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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第6章 寂寥の赤鬼 編

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第171話『5引く1は大惨事』

 宝蘭組の屯所と暁月大社に続き、国の要である神薙城まで『天国の番人(ヘヴンズゲート)』に破壊された宝蘭組の面々は、朝から事後処理に追われていた。


 怪我人の治療から死亡者の管理、怪物の遺体の処理とエトセトラ。屯所や大社での事件の傷も癒えていないというのに、仕事だけがただ積み重なっていき、ユンファの報告を受けて神薙城にやってきたハナマルは気絶しそうになっていた。


 もはや宝蘭組だけでどうにかなる被害でないのは明白だった。本来ならば他国に支援を求めるところにまで来ていたのだが、いかんせん、ここは何千年もの間外界との交流を絶ってきた花都シグレミヤである。当然その方法は選べなかった。


 このまま花都は緩やかに滅亡を迎えるのだろうか。そんな煽りを載せた号外が世に出回り始めた昼、ある1人の男が動き出した。フィオネである。


「オルレアスに支援を要請するわ。2、3日はかかるでしょうし、南西語が話せる人はあまりいないけれど……それでも、力と人数はあるから。役に立つはずよ」


 そう言って彼は処理班の船に戻り、無線機で処理班・情報課本部と連絡。

 話し合いの末、処理班の副リーダーであるリリア=メイヘイヴを筆頭とした約40名の処理班員と、約230名のオルレアス兵士が花都に来ることになった。


 なお、このことは公言するとシグレミヤ国民の混乱を招くと予想したため、マツリやハナマルなど、国家の運営に関わる重要人物にのみ共有されている。


「これを機に、この国がアタシたちを正式に受け入れてくれるようになると嬉しいんだけど」


 フィオネはそう零して吐息をし、昼食のおにぎりを口にした。


 ここは宝蘭組の屯所にある大広間だ。現在、戦争屋インフェルノはあまりの人手不足に全員駆り出されている隊士たちの留守を任されており、数種類のおにぎりと味噌のスープを用意されて放置されていた。


 ハナマルと旧知の自分がいるとはいえ、こちらを信用しすぎではなかろうか。不安になるノートンの対面、フィオネは『あら、サーモン』とおにぎりの具に驚く。こんな状況下でも変わらない彼に、ノートンは諦め混じりの笑みを浮かべ、


「……1個、聞きたいことがあったんだが……どうしてマオラオに『ツノを落とせば問題が解決する』ってことを、花都に上陸する前に(・・・・・・・・・)言わなかったんだ?」


「――とっくに見当がついてる顔ね。説明の必要はないんじゃない?」


「答え合わせだよ。お前が俺の思ってるよりいい奴だったら、お前に悪いだろう」


「……。もちろん、マオラオを介してシグレミヤの政治に介入するためよ。貴方の過去の話を聞いて、マオラオもカンナギ王家の関係者なのはわかっていたし。マオラオにはどうしても花都に行ってほしかったのよ」


 諦めたように肩をすくめて打ち明けるフィオネ。想像通りの解答だったが、裏切られたい想像だったので、ノートンは思わず自分の額を押さえた。


「ペレットの病気とヘヴンズゲートの参入は? わかってたのか?」


「いいえ。……以前、能力を使った代償にきちんと発熱したにもかかわらず、未来を見誤ってしまったのもあって、今回は『革命家』を使わず自力で未来を予想していたんだけど……結局、今回も彼らの介入だけは読めなかった。ごめんなさいね」


「……そうか」


 ノートンは複雑そうな表情をする。


「……お前の言葉を信用しよう。だが、いい加減仲間を駒にするのはやめた方がいいと思うぞ。どこかでツケが回ってくる」


「そうね。そんな気はしてるわ」


 うっすらと微笑んで、目元に影を落とすフィオネ。その声は彼にしては珍しく、無感情であるように聞こえた。ノートンは驚き、つい彼に視線をやる。が、その頃にはもうフィオネの興味はおにぎりへ移っていた。

 フィオネは、『何この……赤い実』と見慣れない具材に顔をしかめていた。


 別の席でも同様に、ペレットとノエルが具の内容に眉根を寄せていた。


「ジュリさん、このしょっぱいチョコレートなんスか」


「ボクの方にもありました」


「それは味噌です。私も詳しくはないですが、チョコレートではありません。あぁ、貴方は薄味じゃないと食べられないんでしたね。まぁ……頑張ってください」


「ペレットくん、食べられないものがあるなら私が。あーんしてちょうだい」


「頑張って食べます」


 チャンスとばかりにやってくるセレーネを、45度に傾いて回避するペレット。勢い余って壁に衝突する少女には目もくれず、渋い顔でおにぎりを食べ進める。

 こうしたやりとりは昨日から続いており、ペレットの方はかなりグロッキーになっているのだが、セレーネも諦めが悪く、隙あらば少年に触れようとしていた。

 

 そんな狂気的なストーカーが、何故ペレットにいるのか理解できないらしい。ジュリオットがセレーネを見る目は奇怪を見る目そのものであった。

 一方、因縁のあるノエルはセレーネの存在を無視することを覚えたらしい。自身の近くで騒がれていても気にせず昼食を食べ進めていた。が、


「――」


 先程まで人のいた形跡のある席を見やるノエル。2つある席のうち片方をじっと見つめると、彼女は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。


「……シャロさん」





 昼食の席を他より先に抜けていたのは、シャロとマオラオの2人だった。2人は屯所の中庭を囲む縁側に、微妙な距離を取って腰を下ろしていた。


「――マオ」


 シャロの声が静寂を破る。マオラオは胃を痛めながら、『ハイ』と答えた。


「どうして急にいなくなったの?」


「それは……」


 言葉を迷うマオラオ。シャロは戦争屋だ。人を殺すこと自体には抵抗がないが、だからといって食人に寛容であるとは限らない。それとこれは全く別の話だ。

 拒絶されてしまわないだろうか。それだけが恐ろしくて、マオラオは着物の袖を握りしめながら声を絞り出した。


「人を、食べたからや」


「いつ?」


「い、いつ……ヴァスティハス収容監獄から逃げるとき」


 驚きもしないシャロに拍子抜けしつつ、マオラオは目を閉じた。


 あのとき。監獄の船を奪って脱獄するとき、攻撃してくる追っ手を倒すため、自力で海を渡れるマオラオとノートンがガレージに残った。当然2人が負けることはなく、順調に敵を殲滅(せんめつ)していたのだが――途中、強い空腹感に襲われたのだ。


 そして、気づいたときには辺りは――。


「……あんさんらを絶対に食べへん、って自信は持てなかった。このままやとオレは、仲間のことまで食ってしまうかもしれへん。そう考えたら怖くなって、とにかく人のおらん場所にいかな、と思って脱退したんや」


「ッ、なんでウ……フィオネは以外の人には相談した? ノートンとか」


「いや。人のおるところにずーっとおったら気ぃおかしなると思って、とにかく船を降りなあかんって、真っ先にフィオネのとこ行ったんや。誰にも相談してへん。相談するって考えも、余裕もなかった。今考えるとアホやぁオレ……」


 フィオネが手放しに信用できる男でないことは、ずっと前からわかっていたはずなのに。マオラオは渇いた声で笑った。


「……一応、今は大丈夫なんだよね?」


「せやな。誰のか知らんけど、香水の甘ったるい匂いが食欲を抑えてくれとるから、比較的腹は減らん。けど、使いすぎとちゃうか? シャロのとちゃうよな?」


「ウ、ウン……メイユイちゃんのだよ。今度買って返すんだ……」


 決まりの悪そうな顔をそて、細々とした声で呟くシャロ。

 恐らく向こうから差し出されたのだろうが、シャロの反応を見るに、想定よりもがっつり香水を使ってしまい、メイユイをしょぼくれさせてしまったのだろう。しょぼしょぼしたメイユイを想像し、マオラオは『そ、そうか』と相槌を打った。


「人の匂いがしなかったら、マオは帰ってこられるの?」


「理論上はそうやけど……なんや、関わる全員に香水かけて回る気なん? フラムとか鼻ひん曲がって死ぬと思うで?」


「う、うーん……じゃあ、マオの鼻に詰め物する、とか?」


「ふっ……一生前線に出なくてええんやったら考えるわ。詰め物して格闘はだいぶきつそうやからな。まぁ、戦わないオレをフィオネが欲しがるかはわからんけど」


「う、うーーーん……!!」


 笑いながらことごとく反論してくるマオラオに、頭を抱えて唸るシャロ。他にいい考えが浮かばないようで、彼は『あー!』と叫びながら大の字になると、


「なんかないのー!? マオが戻ってこれる方法!」


「うーん……オレが言うのもなんやけど、これからオルレアスとシグレミヤの交流も始まるらしいし、シャロが船乗ってきてくれたら会えるには会えんで?」


「んんんんんーーーーっやだ!」


「やだって」


「だって、こことオルレアスって大陸違うんだよ!? 行き帰りだけでもあー……1、2……7日はかかるでしょ!? 7日連続のおやすみなんて年に1回あるかないかだよ!? マオと1年に1回しか会えないのはやだぁ!」


 やだやだやだ、と幼児(おさなご)のように駄々をこね、縁側を転がり回るシャロ。ここ数日ろくに掃除されていない屯所の床のゴミがシャロのスーツにつくのを見て、こら、とマオラオが注意しようとすると、


「そうだ!」


「ウワッ」


「もういっそ、人食べちゃおうよ!」


 ばね仕掛けの玩具のように跳ね起き、マオラオにぐいと顔を寄せるシャロ。互いの鼻先が触れるほどの近距離にマオラオが紅潮し、慌てて離れようとすると、その後頭部が縁側の柱にゴッと叩きつけられた。そこへ追い討ちをかけるように、


「ねぇ、何日に1回食べたらいいの? 生きてる人を連れてくるのは難しいけど、死んでてもいいならウチたくさん用意するよ!」


 マオラオの両手をホールドするシャロ。久々に体験するシャロの狂った距離感と、予想を超えるシャロの理解度にマオラオは動揺を隠せない。


「え、あ、えと、シャロさん? シャロさん??」


「何? あ、もしかして1日3食くらい必要だった?」


「さ、流石に……いや、食べる癖がついたらどうなるかわからんな。1日に3食は面倒やろ? 諦めや。こんな……口うるさいだけの奴に構うことないで」


「む。……いや、確かに3食は面倒だけどさ」


 シャロは悔しそうな顔をしつつ、あっさりと主張を認める。あまりにも早い。

 自分から彼を説得しておいて、なんだか気落ちしないでもないが、これでシャロが自分を見捨ててくれれば万々歳――そうマオラオは自分の心に言い聞かせ、シャロの手がふっと緩んだ隙に、ホールドされた手を引っこ抜こうとした。


 その手に、水滴が滴り落ちた。


「……ぁ?」


 思わず間抜けな声を零し、目線を上げるマオラオ。瞬間、涙を溜め込んでいたシャロの涙腺が決壊する。


「通じ、通じないぃぃぃ……っ。こんな、こんなに言ってるのに、こんな、マオのことが、好きなのに、全然通じないぃぃぃ……っ! やだぁぁぁ……!!」


「シャ……っ」


「なんでっ、なんではぐらかすの!? なんで理由を言ってくれないの!?」


「……それは」


 マオラオは口籠る。


 彼とて、戦争屋に戻りたくないわけではなかった。

 鬼と人間のハーフだからと迫害されることもなく、『監視』と『戦闘』という普通に生きていれば必要のないマオラオの特技を必要としてくれ、近過ぎず、離れ過ぎない、友人のような距離感の彼らといられるのはとても心地がよかった。


 けれど、あの場所を天秤にかけてもなお、自分のお守り(ツノ)を捨てられない。そんなマオラオの心の弱さが産んだ理由を、どうしてシャロに言えようか。


 何も言うことが出来ず、ただうつむくマオラオ。すると、感情が昂るあまり呼吸を乱したらしいシャロが、激しく咳き込み始めた。


「げほっ、げほ、げほ」


「だ……大丈夫か……!?」


「げほ、だいじょ、げほっげほっげほ」


「あかんやんけ!」


 思わずツッコミを入れ、シャロの咳が落ち着くのを待って、横から背中をさするマオラオ。少し経って完全に落ち着いたシャロは、はぁと深い溜息をついた。


「どうしても、言えない?」


「せやな。言ったら……多分、嫌われると思うから」


「いつか言える?」


「わからん」


「じゃあ聞きたいなー。いつかマオが言えるようになっても、そのときまでウチが生きてるかわかんないし。死ぬ間際までモヤモヤしてたくないもん。大丈夫だよ、マオの好きなところ100個くらいあるから。1引いたって嫌いにならないよ」


「嘘つけ」


 100個は盛り過ぎや、とマオラオは目を細める。よくてせいぜい5個くらいだろう。100から1を引いても大したことはないかもしれないが、5引く1は大惨事である。こんな自分なのだから、その5個は死守しなければならない。

 マオラオが意志を固めていると、シャロは『嘘じゃないもーん』と口を尖らせ、


「ほら、例えばウチらが寝てる間でも仕事頑張ってるところとかさ。なんでもきっちりメモしてる几帳面なところとか」


「……ん?」


「メリハリしっかりしてるところとか、北東語の練習いっぱいしてるところとか、くっついたらビックリする可愛いところも好きだし、なんだかんだウチの身支度手伝ってくれるところも、あ、マオの髪サラサラで凄い好き」


「――あっ、しまっ」


 やられた、とマオラオが理解する頃にはもう遅い。

 シャロはここが最後のチャンスと判断したのか、シャロの背中をさするために伸ばされていたマオラオの腕を掴み、畳みかけるように言葉を紡いだ。


「マオの声優しくて落ち着くし、マオの目宝石みたいで綺麗だし、ちっちゃいから安心するし」


「1個余計や!」


「えへ。あと、マオの変な笑い声も好きだし、マオの上品な仕草も好きだよ。ウチが怪我するかもしれないからって、無理やり逃げないこういうところも好きだし」


「わっ……わかってんならはよ離して!!」


「ダメ〜。汚い手使っちゃってごめんね。でも、ウチはもっと好きなところ言えるし、ちゃんと100個以上あるよ。だから、理由を教えて。出来れば戻ってきて」


 ずいと距離を詰め、必死に顔を隠そうとするマオラオの片手に触れるシャロ。引き剥がされそうになるマオラオは、奇声を上げながら引き下がろうとするが、やはり後ろは柱であった。これ以上は引き下がれない。マオラオは固く目を瞑った。


「もっ、もう、ほんま、ほんまにずるい! オレが頑張って、あんさんらと別れようとしたのに……! こんな、こんな……っ、はぁ〜〜……昼飯終わったらすぐ逃げるんやった。約束なんかするもんじゃないわ……」


「ふふ。マオ、ウチとの約束破れないもんねー」


「ニチャニチャすな! あーーっ腹立ってきた、もっ、もうええわ、あんさんらのとこに帰る! オレを口説き落とした責任や、いろいろ手伝ってもらうからな!」


 そう吐き捨てて縁側から立ち上がるマオラオ。照れ隠しにドタドタと足音を立てて立ち去ろうとする彼の背中に、呆然としていたシャロは遅れて目を輝かせ、


「ほ……ほんと!? やる!! めっちゃ手伝うー!!」


 勢いよく立ち上がり、マオラオを追いかけてその手を引いた。マオラオはうわっと声を上げてよろめくが、シャロが抱きとめて転倒未遂に終わる。視界がスーツの黒に染まり、花の匂いが鼻腔に触れて、マオラオは慌てて顔を上げた。


 ――そのときだった。


 2人の少年の仲睦まじい一瞬に、突如としてそれは現れた。


「――ッ!?」


 突然、マオラオの背筋を冷たい何かが駆け抜けた。


 高鳴っていた心臓が一際強く脈打ち、全身から嫌な汗が噴き出る。一瞬、呼吸さえもままならなくなり、その最中、マオラオは異様な存在を確認した。それは一瞬で消え去ってしまったが、確かにシャロの後ろに存在していた。


「マ……っ、マオ!?」


 緊張から解き放たれ、ずるりと地面に座り込んだマオラオに、シャロは混乱したように目を見張る。どうやらシャロ本人は気づいていないらしい。


 とすると、あれはなんなのか。あの――人の形をした、真っ黒な霧は。


「……大丈夫や」


 マオラオはこめかみから汗を流して、無理やり笑みを取り繕った。


 今日はそれ以降、マオラオの前に黒い霧が現れることはなかった。






ここまでお読みくださりありがとうございます!


2023年の更新はこれで最後となります。今年から、もしくは今年も拙作を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました! 6章はあと2、3話くらい続く予定です。来月中には終えたいなと思っております。マオラオ生存録の投稿も予定しております。3月頃には7章も開始したいと思っております。


来年も何卒『Re:Make World!!』をよろしくお願いします!


By 霜月アズサ

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