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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第3章 渇望の悪魔 編

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第47話『結び直された月下の契約』

 バルコニーに戻ったギルは、建物の中に入って2階へ降り、東側に並ぶ3つの部屋の内から1番左の部屋を選んでドアノブを引いた。


「ただいまー、ジュリさん。聞きてえことがあんだけどさァ」


 何も気にせずに入室すると、丁度扉の正面に置かれた机と向かい合っていたジュリオットが、びくっと突然の侵入者に肩を跳ねさせる。


「……ノックもなしに、唐突に部屋を開けないでくれますかね。それと私に何か聞くより先にすることがありませんか? 先に攻撃を仕掛けに来た相手が誰だか、調べてこいと言ったはずなんですが」


「あぁー、その辺の傭兵団だった。まぁ……どっか行ったから安心してくれ、多分もう狙いに来ることはねーぜ。そんで、聞きたいことがあんだけどさぁ」


 さっきまで何か作業をしていたのか、薄い紙を重ねて机に軽く叩きつけ、並びを揃えているジュリオットの姿を横目に見ながら、ギルはずかずかと部屋の奥に寄りベッドに腰を落とす。


「うわベッドかてぇ、寝心地悪そ。……んで、ジュリさんってさ、ここ最近でなんか怪しいカジノの招待状もらった?」


 対話の開幕直後に本題をぶちかますと、三つ編みの彼の手がぴたりと止まる。依然、視線はこちらに寄越してはくれないが、


「……何故それを。もしかして、ペレット君に聞いたんですか?」


「いーや? てか、ペレットはそのこと知ってんのかよ……えっと、その傭兵団を統率してる男が居てさ。そいつに聞いた。それで――」


 ギルはジャックの情報を所々ごまかしながら、先程自分なりに推理して出した見解を述べた。別にジャックに関しては正直に説明しても良かったのだが、そっちに話題が逸れると熱が入ってしまって色々面倒そうという自覚があったのだ。


「イベントの開催日に、ミレーユの弟が出品される可能性がある……って、考えたんだけどさ。どー思うよ、俺はジュリさんの意見を聞きてェ」


「……なるほど。まぁ……脳筋の貴方にしては、それなりに良い考察ではないでしょうか? しかし恐らく……弟さんの使われ方は、貴方の思っているのとは違う」


「あ? じゃあ、なんだってんだよ」


 渾身の考察も柔らかく否定されて、盛り上がっていた気持ちが一斉に下火になるギル。自然と眉根が寄るのを感じながら、彼は人差し指で頬をがりがりと掻いた。


「私も貴方が外に居る間、考えたんです。……先程、ヘロライカに感染している弟さんを血清、もしくはパンデミックに使用すると考えたでしょう? この流れだとほぼ確実に血清はないですが」


「おん。でも、奴隷オークションをやるってことが予想できた今、ちょっとそっちは確信できなくねェ?」


「いえ、奴隷オークションをするからこそ、パンデミックに利用される可能性が高いんです。……あくまで、推察に過ぎませんがね」


 椅子を引いて机から離れ、ギルの方へと視線をやるジュリオット。手にしていたペンをシャツの胸ポケットに挿し、締めていた紺色のネクタイを緩ませる。


 ――というか、宿屋の中なのにまだこいつはネクタイを締めていたのか。


「まず、奴隷が必要とされるのはいつか。それは、何かを生産しなければならない時である、というのが私の自論です。ただし金と民に満ち、生産に困らないこの帝国で、廃止されている奴隷を必要とする人間はそう居ない」


「案外居るかもしれねーぜ?」


「うるせえ黙れ。――必要とされないものを必要とさせる方法。それは、金か民、どちらかを根こそぎなくせば良いんです」


 一瞬ガラの悪い言葉が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。目の前で『もう2度と話の邪魔すんじゃねえぞ』と言いたげな視線を、こっちに向けている人が居るのも多分気のせいだ。


「まずヘロライカを再びこの国で流行させ、一般国民を病死させる。すると当然、この国の金持ち達が運営している造船所であったり、果実畑であったりが次第に稼働しなくなるんです」


 稼働しなくなれば当然、金持ちの元へ入る収入が減る。すると『収入を増やさなければならないのに、人を永続的に雇う金がない』と気づく。


「そこで人は思うわけです。『タダ働きしてくれる家畜が欲しい』と」


「……なぁ、それ普段のジュリさんじゃね? 新しい薬品作る時に、思いのほか実験台を浪費しちゃった時のジュリさんじゃ――」


「そこで考える家畜こと奴隷の出番です。需要が高まれば必然的に、奴隷廃止令そのものを廃止する運動も広がるでしょう。帝都の役人もカジノ側も、その機会を狙っているんです」


「……国が黄金で出来てて、そんな国に住めるほど金持ちってことは、別に奴隷商売で一儲けする必要はねーんじゃねえの?」


「さぁ、その辺はどうでしょうね。富豪の国の役人とはいえ、収入が高いと一概には言えませんから。雇い主が金持ちであるということは、大量に同じような駒を雇えるということ……」


 駒が大量であるということは、1人1人の価値は小さくなるということ。

 1人1人の価値が小さいということは、1人に対して支払われる賃金も少ないということである。


「それならば、役人も資金に困っていたのかもしれないでしょう?」


 意味ありげにゆったりと首を傾げたジュリオットは、再びゆっくりと首を動かして位置を戻し、起立して机から離れ、静かに部屋の扉へ歩み寄った。


「それで自分がトップとして大成しようと思って、選んだのが奴隷商売ッてんなら腐ってんなァ……」


「本当のことは当人に聞かなければわからない故、私達が出しているのはどれも仮説に過ぎませんがね。さて、ちょうど扉の向こうで立ち聞きをしている悪い人達が居るようですし、本題に移りましょうか」


 そう言って彼が扉を開いた時、部屋の中に入り込んだのは『わっ!!!!』と悲鳴を上げて一斉に転倒したシャロとマオラオ、ミレーユらの上半身。


 それと、少し離れたところから聞こえる『だからあんまり音立てるなって言ったじゃないスか……』という、ペレットの呆れたような声だった。





 そうして他4人も会話に参加することになり、それぞれ思い思いの場所に座った。


 まずシャロとミレーユは、部屋の左端のベッドに腰を下ろしている。ミレーユを庇い続けていたからか、青髪の彼女もシャロに気を許し始めているようで、ちゃっかり手も重ねている仲良し具合。


 そしてマオラオは床に体育座り。ギルはその隣であぐらを掻いていて、ペレットが部屋の右端のベッドを1人で占領している。ジュリオットはその全員から見えやすい、部屋の真ん中より少し奥くらいに椅子を置いて座っていた。


「――全ては、先程話した通りです」


「ってことはもう、そのカジノに行くしかないってことやんな。ジュリさんが呪い殺されん為にも、弟さん見つける為にも」


「まぁ……ヘロライカのパンデミックが起こる可能性がある以上、私達としても弟さんの救出をしなければいけないのは確かです。ただ……」


 ちらり、とミレーユの方へ紺青の視線を流すジュリオット。

 目を合わせたミレーユが僅かに震え、それを重ねた手から感じ取ったシャロが『シャー!!』と威嚇する猫のような目つきでジュリオットを睨んだ。


 それに対して『何もしませんよ……』とジュリオットが呆れたように返せば、こころなしか琥珀色の視線が柔らかくなる。


「ただ、人殺しが集まるという場所である以上、ミレーユさんはここに残ることを推奨します。高確率で死ぬのが見えていますから。……どうなさいますか?」


 ジュリオットからの問いかけに、ミレーユは兎の耳をぴくりと跳ねさせた後、少し表情を硬くして『どう、って……』と呟く。


 ジュリオットらしい意地悪な質問だ。弟を探す為に比喩抜きで命をかけるか、それとも自分の身の安全を考慮して全てを戦争屋に任せるか――など。どちらを選ぶことも恐ろしく、そして非常に悩ましい。けれど、


「……今後もずっと人任せばかりでは、申し訳が立ちません。どうか私を、連れて行ってください。弟を助ける為なら、この際死んでも……構わないです」


「――では、良いでしょう。その言葉を忘れずに」


 それから肝心な対価の話ですが、とジュリオットは話題を転換し、


「『形状保存(シェイプ・セーヴ)』のお話、まだ忘れてはいないでしょう? 細かい話は後々決めていくつもりですが、そこだけは譲るつもりはありませんので」


「はっ、はい。な、なるべくお役に立てるよう、頑張ります……」


 自分の唯一の切り札が思いのほか好感触だったのか、絶対に利用してやるという強い意志を感じてミレーユは縮こまった。そんなに形状保存の能力が欲しいんだろうか。彼の心労を知らない彼女にとっては、異常な熱意が恐怖でしかない。


「……じゃあ、内容を振り返りましょうか。まず、イベントの開催日は約2日後。ミレーユさんを含めるので全員での潜入になります」


「う〜〜ん。今更だけど、シャロちゃんとミレーユちゃん以外、何もやらかさないって安心できるヤツが全く居ないね」


「ちゃうねん、むしろお前が1番不安なんよシャロ」


 ウェーデンでは目も当てられないような散財をしかけ、アンラヴェルではミレーユを連れて帰るという突発的なアイデアを披露。この流れでは今回も平気で何かをやらかしそうな気しかしない。


 彼もどうか心を入れ替えて、真面目に理性的にやって欲しいものだ。と願うマオラオだが、彼も彼で人のことを言えた立場ではなかった。


「招待状を読んだ限り、衣装は各自購入しろとのことだったので、仕方なく明日購入しに行きます。当日までの2日間は、皆さん体力温存等に当ててください」


「そんじゃあシャロちゃんにはドレス買ってね。お金は惜しまずに1番可愛いものを買ってきてね」


「お金は惜しみますよ、適当に似合いそうなものを選んできますね。あ、そっちの3人は特にこだわりないでしょうし、もっと適当に選んできますから」


「ういーっス」


「ういーっす」


 それでは解散を。と告げると同時に席を立ち、綺麗にこの場を締め括った。否、ジュリオット的には良い感じに締めれたはずだったのだが、そのまま全員に居座られて格好がつかなくなったのは、また別の話である。





 ――深夜。ジュリオットはふと目が覚めて、固いベッドから身体を起こした。


 山散策で疲れているというのに、やけにさっぱりとした脳は、眼鏡を外してぼやけた視界を通して暗闇を認識。そこへ若干窓から入ってくる月光が、ほんの少し部屋の造りをわかりやすくしていた。


 スゥ、という小さな寝息が聞こえて右側を見れば、自分のベッドから4メートルほど離れた場所でギルが眠っている。普段の邪悪さや煩さからは想像もつかない静かな寝息を立てていた。


 ベッド決めの時に『ジュリさんは本当に身体がジジイだから、柔らけえ方が良いだろ』と比較的に柔らかいマットレスを譲ってもらったはずなのだが、睡眠の具合は向こうの方が良質そうなのは何故なんだろうか。


「……はぁ」


 ジュリオットはベッド脇の小さな机に手を伸ばし、綺麗にフレームを畳んで置いていた眼鏡を手に取ると装着。今までぼやけていた視界が鮮明になり、ぎりぎり見えていた部屋の造りが僅かに見えやすくなる。


「……」


 今が何時なのかはわからないが、恐らく窓の外を見るにまだ日を回って2時間というところだろう。変な時間に起きてしまったと思いながらも、彼はベッドの下に入れていた医療バッグを引きずり出した。


 そしてベルト状の留め具を外すと、中から招待状を取り出す。あの全身のほぼ全てを白黒で構成した美しい女、イツメから無理やり渡された紺色の手紙だ。


 ギルが傭兵団と交戦している間に1度読んでいるのだが、まだ筆者の意図が読み取れていないのではないかと不安になって、再び内容に目を通す。


「1・必ず出席すること……2・同伴は最大8名までとすること……3・礼服は各自調達すること……4・同伴者以外の第三者に、招待に関して口外しないこと……」


 なんとなく読んでいる分には、別に特別おかしな点はない。強いて言うなら4番目の『口外してはいけない』に関して多少引っかかる点はあるが、闇カジノだからと言われればそれまでだ。


「……ふぅ」


 心配し過ぎなのだろうか。確かに周りの奴らに比べて、心配症なところは自分もわかっている。ただ、この拭えない不安は一体なのだろう。


 その後もジュリオットはしばし招待状と睨み合ったが、しかしまたしても何も判明しなかったので、彼は渋々招待状を戻して横になった。

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