第151話『シェイチェン家の複雑な事情』
ノートンの告白にハナマルは、少し驚いた顔をしてから【ふーん】と呟いた。
【じゃあ、無理やな】
彼女の吐いた言葉には、ほかのメンバーも同意していた。
今までカンナギ家に奉公していたことを加味してか、死刑こそ免れたようだが、どのみち鬼にとって国外追放とは極刑であるはずだ。
言語がわからないから交流が出来ない。しきたりを知らないから馴染めない。路銀がないから衣食住が出来ない。鬼とわかれば角をもがれて殺される。
そんな環境に放したのだから、恐らくノートンはこの国に『重罪人』として認められていて――それを女王が受け入れるかと言えば、望みは薄いのが現実だろう。
【けど、どうすっかなぁ……第1候補のノートンがダメってなると、うちにはもう有力者が思いつかへんよ。あの女、シェイチェン家の男くらいの強さやないと満足しなさそうやし……いっそ、うちがイチモツ生やしてみるか?】
腕を組んで唸るハナマル。とんでもない考えに至りかけていたが、酒を絶ってしまったせいで上手く頭が回らないのか、【酒ーーッ!】と叫んで寝転がる。と、
【――ところで、お聞きしたいのだけど】
口を開いたのは、今までずっと静観していたフィオネだった。突然流暢な発音で南西語を喋り始めた彼にノエルが驚くが、フィオネならこれくらいはするだろう、という短期間の関係性にしてすっかり定着したイメージが、彼女を平静に戻す。
【女王が婚約者に求めるのは、女王より強いということだけなの?】
【んぁ? あー、まぁ見た目にこだわりはないんとちゃうか。国王になるからには、多少の教養と品格は必要やろうけど】
【そう。なら問題ないわね】
【……おい、フィオネ?】
フィオネがこれから何をしようとしているのか、察したらしいノートンが珍しく批判的な目で彼を見る。しかし、フィオネは止まらなかった。
【アタシ、他に有力な候補を知っているの。元々、アタシ達の仲間だったんだけど――マオラオ=シェイチェン。彼を推薦するわ】
そう言うと、何故かメイユイが机に身を乗り出した。
「マオラオ……!? マオラオ先輩の行方をご存知なのでありますか!?」
「えっ? マオ……マオラオ先輩!? マオラオ先輩ってナニ!?」
「あっ……えと、マオラオ先輩は私の幼馴染で、先輩であります。昔、先輩と私は同じ学校に通っていまして。全体でも3人しか居なかった、凄く小さな学校なんでありますが……ちなみに、もう1人は今朝会ったユンファ先輩なんでありますよ」
そう言われて思い出すのは、黒髪ボブの美少年だ。幼さの残る顔立ちだったが、あの気怠げな雰囲気は到底子供が持つものではなかったので、てっきり20代前半くらいだと思っていた。それが、マオラオと大差ない年齢だったとは驚きだ。
「しかし、仲間とはどういうことでありますか? マオラオ先輩も軍人さんだったのでありますか?」
「軍人?」
自分達が何故か、覚えのない認識をされていることに首を傾げるフィオネ。ちらりと紫紺の目をやると、シャロとノエルが顔に大量の汗をかいて縮こまっていた。なるほど、と納得した彼は『えぇ、そうね』と嘘を塗り重ねる。
疑うことを知らないメイユイは『そうだったんでありますね……!』と目を輝かせ、
「あのマオラオ先輩が軍人さん……なんだか不思議な気分であります。けど、元々規則正しい人でありましたし……あ、やっぱり軍人さんでありますから、国の人々を守ったり、犯罪者を懲らしめたりしているのでありますか?」
「……そうね」
「じゃあ、私と同じでありますね! ふふ、再会できる日が楽しみであります。ところで話は戻りますが、マオラオ先輩の行方をご存知なのでありますか?」
【えぇ。別れた理由が理由だから、具体的な居場所は聞いていないんだけれど。少なくとも、このシグレミヤの中には居るわ。彼もシェイチェン家の1人だし、実力的には申し分ないと思うのだけれど……どうかしら? ハナマル】
流暢な南西語でハナマルに投げかけるフィオネ。メイユイの通訳を経て、シャロがピシャーン! と雷に打たれたように驚いた顔をする。
「え? 待って、彼もシェイチェン家の1人って……マオの苗字ってシェイチェンって言うの!? っていうか、ノートンとマオって親戚なの!?」
「あぁ。俺がシェイチェンの分家で、アイツが本家の生まれだ。関係的には……まぁ、従兄弟くらいだと思ってる。流れが複雑だから、実際は違うだろうが」
「ちょ、ちょっと待って、情報処理が追いつかない……」
次々と明かされていくマオラオの情報に、脳がオーバーヒートを起こしたのか頭を抱えて突っ伏すシャロ。
マオラオは実は鬼族で、ノートンと従兄弟に近くて、王家に使える一族の本家。第3王女の教育係と、宝蘭組の第1番隊隊長『補佐』という有力者と幼馴染。
どれも初めて聞く情報ばかりだ。こうしてみると、自分達はマオラオのことなど全く知らない。知った気でいただけだったのだ、と思い知らされる。
「……え、じゃあもし婚約が上手くいったら、マオは……王様になっちゃうってこと!? ダッ、ダメだよ! ウチらはマオを連れ戻しに……むぐぐぐ」
「お、落ち着いてくださいであります、シャロさん。マオラオ先輩はまだ、結婚すると決まったわけではないであります! ……でも」
【トンツィが駄目やっちゅうんなら、あの子に頼るしかないわな】
そう言って頬杖をつくハナマル。どこかその口ぶりには含みがあったが、その理由はノートンとメイユイにしかわからなかった。
【本人に交渉しなきゃあ、出来るもんも出来ひん。とりあえず、あの子を見つけ出さな話も始まらんで。あの子の事情を考えると、家には戻ってへんやろし……ま、あの子の居そうな場所をしらみ潰しに回るしかないな】
そう言ってハナマルはメイユイを傍に呼び出し、2人きりの会話を始める。どうやらマオラオが居そうな場所を、2人で思いつく限り列挙しているようだった。
まるで当然のように進んでいく計画に、ノートンは『待ってくれ』とフィオネを振り返る。
「本当にマオラオを女王と婚約させるつもりなのか? シグレミヤの海域に入ったのは俺らの都合だ。その始末を既に戦……組織から抜けたマオラオに頼むのか? しかも、婚約なんて一世一代のことを……」
「仕方がないわ。このまま放置をすればペレットが死んでしまうかもしれないし。アタシ達もここから出られないままだもの」
「それは、そうだが……」
正論と罪悪感に苛まれて、苦い表情をするノートン。
彼らの間に流れるひりついた雰囲気に、いつのまにか話が終わっていたらしいメイユイとハナマルは口をつぐんで出方を伺っているようだった。
それに気づいたフィオネは、話を切り上げるように一方的な態度で、
「――でも、彼に重荷を背負わせ続けるつもりはないから。あぁ、それと念のために、このことはハナマルには言わないでちょうだい、メイユイ」
「は、はい。わかりました……?」
今の会話のどこに隠す必要があったのか、わからないまま頷くメイユイ。と、不満げに頬を膨らませたハナマルが机をべしべしと叩きつけ、
【おいー、まぁたうちのわからへん言葉で話しよって、仲間外れかよー! うちの取り次ぎがなかったら、女王に謁見できひんって忘れたんかー!?】
【あぁ、ごめんなさい。取り次ぎの方は頼りにしてるわね】
フィオネが謝ると、ハナマルはうんうんと頷き口角を引いた。
【うちにどーんと任せな! けど、もちろんタダ働きやないからな。シグレミヤが解放された暁には、ニンゲンの世界の酒をたーんと持ってきてもらうで! さて、酔いも切れてイライラしてきたし、うちちょっと酒取ってくるな】
【あっ、ちょっと、ハナマルさん!】
酒瓶を開ける想像をしているのか、わきわきと指を動かしながら席を立ち、談話室を出て行こうとするハナマル。彼女が部屋の障子を開けると、そこにこちらを見る目がいくつか並んでいた。随分と低い位置にある目だった。
目の持ち主は、ニンゲンの感覚で言えば8、9歳くらいの子供達であった。平均身長が高い鬼の国の子供なので、実際には5、6歳かもしれないが。
その子達が会話を盗み聞きしていたとわかって、ハナマルは少年少女らに視線を合わせるように屈み、
【こーら、なにしてんねん! 盗み聞きなんか卑劣なこと教えた覚えないで?】
【だって、副組長よんでた……】
【でも、くみちょーおしゃべり長いし】
【あぁん? なんや、うちのおしゃべりが長いから終わるんを待ってたって!? 長くないわ! もう! ほら、これやるから伝言係なんかせんと遊んできい】
叱っているような口調で、素早く袂から何かを取り出して配るハナマル。小さくて何を配っているのかわからなかったが、雰囲気的に飴か何かのお菓子だろう。
それを受け取った子供達は、特別喜ぶようなことはしなかったが、促されるままにどこかに消えていった。
【……はぁ。ってわけで、うちは今から仕事に駆り出されてくるから。メイユイ、後は頼むで】
がくんと肩を落として、諦観したような笑みで談話室を去っていくハナマル。彼女が障子を閉めると、すとんという音が心地よく響いた。
「……えっと、さっきの子達はなんなんですか?」
「ハナマルさんが引き取った子供達であります。シグレミヤは、生まれてから早くに両親が亡くなってしまう子が多くて……」
「へぇ……そうなんだ……えっと、タイヘンダネ?」
同じく両親が居ない身でありながら、両親が居ないことで自由を得たシャロは、どうコメントするべきか分からず片言で応える。
「それで、マオラオが居そうな場所を探すという話だったかしら」
「はい。私がこれから昼間の騒ぎの件で、報告文を書かなくてならないので、出発は午後になります、甘味処と学校、神社を手分けして探そうかと」
「わかったわ」
頷くフィオネ。と、三角座りをしてじっと皆の会話を聞いていたノエルが、『あの……』と恐る恐る口を開く。
「ここに来るときに思ったんですが……その。ボクらの格好ってこの国の人たちからすると結構目立つじゃないですか。実際、怪しまれてましたし……その、着替えさせてもらうことって出来ますか?」
「あぁ! そちらに関しては無問題であります。今さきほど私からもハナマルさんに同じことを相談しまして。私やハナマルさん、他の男性隊士の私服を貸し出すつもりでいますから、安心してください!」
「あら、ありがとう。そうだわ、食事と寝床の相談もしたいのだけれど」
「そちらも問題ありませんよ! シグレミヤ解放までの間の皆さんの衣食住は、全て宝蘭組が提供させていただきます」
「あら、いいのかしら。そんなにしてもらって」
「ええ。解放には皆さんのご助力が必要ですし、ハナマルさん曰く、4人増えたところで大して変わんねーと。ただ、食事とお風呂の時間は守ってください」
「そうなのね。ありがとう」
これは大量の酒が必要になりそうだ、と記憶の中からハナマルに贈る酒を選び始めるフィオネ。と、マオラオの名前が出て以来不服げだったシャロが口を開いた。
「けど、案外あっさりだったね、交渉。シグレミヤの解放はうちにも利益がある……って言ってたけど、ハナマルさんも外の世界に行きたいとか思ってるのかな。ノートンは何か知ってる?」
「うーん……どうだろうな。記憶では、そんな様子は1度もなかったが」
「――! いえ、ハナマルさんは……」
シャロとノートンの会話を受けて、何故か憂いの表情でうつむくメイユイ。彼女は何度か口にする言葉を迷った後、やはり話すことは出来ないと考えたようで、
「理由は私の口からは言えませんが、利益があるのは事実でありますよ。ですから、あの方から多大な支援を受けたとしても、申し訳なく思う必要はないかと!」
と、笑ったのであった。




