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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第6章 寂寥の赤鬼 編

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番外編『マオラオ=シェイチェン生存録』②

 それから7日ほど経って、マオラオは暁月山にあるという学校に向かった。そして新しい学校とは思えないほど古びた校舎を目にし、【なんか……】と口籠った。


【思ってたより古いな】


【はは。元々あった学校の旧校舎を利用してるだけだからな。本格的に学校として運営することが決まったら、修繕も始まると思うよ。それまで我慢してほしい】


 そう言ったのは、マオラオの推薦者となったトンツィだった。あの後彼がシェイチェン家に掛け合ったところ、なんとすぐに通学の許可が降りたらしく、今日までいくつかの手続きをマオラオと一緒に進めてくれたのだが。


【どうせあっちは厄介払いできたとか思ってんねやろな……】


 まぁ、こっちもこっちで清々しているのだが。マオラオは息をついて、校舎入り口の引き戸を引いた。瞬間、


【ワァーーーーッ!!】


【ワァァァーーーーーーーッッッ!?!?】


 正面から誰かに叫ばれて、マオラオは絶叫する。何事かと見ると、昇降口を上がったすぐそこに、犯人と思しき両耳を押さえた女子がいた。


 年齢は12、3歳くらいだろうか。長い灰銀の髪を後頭部で1つ結びにし、すらりとした身体に藤色の着物をまとわせている。おそるおそる開けられた目は左右で色が違っていて、同時に向けられたピンクと紫の瞳にマオラオは一瞬呆然とした。


 と思うと、


【ちっちゃい……子供であります……?】


【やかましいわ】


【は、ハナマルさんからはどっちも10歳、年上が来るって聞いたであります! トンツィ先輩、これはどういうことでありますか……!?】


 後から入ってきたトンツィに、説明を求める少女。

 彼女がトンツィを知っていると知ってマオラオは驚くが、そういえば今回の推薦者の中にはトンツィと同じ、『天満組』の隊士がいるのだったと思い出す。確か、その隊士は天満組の育てる孤児の1人を推薦したらしい。

 彼女がその孤児なのであれば、トンツィを知っていることにも納得がいった。初対面で小さな子供扱いされたことには納得していないが。


【あぁ。この子はメイユイより年上だよ。ハナマルにも聞いてみるといい】


 トンツィはぴしゃりと引き戸を閉めてそう言い、慣れたように靴を履き替えた。そういえば彼も一時期学校に通っていたのだったか。いったいどこの学校に通っていたのだろう。ぼんやりと考えながら、マオラオも(なら)って靴を履き替える。


 マオラオと少女――メイユイの教室は、どうやら校舎に5つ並んでいる中で最も昇降口に近い部屋らしかった。中を覗いてみると、女性と少年の姿が見えた。微妙な距離感からおそらく女性はメイユイの推薦者で、少年は生徒の1人なのだろう。


 まだマオラオの年齢詐称を疑っているらしいメイユイが、トンツィに言われた通り【ハナマルさんー】と女性を呼ぶのに続いて、マオラオとトンツィも教室の中に入った。少年と何かを話していた女性が、名前を呼ばれてこちらを振り向く。


【ん! トンツィたちも来たんか。お疲れさん。君がマオラオくんか!】


【あっ、ええと、はい】


【はじめまして、飴ちゃんいる? りんご、桃、いちご、レモン、黒糖……なんでもあんで】


【……じゃあ、りんごください】


【わかった!】


 ハナマルは袂に手を突っ込み、包み紙に包まれた飴をいくつか鷲掴みにする。そして中からりんごの飴を摘み上げると、マオラオに【ほい!】と手渡した。


【あ、ありがとうございます……?】


【ん、トンツィも飴ちゃんいる? いるやんな、トンツィ桃の飴ちゃん好きやろ、はい】


【す、好きなんて言ってたか……? 確かに嫌いじゃないが】


【言ってないけど、言ってた気ぃするからあげる! 桃がやたら余ってたわけちゃうからな】


【余ってたんだな】


 トンツィは苦笑いをしながら、ハナマルから飴を受け取る。


 彼らの並ぶ姿を見ていると、到底19歳には思えないな、とマオラオは思った。


 トンツィの体格もそうだが、ハナマルの抜群のプロポーションには10代らしからぬ色香がある。側から見た2人は逞しい色男と華やかな美女――お似合いの男女にしか映らず、聞いているようなただの同期には思えなかった。


 そしてその思いは、マオラオだけのものではないらしかった。


【あれ……どう思いますか? トンツィ先輩とハナマルさん。あれで付き合ってないなんて、おかしいと思いませんか?】


【まぁ、絵になる2人やとは思うけど】


【でしょう!? 私もそう思って、この前ハナマルさんに言ったんでありますよ。トンツィ先輩とはお付き合いなさらないんですかって。そうしたら大笑いしたあと、ニヤニヤ笑って『今唾つけてる最中やねん、内緒にしとき』って】


【唾を、つける……? トンツィ、いじめられとんのか】


【うーん、ハナマルさんに限ってそんなことないと思いますが……】


 と、2人で頭を悩ませていたそのとき。遠くの部屋から、引き戸を引く音がした。マオラオとメイユイは顔を見合わせる。


【あぁ、そろそろ時間でありますね。マオ……ラオ……? 先輩はどっちの席がいいでありますか? 私は景色が見たいので窓側がいいであります】


【先輩はおかしないか? 年上かもしれへんけど、同学年やで】


【先輩って言わないと、年上なことをつい忘れて、母性に目覚めそうになるんでありますが】


【死んでも先輩って呼んでくれ。で……】


 マオラオは教室を見る。黒板の前に3つ席が並んでいて、1番廊下側の席が少年によって使われている。それでメイユイが窓側を選ぶとなると、必然的に、


【オレ真ん中か……】


 マオラオは息をつき、廊下側に座る少年を見る。

 先程から微動だにせず座っている少年。その後ろ姿からは誰とも関わりたくないという牽制のオーラが感じ取れる。多分、ちょっと面倒臭いやつだ。


 メイユイもメイユイで変な喋り方をするし、初対面で驚かせてこようとする厄介な女子だが、トンツィという共通の話題を持っており、話はそこそこ通じ、なるべくマオラオを年上扱いしようとしてくれている。

 彼女を少年との間に挟めれば、どれだけよかったことか。


【まぁ、嫌でも関わることになるんやろし……】


 マオラオが言い聞かせていると、この教室の引き戸が開かれた。パッと全員が目を向けると、出入り口に大きな箱を抱えてつっかえている男性がいた。


「あ、あれ? 入らないですね。困ったなー……」


【なんか喋っとる……?】


【縦向きにすれば入るでありますよー!】


「ハッ……! 【あ、ほんとだ入った】」


 抱えていた木箱を縦向きにし、よろよろと歩きながら入ってくる男性。若草色の着物の袖を揺らす彼は、【ふぬぬぬぬぬ……】と唸りながら教壇に上がると、教卓に叩きつけるように木箱を置いた。


【ぜぇ、ぜぇ……ふぅ。お見苦しいところを、お見せ……ちょっと待ってください】


 へなへなと座り込む男性。彼は何度か深呼吸をすると、教卓に掴まりながらぷるぷると立ち上がった。


 若い男だった。適当に切ったのだろう、毛先が折れ線を描いている暗めの茶髪を鼻まで無造作に伸ばしている。眼鏡のレンズは瓶底のように分厚かった。

 身長は170センチくらいだろうか。身体は病気の1歩手前というくらい細く、前髪の隙間や着物の袖から稀に覗く肌は青白い。


 全体的に陰気な雰囲気だったが、瓶底メガネの奥に覗く、着物と同じ若草色の目だけは輝いていて、それが妙にこちらに目を惹くのであった。


 息をついた男性は、教卓に寄りかかるのをやめ、ズレた眼鏡を掛け直す。


【お待たせしました。私は1年間、貴方たちに勉強をお教えするケイです】





 ケイ。そう名乗った青年は、自分のことを話し始めた。

 元は学者なので、最初は教えるのが下手かもしれないこと。トンツィの紹介で、今回の孤児救済プロジェクトに参加させてもらったこと。20代であること。結婚はしていないこと。力仕事は手伝ってくれると嬉しいこと。


 それらを話すと、今度は質問の時間が始まった。その頃にはトンツィとハナマルは『任務がある』と言っていなくなっていて、歯止めの効かなくなったメイユイがもう何度目かの挙手をする。


【ケイ先生は何の研究をされていたのでありますか?】


【私の研究分野は歴史です。資料がなかったり不完全だったりして、真実がわかっていない歴史的事象を調べるのが私の仕事でした。最近までは、『無の世界』についても調べていました。残念ながら、研究は破綻に終わってしまいましたが……】


【『無の世界』ってなんでありますか?】


【話すと長くなるのですが……実は、この世界は絶え間なく回転する球体である、と考えられていまして】


 ケイは白いチョークを取り、黒板に歪な縁を描いた。


【そのとき、現在分かっている国々を、太陽との位置関係などから分析して、花都シグレミヤは球体のここに位置する、別の国は球体のここに位置する……と当てはめたとき】


 ケイは白い円の上半分に、バツ印を3つほど描き込んだ。そして円を真っ二つにするように、長い横線を引く。何も描かれていない下半分を、斜線で塗り潰した。


【球体の半分がまっさらになるんです。このことから、この世界にはまだ私たちの知らない海が、大陸があると考えられているんです。私たちはその場所を『無の世界』と呼び、常日頃その場所への行き方を考えていました】


【……船に乗って、ずっと南に進んだら辿り着くんじゃ?】


【それが、ダメなんです。いくら南に進もうとしても、この球体の境界線を越えた瞬間、私たちはスタート地点に戻ってきてしまう。……現状、正攻法で『無の世界』に行くことは叶っていません。とくしゅ……妖力を使った方法でも不可能でした。無論、この世界にはたくさんの妖力使いがいます。まだまだ思いつく方法はありましたが、その前に学者をやめなければならなくて……】


【どうしてやめたのでありますか?】


【恥ずかしながら、お金が底を尽きてしまったんです。ですから、こうしてお金稼ぎを……】


 目を逸らしながら、人差し指と人差し指をちょんちょん、と突き合わせるケイ。彼の事情はわかったが、まさかトンツィの知り合いに学者がいたとは。接点はなさそうだが、いったいどこで知り合ったのだろう。

 不思議に思っていると、ふとケイの目がマオラオを捉えた。ケイは一瞬微笑んですぐ、これから行う授業の内容についての説明に入る。


 ――今のは、なんだったのだろう。マオラオは引っかかったが、ケイの話を聞いているうちにその引っかかりのことも忘れてしまった。





 開校1日目だから、という理由で、今日は自己紹介と諸連絡を聞くだけで放課となった。

 さて今日も暁月大社にこもろうか、と考えながらマオラオが席を立つと、メイユイの大声がケイの去った教室に響き渡った。


【お菓子が……好きじゃない!?】


【……】


 あんぐりと口を開けるメイユイの前、うるさそうに顔をしかめるのは3人目の生徒の少年だった。名前は確かユンファと言ったか。

 彼は居住している孤児院の院長に推薦され、この学校に通うことになったらしい。――院長は事情があるとかで今日は姿を現さなかったが。


 肩まで伸びた細やかな黒髪と、透き通るような白い肌。冷め切った青の瞳が特徴的な、人形みたいに精巧な容姿。初めて見たときは女性かと思い目を奪われかけたが、その実極度の面倒臭がりであることが既に判明しており、


【あ、アレルギーか何かでありましたか!? それなら失礼しました、お団子じゃなくて氷菓にしましょう! 秋のかき氷もなかなか……】


【失礼します】


 切実にお菓子のよさを訴えるメイユイを振り切り、言葉少なに教室を去っていくユンファ。まるで彼女と話す時間が無駄であると言わんばかりの淡々とした足取りに、メイユイは少なからずショックを受けたようだった。


 彼女はわなわなと震え、マオラオの方を振り向く。


【ま……マオラオせんぱぁい……】


【なんや】


【これから……お団子屋さんに行きませんか、ってお誘いしたら……お菓子は好きじゃないって……あの人どうかしてるであります……!】


【あんさんも大概ひどいな】


【マオラオ先輩は来てくれますよね!? ひひ、必要とあらば私が奢らせていただくであります! ですから、一緒に金治屋に行きましょぉぉぉぉぉ〜……!】


 逃がさない、と言わんばかりにマオラオの袖を掴むメイユイ。身を切る覚悟までする必死さに、マオラオは困惑しながら袖を奪い取り、


【な、なんでそこまでして行きたいん……?】


【だって、私友達とお出かけしたことないでありますぅぅぅ……】


【……!】


 目を僅かに開くマオラオ。彼は少しの間考え込むと、『わかった』と答えた。


【――ええ案がある。聞いてくれるか】

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