第18話『度量と身長は=らしい』
後に自身を新人なのだと2人に話した少女・ミレーユだったが、彼女の説明は非常に丁寧でわかりやすかった。シャロ達も少女の真摯な姿勢を見て、真面目に取り組むほかなく、ひとまず初歩中の初歩の掃除技術を教えてもらい仕事を完遂。
ミレーユからも『これならセレ……メイド長に見られても怒られませんよ!』とお墨付きを頂いた。まるで過去に怒られたことがあるかのような口ぶりだった。
「ふー、掃除ってこんなに奥が深かったんだね」
「な〜にやりがい感じてんスかシャロさん。俺ら掃除しにアンラヴェルに来たわけじゃないんスけど?」
汗の量と達成感の釣り合う、真っ当な仕事をやり遂げた感動に震えるシャロを、呆れたような顔で見つめるペレット。しかしそんな視線など気にも留めず、感慨に浸るシャロは『いや〜』と恍惚とした声をこぼす。
が、掃除用具を片付けてくれていたミレーユが、こちらに戻ってくるのを目にすると、シャロはハッとしてペレットの肩をつついた。
「ミレーユちゃんさん戻ってきたから、早くお花畑になって」
「なんスかお花畑って……あっ、ありがとうございますぅ〜」
「え、あ、いえ! 慣れてない仕事をするのは疲れるでしょうから、休める時に休んで頂かないと。それより、この後は何か指示をされているんですか?」
「あっ、いや、シャロちゃん達は何も言われてない……ですね……」
「そうでしたか。では、忙しそうな先輩に声をかけてみると良いと思います。運が良ければ仕事のやり方を教えてもらえますよ。あと、もしまた何かあれば、私を探してください。教えられることは、なんでもお教えしますので!」
そうにこやかに告げて、『では』とどこかへ行こうとするミレーユ。だが、すぐさまペレットに『あっ、すみません〜』と引き止められ、その背中が振動する。
「な、なんでしょうか」
「あのぉ、ご存知でしたらお聞きしたいんですがぁ……この宮殿の中にぃ、使用人の立ち入り禁止区域ってあるんですかぁ?」
「えっ、立ち入り禁止区域……ですか……?」
突然の妙な質問に、怪訝そうな顔をするミレーユ。彼女はちらちらとペレットを見て訝しんでいたが、青い髪を耳にかけて『あぁ』と思い出したように呟くと、
「そういえば宮殿には、犯罪者を捕らえる地下牢があると聞いたことがあります。どこにあるのかは私も知らないのですが、そこに入ってしまうと多分、すっごく怒られてしまいますね。あとは、中央エリアの一部……でしょうか」
「中央エリア?」
シャロが聞き返すと、ミレーユは『えぇ』と頷いた。曰く、アンラヴェル宮殿の真ん中にある建物には、大聖堂や教皇の私室といった場所があり、行事の日以外にそこへ入ることが出来るのは、限られたメイドや聖騎士だけなのだという。
「……なるほど、わかりましたぁ。ありがとうございますぅ」
頭を下げてお礼を言い、今度はちゃんと彼女と別れると、シャロとペレットはその場で向かい合って作戦会議をする。
幸い、聖騎士の私用エリアであるここは、この時間帯には誰も居ないようで、ある程度大きな声で会話をしても大丈夫そうだった。
「どうしますか、中央エリアが怪しそうですが……」
「ね。けど、教皇さまの部屋があるなら、警備は厳重そうだよね……」
と、3階の廊下の窓から雪の中庭を見下ろしつつ、悩んでいたその時だった。突然、2人が耳に差し込んでいた『超小型無線機』が、ノイズ音を立て始めた。
*
その音が聞こえた瞬間、2人は即座に耳を押さえた。
無線機が音を立てているということは、ギルとマオラオのどちらかが、こちらに通信を飛ばそうとしているということ――つまり、どちらかは無事だったのだ。
どちらなのかはわからなかったが、2人は息を呑んで通信が繋がるのを待った。
《あ、あー。テステス……こちら、マオ……こえる……聞こえ……返事を》
「――ま、マオ!?」
シャロが声を上げる。繋がったのはマオラオだった。
彼の声と一緒に、風の吹く音も聞こえた。どうやら彼は外に居るようだった。
「どうした……いや、今どこに居るの!?」
《あー、今はな……えっと、屋根の上に居るんやけど……あぁ、今ちょうどあんさんらが見えるわ。2人とも、西エリアの3階の廊下におるやろ? えっとな、中庭側を見てもらって……向かいの城壁、東エリアわかるか?》
「え? う、うん……うぇぇえ!?」
マオラオの指示に従い、窓から見える東側の城壁を見て絶叫するシャロ。何事かとペレットが同じ方向へ目を向けると、
「は……!? あの人何やってんスか……!?」
そこには、城壁の屋根にへばりついたメイドの姿が――マオラオの姿があった。彼は高所に吹く風に黒いスカートを揺らし、こちら側を、西エリアを見ていた。
「な、なんでそんなところに居んの!?」
《その、色々あってな……オレら、あれから中庭に転移したんやけど。その中庭に聖騎士の……あの、前に酒場で見た眼鏡で緑色の髪の、あの人がおってな? その真ん前に来てしまってん。……あの人、聖騎士団長やったらしいな》
「眼鏡のって、あのでっかいおじさんを捕まえてた人? お、おおぉぉぉう……」
《せや。そんでな、ギルが囮になってオレの逃げる時間を稼いでくれたんやけど、なんや後からどんどん増援が来よって、ギルが捕まってしまったんや》
「エ、嘘でしょ? ギルさんがそんなダサいこと……いや、するか」
《うーん……オレも普段やったらギルが捕まるなんてないと思うねんけど。今回、人殺すなーいう縛りがあったからなぁ……まぁ、お陰でオレは逃げれたんやけど。ただ顔は覚えられたやろから、正面切って神子の捜索は出来ひん。悪いけど……》
「そっか、じゃあウチらが動くしか……でも、そしたらマオは? どうするの? 多分この任務、1日2日じゃ終わらないと思うんだけど……」
《うーん、外でずうっと過ごすことになるかなぁ……あ、でもな、1個有力そうな情報を持ってきてん! あんな、オレの特殊能力『監視者』があるやろ? それで色んな建物の……回って、怪しい……がな……てきてん……》
と、話している最中に誰かが見えたようで、屋根をよじ登って向こう側へと身を隠すマオラオ。動いたせいでマイクが風を拾い、通信に激しいノイズが入る。
「……えっと、すみません。もう1回言ってもらってもいいスか」
《あぁーすまん、えっと……オレの持ってる、千里眼みたいな能力があるやろ? それでぐるーっと宮殿の中を見て回ってきたんやけど、一箇所だけ中がどーしても見れへん場所があってんな》
「女風呂ですか?」
《違うわ! 大聖堂とかがある、中央エリアの1番高い塔! 城みたいなえらいデカい建物に、塔が建っとるやろ! そこの1番上の部屋が全く見られへんねん!》
「うわ声うるさ……。えっと、中央エリアって……あ、さっきミレーユさんが、特定の使用人しか入れないって言ってたところじゃないっスか」
《ミレーユさん? はよう知らんけど、立ち入る人間が決められとんなら、居る可能性は高いわな。神子やなかったとしても、何かしらあそこにあるって思っとる。そうじゃないんなら、認識阻害までする理由がわからんからな》
「じゃあ、そこに神子の人が居ると仮定して……どうする? そこって、頑張れば侵入できそうな感じだった?」
シャロが尋ねると、マオラオは『うーん』と歯切れを悪くさせる。
曰く中央エリアには異様に聖騎士が集中しており、全ての目を『誰も殺さない』という縛りつきで欺くのは至難の業だろう、とのこと。
しかし、だからと言って諦めるわけにはいかない。どうにかして警備網を潜り抜け、塔の最上階の部屋に入らなければならない。
《オレが騒ぎを起こして引っ掻き回すから、その間に入ってもらうしかないな》
「って言っても……具体的にどうするつもりなの?」
《安心せえ、案はきちんとあんねん。とりあえず、あんさんらが今いる西エリアの3階の上にある塔――そこに暖炉用の薪が保存してあるみたいやねんな。それを、シーツか何かで包んで持ってきて欲しい》
「ハァ? 薪ぃ?」
《せや? なるべく沢山、でも盗んでもバレへん程度にな》
「……何考えてんスか?」
《――オレ、人の興味を引くんは明るいものやと思うねんな》
「あっ、この人ボヤ騒ぎ起こそうとしてる」
「あ、あれ? フィオネ同盟組みたいって言ってなかった? も、燃やすの? 将来同盟を組むかもしれない国の宮殿」
《しゃーないやろ! とにかく、用意が出来たらオレの方から行く。せやな、人の目は少ない方がええ。夜中にその塔の中で会おか? 多分、1日じゃ足らへんし、せめて2日、毎日同じ時間に……あ、向こ……聖……悪い、切るわ!!》
ぷつっと通信を切ったのと同時に、窓の向こうのマオラオは慌てて屋根を走り、塔を使って東側の城壁を器用に移動していく。
最初はその様子を目で追っていたシャロ達だったが、相当上手く隠れたようで、2人の目にも彼の居場所がわからなくなってしまった。
2人は腕を組んだり顎に手を添えて、思案の体勢を取りながら顔を見合わせる。
「薪……だって。暖炉用の薪が西エリア3階の真上の塔にあるって言ってたけど、まずベッドシーツがどこにあるかだよねぇ……今使ってるものは、剥ぎ取っちゃうと後がめんどくさそうだし、新品のをこっそりもらうしかないかなぁ……?」
「えぇ、かなりギャンブル要素が強いと思いますけど……やるしかなさそーっスね。適当に先輩メイドを捕まえて、ベッドシーツがある場所を聞きましょう」
2人はそう言って頷き、本格的に打ち合わせをし始めた。
*
そして、その日の深夜23時――西エリア屋上の塔にて。薪の受け渡しを予定していたマオラオ達3人は、塔の中にある長い螺旋階段で再会を果たしていた。
階段の1番上の段に居るシャロは、薪をギリギリまで詰めたシーツの包みをペレットからバトンの如く受け取り、下段に居るマオラオへと渡しながら、
「ん、これと……これ。めちゃくちゃ重いけど、マオ1人で2つとも持てそう?」
と、尋ねる。
ちなみに包み全体の重さは、薪の保存部屋にあった重量計で計ったところ、1つあたり約40キロもあった。それを2つも同時に持とうというのだから、シャロはマオラオの細い腕が千切れないか心配でならない。しかし、
「大丈夫や、遠征の前にしっかり鍛え直したからな。オルレオん時は野菜の紙袋もろくに持てへんかったけど、今なら馬くらいなら持ち上げられるわ」
螺旋階段の壁掛けのオイルランプに照らされながら、自慢げな表情で両手に薪の包みの結び目を握るマオラオ。俗に言うドヤ顔だ。もちろん凄くはあるのだが、小さな身体のせいで不恰好に見えるのが、彼の可哀想なところだった。
「ちょーっと運動するだけで格段に体力が上がるなんて、お得な体質してますよねぇマオラオ君。羨ましいっスよ俺は」
薪の保存部屋から戻ってきたペレットが、階段を下りながらそんな発言をする。普段の態度のせいで嫌味のように聞こえる口ぶりだったが、実際その言葉にはただの羨望以上の意味も、以下の意味も込められていなかった。
「んふ、ええやろ? ただ、動かんとすぐ衰えるから、便利なようでかなり不便なんやけどな……」
と、マオラオが機嫌良さげに話していた、その時だった。
突然、巨大な腹の虫の鳴き声が、石の塔の中で木霊した。
「……」
シャロとペレットが音の聞こえた方向を見れば、そこに居たのは頬を紅潮させて目を逸らしているマオラオだ。
実は今日の朝以降何も食べておらず、だというのに宮殿内をずっとこそこそと動いていたので、空腹度が限界に達していたのであった。
「……ペレット、一旦マオを連れて戻ろっか。向こうでウチらのご飯もらってこようよ」
見かねたシャロが提案すると、ペレットは珍しく彼に同調し、
「そうっスね。空腹の人を夜の雪国に放るのも、気分が悪いですし。マオラオ君、実は俺ら使用人のエリアに空き部屋見つけて居座ってるんス。とりあえず、そこに移動しましょうか。まかない持ってきてやりますよ、かわいーい後輩の俺が」
「えっ!? いや待て、オレやったら2日くらい食わんでも持つし、多分まだ探されとるオレを宮殿の中に連れてくのは無謀……」
「人の厚意を無碍にするつもりっスか? そんな度量だから背も小さいんスよ」
「ハァ!?」
急に辛辣なペレットの発言に、声量を上げるマオラオ。その手前、ペレットは螺旋階段の踊り場に跪いて、冷たい床に両手を当てる。そしてしばらく触れ続け、淡い紫色に光る幾何学模様の転移陣を作り上げると、
「ほら行きますよ、チビ」
と、包みを奪い取って転移陣へ放り投げ、二の腕をむんずと掴んで誘導。『チビじゃなっ、待っ』と喚くマオラオに、無理やり転移陣を踏ませるのであった。




