第157話『強そうな四字熟語を募集中』
翌日の朝7時。昨晩の襲撃を耐え抜いた宝蘭組の大広間では、襲撃に対する対処法を決めるための会議が行われていた。
集まっているのはハナマルとメイユイ、フィオネ、ノートン、その他20名ほどの宝蘭組の隊士だ。うち何人かは負傷しており、ところどころに見える手当の跡が痛々しい。が、慣れているのか彼らはみな厳粛な面持ちで臨んでいた。
【――次に、あのバケモンを調べてわかったことを共有する】
そう言ったのは、議長であるハナマルである。
昨晩駐屯していた311名の隊士のうち死傷者が27名で済んだのは、彼女が化け物の殆どを相手取っていたお陰であり、彼女の行いは讃えられるべきことなのだが、部下が死傷したことには自責の念が絶えないようで、浮かない顔をしていた。
【まず、あれらの正体は――屯所の近隣に住んでた人たちやった】
彼女が重々しく呟くと、引き締まっていた隊士たちの表情が僅かに変わる。きっと彼らには日々の見回りなどで顔見知りになった住民たちが居たのだろう。もしかするとあの人も――と嫌な想像に苛まれていることは、側から見て予想がついた。
【まぁ、悪趣味なやつが彼らに似せてアレを作ったとも考えられるけど――ほくろや火傷、打撲痕の位置みたいな、身体的な特徴が被害者の家族の証言と一致したんと、近所からごっそり住民の姿が消えとったことから、高い確率で本人やと思う】
【そして、これまで『身体に異変が起こった』という通報はありませんでしたから……恐らく、彼らはあの一夜で急変したものと考えられます】
補足したのはメイユイだ。昨晩腹に大ダメージを喰らった彼女だが、一晩で全快したようで今はケロリとしていた。
【せやろな。ほんで、ここからは第3番隊――医療班が調べてわかったこと。ズーハォ、説明頼んだ】
【はい】
ハナマルに指名され、いかにも医者らしい理知的な風貌をした男が立ち上がる。
彼曰く、死亡した化け物は2〜3時間すると、泥のように溶けたらしい。大幅に活性化させた反動で、細胞が異常を起こしている、というのが3番隊の推測だそうだ。
【で、そうなったんは一体何のせいかって話やねんけど――妖力にしてはあまりにも対象の数が多い。やから、なんらかの薬品を使っとるってにが1番可能性としては高いやろな】
というのも、妖力――これはシグレミヤなりの言い方であって、ただの特殊能力のことである――は、使えば使う分だけ心身に影響を及ぼすという学説があるのだ。
なお、何かに影響を与えるものほどダメージが激しいという傾向にあり、例えば、『空間操作』という環境そのものに作用する能力を持つペレットは、異常なまでにダウンが早い。
このことから犯人の使った手が妖力であった場合、多数の人体に作用しているので代償も大きく、下手をすれば死んでしまうので妖力ではない、と推測しているのだ。
【ほんで、あの襲撃が誰によって仕組まれたもんなんか、って話なんやけど】
そう言った瞬間、議席にピリッとした緊張感が走る。
下手をすれば身内による犯行もあり得るし、自分があらぬ疑いをかけられる可能性もある。気は抜けない瞬間だ。そう彼らが神妙な面持ちで次の言葉を待っていると、ハナマルはフィオネとノートンに目をやった。
【ヨウスケ達を助けてもらった以上、あんたらを疑うんは心苦しいんやけど……しょうみ、あの侵入者はあんたらと関係がある、と思っとる奴らが大半や】
【……そう。まぁ、仕方のないことね】
あらぬ疑いをかけられるも、フィオネは納得といった表情で目を瞑る。
戦争屋が現れたその日の夜に、あんな出来事が起こったのだ。戦争屋が何か仕組んだのではないか、そうでなくても外の世界から何かを連れてきてしまったのではないか、と考えるのは道理である。
【まぁ、あまりにも疑わしいようなら行動を制限してもらったり、あるいは身体検査をしてもらっても構わないわ】
『マオラオへのアプローチは済んだから、あとはシグレミヤの解放を待つだけでやることはないし――』と続けようとして、フィオネは口をつぐんだ。この流れだとマオラオも国家転覆の要員だと思われるかもしれない。
もしそうなったら、女王との婚約は破棄になりシグレミヤの戒厳令は解除されなくなる。すなわち、外に出られない。
最悪、大人しく血霧が消える日を待っても良いが――否、テロリストとして疑われている以上、どのみちシグレミヤからは出られないのだろう。
深く思慮するフィオネの手前、ハナマルは少し無理をしたような笑みを浮かべ、
【はは、仮にあんたらが犯人やったとして、既に外部に根回しが済んでたら意味ないねんけどな。一応そうさせてもらうで。トンツィ、シャロちゃん、ノエルちゃんは潔白が証明でき次第解放する。けど、フィオネはしばらく行動禁止や】
【あら? 何かしていたかしら、アタシ】
【あぁ。あんただけアリバイが薄いねん。他の3人は昨日、屯所に帰ってからずっとメイユイとおった。けど、あんただけは違う。うちと縁側で酒を呑む前に、1人でどっか行ってたやろ】
【まぁ。見られてたのね】
驚いたように片頬を押さえるフィオネ。フリではなく本当に驚いているようだったが、言及されて焦る素振りはない。これだけだとフィオネは白に見える。
まぁ、実際白なのだが、もし黒だったとしても同じ反応が出来るのだから、この男は怖い。と、隣に座るノートンは思う。
【とりあえず、あんたらの処分はこんなもんか。当然、隊士も順次取り調べをするからな。この後メイユイに呼ばれた奴は、すぐうちの部屋に来るんやで】
そう言って、うんと背伸びをするハナマル。彼女は立ち上がると、大広間から見える外の庭に目をやって、
【それと、今日見回りの奴は裏口から出るように。表の門は今、新聞屋がバンバン叩いててうるさいから。もし裏口から出ても遭遇したら、適当に断るようにな。情報が揃ってへん中で下手なこと言うても、新聞の読者が混乱するだけや】
その忠告を締めに、今日の会議は終了した。
*
幸いにもシャロ・ノエル・ノートンの取り調べはすぐに終わった。取り調べの結果、襲撃の原因とは関係がないと判定された3人は拘束を解かれ、隊士同伴の場合のみ外出を許された。
一方フィオネは取り調べを行ったところ、発言の内容に一貫性はあるがハナマルとの晩酌前に不在だった理由を『散歩』としたために怪しく思われており、未だ宝蘭組の屯所に拘束されていた。
取り調べが終わると、殆どの隊士が屯所を出て行った。昨晩宝蘭組が謎の化け物集団に襲撃に遭ったことを受け、同じような被害が町で出ないように、見回りの体制を強化することになったのだ。
それによって少なくなった留守番組も、精神を引き締めるため今日は非番の者を作らず、皆何かしらの仕事につかされていた。
メイユイも同様だ。
「私はキバク先輩と一緒に見回りに行ってくるであります。皆さんはどうされますか?」
とは、戦争屋の3人が寝るために貸し出された畳の部屋で、メイユイが放った発言である。
「良ければですが、一緒に見回りに行きませんか? 多分、今日1日は宝蘭組もピリピリしていますし、居心地が悪いでしょうから……」
「いいの!? えっ、どこを通るの?」
「至って簡単でありますよ! 昨日マツリ王女と出会った大通りを通って、山を登って暁月大社をぐるっと回って、別の山道から降りてきて、別の大通りを通って帰ってくるだけです。体力はいりますが、迷うことはないでしょう」
「うぅーん……でも、色んな人に見られちゃうのかぁ……マオもまだ女王様と進展ないみたいだし、まだ外に出るのは危ないかな?」
シャロがそう聞いたのはノートンである。暇だったのでノエルに囲碁を教えていた彼は、一旦碁石を打つ手を止めて、
「メイユイとキバクがついているなら問題ないだろう。2人は国民に信頼されてる。多少怪しまれても、2人がごまかせば信用してくれるはずだ。念のため、まだ香水をつけておく必要はあるだろうが……メイユイ、構わないか?」
「ぐっっっ……え、えぇ、それくらい、ごふっ」
「メイユイちゃん!?」
精神に大ダメージを受けているようで、まるで本当に血を吐いているかのような迫真のリアクションをするメイユイ。やはり奮発して買った香水が自分以外の者の手によって減っていくのは堪えるらしい。
「や、やっぱりやめようかな、ウチも囲碁打つよ」
「い、いえ! 大丈夫であります、大丈夫、大丈夫……」
「言い聞かせてる……!? め、メイユイちゃんが良いんだったら……あ、そうだ、ウチ今お金持ってるじゃん!」
突然そう言って袂を漁るシャロ。彼が取り出したのは、小さな巾着袋だった。
ノエルが首を傾げる。
「いつの間に持ってたんですか?」
「うん、昨日の夕ご飯の時に酔っ払ってるハナマルさんがくれたんだ。なんか言ってたんだけど……」
「あぁ、あの時か」
夕食時のことを思い出すノートン。
ハナマルの声はとにかく大きいので、大勢が一斉に食事をする大広間でも端から端まで聞こえるのだが、確かに『あんたの顔、うちの小さい時を思い出すわ! はは、気分がええからこれやるわ!』とシャロに何かを渡している時があった。
てっきり飴か何かを渡しているのだと思っていたが――その財布の緩み具合は少々心配になる。袋のサイズからして大金は入っていないようだが。
「まぁ、良いんじゃないか? 大した額じゃないし、自分で渡した金を返せとは言わないだろうからな。ただ、勝手にシャロを同行させていいのか? 一応、そういったことを決めるのはキバクなんじゃないのか」
「ねぇ、さっきから言ってるけど、キバクって誰――」
と、その時だった。部屋の障子が、弾けんばかりの勢いで開けられた。そして、
【――一騎当千、国士無双、英雄豪傑たぁ俺様のことよ。俺様の名はアラシヤマ・キバク、人呼んで魁傑のキバク様だぁ!!】
1人の男が現れた。
魁傑という言葉に違わない、筋骨隆々のやくましい肉体の持ち主だった。身長は2メートルをゆうに越えている。逆立ったオレンジ色の頭髪と強い目力は、他者を怯ませる迫力と、百獣の王を思わせる風格を兼ね備えていた。
ただし今のシャロ達においては、風格ではなく、その奇人ぶりに気圧されていたが。
「あっ、紹介します! こちらが件のキバク先輩であります。宝蘭組第1番隊の隊長さんであります。頭はおかしいですが、決して悪い人ではないであります。あと、お連れする許可は頂いているので、安心してくださいであります」
【おうおうおう! うちのメイユイが語彙の限りを尽くして俺様の生き様と功績を語っているであろうところ悪ぃが、早くしねえとドヤされちまうんでな! 全員ついてこい! 俺様の活躍を最前列で魅せてやる!】
「――とのことであります」
「……」
メイユイの通訳でより鮮明になるキバクの奇人さに、つい押し黙るノエル。
単純にテンションが振り切っていることもそうだが、昨日の今日で惜しげもなく笑っていられる彼は、誰もが厳粛な面持ちをしていた今朝の宝蘭組を見た立場からすると、異常者そのものだった。
苦笑いのノートンが、軽く酷いことになっている空気の中『じゃあ』と話を進めようとする。
「シャロとノエルで行ってくるといい。取り調べが済んでるとはいえ、俺がうろついてると隊士が緊張するだろうし、メイユイの香水もあまり消費したくないからな。ノエル、囲碁の続きは夕食後にやろう」
「わ……かりました。キバクさん、メイユイさん、よろしくお願いします」
「オネガイシマス」
ノエルにならってシャロもぺこりと頭を下げると、なんとなく言われたことを汲み取ったのか、キバクが豪快に笑いながら2人の頭をわしゃわしゃと撫でる。
そして彼が機嫌良く部屋を出て行くと、シャロとノエルは乱された髪をむっとした表情で直して、キバクを追いかけて行った。
残されたメイユイもノートンと二言、三言話すと、部屋を出て、障子を後ろ手で閉める。
【――騙してしまって、ごめんなさい】
そう、俯きがちに呟いた彼女の声を、耳にした者は居なかった。




