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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第2章 憧憬の神子 編

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番外編『ギル=クライン生存録』①

 ――戦争屋の『殺人鬼』の一生は、北の宗教国家アンラヴェルの端、小さな農村のとある診療所から始まった。


 それは、のどかな春の日のことであった。診療所の所長が『今日は暇だな』と呟いた昼下がり、突然緑髪の女性が駆け込んできたのである。


 女性は今にも死んでしまいそうな苦悶の表情だった。その腹部は大事なものを中で守るように膨らんでおり、その傍には心配そうに彼女を支えている男性が1人。所長が以前からよく見知っていて、つい最近も妊娠中の生活に関してアドバイスをした男女――クライン夫妻であった。


 所長はついにその日が来たのだと、なんとなく感じ取っていた。それから診療所の者を掻き集めて、母子共に安全に出会いを迎えられるようにと専念。そして数時間の緊張を経て、彼は生まれた。


 深緑色の髪をちょっぴりと生やし、研磨した柘榴石(ガーネット)のような緋色の瞳を持って生まれた平均的な体型の男児。生まれてすぐ産声を上げた後、皮肉的な意味で良い性格になりそうな笑みを浮かべたその赤子は、『ギル』と名付けられた。


 両親に、祖父母に、沢山の人に望まれて生を受けた彼。


 神にすらも愛されて、『神の寵愛』という特殊能力まで持った彼が、何故戦場を歩き、刃を握り、血を見て笑い、死に行く者を愛するようになったのか。


 これは青年ギル=クラインの、永遠に続くことになるであろう一生の、最初のほんの一部を切り取った生存の証――【ギル=クライン生存録】である。





 ――わけがわからねえ。


 なんだって、他人に全部身を預けにゃならねえんだ。なんだ、神様はそんなに凄いのか?


 ギル=クライン、8歳の春。彼は地元の村の小さな教会にて、神父が延々と語り続ける言葉に耳を傾けながら、確かな疑問を1つ持っていた。


 神父が話しているのは、いかに『女神アクネ』が素晴らしいかという洗脳じみた語りだ。どうやら若いうちに刷り込んでおこうというらしく、周りには同い年くらいの子供達が何人か座って、聖書を持たされていた。


 自分は持っていない。何故ならば、1文字も文字が読めないからである。書くことも出来ない。学校はこの辺りにはないので、この村で聖書の文字が読める奴は必然的に『読み書きが出来る両親を持っている』ということであった。


 ギルの両親は簡単な読み書きさえ出来たが、ギルが覚えようとする気がないのを知っているので、教えることはない。


 その代わりに親戚の祖父の元へ定期的に通わせ、農耕の技術を覚えさせようとしていた。暇があるなら何かやれ、ということであろう。


 ――話がそれた。


 それで問題なのは、礼拝にギルが参加しているというこの事態だ。


 そも(・・)、聞きたくなければ聞くなという話なのだが、ギルだけは絶対強制のイベントなのでそうするわけにもいかなかったのだ。何故強制なのか。それは、ギルこそが只今ずーーーっと話を続けている神父の子供だからである。


 どうやら次の神父を自分に任せるつもりらしい。それで、早く敬虔なる信者にさせようと他のどの子供よりも念入りに語られていた。


 ――くそ、ダチと遊びに行くッつったのに。んッで神サマの話をする時だけ、融通が利かなくなるんだよ……クソ親父め。


 あと5分、あと5分だ。それだけ待てば、あとはもう自由である。好きなだけ仲の良い奴らと一緒に遊べる。あと5分、あと5分、あと5分……!!


「……どうした、ギル。足をバタバタさせて。そんなに僕の話が退屈かい?」


「うっ」


 足を揺らして気を紛らわせていると、流石にうるさかったのか神父が――ギルの父親の【マルコ】がこちらに注意を向けてしまった。


 同時に、方々からも向けられる視線。しかしクライン親子のこのやりとりには皆慣れたもので、同時にまたか、というような心の声も混じって聞こえていた。


 呆れられてのものではない。むしろ、毎回恒例のこのやりとりを面白がられてのものだ。なんなら、この親子喧嘩を見る為に来ている物好きもいるくらいである。


「だって、神様に祈って、頼って生きてたって、それでたとえどうにかなってもそれは自分の人生じゃねえじゃん。それは選択を委ねられた神サマの人生だ。神様に与えられた命だってんなら、自分の為に使わなくてどうすんだよ」


 そうギルが真っ向から反論すると、マルコは息子そっくりの鋭い赤眼をゆるりと細めて『ふむ』と一言漏らした。


 それから彼は顎を摘んで、少しの間何かを考える。上質で綺麗な神父服と、本人の顔の良さが相まって、ただの色良い男がそこに生まれていた。


「共感であれ反論であれ、自分の意思を持つことは良いことだ。偉いぞ、ギル。まぁそうだね、これはあくまでも僕の解釈でしかないが――」


 マルコは講壇に聖書を置くと、改めて全体に向き直った。――全体へと向けられた美丈夫の顔に、後ろの席に座る12歳くらいの女子2人組が小さい悲鳴をあげる。こんな年上好きとは近頃の女子はマセたものだ。


 ――おいおい、そいつはもう妻子持ちだっつうの!! つか、妹も5年前に生まれてっし!!


 ギルはケッと不機嫌に息を吐いて、心の中で突っ込んだ。しかしその当の妻子持ちはギルの心中など露知らず、


「人が神に求めるのは、神の持つ力そのものではない。神という存在による安心感を欲しているんだ。人は安心を欠いては、どこまでも不完全なままだからね。だから『見守って欲しい』とお祈りをする。こういう風にね」


 両手の指を絡めて組み、いつものお祈りのポーズをとるマルコ。ギルさえ息を止めるほどいたく似合っており、神聖ささえ感じるのがどうにも気に入らない。あんな姿に自分もなれというのか。――寒気がする。


「しかしね、ギル。そこまで神様が信じれないなら、君が神様の代わりになれば良い」


「……はぁ? ――とうとう頭沸いたのか、クソ親父」


「いいや。別にね、安心を求める相手は神様でなくても良いんだ。僕は神様を信じているから、こうして神父になったけれども。別に安心感を人間に与えるのは、同じ人間であったって良い。君が神様になれば良い」


「ちょ、ちょ、話が飛躍しすぎだっての。落ち着け親父、だから母さんにも裏で小言言われてんだぞ」


「母さんに小言を言われているのは、今度詳しく聞くとして――」


 と、更に話が長くなりそうになったその時。丁度教会の時計が12時の向きで針を揃え、集会の終わりを告げる鐘が盛大に鳴り響いた。


「おっともう時間か。じゃあ、今日の集会は終わりだよ。今日は妻がクッキーを焼いてくれたから、帰りに皆に配ろう。また来週も来てくれると嬉しいな」


 そう言ってマルコが全体に微笑みかけると、今日の集会者はそれぞれ帰宅の準備をして、ギルの母親が焼いた菓子の包みをもらって帰る。


 こうして、長時間の傍聴にくたびれた子供達にケアをしてから、帰路を見送るのが彼のやり方だ。最初はお菓子をもらう為にやってきていた子供達も、ふとした瞬間『アクネ教』に興味を持ってもらって入信を――という、悪い大人の手口。


 ちなみにそれを指摘したいつかの日、クソ親父の返答は『別に入信するかしないかは本人の勝手だから、僕がお菓子を配ることに何の問題もないさ』と。


 ――確かにそうなのだが、そうじゃないのが腹立たしい話である。


「は〜くっそ、久しぶりに遊ぶ約束してたのに、クソ親父のせいで遅れちまうじゃねえか!!」


 半ギレしながら誰よりも先にと教会を飛び出そうとした瞬間、背後から待ったがかけられる。当然、マルコの声だ。あれだけ引き留めておいてまだあるのかと、ギルは足を止めながら舌打ちをしかけたが、


「18時には帰ってくること。それと、あまり買い食いをしてはいけないよ。それから友達を理不尽に殴ってもいけない。殴り合いなら良いよ。子供の喧嘩なら可愛いものだからね。それから――」


「細けえよ親父!! 全部わかって……」


「それから『行ってきます』と、帰ってきたら『ただいま』と忘れないこと。最後に、これから父さんは出かけてくるから、今日は『おやすみ』が出来ない。だからここで言わせてもらうよ」


「ちょっ、ここ面前……」


「――愛してるよ、ギル。君が明日(あす)も、幸と実りある時を過ごさんことを」


 惜しげもなく、恥ずかしげもなく公衆の面前で告げられた言葉に、反抗期真っ只中のギルはドン引きしながらも顔を真っ赤に染め上げる。


 子供しか周りに居ないからまだ良かったが、もし大人も参列していたらと思うと――どれだけいじられるか、考えられたものではない。


「……ッ!!」


 ギルは1度止めた足をまた走らせて、何も言わずに教会の大扉をこじ開けた。丁度できたのが、ギルがスッと抜けられそうなくらいの隙間。そしてそこから外へと飛び出し、少し経って戻ってきて、身体の横半分だけ内側に露わにし、


「行ってきます……」


 そう一言二言残して、すぐに扉を閉めて消え去った。――次の集会の日、それを眼前で目撃していた参列者一同から一斉にいじられたのは、また別の話。





 父親のマルコ=クラインは、仕事をいくつか兼ねている。それを知ったのは最近のことであった。


 昼にはあぁして洗脳みたいなことをして、夜には何やらお偉いさんに呼ばれてアンラヴェル国都の方へ行くらしい。


 何の仕事をしているのかは知らない。両親が教えてくれることもないし、そもそもギル自体知る気はない。知りたいという気持ちがあっても、教えようとしないのだから教えたくないのだろう。そう解釈している。


 だが、毎度酷く疲れた表情で帰ってくるので、相当な重労働であることは確かであった。


 同日の夜、父親だけが席を外した夕食時。ギルは正面に妹を、斜め前に母親の姿を見ながら食事をとっていた。


「それでね、パパが帰りにケーキ買ってきてくれるって! あたしフルーツの乗った奴頼んだんだけどね、そしたらホールケーキにするよって……パパ、次はいつ帰ってくるのかなぁ、早く食べたいなあ」


 そう喋り続けて時々母親からの相槌を貰っているのは、5歳の妹・【ティナ】である。父親の特徴を丸々と引き継いだギルと違い、母親の茶色の髪を引き継いでおり、目の色こそ同じだが目つきに角がなく丸っこい。圧倒的な容姿の良さだけは父親譲りだろうか。随分といいとこ取りな妹である。


 母親の【リチルダ】も、見目は中の上といったところで悪くはないのだが――そんなことを本人に言ったら殴られそうだ。別に痛くはないのだが、殴られるのはなんとなく気持ち的に良い気はしないので心の中に秘めておく。


「パパは……そうね、明後日ぐらいに帰ってくるはずよ。――あ、そうだコーンスープを今日多めに作ったんだけど、2人ともおかわりするかしら?」


「あ、うん!! あたしおかわりする」


「……」


「……ギル?」


「……あっ、あぁ、俺もおかわりする……」


 ぼそぼそとした声でティナに便乗するギル。この場に居ない父親のことを考えていたと子供っぽいことは言えず、ただ目を伏せていると、


「な〜にボケッとしてんのよぉ〜!! あ、もしかして恋? キャ〜ませてるわねぇ、私に似てるような女の子? ギルはパパそっくりだから、私にそっくりな子ならきっとギルのことも好きになってくれるわよ!」


「はぁ!? ちげえよそんなんじゃねぇって!?」


 思わぬ方向へと話が飛躍し、慌てて止めるも逆効果。リチルダはわざとらしく『きゃ〜!』と悲鳴を上げながら、自分の身体を抱いて悶えた。


「私、自分の子供の恋バナ聞くの夢だったのよぉ! うは〜っ、あぁ、パパには内緒にしておいてあげるわ。私こう見えても口は固いのよぉ?」


「どッッッこが『口が固い』だ! あることないこと近所にばら撒く癖によォ! この前なんか向かいの爺ちゃんに何つったぁ!? 良い加減にしろよぉ!!」


 席を立って声を荒げると、その反応を見て面白がるようにキャッキャと笑うティナ。――駄目だ、ここには味方が1人も居ない。この女勢には敵う気がしない。


「はぁ……もう良いよそれで。けど、ぜってえに誰か巻き込むなよ。間違っても適当に近所の女から見繕って捏造すんじゃねえぞ!?」


 夜の一家にギルの叫び声と、リチルダとティナの笑い声が響く。腹立たしくて迷惑で、それでも嫌いにはなれなくて。そんなこの時間がギルは嫌ではなかった。


 ふざけ倒すのは流石に勘弁して欲しかったが、その時自分の幸せとは何かを問われたら、きっとこの時間のことを思い浮かべていただろう。あわよくばそこにマルコも居て、家族4人が揃う時間こそが――。


 なんて考えは自分には似合わないので、不意に湧いたその感情も全てサッと振り切って、何度も叫び声を上げるのであった。

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