察するにそれなりの自信があるようだが、従業員の強さを上回る招待客など何人も居るだろう。招待客が全体でどれだけ居るのかはわからないが、カジノエリアだけで200名はゆうに居る。それらを運営側は全て抑止できるのだろうか。
《そして最後の3グループに残ったら、イベントは終了じゃ。3グループに残った時点でこちらから放送を流すので、その時の指示に従うように。ちなみにグループでの参加客は、何人仲間が死んでも1人以上生きている限り他と殺し合え。こちらはそれを生中継で見て悦に浸る。決して自殺などとつまらぬ真似はするんじゃないぞ?》
「……完全に、余興扱いですね……」
「ここまできっぱり言われると、逆にこっちも清々しいっスよ」
《では、説明を以上とする。今から15分以内に武器を貯蔵した武器庫を見つけよ。――開始じゃ!》
彼女が高らかに声を上げると同時、会場の招待客が一斉に武器庫を探して動き出した。
*
――これは相当まずいことになった。
武器は外から持って来れない上に、『空間操作』による途中脱出も出来ない。そんな状況下でまず危険なのがシャロで、特殊能力もない上に武器も持てず、肩書きとしては『ただちょっと体力が凄い一般人』といったところだ。
ジュリオットもほぼ同様で、特殊能力こそあるものの嘘を見抜くだけの『絶対審判』は戦闘向きではないし、体力においては人並み以下。銃など撃ったら逆に貧弱過ぎて腕が飛ぶ可能性すらある。
ただ1番まずいのがミレーユで、彼女はちょっと凄い体力もなければ、桁外れた賢さもない。本来であれば獣人として『ちょっと跳躍力が凄い』の肩書きがあったのだろうが、アンラヴェルの襲撃事件で足に攻撃を受けてまともに片足が動かせない彼女ではそれすらも出来ない。
そしてそんな3人のうち2人と一緒に居るのがペレットという事態。つまり自分が彼らを守れなくては、2人は死んでしまうのだ。
「どうすれば……」
武器庫の所在がわからなければそこへ飛ぶことも、中身の武器をこちらへ召喚することも出来ない。ただちょっと空間が移動できるだけの人間が居て、他はほぼ一般人。なんならこの3人が1番早々に死ぬという危険性がある。
ギルは死なないからそもそも問題がないし、マオラオの戦闘スタイルは武術なので武器の有無など関係がないのだ。あぁ、そう考えるとマオラオと一緒にいるシャロはそこそこ安全なのかもしれない。
「くっそ……」
額を抑えて歯噛みするペレット。彼が閑散としたカジノエリアでルーレット台に手をついて頭を悩ませていると、その傍で何かを考え込んでいたジュリオットが椅子を蹴って立ち上がった。
「――お腹が空きました、食堂へ行きましょう」
「……は!?」
困惑混じりの叫声を上げるペレットをよそに、ジュリオットはカジノエリアを進んで壁にかかっていた深紅のカーテンを引いた。
すると、内から銀色の扉が現れる。それは、シックな色合いを基調としたカジノエリアには似つかわしくない無機質な扉であった。一瞬何かと思ったが、従業員の専用エリアに入るための扉のようだ。
扉の色がこの空間の雰囲気を壊してしまうため、カーテンで隠されていたのだった。
銀の扉は観音式で、両開きになっている。扉に嵌め込まれたガラス窓から奥には、洗練された白い廊下が続いていた。本当に、『店の裏側』といったような光景だ。
「サービス用に小分けしたお酒を、トレーで持った従業員さんがここを通っていましたから、向こうに食堂があるはずです」
「……本当に腹減ってんスか? 確かに俺も腹減りましたけど……」
「えぇ、そうです。じゃあ行きましょうか」
ジュリオットは慣れたようにスーツのシワを整えると、扉の方に向かって歩いていった。それをペレットとミレーユは唖然としながら見つめ、
「――今、やることですか……?」
*
ジュリオットの背中を追って、白い廊下を渡るペレットとミレーユ。汚れひとつない清潔ぶりが従業員の意識の高さを示しており、闇カジノとはいえこういうところはきちんとしているのだと感心する。
「……さて、案の定従業員さんも取り払っていますね。食事を作りかけなのは頷けませんが」
イベントの開始時間については、この辺まで共有されていなかったのだろう。イツメは従業員達の中では結構立場が上なようであったし、本人の自由奔放そうな性格からして、彼女が部下にきちんとイベントスケジュールを伝えていたとは思えない。
半ば逃げ出すように慌てて立ち退いたのだろうか、などとここに居ない料理人達のことを思いながらジュリオットはキッチンの中へ進み、
「ちょい、待ってくださいジュリさん、この際食事しようがなんだろうが良いっスけど、ジュリさんが料理作るのだけは待ってください、シャロさんと一緒に料理作ってキッチン爆発させたの覚えてませんか」
「え? 料理はしませんよ。それにあれはシャロさんのせいです。シャロさんが揚げ物中に爆発させたんです」
慌てたように肩を掴んで引き止めてくるペレットの手をそっと払えば、よたよたと片足を扱いにくそうにしながら遅れて入ってきたミレーユがエッと驚愕した。
「そっ、それって、シャロさん大丈夫だったんですか……??」
「幸い、ギルさんが咄嗟にシャロさんを抱いて覆ったので、彼は怪我1つしませんでしたよ。ただキッチンは全焼して、フラムさんが1日ずっとひそひそ泣いてましたけどね。あれは本当に……なんというか、哀れでした」
ちなみに昼寝から起きてきたマオラオが発狂して、後からきたフィオネが爆笑していたのが更にカオスを生んでいたという裏話もある。
「さて。武器の収拾タイムが始まってから、もう5分経過しています。つまりあと10分……それまでに持つものを持って、もっと色んな場所にアクセスしやすい部屋に行かなければ。ポジション的には、2階を取りたいところですし」
「――えっ、持つもの? ……はっ、もしかしてジュリオットさん、武器庫を目指すのをやめて、キッチンの刃物類を取りにきたんですね!?」
「いいえ?」
「エッ??」
確信を持って目を輝かせたミレーユの表情がぴしゃりと固まる。それを見向きもせずにジュリオットは、キッチンのあらゆる棚を漁って周り、
「そういった刃物類は残念ながら、全て片付けられているでしょう。現にこうして探しても、刃物類は一切見つかりません。既にその安直な考えをする招待客が居ることは予測されていたんでしょうね」
「いーや驚くほど毒舌」
「ペレット君にだけは言われたくないですね。――ですから、代わりにこれらを使います」
そう言って、ジュリオットがアイランドテーブルの上にどさり、と置いたのは、2人が全く予想をしていなかった物たちであった。




