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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第7章

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第185話『焼いて塩かけたらいけるって』

 20分後。うねり、踊り、水飛沫を上げ、乱闘の痕跡を残して凍った海に、ペレットとマオラオは立っていた。

 南の海の急激な温度変化によるものか、彼らの上空にはうっすらと雨雲が泳いでいる。数分もすれば雷雨に見舞われるだろう、とはフィオネが話した予想だった。


 あまり悠長にはしていられない。ペレットは合図をするように隣人と視線をかわすと、『空間操作』で一瞬のうちに上空へと移動した。

 同時、振り上げたかかとを叩きつけて、マオラオが足場の氷を玉砕。冷たく硬い身体にヒビを入れると、すぐさま立ち退いて別の箇所を殴りつけた。


 それを繰り返し、巨大な氷のプレートが鱗雲のようにまばらになったころ。マオラオは、船上からセレーネが飛ばしてきた縄――ヘヴンズゲートに回収された(むち)の代わりに使用――に掴まって退却。

 船が引き上げていくと、今度は上空のペレットが指揮者のように片手を掲げた。


 瞬間、ペレットの周りに出現したのは、20個ほどの爆弾だった。

 ペレットは彼らを、手を振り下ろす動作とともに氷の鱗雲へ落とす。静寂が海を支配して数瞬、強い衝撃を受けた爆弾が、各地で連鎖的に爆発を起こした。


「見ていて気持ちがいいわね」


 氷のプレートが砕けていく様を、遠方に停泊させた船から見ていたフィオネは、それでも届く爆風に髪をなびかせながらそう評した。


 いっぽう隣に立つセレーネは、思い詰めた顔で海を睨んでいた。


 彼女にとってペレットたちは、1つ年下の少年だ。その事実は、ここ数日の間にした会話からわかっていた。

 しかし火力という点において、彼女はペレットたちに大きく遅れをとっている。よりにもよって年下との、どうしようもない力量の差に感じるものがあるのだろう。悔しさなのか、虚しさなのか、それ以外なのかはわからないが。


「……」


 その様子を視界端に認めながら、フィオネはセレーネに声をかけなかった。配慮からではない。事実、セレーネは一生をかけても2人との力の差を埋められない。慰めも激励も、意味をなさないとわかっていたからだった。


「あの威力だと、下にいるタコと船も粉々になったのでは……?」


 爆風でずれた眼鏡を直しつつ、じとりと目を細めるのはジュリオットだ。彼は憐れみの色もなく、単調な声音で『かわいそうに』と付け加えた。


 こうして障害物を取り除き、オルレアスに帰還する処理班員と別れたフィオネたちは、呪いの蔓延(はびこ)る魔境・大南大陸へと降り立った。


 この頃にはフィオネの予想通り、天候は雷雨に変わっていた。轟音が鳴り響き、雨の降りしきる林を抜けて、一行は小規模の集落に辿り着く。


 そこに広がっていた光景に、先頭を歩いていたマオラオがつぶやいた。


「集落が……まるごと、氷に……」


 林の中にぽっかりと出来た、簡素な家がまばらに建つ集落。それが、一面氷漬けになっていたのである。住民たちもその例外ではないようで、軽く辺りを見回すだけでも5、6体の氷の彫像が確認できた。


 どうやら海を凍らせた犯人は、この集落でも力を振るったらしい。容赦のない仕打ちにほー、と感嘆の息をつき、マオラオは『監視者』を発動した。


「……ひとまず、この辺に凍ってない人間はおらんな。犯人は先に進んだんかもしれん。よかったなージュリさん? まだまだ凍らずに済みそうで」


 マオラオが口端を上げて振り返ると、後続のジュリオットは雨で濡れた顔をしかめた。


「どうして『私が』凍る前提なんです。凍らされるかもしれないのは、貴方たちも同じでしょう? そもそも、この事件の犯人が私を凍らせた人物と同一か……人かどうかさえわかっていないのに。そうやって縁起の悪いことばかり言う」


「十中八九おなじ人やと思うけどな。少なくともヘヴンズゲートは関わっとるやろ。この近くで船が沈没してたんやし」


「うっ、それは……はあ。出来ればもう、2度と凍りたくないんですが……」


「安心しなさいジュリオット。今度のアタシたちはスーァンと知り合ってるわ。ペレットがいるから、すぐにシグレミヤに戻れるし。いつでも凍っていいわよ」


「そうですが、そうじゃないんですよ。起き抜けに『お前が凍ってる間、アレとコレとソレが起きたから、お前は今すぐこうしてくれ』って言われる気持ち、わかりますか? わからないでしょう。あれ、ゾッとするしイライラするんですよ」


 はぁ、とジュリオットは嘆息し、しなだれかかる枝葉を持ち上げて、氷の集落を見据える。


「……とにかく、集落の機能が停止しているのなら好都合です。軽く調査と物色をしましょう。今の私たちには、圧倒的に情報と資源が足りませんから。マオラオくんは私と一緒に、被害者の調査をしてください」


「はあい」





 現場の調査と物資の収集――2つのチームに分かれた2時間後。ひとしきり雷雨を起こした暗雲が解散し、朝日が氷の集落をきらめかせるころ、5人は集落の中心に作られた、大きな焚き火跡のそばに集まった。


「凍っていた人たち――集落の住民と思しき被害者は、そのほとんどが未成年と思われる子供と、推定60代以上の年配の方でした」


 話の口火を切ったのは、マオラオと氷の彫像を検分したジュリオットだ。


「中間の年齢はわずかにいましたが、顔全体に火傷のある女性と、過去に骨折した(あと)が見られる男性が1人ずつ。おそらく、容姿や能力に問題のある若者はここに残って、ほかは殺されているか、どこかに連れ去られているのでしょう」


「だとしたら、たぶん後者が正解ね。でも、今回の襲撃とはまた別件」


 紫の双眸に知的な光を乗せて、フィオネが軽く集落を見回す。


「すべての家の洗濯物を見てきたのだけど、アタシやジュリオットが着られるようなサイズの服が極端に少なかったから……きっと、今回の件とは別の理由で、集落の大人はここを離れているわ」


「いやぁ……大人ン中でも割とデカいほうやからな? あんさんら。あんま自分たち基準で考えへんほうがええと思うけど……」


 コンプレックスにやや目を細めて、マオラオが大人2人を交互に見る。


「でも、拉致(らち)はあまり現実的ではないんじゃない? フィオネ=プレアヴィール。どこに連れ去るのかわからないけれど、砂漠にも海にも呪獣がいるんでしょう? とても人を運べる環境じゃない。殺された可能性のほうが高いと思うけど」


「そうね。セレーネの意見も一理あるわ。でも、拉致した人物に『危険を犯してでも運びたい理由』があったとしたら? 話は変わるんじゃないかしら」


「……どういうことかしら」


 不審そうな、貫くようなセレーネの視線に、フィオネは滔々(とうとう)と語り出す。内容をまとめるとこうだった。


 これから自分たちが向かう場所――水都クァルターナは、より『賢い』とされる人物が権力を握る国だ。

 その独特の基準において、最先端の教育を受ける機会のない、クァルターナから遠く離れた自然に生きる民族は、愚者として最も低い身分に位置付けられている。


 またクァルターナの国民たちには、身分が上であればあるほど――つまり、より『賢い』と認められた者ほど、肉体労働を嫌う傾向がある。


 しかし国家を運営する上で、ある程度の人数による肉体労働は欠かせない。

 故にみな、その役割をより身分の低い者に押し付けて、最終的に国外の民族へとお鉢を回し、大掛かりな移動になろうとも、労働力として拉致(らち)している――


「そんな可能性はあると思うわ。拉致問題はともかく、クァルターナの階級制は世界でも有名だし」


「ふーん……? なんや、シグレミヤとちょっと似とんな? 『より賢いやつが権力者』って。まぁ、うちは腕の強さが基準やったし、社会全体の物差しやなくて、こう、権力者同士でさらに優劣つけるための基準やったけど」


「そうね。他の国と交流しない、閉鎖的な国だとそうなりやすいのかもしれないわ。……どう? ひとまず、アタシの意見にも納得してくれたかしら」


「……ええ、一応。……話の腰を折ってしまったわね、ごめんなさい。続きをどうぞ、ジュリオット=ロミュルダー」


「はい。今後も、気がかりなことがあったら尋ねてください。それで――」


 ジュリオットは報告を続ける。


 被害者のうち、10代後半や60代前半と推定された、比較的戦えそうな男性たちは、集落の入口側に固まって凍結。生死は不明。

 それ以外の住民は、出入り口を氷で覆われた住宅の中におり、マオラオの腕力で押し入ったところ、霜が降りた部屋で低体温症により死亡していた。


 以上のことから、犯人が訪れてからの数分間、住民たちには戦いの準備をしたり屋内に隠れたりする時間があったこと。

 集落が凍らされてから半日以上、屋内の人間は生きていた可能性があること――つまり、襲撃はここ1日から2日の出来事であったこと。


「この2つが判明しました。ただ、犯人が集落を襲った理由までは……」


 ジュリオットが肩をすくめると、下唇に指を添えていたフィオネが『そうね』と引き継いだ。


「そもそも、最初から集落を襲う気でいたのか……交渉の決裂や、集落側の先制攻撃がきっかけで気が変わったのか……」


「うーん……せや、あれは? セレーネさんの能力。記憶を見られるやつは使わんかったんか?」


「もちろん使おうとしたわよ。ジュリオット=ロミュルダーの前例から、氷の中の人間はまだ生きていると仮定して。事件当時の記憶を読み取ろうと思った。けど、それをするのに頭を覆ってる氷が邪魔で……」


「湿気がひどくて火を起こせなかったんで、邪魔な氷をその、ナイフをノミみたいにして削ろうと思ったんスよ。そうしたら脳にまでヒビが入っちゃって」


「その後も何回か試したんだけど、無理だったわ、ごめんなさい」


 あっけらかんと言って、ある方向を指さすセレーネ。そこには氷の彫像が山積みになっており、彼らは一様に頭を砕かれていた。

 完全に砕け散った者もいれば、頭の一部が欠け落ちている者もおり、なんだか大変な光景になっている。流石のマオラオもこれには同情した。


「カワイソ……」





 それから5人は、フィオネたち収集チームが集めた物資を確認した。


 物資の内容は主に、武器と薬草と食料の3つだった。

 武器――ナイフや槍、剣の類はペレットが召喚するためのストックに。薬草はジュリオットによる分別の上、すぐに使えそうなものは加工して持ち歩くことに。食料はマオラオとセレーネが、本日の昼食として調理することになった。


「――はい、お待ちどうさん」


「あぁ、ありがとうございます。……それは?」


 凍った地面に膝をつき、薬草をすり潰していたジュリオットは、香ばしい匂いをまとってやってきたマオラオに目を瞬かせた。マオラオが持つ木の皿には、野菜や卵を挟んだタコスのような料理が2つ並べられていた。


「これ? ようわからん卵とアボカド的なやつと、おそらくレタスを伸ばして焼いた小麦粉で挟んだもんや。タコスもどきって呼んどる」


「なんですか、その掴みどころのないメニューは……」


「いや、ほんまにパチモンみたいな具材しかなかってん。呪いのせいで異常発達しとるとかなんとか……けど、ほかに食えそうなもんもあらへんし。味見した感じは悪くなかったし……そっちはそっちで何してるん? えらい匂いやな」


「あぁ、保湿用のジェルを作ってるんです。クァルターナは乾燥がひどいようですから、なるべく体内の水分を溜めておけるようにと思って。……あ、私いま手がヌルヌルしているので、そちらは後でいただきます。そこに置いておいて……」


「ダメー。せっかく焼き立てやねんから。ほら、口開ける」


「んぐっ!?」


 タコスもどきを押し込まれ、獣のような悲鳴を上げるジュリオット。植物のエキスまみれの手では抵抗が出来ず、えずきそうになりながらなんとか咀嚼(そしゃく)する。


「もぐっ、むぐ、んぐ……はぁ、何をするんですか!」


「いや、あんさんいっつもそうやって後回しにして、冷めた料理食ってるやろ? たまには出来立て食わせたろと思って。ほら、意外と味はまともやない?」


 マオラオはけらけらと笑って、ジュリオットの隣にあぐらをかく。もう1つのタコスもどきを手に取ると、直前の行為が嘘のように丁寧に、ひと口ずつ頬張っていった。


「ん〜、うま! 未知の食材で作ったにしては上出来やんな。けど、これから先はどうすんねや?」


 唇についたフルーツソースを舐め取り、マオラオは気管の辺りを叩いていたジュリオットに視線を投げかける。


「まさか、移動しながら呪獣を狩って食い繋ぐんちゃうやろな」


「――もちろん違うわよ」


 やってきたのはフィオネだった。彼は凍った地面の上に、一体どこからむしってきたのか、大きな葉っぱをレジャーシートのように敷くと、その上に腰を下ろした。手には湯気を上げるタコスもどきがある。


「違う? じゃあどうするん」


「クァルターナへはペレットの『空間操作』で行くわ」


「えっ?」


 毅然(きぜん)としたフィオネの回答に、マオラオはかえって困惑した。


 あくまで本人の解釈を聞いただけに過ぎないが、『空間操作』は確か、ペレットが過去に訪れた場所にしか飛べないはずだ。

 そしてクァルターナは、出入りが非常に困難な土地である。まさかペレットが既に訪れているはずもないので、完全に自分たちの足で向かうのだと思っていたのだが――。


「……え、本気で言うてんの?」


 マオラオが尋ねると、フィオネは考えるように瞑目(めいもく)した。


「いえ、確かに断言するにはまだ早かったわね。でも、そのつもり。あくまでこれは、アタシの現時点の予想なんだけど……多分、ペレットは過去に訪れた場所以外にも――というか。この世界に、彼の行けない場所はないわ」

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