第175話『優しい貴方の残した功績』
マオラオはその後、アカツキに言われた場所で初代国王のツノを見つけると、それをスーァンに返却する流れで、本来大社に来た理由である『質問』をした。
【スーァン、実はあんさんに聞きたいことがあんねんけど……シャロって、なんかに取り憑かれてたりする? 幽霊とか、妖怪みたいな……】
【……悪いけれど、私にはわからないわぁ。私、見える人じゃないからぁ。でも、何か悪いものに取り憑かれているのならぁ、暁月神がお気づきになったはずよぉ。何も言われてないならぁ、憑いていないか、良いものなんじゃないかしらぁ?】
【……そうかぁ】
【どうかしたのぉ?】
【いや、実はな……】
南西語同士の会話に置いてけぼりにされ、小石を蹴るシャロを横に、先刻見た黒い影のことを打ち明けるマオラオ。彼の話を聞くと、スーァンはその状況を少し強張らせ、【ちょっとこっちに来てちょうだぁい】と2人をどこかに案内した。
誘われるがままやってきたのは、お守りを扱っている販売所であった。戦いの影響かお守りが散らばっているが、本殿に比べるとかなり原型を保っている。
スーァンはその販売所からお守りを1つ――片手で握りしめられるサイズの巾着袋を取り上げると、それをシャロに握らせた。シャロは目を白黒させる。
「ど、どういうこと、これ」
【中に邪気払いの呪文を書いた札と、ヒナタザクラのお香が入っているわぁ。もらってちょうだぁい。一応売っているものだから、あまり言いふらしちゃダメよぉ。もしシャロくんに何かあっても、きっとこの子が守ってくれるわぁ】
「……プレゼントやって。あんさんがかわいいから」
「エッ!? え、お、えっ? あ、ありがとうございます……?」
マオラオの通訳を素直に信じ込み、『どこに入れたらいいかな』と慣れない着物のあちこちを探るシャロ。贈り物をしたのがスーァンで、通訳したのがマオラオだったから良いものの、この調子だとどこかで騙されそうである。
こんなシャロを本当に花都に置いていっていいのか不安になりながら、マオラオはスーァンに礼を言って、日が暮れる前に暁月大社を後にした。
*
午後5時ごろ。マオラオたちが宝蘭組の屯所に戻ると、数名の隊士があっちへ行ったりこっちへ来たりと忙しそうに動き回っていた。その邪魔にならないよう慎重に部屋に戻ると、何やら懸命に机に向かっていたノエルが『あ』と顔を上げた。
「おかえりなさい、シャロさん、マオラオさん」
「ただいまー。フィオネたちは?」
「フィオネさんはユンファさんに呼ばれて、ノートンさんと神薙城に向かわれました。ペレットさんは……セレーネのストーキングに耐えかねて、ジュリオットさんと船に戻られました。セレーネはショックでここ周辺を放浪しています」
「ユンファに呼ばれて……? なんか嫌な予感するな。オレもちょっと行ってくるわ。シャロはここにおってくれ」
「わかったー。ノエルは何してんの?」
「南西語の勉強です。見ていかれますか?」
「え、見る見る!」
ノエルの対面に座り込み、机に身を乗り出して、ノエルの手元を眺めるシャロ。そんなに凝視しては勉強の邪魔になるのでは、と心配するマオラオだったが、どこか嬉しそうなノエルの顔を見て、出かかった言葉を引っ込める。
「じゃあ、行ってくる」
「はーい、いってらっしゃーい」
シャロの見送りを受け、部屋から出ていくマオラオ。それから少しすると、ノエルは走らせていたペンを止め、おそるおそるシャロに尋ねた。
「シャロさんって、マオラオさんのこと好きなんですか」
「……エッ、え、どういうこと!? 急だね!?」
「いえ、前からお聞きしたかったんです。……シャロさん。マオラオさんだけじゃなくて、ボクも貴方の味方ですから。それを忘れないでください」
シャロの手に自分の手を重ね、グッと握りしめ、シャロの琥珀の視線を受け止めるノエル。鬼気迫る表情の彼女に気圧されて、何がなんだかわからないまま『わ、ワカッタ』とシャロが答えると、ノエルの小さな手から解放された。
「それで、好きなんですか。恋愛対象として見れるんですか」
「好きってそういう話!? い、いや、見たことはないケド……」
「ならよかったです」
「ナラヨカッタデス……?」
ノエルの言葉に引っかかりを覚えるも、ノエルの『それより』という言葉に思考を阻害されるシャロ。彼女に見せられたのは、フィオネのものと思しき字体で、整然と南西語の文字が羅列された紙だった。シャロはその紙を持たされて、
「適当に文字を指差してください。ボクが発音を当てます。その紙の裏に北東語で答えが書いてあるので、合っていたら教えてください」
「え、えっ、わかった……」
上手く気持ちを切り替えられないまま、適当に文字を差していくシャロ。彼らの勉強はそれから2時間にわたり、終わった頃にはシャロはくたくたになっていた。
*
マオラオたちが屯所に帰ってきたのと、フィオネたちが屯所から出ていったのは、ほんの数分間の出来事だったらしい。マオラオが神薙城に急ぐと、道中の香水店でフィオネたちに遭遇し、3人は揃ってマツリ王女に謁見することになった。
城についた3人がやってきたのは、かつてマオラオがセツカに謁見した部屋だった。華やかな障子と畳だけがある大広間で、3人とマツリ、少し離れたところでユンファが向かい合う。最初に口を開いたのは、珍しく疲れた様子のマツリだった。
【ご足労いただき、ありがとうございます。こちらから出向くことが出来ず、申し訳ありません】
【気になさることはありません。アタシたちも、暇を持て余していましたから】
ニコリ、と笑みを浮かべるフィオネ。笑顔と言葉遣いから滲み出る、ジュリオットにも引けを取らない胡散臭さに、両隣のノートンとマオラオは額を押さえた。
と、
【フィオ太郎さま。『おるれあす』から援助を出していただく件についても、改めて感謝を申し上げますわ】
【ブッ!?】
【何よマオラオ。何もおかしくないでしょう。……ええ。こちらこそ援助を受け入れてくださりありがとうございます。アタシたちの力が少しでも、シグレミヤ復興の手助けになれば幸いです。この美しい国が滅ぶのは胸が痛みますから】
【……そうですわね。……あぁ、そうですわ。『黒痣病』の治療薬をシグレミヤ各地の診療所に配ってくださった、ジュリ兵衛さまにもお礼を申し上げたくて……お手を煩わせてしまい申し訳ありません。どうかこちらを彼にお渡しください】
そう言ってマツリがフィオネに手渡したのは、少し厚みのある封筒であった。感謝の手紙が入っているらしい。何かツボに入ったらしいマオラオの横、フィオネはニッコリと笑みをたたえて【わかりました、必ずや彼に】と手紙を受け取った。
【それから、マオラオさんにも】
【アッ、はっはい】
突然話を振られ、笑ってしまいそうになる顔をパンと叩くマオラオ。懸命に真面目な顔を作ってマツリと向き合うと、マツリは何かを堪えるような表情で、風に吹かれれば消えてしまいそうな声で、ぽつぽつと話をし始めた。
【――姉、セツカ=カンナギは息を引き取りました。マオラオさんが死者と婚約を結ぶ必要はありません。改めてわたしから、婚約の破棄を申し上げます。よろしいですか】
【……はい。破棄してください】
【では、そのようにいたします。わたしからは以上です。……何か、聞きたいことなどはございますか? 時間の限り、お答えさせていただきますわ】
ゆったりと微笑むマツリ。だが、その顔には疲労が滲んでいる。ここ数日の騒動とその後処理に追われることで、心身共に擦り切れてしまったのだろう。そんな察しがついて、誰もが口をつぐんだ。その静寂を切り拓いたのはノートンだった。
【ユンファと俺とフィオ太郎で、話をさせてもらってもいいですか】
【ユンファと? ……ええ、構いませんわ。ユンファ、隣の部屋にご案内してくださいまし】
【……はい】
これから一体何が始まるのか、ノートンとフィオネの顔を交互に見やって、推測しようとしながら【こちらへ】と案内を始めるユンファ。すると当然、部屋にはマツリとマオラオだけが取り残され、マオラオは気まずい空気に口籠る。
【……】
【……】
【……そういえば、マオラオさんはユンファと同じ学校に通っていらしたそうですわね。幼いときのユンファのお話、聞かせてくださいませんか?】
【えっ……わ、わかりました】
首肯するマオラオ。学生時代の彼に関して、正直話したい思い出はないのだが、このまま無言で過ごしていても、空気の重さに押し潰されてしまう。マオラオは、年下に気を遣わせたことに若干へこみつつ、ぽつぽつと昔話をし始めた。
*
マツリの仕事が一区切りついたのは、深夜11時台のことであった。
今日1日はユンファやハナマルが気を遣ってくれ、マツリなしでも片付く仕事は回さないでくれていたのだが、それでも呆れるくらいの仕事量と重責があった。13歳のマツリが1人でこなすには、あまりにも過酷な1日であった。
【……はぁ】
前ならあまり零さなかった溜息が、人のいないところでは息をするように零れてしまう。
両親が亡くなって、繰り上がり式に女王になった姉も、こんな気持ちでいたのだろうか。彼女にはユンファのような人もいなかったから、マツリより遥かに大変だったのだろうが。だんだん、考えが迷走してしまうのもわかる気がした。
【……はぁ】
いつもなら怒ってくれるユンファも、今日は忙しいのだろう、部屋に戻れと言いに来ないから、つい城の廻縁に入り浸ってしまう。暗くて冷たくて、街の営みもぼんやりとしか見えない夜のここは、自然体の自分でいられて心地がよかった。
いっそ風邪をひいてしまおうか。そうしたら、明日は1日布団の中でゴロゴロ出来るだろうか。
【……ダメですわ。ユンファに、迷惑をかけてしまいますわ……】
戴冠式の日は未定だが、マツリが実質女王になったことで、教育係のユンファの仕事もぐんと増えた。さらりとこなしているように見えたが、きっと彼にだってとてつもない量の仕事があるはず。彼にばかり仕事をさせてはいられない。
【……あと、5分だけ】
5分経ったら、部屋に戻ってすぐ寝よう。そう思って、マツリが廻縁の柵にもたれかかった、そのときだった。
【ここにいたのですね】
――聞こえるはずのない、声がした。
【こんなところにいたら、風邪をひいてしまいます。部屋に戻りましょう】
――何故。何故、死んだはずのセツカの声が聞こえるのか。違う、これはセツカじゃない。振り向いてはいけない。セツカを騙った何者かがいる。マツリは必死に振り向かないようにしながら、【そうですわね】と答えた。
【もうすぐ、戻ろうと思っていたところでしてよ】
【なら、良いのですが。無理はしていませんか? 無理をすると、結果的に計画が破綻します。トンツィの方へ私から、シグレミヤに残るように言いました。彼もシェイチェン家の1人。ですから、困ったときは彼を頼ってください】
【そ……そうなのですか? で、でも、シェイチェン家もジュン叔母さまが亡くなられたと聞きました。彼だっておうちのことで忙しいはず……お気遣いはありがたいのですが、わたしのことは、わたしがなんとかしないと……】
【――マツリ】
本物のセツカが亡くなる寸前の、あのときのような優しい声に名前を呼ばれ、マツリはそれ以上の発言を止める。現実と対面することに恐怖しながら、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには美しい緑の着物をまとったセツカが佇んでいた。
見上げるほど高い身長も、徹底的に作られた肉体も、涼しげな眼差しも変わらない。唯一変わっていたのは、彼女の雰囲気だ。柔らかいものになっている。
【――貴方の強みは、貴方を好きな人が沢山いることです。ユンファも、ハナマルもメイユイも、スーァンも、トンツィも。皆、貴方のことが好きです。これは、優しい貴方の残した功績です。この功績を誇り、そして頼ってください】
【……姉様】
【その代わり、彼らに頼られたときはぜひ頼られてください。出来る限りで構いません。なんでもはしないでください】
【……わたしに出来ることなんて、あるのでしょうか。わたし、ユンファみたいに頭がよくも、ハナマルみたいに強くもありませんわ】
【ありますよ。もし貴方がいなかったら、私への不満が溜まった国民は、とっくに謀反を起こしていたでしょう。妹の貴方が積極的に民と関わっていたから、民は溜飲を下げていたのです。民と積極的に関わるその姿、それが貴方の武器です】
【民と、関わる姿勢……】
マツリはそっと拳を固めた。誰かと関わることは、山のような書類に向かうよりずっと楽しい。苦に感じたことなど1度もない。難しいと思ったこともない。自分に出来るのだから、誰にだって出来そうなものだ。
けれど、考えてみる。ユンファにそれが出来るだろうか。正直、あまり出来そうな気はしない。頭がよくて、どんな書類もこなす彼だけど、街の人たちと談笑する姿はあまり思い浮かばなかった。では、ハナマルはどうだろうか。
ハナマルは正直得意そうだ。強くて人望もあって、完全にマツリの上位互換である。
人と関わることは、本当にマツリの武器と言えるのだろうか。マツリが顔を渋くしていると、その胸中を読み取ったのかセツカが囁いた。
【ハナマルも交友には積極的ですが、彼女は気に食わない相手には牙を剥きますから。幼いときも年上の隊士に何度殴りかかったことか……最近は落ち着いたようですが。その点、貴方には私のような者も気にかけてくれる優しさがあります】
【ね、姉様は気に食わない相手などでは】
【そう言って頂けるのは嬉しいですが、貴方が人質にされるような国を作った犯人に変わりありません。でも、そんな私の死に際にさえ、貴方は涙を流してくれた。その優しさはとても希少で、それに救われる人が確かにいます】
【……】
【ハナマルは間違いを正す人です。貴方は間違いを許す人です。似ているようで、貴方たちの在り方は全く違います。ですから、貴方は貴方の在り方を大事にして、誰かに接してください。優しさは美徳ですが、過ぎれば身を滅ぼしますから】
そんなセツカの言葉を、マツリはゆっくりと咀嚼する。
大事に、大事に、噛み砕いて飲み込む。
目の前の『セツカ』が本物のセツカでないのはわかっていた。なんとなくだが、目の前の『セツカ』は本物とは何かが違う。話す言葉の選び方も、言葉の間の置き方もそっくりだけれど、もっと根本的な何かが違った。
けれど、悪意を持って彼女を演じているわけではないのは確かだった。
この人物はセツカの姿になり、自分の思いをセツカの言葉に置き換えることで、姉の存在というパーツを失ったマツリを助けようとしてくれているのだ。
どこか違和感はあるけれど、その言葉1つ1つに込められた真心に、マツリは確かに救われていた。だから、マツリはその演技に乗ってみせた。
【……わかりました。……いえ、本当はわかりません。わたしの優しさなんてわかりません。でも、何もない人間に『優しい』とは言わないのでしょう。わたしはわたしの『優しい』が、どこにあるのかを探します。見つけたら、大事にしますわ】
【はい、気長に探してください】
【えぇ。……ありがとうございます、姉様。姉様のおかげで少し、元気が出ましたわ。――ところで姉様、わたし見てほしかったものがありますの】
【見てほしかったもの……? なんでしょう?】
【暁月神楽ですわ】
暁月神楽。本来暁月神に豊穣をお祈りするための舞で、歴代の王女はこれに参加しなければならない、という決まりに従って、マツリも今回踊るはずだったもの。
イツメたちの参入によって中止を余儀なくされた暁月祭は、未だ再開の目処は立っておらず、おそらく1年後まで開かれないと噂されている。が、その頃にはマツリはきっと女王になっていて、踊る権利は剥奪されてしまう。
だからきっと、これが誰かの前で神楽をする最後のチャンスになるのだ。
【太鼓も、笛も、小道具も、一緒に踊ってくれるお友達も、ここには何もありませんけど……貴方のために踊らせてくださいまし】
【……わかりました。ぜひ、見せてください】
【ええ、それでは】
マツリは一息つくと、1歩、2歩としずしず踏み出して、何かを持っているような手つきの片腕をゆっくりと持ち上げる。そして肩の辺りでぴたりと止めると、腕を真横に流して、片足を軸にもう片方の足で円を描くように半回転をした。
マツリの赤い着物の袖と、2つに結んだ黒髪が、くるくると回る様子をセツカは見守る。
しずしず、ぴたり。くるくる、ぴたり。
最後にマツリが手を胸に当て、恭しく頭を下げると、ぱちぱちと2人分の拍手が聞こえた。
*
翌朝7時。戦争屋は花都シグレミヤの海に面する、花の咲き誇る峠に揃っていた。
「え、ノートンさんシグレミヤに残るんスか?」
驚いた様子を見せるのはペレットである。視線を送ってくる真横のセレーネをガン無視している彼に、ノートンは突っ込むべきか迷いながら『はは』と笑い、
「俺の実家は今、誰を次の家督にするかで揉めてる。俺の妹も騒動に巻き込まれるだろうから、俺が守ってやらないといけない。それに、到着した処理班とシグレミヤで衝突があったらいけないしな。両方の事情を知ってる俺が残らないと」
「なるほど、大変っスね。頑張ってください」
「あぁ。その……ペレットも、頑張ってくれ」
と、苦笑いを浮かべるノートンから少し離れたところでは、ノエルが『えっ』と驚愕し、
「シャロさんも、シグレミヤに残られるんですか」
「え、『も』って?」
「ボク、しばらくノートンさんのお家にお世話になりながら、宝蘭組を手伝って、代わりに剣術を教えてもらうことにしたんです。シャロさんのご予定は……?」
「ちょ、ちょっと情報収集しなきゃいけなくて……暁月大社に泊まろうと思ってるんだケド」
「暁月大社に……?」
怪訝そうな顔をするノエル。野宿をするにはあまりにも場所が悪すぎる、とでも思っているのだろう。シャロの頭を心配するような目でシャロの手を取り、
「シャロさんも、ノートンさんのお家にお世話になりましょう」
「あぁ、別に構わないぞ。部屋は余ってるからな」
「えっ、いいの!? じゃ、じゃあ、ノートンのお家泊まろうかな……」
と、揺らぐシャロの側、世界地図を手に話し合っているのはフィオネ、そしてジュリオットである。
「大南大陸は『呪獣』の巣窟です。先にスプトン共和国に上陸し、弾薬や薬を買い足すべきでしょう」
「この船なら夜には共和国につくわね。共和国の海岸沿いで一泊して、翌日の早朝南へ向かうわ。あと、どのみちアタシたちは呪いの影響を受けるけれど、その効果はなるべく弱くて短いほうがいい。こっちのルートを通りましょう」
と、真剣に話し合っていた2人の手元に影がかかった。フィオネたちの全部を飲み込むほどの大きな影だ。鳥のような、天使のようなシルエットにその場の全員が空を見上げると、そこには見知った姿があった。メイユイとユンファだ。
翼を生やした気怠そうなユンファに、横抱きにされているメイユイは、こちらの姿を見つけると、ユンファの腕の中でもがいて無理やり手を離れ、途中でくるりと前回転を加えて優雅に着地した。その手には紙袋が握られている。
彼女はマオラオたちのもとに走ってくると、『これを!』と言って持っていた紙袋を差し出した。
「マオラオ先輩! これ、『金治屋』のお菓子セットであります! しばらくは食べられないでしょうから、持っていってくださいであります!」
「え、こ、こんなにええんか……?」
「はい! 疲れたときはこれを食べて、元気になってください! 私とユンファ先輩は、マオラオ先輩の軍役生活を応援しているであります!」
ビシッ、と敬礼をするメイユイ。マオラオは、何故かメイユイの中で自分が軍人になっていることに首を傾げつつ、おそらくシャロ辺りがマオラオの職業を聞かれてごまかしたのだろう、と推測し、大人しく『ありがとう』を紙袋を受け取った。
「メイユイも、今いろいろ大変やろうけど……頑張ってな。無理せんでな」
「は、はい……! 気をつけるであります」
「ほんで、あれは? 降りてこーへんの?」
空を見上げるマオラオ。上空では依然、翼をはためかせるユンファが滞空している。こちらに降りてくる様子はない。早く帰りたいのがここからでもわかった。
「ユンファ先輩は恥ずかしがり屋さんでありますからねー。本当は寂しくて仕方が……あ、方向転換した!? お、置いていかないでください!? 先輩!?」
「聞こえとるんかアイツ……まぁ、アイツにも頑張れって言っておいてくれ」
「わ、わかりました、伝えておくであります」
「あ、そうだわメイユイ。アタシ、貴方の部屋にプレゼントを置いてもらったから、時間のあるときに確認してちょうだい。合わないものがあったらごめんなさいね。それと、ハナマルにありがとうって伝えておいてもらえるかしら」
「え、えっ、わかりました、なんのことかわかりませんが、プレゼントもありがとうございます! 帰ったら確かめるであります! すみません、私はユンファ先輩を追いかけるのでこれで! さようなら! 皆さんお元気で!」
ブンブンと手を振りながら、神薙城へ帰ろうとする上空のユンファを追いかけ、遠ざかっていくメイユイ。その後ろ姿を見送ったシャロが、『ウチらも解散するかぁ』と言うと、嵐のような2人組に呆然としていたペレットが我に返った。
「何日後に迎えに来ればいいんでしたっけ?」
「えーっと、3日……の約束なんだけど、ノートンのお家にお邪魔させてもらうし、もうちょっと長くてもいいかな?」
「えっ、うち来ることになったん……? え、えー……じゃあ5日」
「5日後ですね。じゃ、迎えに来たときはなんかお土産ください」
そう言ってひらひらと手を振り、峠の先端から飛び降りるペレット。船の甲板に降り立ったようで、バシャンと水飛沫の上がる音がした。それに続き、
「さよならシャロ=リップハート、ペレットくんを足に使おうなんていい度胸ね! 死になさい!」
と、吐き捨てたセレーネが峠からジャンプ。シャロが声を荒げるのと、水飛沫の上がる音がしたのはほぼ同時だった。
連続で当たり前のように甲板に着地した彼らを、ジュリオットは未知の生命体を見るような目で見下ろして、
「あの、私あれ無理なんですけど」
「しゃーないオレが抱えたる。どっかにぶつけるかもしらんから、手足は曲げといてな」
そう言って、軽々とジュリオットを抱えたマオラオが、有無を言わさず峠からジャンプ。『は!?』というジュリオットの怒声が、海の方へ吸い込まれていった。
残るはフィオネ1人となった。
「俺も抱えてやろうか、フィオネ」
「アタシは自力で降りれるわ。……それじゃあ、後のことはよろしく頼んだわね。それと、リリアにオルレアスのお酒を持ってくるように頼んであるから、受け取ったらハナマルに渡してちょうだい。そういう約束なの」
「あぁ、わかった」
ノートンが頷くのを見届け、峠の先端に向かっていくフィオネ。彼が峠から飛び降りようとすると、ノートンの『あ』という声がそれを引き止めた。
「思い出した。聞きたいことがあったんだ。……シャロ、ノエル。先に花都に帰っててくれるか」
「え? はーい」
「はい」
不思議そうな顔をしながらも、手を繋いでその場から離れるシャロとノエル。
そうしてその場にノートンとフィオネだけが残ると、何を聞かれるのかわかっていない様子のフィオネは、『何かしら、悪いこと?』と意地悪に笑った。が、
「シャロをうちに住まわせる都合上、どうしても聞かなきゃいけないことがあるんだ」
と、ノートンが声を抑えて言うと、フィオネの顔も真剣なものになった。
ノートンは、最初に怪物が花都を襲撃した日の夜――屯所の大浴場を借りたときのことを思い出しながら、眉根を寄せてこう言った。
「シャロの背中――あの肩から腰まで広がってる大火傷、あれはなんだ?」
― 第6章 寂寞の赤鬼 編・完 ―
ここまでお読みくださりありがとうございます!
これにて第6章・寂寞の赤鬼編は完結となりますが、近日中にキャラクター&専門用語まとめや、マオラオ=シェイチェン生存録も投稿しようと思っております。ぜひこれからも拙作『Re:Make World!!』をよろしくお願いします!
By霜月アズサ




