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Re:Make World‼︎  作者: 霜月アズサ
第6章 寂寥の赤鬼 編

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幕間1『歪な婚約、歪な姉妹関係』

 すっかり日が沈み、神薙(かんなぎ)城を囲む湖が黒い水面に月を映していた頃。


 マオラオは、神薙城の広間の前に立っていた。


 目の前には龍が描かれ、金で飾られた屏風がある。この1枚を隔てた先にはどうやら、最近世間を賑わせている花都シグレミヤも女王がいるらしかった。


 少年は深呼吸をして、今日の出来事を思い出した。


 気分転換にと暁月神社を訪れようとして、道中で遭遇したメイユイ。久しぶりに会った彼女とは気まずい空気の中なんどか、今は何をしているのだとか、今の季節は何が美味しいのだとか、たわいもない話をして過ごした。


 最中、不意にメイユイが口にしたのが、戦争屋の――戦争屋という言葉は使われなかったが、確かに彼らの話だった。


 まさかメイユイから戦争屋の話をされるとは、戦争屋がシグレミヤに介入してくるとは思っていなかったマオラオ――正直言うと想定済みだった――は、自身の運命を呪った。

 幸い、自分を連れ戻しに来たわけではないようなので良かったが、どこかでばったり出会うことがあればメイユイよりも気まずい空気になっていたはずだ。


 それをわかっているのかいないのか、メイユイが戦争屋について話があるというので、一時は身構えたものだったが。


 戦争屋の1人が黒痣病というものにかかっていること、血霧によって全員がシグレミヤから出られなくなっていることを聞いて、マオラオはかなり時間をかけて考えたのち、メイユイの、女王と結婚して欲しいという申し出を受け入れた。


 受け入れた理由はもちろん、ニンゲンである彼らがこのシグレミヤに長期滞在すれば、何が起こるかわからないからだ。あんな別れ方こそしたが、彼らのことが嫌いになったわけではないのでである。死なれたりしたら困る。


 当然、女王が自分との婚約を受け入れるかどうかは賭けであったが、女王は自分がこの国を統治するか、マオラオに治めさせるかを選ぶしかなく、彼女の性格を考えれば可能性としてはなくもなかったので、あとは話の運び次第だと思っていた。


【――話は聞いています。入りなさい】


 屏風の向こうから底冷えするような無機質の声が聞こえて、マオラオは一瞬の躊躇いのあと部屋に入った。


 大広間は、金色の屏風と畳をベースに作られた広い空間だった。

 今でこそ2人しかおらず閑散とした雰囲気を漂わせるが、有事の際には女王に仕える一定以上の階級の者が、ずらりとここに並んで女王と向かい合うことをマオラオは知っている。何故ならば仕える側として居させられたことがあるからだ。


 目も眩むような豪奢な空間に、高級なものは自分の肌には合わないと実感しながら、マオラオは部屋の奥に佇む1人の女を見た。


 シグレミヤであれば当然も当然だが、背の高い女だった。


 その身長はシグレミヤ基準でも高いと思えるほどに高く、180センチは超えているだろうというのがマオラオの予想だ。

 その意図せずとも大半の者を見下ろせる身長に加えて、露出の多い着物ゆえにわかる広い肩幅や筋肉の完成度が見る者に圧を与える。


 だが、彼女と向かい合っていて最も感じるのは、物理的な圧ではなく精神的な圧だった。


【お久しぶりです。お変わりはありませんか】


 紡ぎ落とされる言葉の全てに人間味が――鬼味がなく、また彼女の纏う研ぎ澄まされた刃のような空気感が、彼女を異界の何かなのではないかと思わせるのだ。


 記憶が定かであれば、昔相対した時にはここまでの感想は抱かなかった。恐らく前国王が息を引き取り、自動的に王位につかなければならなくなってから、国民に舐められないよう研鑽を積んだのだろうが――まさかここまでの領域に至るとは。


 息を呑むマオラオの手前、目を合わせようとはせず横を向く彼女――花都シグレミヤの女王、【カンナギ・セツカ】は口を開く。


【ニンゲンの世界で過ごすのは、さぞや大変だったでしょう】


【まぁ、騒々しくてかなわんかったけど――楽しかったんちゃう】


【いい加減な返答ですね。あまり良いものではなかったと、自白しているようなものですよ。まぁ、予想はついていることでしたから、深くは聞きませんが。前口上はここまでにして、本題に入りましょう。――私に、婚約を申し込みに来たとか】


 セツカが纏った着物と同じ、翠玉のような色の瞳が、切れ長の目の端からマオラオを見る。


【せや。あんさんが結婚を考えとるって聞いたからな。……この部屋まで受け入れてもらえたってことは、話をさせてもらえる程度には好意的に思ってもらっとるって自惚れてるんやけど】


【……シェイチェン家は建国時から続くカンナギ家の側近の一族です。曲がりなりにもシェイチェン家の貴方を、無碍にするのは気が引けましたので】


【ちゃうやろ。あんさんは俺をシェイチェン家とは認めてないはずや】


【今から求婚しようという女に随分な口利きですね。……えぇ、私は貴方をシェイチェン家とは認めておりません。ですが、私情を除いて考えたときに、この国にはもう貴方以上の適任が居ないこともまた事実】


 女王は吐息をすると、マオラオへと歩みを進める。

 彼女が背中まで伸ばした黒髪が、ふわりふわりと宙を泳いだ。


【1つ。先に聞きたいことがあります】


【……なんや】


【私の夫に、ひいては古く重い歴史を持つこの国の王になる覚悟がおありですか。先々のことを考えれば、父親になる覚悟も貴方には求めることになります。国と、血筋を守る覚悟はありますか】


【ここに来た時点で覚悟は出来てんで。じゃなきゃオレは何しに来てん】


【そうですか。――その言葉が、嘘でないと良いですが】


 女王は冷たい瞳でマオラオを一瞥して、背を向ける。


【では、婚約成立です。挙式の準備を早急に進めるよう私が命じておきますから、必要なものなどあれば今夜のうちに取りに帰ってください。そうでなければ衣装を作るため、採寸をしてもらってください。ユンファに案内をさせます】


【アイツかぁ……会いたないねんけど、しゃあないかぁ……】


【それでは。ユンファが来るまでここでお待ちください】


 憂鬱そうな顔をするマオラオをよそに、女王は足早に大広間を出て行く。


 相手は冷酷非道で有名な女王とはいえ、婚約は婚約である。マオラオの高揚した気分は落ち着くことを知らないのだが、なんとも思っていないような女王の態度を思い出して溜息をつく。これほど幸せでない婚約があっていいのだろうか。


 マオラオが複雑な心境のまま、大広間をぐるりと回って鑑賞していると、少しして広間の戸が開いた。


【はぁ……お前、正気か?】


【久々に会って一言目がそれなん? メイユイはもっと喜んでくれたで?】


 呆れるマオラオの前に立つのは、彼よりも呆れているユンファだ。

 彼のことはメイユイづてに聞いていたが、まさか本当に神薙城に勤めていたとは。昔の彼を知っているマオラオは、若干の驚きを胸に腕を組んで、


【至って正気やで。自分に王様になる素質がないのも全部わかった上でやっとる。――なる気もあらへん】


【は?】


【まぁ、そう睨むなや。悪いようにはしないせえへんから。……いや、あんさんにとっては最悪か。すまんな、けどこっちも人の命がかかってんねん】


【――何を、しようと】


 張り詰めた表情のユンファは、微笑をたたえるマオラオに眉根を寄せる。するとマオラオはしとやかな女性のように、着物の袖で口元を隠しながら、


【秘密】


 と笑った。


 対峙するユンファの背中をぞわり、と冷たい何かが駆け抜ける。


【ほんで、採寸したいから案内して欲しいんやけど】


【……こっちだ。ついてこい】


 言いたいことを無理やり飲み下し、苦い表情をしたユンファは、突き放すような声音と共に身を翻した。





 その頃、カンナギ・マツリは神薙城の最上階の廻縁(まわりえん)に居た。


 月明かりに照らされる花都シグレミヤを一望できるここは、静かで風も涼しく、勉強で熱がこもった頭を冷やすには丁度いい場所だった。


 高い位置で2つ結びにした黒髪が、風に煽られてなびく。

 普段は風邪を引くから、とユンファに言われる為あまり長居できていない廻縁。だが、今日のユンファは姉であるセツカに呼ばれてから帰りが遅かった。つまり、滅多にない好機である。もう少しこのまま、と彼女が月を眺めていると、


【ここに居たんですね】


 と、背後から姉セツカの声がして、マツリは飛び上がった。

 女王になって武芸を極め始めてから、セツカの気配は日に日に薄くなっている。完全に油断していたので、マツリは心臓が止まったような心地がした。


【ね、姉様!? も、もう少し足音を立ててくださいまし】


【あぁ、失礼しました。気配を殺しているつもりはないのですが……以後気をつけますね。それで、勉強の方はどうですか?】


【こ、好調ですわ。憎たらしいことに、ユンファのお陰で解けない問題はほぼありませんの。でも、暁月祭の準備も並行でやっておりますし、わたしの身体は今にも爆発しそうでしてよ……】


【そうですか。では、明日は1日休みを取らせるようユンファに言っておきましょう】


【えっ……良いんですの!?】


 パッと顔を輝かせるマツリ。今までセツカがマツリに休みを許したことはなかった。どんな風の吹き回しだろう、と思っていると、


【えぇ。貴方が身体を壊してしまえば、代々カンナギ家の女が巫女を務めてきた暁月祭の歴史を絶やすことになってしまいますから】


【――】


 変わらないセツカの考えに、マツリは思わず口籠る。別にマツリの体調を気遣ったわけではないらしい。あくまで歴史を絶やさないため。過去に違反しないため。どんな顔をしたらいいのかわからず、マツリはうつむいた。


【……そう、ですか。ありがとうございます。……それで、わたしに何か用事があっていらしたのですか?】


【えぇ。結婚することが決まりましたので、そのご報告をと思いまして】


【――え】


 マツリは顔を上げた。今、姉はなんと言ったのだろう。月明かりに照らされるセツカの顔はいつも通りの無表情だったが、マツリは沈んでいた気分を取り戻し、


【お、おめでとうございますわ! お相手はどんな方ですの、どこで知り合われましたの、どんなところを好きに……】


【わかりません】


【……え?】


【わかっているのは、彼がニンゲンと鬼の混血(・・・・・・・・・)だということだけです。……結婚式は3日後の暁月祭に合わせて行います。その日も授業は休ませますので、カンナギ家第3王女として出席していただければ。それでは、おやすみなさい】


【……えぇ。おやすみなさい】


 まるでこちらに割く時間はない、とでも言いたげに口早に言われ、口を挟めないままセツカと別れるマツリ。


 ――未熟な自分と女王である彼女とでは、見える世界が違うのはわかっている。彼女には彼女なりの考えがあることも。でも、


【……姉様は、本当にそれでいいのかしら】


 そんな少女の呟きを知るのは、夜空に浮かぶ金色の月のみであった。

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