第188話『解せよ策略、喧々諤々』
クァルターナの夜空と、白い石の街並みを一望できる屋上のレストラン。その一角を陣取るフィオネたちの間には、肌を刺すような空気が立ち込めていた。
クァルターナを手に入れるため、自分と対等な関係を結べる『皇帝候補』に協力したい、というフィオネ。ペレットに被害が及ばなければ、戦争屋に協力すると表明したセレーネ。『皇帝候補』の1人、アバシィナの殺害をくわだてるレム。
この3人は、結託する方向で話を進めていた。
残ったのは、自身の一族である『ヌタ』の地位向上を掲げるも、アバシィナとの遭遇でくじけてしまい、1度は別れたギルたちに協力を要請しにきたテトリカだ。
ギルたちを探す流れで、幸か不幸かフィオネに邂逅した彼は、ギルたちの正体が国盗りを生業とする『戦争屋』であることを聞かされ、2つの選択の前で揺れていた。
フィオネの言葉を使うなら、『正義の心』か『血泥の玉座』か。
つまり、『罪人の手は借りない』とフィオネたちの協力を拒むか、清廉潔白たろうとする心を売って、着実に皇帝の座を獲りにいくか。という2択である。
「――1つ、聞きたいんだが」
伏目がちなテトリカが、震えを殺しきれない声で問うた。
「お前は今、『対等な関係が築ける相手を支援したい』と言ったな。そして私に協力を持ちかけた。それは、お前の理想とする関係が、私となら築けると思った……ということでいいのか。なら、何故そう思った?」
テトリカは、ぐっと視線を持ち上げた。長い睫毛の下で、若草の瞳が闘志を宿して光る。それはさながら、自分を強く見せようとする小動物の威嚇であった。
彼は、フィオネのオーラに呑まれそうな自分を律し、少しでも格の高い人物に見せようと――『対等な関係』であろうと、心を奮い立たせているのであった。
――が、同席している3人のうち、セレーネだけは知っていた。
おそらくこの取引は、すでに対等の形をなしていない。
テトリカが皇帝を目指す理由である『ヌタ族』は、氷を操る何者かに襲われ、現在機能する力を失っているのだ。被害者の検分は不可能で、生死の程までははっきりとしていないが、何にせよテトリカにとっては重大事項のはずである。
だというのに、被害の件はフィオネの口からいっさい共有されていない。はなから彼は情報を調整し、テトリカを操作するつもりでいるのだろう。
そのくせ、部族差別を受けてきたテトリカを刺激するように、わざわざ『対等』という言葉を使って話を進めているのだから、吐き気を催しそうになる男であった。
どうして戦争屋の面々は、こんな男に従っているのだろうか。セレーネが睨みつけていると、フィオネは瞑目して息を吐いた。
「正直に言って付き合いやすいのよ。目的が他人基準で、決め事を守って、感情がはっきりしてる人間って。他の候補者……クァルターナ出身の連中は逆でしょう? 自分本位で欺瞞に満ちていて、血が通っていない。あまり信用はできないわ」
「……それには、概ね同意するが。私が何か、決め事を守ったか?」
「あら。忘れたの? 貴方を護衛させる代わりに、ギルたちをクァルターナに案内するって約束。守ってくれたんでしょう? 悪いけど、貴方のことはいろいろ聞いてるのよ。いい所も悪い所も。候補者の中じゃ比較的信頼してるのよ」
「……」
テトリカに見えないように、ギルが苦いものを吐く真似をした。セレーネもテーブルから顔をそむけ、事情を知らないレムだけが静かに動向を見守っている。
「どうかしら? 答えを出すのに時間が欲しいなら、2日くらい待ってあげてもいいけれど」
「――いや、いい」
テトリカは小さく首を振った。机上に置いた拳を握りしめ、フィオネの紫紺の瞳を見据える。
「わかった。細かい契約内容は、きっちり話し合った上で決めさせてもらうが……ひとまず、お前たちの協力を受け入れよう。よろしく頼む」
それからテトリカたちは、ジュリオットたち歓談組も交えて、およそ半月後の『皇帝選議』に向け打ち合わせを行った。
「まず、参加するメンバーはテトリカとアタシ、ギル・ペレット・セレーネ・レム・ジャックの7人ね」
「……お前に任せると言ったのは私だが。一応聞かせてもらおうか。何故、その6人を私の支援者に選んだんだ?」
「ギルは貴方の身代わり。ジャックは長短こなせる高火力の攻撃要員。そして機動力のペレットと、他所から情報を盗んで無力化するセレーネ。経験枠のレムと、知識枠のアタシって感じね。試合内外で襲われても対応できる人選よ」
「経験枠ってぇ……俺だけ雑じゃあねえかぃ」
「賢さを競うゲームなのに、知識枠フィオネさんだけでいいんスか? あんた、いわゆる文系ってやつでしょう。誰かとジュリさんを交換したほうがいいと思うんスけど」
「情報戦で優位に立ちたいなら、私だけじゃなくマオラオ=シェイチェンも入れるべきでしょう。敵に近づかなくても情報が手に入るし、火力も申し分ないし。レム=グリズリーか、ジャック=リップハートと入れ替えるべきじゃないかしら」
フィオネの発表に、各々が異議を唱える。一方、選ばれなかったフラムとミレーユは安堵の息をこぼし、ギルはご機嫌になったジャックに突進されて転倒、パインジュースをぶち撒けていた。
喧々諤々と賑わう食卓に、フィオネは笑みを深め、人差し指をピンと立てた。
「じゃあ、順番に説明していくわね。まず、ジュリオットを選ばなかったのは、南西語話者の人数の都合よ。この中で南西語がわかるのは、テトリカ・アタシ・ジュリオット・マオラオの4人。最低でも半数は不参加にしないと、不参加組の行動が大きく制限されるのよ」
フィオネは続けて中指を立てる。ずぶ濡れで起き上がったギルが、『ピースするフィオネ怖……』と呟いた。
「マオラオを選ばなかったのは、この南西語話者の都合に加えて、セレーネの言った通り『近づかなくても情報が手に入る』からよ。会場外にいても力が発揮できるから、外から監視してもらって、ゲームが終了するごとに成果を聞きにいこうと思ってるわ」
すると、マオラオは腕を組んで渋い顔をする。
「うーん……監視すんのはええんやけどさぁ。そもそも『皇帝選議』中って外のやつと面会できんのか? 出来るんなら、支援者は6人までってルールの意味がなくならへん?」
「そうね。堂々とはできないでしょうから、追って抜け穴を探す必要があるけれど……おそらく、マオラオの言ったそれに絶対的な力はない……というか、掻い潜られるのが前提のルールだと思うの」
「なんで?」
「たとえば昼間の件。『皇帝候補』の張り紙を利用して、パトロンの募集が行われてたで……あぁ、貴方は記憶を譲渡したんだったわね。行われてたのよ。あれは見ようによってはルール違反だけど、候補者たちはこぞってやっていた。つまり……」
「『支援者は6人まで』という文言には、ゲームそのものに出場する人数を制限する力しかないと? 屁理屈じゃないか。公的な行事のやることとは思えないな」
聞き捨てならない、と言った面持ちで、テトリカが会話に割り込んでくる。フィオネは頷いた。
「そうね。うすうす感じていたけれど、貴方みたいは正直者は馬鹿を見るわよ、この『皇帝選議』。まぁ、そういうことだから。マオラオ、貴方はアタシたちにとっての屁理屈よ。いいわね」
「はあ。わかったけど、なんか釈然とせえへんなその肩書き……」
マオラオが目を細める。それを最後に、賑やかに踊っていたテーブルが静かになった。誰も異論を口にしない。ひとまず皆、フィオネの人選に納得したということなのだろう。
さて、と話題を切り替えようとするフィオネ。そのとき、思い切った様子のミレーユが割って入った。
「あ、あの……シャロさんは、『皇帝選議』はどうするんですか……?」
――シャロ。花都シグレミヤに5日間滞在したのち、ペレットの迎えで合流することになっている、戦争屋の一員。
フィオネの話からは存在が抹消されていたが、『皇帝選議』の前には約束の6日目を迎えることになる。となれば必然、彼の処遇も考える必要があった。
「……そうね。彼にも会場の外にいてもらうわ」
「あぁ、よかった……」
ほっと肩を下ろすミレーユ。彼女を見つめるフィオネの目が、複雑そうに澱んでいるのを、ギルは頬杖をつきながら眺めていた。
*
「いろいろ話してもらいてェことがある」
フィオネを呼び出したギルは、屋上レストランの胸壁にもたれてそう言った。白亜の街から吹き上げる風に、薄い金色の髪を遊ばせて、フィオネは興味深そうに腕を組む。
「いいわ。何から聞きたい?」
「脱獄後から、俺の手紙を受け取るまでのことだ。何があった? シャロもノートンもノエルもいねェし、脱退したはずのマオラオと、氷漬けだったジュリさんが普通にいる。セレーネもやたら協力的だ。だからどう、ってわけじゃないが……説明はするべきだろ」
「……そういえば、貴方たちの認識はそこで止まってるんだったわね。わかった、置いてけぼりにしてごめんなさい。今後はゆっくり話せる時間もないでしょうし、この辺ですべて話しておきましょうか」
フィオネは、シグレミヤでの5日間のことを話した。
マオラオは、鬼族特有の『食人癖』を理由に脱退したこと。ギルたちと別行動になった後、ペレットが病に倒れたこと。『血霧』という現象によって、フィオネたちはしばらくシグレミヤ近海から出られなかったこと。
シグレミヤに上陸し、現地の警察に協力を求めたこと。警察と共に、ヘヴンズゲートに襲われたこと。ヘヴンズゲートの目的は、先に上陸していたマオラオと結婚予定の、シグレミヤ第一王女の殺害だったこと。
「結婚ンン? あのマオラオがァ?」
「血筋の都合だけで選ばれたらしいわ。実際、マオラオと王女はかなり険悪だったみたいよ」
それから、現地の協力者によってジュリオットが氷から救出され、病気のペレットを回復できたこと。それがきっかけで、セレーネと明確な協力関係を結んだこと。交戦の末、第一王女は死亡。ヘヴンズゲートも壊滅したこと。
「唯一イツメって人が生きてたみたいだけど、どこに行ったかわからないのよね」
そして婚約が破棄になったマオラオは、鬼族の誇りである『ツノ』をシャロに斬り落としてもらい、食人癖から解放されたこと。フィオネとの契約を結び直し、戦争屋に再加入したこと。
ノートンは故郷の復興のため、ノエルは警察のもとで特訓するためにシグレミヤに残ったこと。シャロは、シグレミヤに地縛する『マオラオらしき幽霊』と対話するために、5日間だけ滞在を決めたこと。
「マオラオらしき幽霊……?」
「シャロの証言しか情報がないから、そういう不確定な呼び方をしているんだけど。どうにも、マオラオの姿をした幽霊がいるらしいの。会話は不可能なんだけど、アタシたちを知ってる様子だったから、言葉を教えて情報を聞き出してみるってシャロが」
「5日で喋れるようになんのか? つか、生きてるほうのマオラオはどう思ってんだ、それ……」
「さあ。流石にアタシも聞きにくくて、聞いてないのよね。……まぁ、そんな流れがあって、『戦争屋』とシグレミヤはいま同盟を結んでるの。……ここまで言えばわかるかしら?」
ギルの隣にやってくると、フィオネは組んだ腕を胸壁に置いて、クァルターナの街を見下ろした。
通りに並んだ白い建物が、夜店のランプを幾重にも跳ね返し、宝箱を開けたような眩しさを放っている。
フィオネの紫紺の瞳が、オレンジの輝きを取り込んで、夕暮れの空のような色合いを見せた。
「今、ヘヴンズゲートの管轄にあるのが大北と中央全土。これはセレーネにも聞いた情報よ。対して、アタシたちと協力関係にあるのが、東の……一応、オルレアス王国1つと大西全土。あと残ってるのは、東の余りとここ『大南大陸』……」
「だから、取られる前に取ってやろうってのが、テメェがやけに急いでる理由か」
「そうだけど……急いでるように見えたかしら」
「急いでるだろ。勝ち馬を見極めもしねェで、テトリカの支援を選んだんだ。気づいてるとは思うが、アイツはたぶん皇帝の器じゃないだろ。性格的にも……能力的にも。ちょうど、少数民族の族長くらいがアイツに出来る限界だ」
「……そうね。彼は、1人で歩けるタイプの皇帝じゃないわ。けど、不足を自覚できるだけの頭はある。高いプライドを抱く一方で、他人に助けを求めるという素直さと判断力もある」
フィオネは身を翻すと、遠くの席のテトリカを見た。
いったい何歳だと思っているのか、平気で飲酒を行うマオラオに、くどくど怒っている様子が見える。なお、テトリカの想像よりは年上だが、マオラオは16歳であり、どこの国基準でも飲酒を禁止されているので、彼は怒られるべきだった。
「アタシは、ああいうタイプの人間が好きよ。いろんな意味で」
「……しばらく、夜の間は鍵を閉めとくように言っておくか」
「意味深長にしないでちょうだい」
*
夕食後。ギルたちは、クァルターナで最も栄える地区――は物価が高いので、隣の地区に建つホテルに宿泊することになった。
取った部屋は全部で5つ。数少ない女子である、ミレーユとセレーネは問答無用で同部屋だ。他は『テトリカ・マオラオ』『ギル・ジャック・ジュリオット』『フィオネ・レム』『ペレット・フラム』という部屋割りになった。
これを決めたのはテトリカであり、部屋割りの理由は『外部からの奇襲を想定した戦力の均等化』ということになっていた。が、これには助言をしたフィオネの思惑が、テトリカに気づかれないように、しかしたっぷりと含まれていた。
たとえば、同じ陣営であるジャックとレムが引き離されていること。ジャックと同じ部屋にされているのが、現状彼が好意的に思っているギルとジュリオットであること。
協力者の中では最も戦争屋から独立した考えを持つレムが、全体を指揮するフィオネと同じ部屋にされていること――。
無意識的に。あるいは意識的に、戦争屋から独立した行動がとれないように仕組まれていた。
また、監視能力を持つマオラオが、テトリカと同じ部屋にされていることも重要だった。
別の部屋にすると、『自分は今見られているかもしれない』という懸念が常に発生し、始めたばかりの協力関係に不和が生まれるだろう、というのが表向きの理由だったが――。
「……」
全面石造りという、シグレミヤでは見られない様式の一室。ベッドに横たわるマオラオは、目を瞑って眠るふりをしながら『監視者』で様子をうかがっていた。
対象は、机に向かって書き物をするテトリカだ。時折マオラオを盗み見てくるが、眠っていると判断するのか、すぐに手元に向き直っていた。
レストランでの会議中に、マオラオの監視能力については散々共有されており、それがテトリカの警戒する理由なのだろうが――まさか、目を閉じていても『監視者』が使えるとは、思ってもいないようだった。
その誤認を利用して、テトリカの動向を監視する、というのが、彼と同部屋に割り当てられたマオラオの秘匿ミッションだったのだが――。
「……?」
テトリカが机上に広げた、2冊の本にマオラオは困惑する。
片方は誰かの手記のようだった。乱雑な筆記で、見たこともない字が羅列されている。もう片方は真新しいノートのようで、生真面目さを感じさせる筆遣いで、テトリカが南西語を書き込んでいた。読んでみたところ、どうやら手記の文字を解読しているらしい。
これは、フィオネに報告すべきなのだろうか?
マオラオからすれば特異な行動ではあるが、戦争屋との協力関係に影響を与えるものには思えない。ここが水都クァルターナだから尚更だ。ここには研究者志向の人間が多く住むと聞く。テトリカにとっては、日課のようなものかもしれない。
――しばらく様子見にしておこう。そう決めて、マオラオは今度こそ眠りに落ちた。




