第159話『ブラッディー・マリッジ』
朝8時。シャロ・ノエル・ノートンの3人が訪れた暁月大社は、女王の結婚式と年に1度の『暁月祭』が複合して行われる、ということで大盛況だった。
どれくらい盛況だったかというと、まず、あまりにもイベントの参加者が多かったため、暁月大社正面の鳥居が入場口の代わりにされた。
そして、その鳥居を通る者は宝蘭組によって精査され、安全だと判断された者だけが『通行証明証』である赤い紐を手首につけられて、大社の中に通されていた。
なお、ときに国からの許可証を取得していない新聞社が鳥居に押しかけては、宝蘭組に弾き出されていた。
こうして審査を終えて鳥居を抜けると、早速多くの出店が参加者を歓迎する。目抜き通りにはかき氷屋、串焼き屋、わたあめ屋、射的屋、占い屋などが立ち並び、どこもかしこも長蛇の列を作っていた。
シャロ達3人も串焼きを買い、食べ歩きをしながら暁月大社を見て回る。
「すっごい人だかりだねぇ……マオ、こんなにいっぱいの人に見られながら結婚式挙げるの? 緊張で倒れちゃわないかなぁ……」
「実際、この中の半分は祭りだけ楽しんで帰る人達だろうから、ここまでの人数には見られないだろうが……いや、それでも気が抜けない人数だな」
「……決めました。もし、もしもですが、今後ボクが誰かと結婚することがあったら、ボクは絶対にささやかな挙式にします」
あまりの混みようにマオラオの心配をするシャロとノートンの横、人混みが苦手と自覚したらしいノエルがげんなりと決意。続けて、
「あの、結婚式って何時から始まるんでしたっけ」
「11時からだな。それまでは屋台を回って時間を……あ」
喋っている途中、何かに気づき声を上げるノートン。それに従って、シャロとノエルも同じ方向に目を向けると、
「あ」
そこには焼きそば屋に並ぶ長蛇の列があり、その中に1つ、深紅の衣装を纏った黒髪ツインテールの少女の姿があるのを見つけた。
別の屋台で買ったものなのか、うさぎのお面を被って素顔を隠しているが、溢れ出るわんぱく少女のオーラは誤魔化せない。
「マツリちゃんだ……」
「マツリ王女だ……」
「マツリさんですね……」
声を合わせる3人がじーっと少女を目で追っていると、十中八九マツリの少女は焼きそば屋の行列の先頭に到着。店員とやりとりをすると、うさぎの刺繍が入った可愛らしい財布から紙幣を1枚取り出した。
それを受け取り、大量のお釣りを返そうとする店主に少女は、
【お釣りはいりませんわっ】
と手を振って、別の店員から2人前の焼きそばを受け取る。
そうして少女が逃げるようにいそいそと店を離れると、今度は人混みを掻き分けて、1人の少年が飛んできた。気怠げで美しい少年だった。
「ユンファさんだ……」
「ユンファだ……」
「ユンファさんですね……」
飛んできた少年――ユンファは人の目から早く離れるためか、叱責よりも少女の連行を優先して、ガサツに首根っこを引っ掴み少女を通りから連れ出していく。
それを追いかけ、大社の周囲に生える竹林の中に入っていくと、案の定ユンファとお面を取ったマツリが居た。
マツリと向かい合ったユンファは、大きな溜息をつく。
【王女殿下……どうして1人で出店に並んでるんですか……】
【ちゃんと顔は隠しましたわっ。ほら、温かいうちに食べてくださいましっ。あ、鰹節を多めにしていただくのを忘れましたわ……今からでも間に合うかしらっ。ちょっと行ってきますわね、ここでお待ちになっ……】
【話を聞いてください殿下……もしあの中によからぬ者が紛れていたら、どうするつもりだったんですか……】
【ユンファを呼びますわっ】
【………………はぁ】
はなから会話の噛み合わない王女に、文字通り頭を抱えるユンファ。彼が自分のことを見ていないのをこれ好機、とマツリが竹林から逃げ出そうとするが、それをユンファが手首を引っ張って静止。マツリは勢いよくつんのめった。
と、ふと。自分達に近づく足音があることに気づき、ユンファは即座に音の方へ構えた。
【……あ、驚かせて悪い】
【あぁ……トンツィさんですか……】
途端、表情を和らげる少年。足音の主が王女暗殺を企む曲者でも、王女とお近づきになりたい厄介ファンでもないとわかって安心したようだ。
一方、マツリはノートン・シャロ・ノエルの姿に【あっ!】と声を上げた。何か言いたげな素振りだったが、それ以上言葉は続かなかった。
彼女の中でノートン達は、『テロリストを捕まえた後に出会った謎の3人組』以上の情報がなく、かける言葉が見つからなかったのだろう。
紹介を求めようとユンファに視線を向ける少女の手前、ノートンは近所の気の良い青年のように柔らかく苦笑した。
【相変わらず、大変そうだなユンファは……しかし、その焼きそばは王女殿下がユンファを思いやって買ったものだろう。素直に受け取った方が良い。あのうんざりするような行列を、極度の飽き性である王女が諦めずに並びきったんだからな】
【………………はい、ありがとうございます、殿下】
ノートンの言葉に納得したのか、渋々焼きそばを受け取るユンファ。彼が食べ始めたのを見て、一瞬口をつぐんだマツリがふんすと誇らしげな顔をする。が、
【王女殿下も、行動なさる時はお気をつけて。賊が居なかったとしても……例えば国民の1人が貴方に偶然ぶつかって、怪我をさせてしまえば、それだけでその者は職を失います。周りを守るためにも、護衛をつけるのが良いかと】
【……わかりましたわっ。ごめんなさい、ユンファ】
自身にもしっかりと釘を刺され、マツリはバツが悪そうに謝罪した。その様子を見たユンファは、だるそうに啜っていた焼きそばをぷつんと噛み切る。
【……ままっめみままめめまみーんめむも(わかっていただければいいんですよ)】
【それで、こちらの方々はどなたっ?】
【ゔっ】
驚いた勢いで焼きそばを詰まらせたのか、苦しげな音を発してむせるユンファ。長いことむせた後、彼の背中に手を添えていたノートンが眉を下げて笑い、
【本当のことを言っても大丈夫か?】
【……誰に言いふらされても困らないなら。というか、今日は変身しないんですか】
【あぁ、俺の能力は長時間使っていられないからな。今日は人もたくさんいて紛れるし、お偉いさんに気づかれたときとか、ボディーチェックを求められたときとか、使わないといけないときだけ使ううもりだよ】
【……そうですか】
【しかし、言いふらされても困らない範囲か……あー、俺はトンツィ。シェイチェン家の縁の者です。と言っても俺がカンナギ家と関わっていたのは殿下が幼少の頃でしたから、おそらく覚えていらっしゃらないと思います】
【あら、そうなんですのね! ごめんなさい、わかりませんでしたわ。後ろの方々は?】
【……こっちがシャロ子、こっちがノエ子です。……彼女達は訳あって南西語が喋れません。ご了承ください】
【まぁ、じゃあ手話は通じるかしらっ? 生憎、わたしが出来るのは南西語と手話だけで……】
南西語が喋れない、という発言から、口がきけないものと判断したのか、申し訳なさそうに肩を縮こめるマツリ。閉鎖国家の出身らしい思考回路だと思うが、それよりもノートンは、彼女が手話をマスターしていることに驚く。
ちら、とユンファの方を確認してみても、彼はシャロ達がニンゲンだとバレないかはらはらしながら見ているだけで、会話の内容には一切突っ込んでこなかった。
つまり、マツリの手話は日常会話が出来るレベルなのだ。と察せられる。人は見かけによらないらしい、と気づかされた。
しかし、
【いえ、残念ながら手話は通じないかと。すみません。でも、俺は彼女達とコミュニケーションがとれますから、もし伝えたいことがあれば俺に言ってください】
【わかりましたわっ。……あ、そうですわっ。わたし、今日の午後5時から暁月大社の中央で暁月神楽を踊りますの。よければご覧になって。後ろのお二方にも、そう伝えてくださいましっ】
【わかりました。ご招待、ありがとうございます】
微笑みを浮かべるノートン。と、その時だった。
不意にある方向から笛の音が聞こえて、マツリはしまった、という表情をした。
【い、いけません、失念していましたわ……! そろそろ本番前最後の神楽の練習が始まりますのっ。ユンファ、行きますわよ! ……いえ、ユンファはやっぱり来ないでくださいまし。貴方には本番で初めてお見せしたいですわっ】
【はぁ】
【ですから、貴方は焼売のお店に並んでいただけるかしらっ?】
【はぁ?】
【ちょうど練習場と同じ方向にあったはずですのっ。思い出したらお昼休憩の時間に食べたくなってしまって……ついてきてくださいましっ。それでは皆様方も、失礼いたしますわーーーっ!】
そう別れの言葉を告げて、食事中だったユンファの手首を掴み、竹林から勢いよく出店通りの方に戻っていくマツリ。相変わらず嵐のようなマツリとそれに振り回されるユンファの図に、シャロ達は苦笑いを浮かべながら2人を見送るのだった。
*
その後、3人は暁月大社各地を巡り、わたあめや唐揚げなどを入手すると、知り合いの宝蘭組隊士に差し入れて回った。
【うめぇ! やっぱり揚げたての肉は最高だぜ】
とは、キバクの発言である。専用の武器らしい金棒を背負っていた彼は、3人が差し入れた唐揚げをペロリと平らげてしまった。
【ありがとうございます! これ、お返しであります。良ければ受け取ってください】
とは、メイユイの発言である。いちご飴を受け取った彼女は、代わりに自らの能力で生み出した虹色の飴玉を3人にくれた。
【やったぁぁぁーー! しかもピンクと紫でうちの色やん! 気の利いたことするなぁ、お小遣いもっとあげよか?】
とは、ハナマルの発言である。グラデーションのかかったわたあめを受け取った彼女は、祭りの参加者が大勢居る場にも関わらずそんな冗談を言い、ノートンのお小言を受けて【嘘やん嘘やん、帰ったら渡したるから待っててな】と笑った。
【あ、それと、今日の祭りはうちの孤児達も来てんねんけど。あの子らはしゃぐと周り見えへんようになるから、もしトラブル起こしたり起こしそうだったりしたら助けてやってくれへん? 見かけたらでええから】
【あぁ、わかった】
【すまんなー、助かる。ほんじゃあ、引き続き楽しんで!】
その言葉を最後にハナマルとは別れた。
来る11時。結婚式が行われる社殿付近には、大勢の人々が集まっていた。
参列には人数制限がかけられていたため、押し合い潰し合いの惨事には至っていなかったが、両腕を広げれば必ず誰かに当たる程度には人口密度が高かった。
なお、集まっていると言っても参列者は、社殿前に待機しているわけではない。新郎新婦らが通るための、社殿をゴールとしたある1本のルート。それを作る柵の外側にしか立てないようになっており、そこに皆揃っていた。
――マツリ達と別れ、ギリギリ参列に滑り込み、今か今かと式の始まりを待っていた時。シャロがある方向を向いた。
「ん……?」
「どうした? シャロ」
「いや、フィオネの声が聞こえたような気がして……気のせいだよね」
「……」
シャロの発言に、ノートンは今朝のことを思い出して口をつぐむ。が、『そうだろうな』と肯定して、社殿の方に向き直った。
――あちらこちらから、小さな話し声が聞こえていた境内だったが、不意に聞こえた笛の音がそれを静めた。
笛の音の方向を見ると、30数名で構成された行列が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていることに気づく。
列の先を行くのは大巫女スーァン。その次に2人の巫女と4人の笛吹がおり、1人の太鼓持ちがおり、マオラオに似た女性と、マツリ王女が続き、
「――!」
シャロが息を呑んだ。
列の中央には、雪のように白く、上質そうな着物に袖を通したマオラオが居た。後ろの巫女に赤い番傘を差されていて、顔に影がかかっているためどんな表情をしているのかまではわからなかったが、確かに彼だった。
というか、行列の中で一際小さかったので疑いようがない。
厳かな衣装に身を包む彼の姿に、思わず目を奪われかける一同。だが、
「マツリちゃんと身長変わら……いや、抜かされてない?」
「さっきお会いしたときシャロさんと同じくらいでしたから、抜かされてますね多分」
平均180センチくらいであろう行列の中、あまりに目立つ彼の小ささにそれどころではなくなる。周囲の者たちもその存在に驚いているようで、【婚約者は子供なのか?】という内容の話し声が、四方八方からひそひそと聞こえ始めた。
その話し声も、しゃん、と鳴った鈴の音に静められたが。
「……あれが、花都シグレミヤの女王」
笛と鈴、太鼓の音だけが響く境内の中、ノエルが小さな声で呟く。
マオラオの隣を歩く、白い衣装に身を包んだ黒髪の女性。
同じく番傘を後ろから差されており、どんな顔をしているのかわからないが、2メートルはありそうなその身長と、洗練された身のこなしが見る者を圧倒する。
あれが鬼の国のトップ。あれがマオラオの婚約者。あれがペレットを悪病に犯した張本人。
そう考えているうちに、行列は社殿の前にやってきた。
――式が始まった。
*
そこからは意外と早かった。
巫女が笹の枝のようなものを振って境内を払い、盃いっぱいの酒や稲穂、野菜などを社殿の前に設置した台に並べる。スーァンが祝詞を読み上げて、マオラオと女王も誓いの言葉を述べた。
そして、いよいよ首飾りをかける時が来た。
スーァンが本殿から小箱を持ってきて、箱を開け、首飾りを取り出す。
出てきた首飾りにぶら下がっていたのは、鉱石のようなものだった。
初代国王のツノの欠片だというそれは、研磨していないらしく不恰好な形をしていて、血のような緋色であり、昼前の陽射しを跳ね返して煌めいていた。
小指ほどの大きさしかないが、あれが大西大陸と同じ価値を持っているとは。
宝石にも勝る美しさに見惚れて、または首飾りを売って豪遊してみたいと下賤なことを考えて、あるいは初代国王に思いを馳せて――抱く気持ちはきっと様々だっただろうが、今、参列者の目はその首飾りだけに集められていた。
それらの視線をものともせず、スーァンは首飾りをマオラオに手渡した。
受け取ったマオラオは女王の方に向き直り、女王は首飾りをかけてもらうために少し身をかがめて、首を前に傾ける。
これで首飾りがかけられ、スーァンの言葉で締められれば結婚式は終わる。正式に2人は夫婦と認められ、同時に花都シグレミヤの実権がマオラオに移る。
そんな歴史が動く瞬間を、皆が固唾を呑んで見守っていた、その時だった。
ふと、1人の参列者が狂ったように笑い始めた。シャロの後ろに居た男だった。
【ひゃ、ひゃはははははっ、あははははは!!!!】
突然の狂笑に誰もがそちらを振り向く。女王に首飾りをかけようとしていたマオラオの手も止まった。
皆の視線を受けながら笑う男は、至って普通の町人のように見えた。顔も服装も人混みに消えればわからなくなってしまいそうな平凡なもので、手首にはしっかりと通行証明証が――赤い紐が巻きつけられている。
しかしこの瞬間、誰もが彼を異常で、異端な存在であると認識していた。
【な、なぁ、あんた、どうしたんだい急に!】
男の妻だろうか。隣に居た女性が、突然様子のおかしくなった男に戸惑い、結婚式を止めてしまったことに焦りながら、声をかける。そこへ人混みをすり抜けてきた宝蘭組の隊士の1人が到着し、無理やり男を会場からつまみ出そうとした。が、
【ひゃひゃひゃひゃひゃ、きひゃひゃひゃひゃひゃ!!】
奇妙なことに、笑い声は別のところからも聞こえた。
やがて連鎖するように、あちらこちらから聞こえ始めた。
「な……なに……?」
突然の異常事態に困惑するシャロは、身の安全のため、背後で笑う男から距離を取ろうとする。と、その時。
男の笑い声が急速に苦しげなものになり、比例して、男の身体が肥大化した。最初は腹が膨れ上がって、次に頭、手、足が膨張する。やがてぱんぱんに膨れ上がった肉体は変形して、筋骨隆々のものに変わった。
周囲の観客達が、悲鳴を上げて一斉に逃げていく。
「な――」
「シャロ、下がれ!」
言いながら、ノートンがシャロの腕を引く。その力はあまりに強く、シャロの首ががくんと揺れて、転ばんとする勢いで身体が後傾した。一方、怪物と化した男は絶望する妻の手前、宝蘭組の隊士の頭を鷲掴みにして、
【――血華万晶】
悲鳴の中で、冷たい声がした。
瞬間、怪物の身体が爆散した。大量の血が、体液が、隊士に、妻に、シャロにかかる。散らばった肉塊が、びしゃりと地面に叩きつけられた。
ほぼ同時、境内の方々から同じ破裂音が聞こえて、血飛沫が上がった。
血飛沫の近くに居た人々は、皆同様の反応をして社殿から離れていく。気づけばその場に残っていたのはマオラオと女王、マツリ王女、スーァン、シャロ・ノートン・ノエル、ハナマルを始めとする宝蘭組の数人だけだった。
あまりにも閑散としてしまったため、自然とマオラオの視界にシャロ達が入る。
3人の姿を見つけた彼は、紅色の目を見張り、何かを堪えるように口を引き結んだ。まるで、何かへの罪悪感を抱えているようだった。
そんなマオラオには目もくれず、女王がシャロ達3人を見やった。
冷たい視線が突き刺さり、ノエルは萎縮する。猫に睨まれた鼠――ということわざが大南大陸にあると聞いたが、まさにこのことだろう。命を握られる感覚。圧倒的上位の存在に捉えられ、嫌な汗がじっとりと滲み出る。
【――貴方がたでは、ないようですね】
そう言って、女王が手を掲げた。すると、境内中に撒き散らかされていた血が、時間を巻き戻したように宙へ浮き上がった。そして、全て女王の手元へ集結。
集い、大きな塊となったそれらの血は、スライムのように自在に形を変え、最終的に薙刀のような形を作って結晶化した。
その赤い薙刀を握りしめた女王は、それを振り下ろして自身の横に構えると、
【さて。歴史を壊した責任を、貴方はどう取ってくれるのでしょうか】
一体誰に向けた言葉なのか、そんなことを溢した。
彼女の言葉に、南西語がわからないシャロとノエルは女王への警戒を行い、それ以外の南西語がわかる者たちは見えない襲撃者への警戒を行う。
――強い風が吹いた。
揺れる木々が花を散らし、花びらが青空に舞い上がる。
ふと、声がした。
【相変わらず無愛想な女じゃ。祝辞を述べに来た実の妹に歓迎の言葉もなしとは。夫の気苦労も知れるな。悪いことは言わん。早う別れた方が身のためじゃぞ、童】
【――!】
その声を聞き、振り返ったマツリは言葉を失った。
同じく振り返ったノートンとハナマルは驚き、シャロとマオラオは固まり、メイユイとキバクは警戒を強めるように眉根を寄せる。ノエルは驚いたような困ったような複雑な表情だ。スーァンは口を開きかけたが、すぐに真一文字に結んだ。
声の主が現れたのは、社殿の屋根の上だった。
姿は2つ並んでいる。
1つは長い赤髪を風に泳がせる女だ。硬質な制服に身を包んでいる。胸囲以外はすらりとした身体をしているが、見る者が見れば、彼女が一流の格闘家であることがわかるだろう。なお、こちらを見下ろす目は冷めていた。
もう1つは肩で黒髪を切り揃えた女だった。絵の中から現れたと錯覚するほどの美貌を持ち、グラマラスな肉体を白のブラウスと黒のスキニーパンツという質素な服装に押し込めている。黒と白で構成された中、鮮やかな赤い唇が印象的だった。
マルトリッドと、イツメ=カンナギである。
イツメは、憎々しげな色を宿して白無垢の女王――セツカ=カンナギを見下ろした後、ふっと苛立ちを表情から消して、喉元の影に手を突っ込んだ。
ぬるり、と影の中から刀が引っ張り出される。
イツメは嘲笑した。
【その白い襟を直せ。今よりそれは、死装束じゃ】




