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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第3章 渇望の悪魔 編

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第40話『時の流れは残酷である』

 そしてミレーユの弟を治す為の薬が、ジュリオットの宣言通り、ほぼ丸3日間という時間をかけて完成した。


 ジュリオットの研究室にて部屋の主の手により、毒薬のお手本のような禍々しい色の液体がフラスコの中へ注がれる。


 ミレーユの出身地・『ロイデンハーツ帝国』へ行くまでの保存用フラスコだ。そのフラスコは内側に丁度いい形の凹みの出来たバッグに入れられ、一応予備として同じフラスコがもう2本、同じバッグに収められた。


「……よし」


 留め具をかけ直すと、ジュリオットは横倒しにしていたバッグを立てる。


 それは11番目(スコーピオン)の月の1日目、空が白んできた午前5時のことであった。昨晩の21時過ぎ辺りから、ずっと調合キットをガン見して頭を回転させていたのだが、この瞬間ようやく彼に安堵の時間が訪れたのだ。


「……そろそろですか」


 長く同じ時を共有してきた実験室の、壁掛け時計の秒針がカチ、カチ、と時間を丁寧に刻んでいるのを目にして、構えるように呟きを溢す。

 すると丁度、部屋の外の廊下がどしどしと踏まれる音がして、



「あぁぁぁさでぇぇぇすよぉぉぉぉぉおおおおおおおお!! みぃぃなぁぁさぁぁぁぁぁぁん起ぉぉぉぉきぃぃてぇぇくぅだぁぁさぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああいいいい!!(朝ですよ皆さん起きてください)」



 早朝から大迷惑な爆音が、屋敷を越えて敷地を越えて、国を越えて海を越えて、全世界に響き渡った。





 今回『ロイデンハーツ帝国』へは、まず最初にペレットの『空間操作』で再びアンラヴェル神聖国へと向かう。


 長距離の場合、過去に行ったことがある場所であれば空間移動が可能なので、大東大陸から大北大陸までの道のりをカットするのだ。しかしここからはペレットが未到達のため、全員自力で行かねばならない。


 そこで、アンラヴェル国都の駅から繋がる列車に乗るのである。

 ロイデンハーツ帝国の辺境付近の駅まで行き、そこからは乗り継ぎ馬車を使うなり何なりでミレーユの実家まで向かうのだ。


 というわけでフラムの叫声(きょうせい)で叩き起こされた戦争屋4人とミレーユは、それぞれ支度をしてジュリオットを加え再度アンラヴェルへ。ミレーユの案内でアンラヴェル最大の国営駅まで歩いていき、始発の列車に乗る手続きを済ませる。


「きゃ〜!! 列車だ列車だ、列車だぁ〜!! フーゥ!」


 初めて見る駅を前にして興奮気味でホームに飛び込んだシャロが、大声を上げながらその辺でくるくると回り始める。それを大量の荷物を抱えたジュリオットが鬼の形相で追いかけて行き、


「と、とま、止まりなさいシャロさんッ!! 観光じゃないから無闇に騒ぐなって、移動してくる前に何度も念押ししましたよねッ、私!?」


 と、人混みの中ではしゃぐシャロの腕を引っ掴み、他のメンバーが居る場所までずるずると引きずって連れて行った。


「あんなぁシャロ……列車の傍まで来て興奮すんのはわかるんやけどな、流石に色んな人に見られとるから……ちょい自重してくれへんかなーって」


「そんなんだから、いつまでもガキ臭いまんまなんスよシャロさんは」


「あーン? このシャロちゃんに何か言ったかな、お前ェ」


 いつも通り喧嘩を売買したり、それに巻き込まれたりしている16歳の男子3人組だが、彼らが身に纏っているものは仲睦まじげな色違いのコートだ。


 その争いを見せつけられているギルとジュリオットは、カーキグリーンとネイビーブルーのトレンチコートをそれぞれ着用しており、人の荒波に揉まれてきて髪を乱したミレーユは白くモコモコとした可愛らしいポンチョを着用していた。


「にっしても、朝早くとは思えねーほど多混みだな……周りの奴らは一体どこに行くんだァ?」


 皆の気づかぬ内に、人の荒波に流されかけていたマオラオをひょいと引っ張り出しながら、周囲の有象無象を見渡すギル。


 周りの利用客は皆感情の死んだ顔でホームを歩いており、旅行者のような人物は誰1人として見当たらないのだが、それにしても混み過ぎている。

 鉄道を利用したことがなく、駅の利用=遠出=旅行という概念が染み付いた悪ガキ組にはわからない、決して平日の朝とは思えない光景が広がっていた。


「えっと、ですね……」


 説明を求められたミレーユが、髪の乱れを片手で直しながら解説する。


「恐らくは、ロイデンハーツへの出勤だと思います。ロイデンハーツ帝国はカジノ街が栄えてて、稼ぎが良いので結構な人達が向こうに勤めに行ってて……」


「え、国境って鉄道で超えて良いもんなの? 関所とかないみたいだったケド」


 シャロが質問を追加すると、そこで住む地域の違いによる認識の齟齬(そご)が起きて、ミレーユは質問の意味がわからずについ黙り込んでしまう。


 すると、ジュリオットがそこへ割って入って、


「大北大陸のみ、鉄道でも移動が可能になっているんですよ。アンラヴェル含めて北の国家は全て、大北大陸の全国家が加盟している連合『ノース・ユニオン』の規定により国境に関所を置いていないので」


 つんと澄ました顔で解説をし、シャロとミレーユの両者から『おぉ……』と感心の目を集めるジュリオット。しかしそこで、今まで沈黙していたギルとペレットが顔を見合わせ、小声でひそひそとやりとりを始める。


「ここでジュリさん渾身のドヤ顔が入る」


「女の子の前だからって知識ひけらかしてんじゃないっスよクソ眼鏡」


「おいこら今なんつったそこの緑と紫、待てどこ行くんですかーー!!」


「……おい、ジュリさんもどっか行きよったぞ」


 人がうごめくホームにただ取り残される、シャロとマオラオ、ミレーユの3人。それから少しして、こちらが迷子側にされる可能性をふと思いつき、3人は慌てて奴らの消えていった方向へと急いだ。





 アンラヴェル神聖国・国都を出発点とし、ロイデンハーツ帝国・帝都を終着点とするこの線路の名は『エトワール線』と呼ばれている。


 およそ50年ほど前に開通したというこのエトワール線を走るのは、漆黒を基調とし金色の装飾を纏った蒸気機関車だ。

 最大乗客数は約300名(席数)、連結された車両数は20、中にはレストランやバーも存在する――と世界に存在する列車の中でも有数の壮観ぶり。


 中々類を見ない豪華さを誇るその理由は、列車を製造するにおいて世界一の金持ち大国と有名な『ロイデンハーツ帝国』がほぼ全額出資しているからであった。


「シャロさんが色々とうるさそうですから、こっち側の4人席にシャロさんとミレーユさん。こっちの4人席にそれ以外の私達が座りましょう」


 ジュリオットが席の場所を指示して、全員はそれぞれ窓側・廊下側と座りたいように座った。時刻は7時58分、発車まであと数分である。


「5・6番目の車両にレストラン、19番と20番目の車両にバーがあります。全員に5000ペスカずつ小遣いを渡しますので、食事をしたい方はその金額以内で朝食と昼食を済ませてください」


 そう言ってジュリオットが全員に回したのは、硬貨がいくらか入った財布代わりの小さい巾着袋であった。それを受け取ったシャロは袋の重さに目を輝かせ、早速向かいのミレーユの手をとる。


「ねぇ! ねぇ! ミレーユちゃん! ウチと一緒にレストラン行こうよ!!」


「ま、待ってください……ッ! あの、ジュリオットさん。私までお金を貰ってしまって良いのでしょうか? 結構な額だと思うんですが……」


 急かすシャロを引き止めて、心配そうな顔をしながら尋ねるミレーユ。

 するとジュリオットが口を開いて何かを言いかけたのだが、隣で聞いていたマオラオがそれを邪魔するように、


「あぁ、この人女の子にはクソ甘いから大丈夫やで。心配せんでも金だけはある人やから、遠慮なく使ってええと思うで」


「あの、勝手に印象操作するのやめてくれませんかね!? 下心があってあげたわけじゃないですし、そもそもお金『だけは』ってなんですか『だけは』って! 他にも医療の技術とか……コミュニティとか……い、色々持ってますし!?」


「そうやって自分の才能をひけらかす男は、女の子から嫌われるんスよ? 必要な瞬間にだけスペックを生かす男に、大抵の女の子は惚れるんス」


「ひけらかしてないですし、やかましいッ!! なんッッッで8つも年下の貴方からそんな助言をされなきゃいけないんでしょうか!?」


 恋愛を話題にぎゃあぎゃあと騒ぎ出す男達。それをドン引きの表情で見ていたシャロは『さ、行こう』と気を取り直してミレーユの手を引いていき、レストランのある車両へと向かって行った。


「――あ、じゃあ、俺は売り子さん探してくるっス。エトワール線名物の数量限定マロンタルトを勝ち取ってくるんで」


「おいまだ話は……え? タルト? ちょっと待ってください、そんなものがあるなんて聞いてないんですけど。せっかくですし私の分も購入してきてくださいません? ペレット君。お代は後ほど支払いますので」


「エーッ俺に買い物代行をさせるなんて、高くつくっスよ〜? 倍額支払わされることを覚悟の上でよろしくお願いしますねっ? ジュリさんっ?」


 嫌味な感じでウィンクをすると、買い物代行を頼まれたペレットはダッフルコートのポケットに手を突っ込んでここ第8車両から第9車両の方へと歩いていく。


 それを面倒なものを見る目で見送ると、ジュリオットは医療バックの中から2冊ほど装丁本を取り出し、目の前のテーブルに広げて置いた。


「んだそれ……植物だァ? うわ、何ページあんだよ、400枚はかてぇな……」


「えぇ、全525ページ。あらゆる薬草について纏められたものです。物流の盛んなロイデンハーツならば、大東大陸には売られていない稀少品もあるのではと思いまして、今から欲しいものをメモに綴るんですよ」


 席に座ったままもぞもぞとコートを脱ぐギルに説明しながら、いつもの白シャツの胸ポケットから手帳と万年筆を取り出すジュリオット。


 彼は植物について記された2冊の本を捲り、目に止まった植物の名をさらさらと達筆な字でノートに書き込んでいった。


「せっかくの機会ですし、ギルさんも薬学を勉強してみません? 薬学を学べば、この世界じゃ出来ないことなどないようなものです。材料こそ幻と言われる希少品ばかりですが、揃えば『惚れ薬』なんてものも作れます」


「……エッ、惚れ薬!? そそそそそ、それは道徳的にあかんのちゃうか!?」


「……。明確に言えば『心拍数の上昇を促し、ホルモンの分泌を促す』なので、公共の場で飲ませてしまえば全員が恋愛対象。ようは心拍数の上昇時に傍に居た人間に対して、勘違いを起こすだけですがね」


 ハッ、と嘲るように鼻で笑うジュリオットを見て、『えぇ……?』と言葉に詰まるマオラオ。明らかに落胆している辺り、『惚れ薬』と聞いて何を考えたのかが伺えるので見ている側は中々面白い。


 悶々としているマオラオを、ジュリオットは見かねたような目で見やり、


「はぁ。殉職を除けば老い先長いんですから、正々堂々とアピールしたらどうなんですか? 流石の私も、貴方がまごまごしているのを見ると腹が立つんですけど。そうしている内にシャロさんが死んだらどうするんですか?」


「シ゛ャ゛ロ゛が゛好゛き゛と゛か゛言゛う゛と゛ら゛ん゛け゛ど゛」


「うわうるさ」


「それに『腹が立つ』ってジュリさんなぁ、そらオレはジュリさんより若いし? ジュリさんよりずーーっと長生きするやろうけど!? 時間があるからゆーてなんでも出来るぅ思ったら大間違いやで??」


「おいちょっと待て、まるで私がじじいみたいな言い方をしないでください! 私これでも24歳なんですけど!! 貴方と8歳差……エ゛ッッッ、8歳差ァ!?」


「んは、オイオイ自分で言ってびっくりすんな〜? いやーしかし、時の流れって残酷だなァ〜〜! ねぇ? ジュリさーん??」


「ちょっ、嘘でしょう? 今まで8歳も年下の子供に煽られてきたんですか私? えっ、ちなみにギルさんの年齢って……」


 と、ジュリオットが言いかけた時。突然、列車内の天井のスピーカーから何かを知らせるチャイムがリンロンと響き渡り、



《この列車は、アンラヴェル神聖国・国都駅発――ロイデンハーツ帝国・宮廷前駅行きです。ドアが閉まりますので、怪我をしないようご注意ください――》



 ――女性の声をした発車合図のアナウンス。


 それが2回ほど繰り返されると少しして、ぐらりと揺れる感覚を味わう。その後ゆっくりと、眠りから覚めるように列車が動き始めた。

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