第112話『3年越しのベスト・パートナー』
鼓膜を押し潰すような砲声が響き渡る。空へ打ち上げられた大量の砲弾は白波を作る軍勢のもとへ吸い込まれ――どういうわけか、着弾する前に爆発した。
閃光が空間の刹那を支配し、その後広がった黒煙をそよ風がそっと押し流す。
「ッ、何があった……!?」
不自然な光景を陣営の最前列で見ていたギルは、目を凝らし、こちらへ進軍する白装束たちを観察。だが、彼らはみな無傷だった。隊列の乱れすらない。
――一体、何が起きたのだ。
異常事態に怖気付くオルレアス軍の手前、白い羽織をはためかせ、天使の群れは空中へ飛び上がった。
鳥の飛翔、というほど優雅な飛び方ではない。
地面に対し、垂直に飛び上がっている。まるで、糸か何かで上から引っ張られているようなその飛び方は、傍目から見ると奇妙以外の何ものでもなかった。
「何だあれ……」
当惑を顔に浮かべるギル。そこへ、無線機がノイズ音を上げる。
《ちゃうわギル、あれは人間やない! 人の形に作られた機械や!》
「は、機械……!?」
《後ろン方は人も混じっとるみたいやけど、少なくとも前線に見えるんは機械! そいつらが手ぇからビームみたいなん撃って、着弾する前に砲弾を壊したんや!》
「……!」
マオラオの解説が入ったことにより、ギルは薄々事態を把握する。
ここからでは人間にしか見えず、しかしマオラオが『機械』と称する彼らの正体は全くわからないが、とにかくヘヴンズゲートは空飛ぶそれを前線に立たせ、初手の人的被害を最小限に抑えながらこちらの陣形を切り拓こうとしたのだろう。
マオラオの言う、砲弾を壊した『ビームみたいなん』は視認できなかったが、
「砲弾ぶっ壊せる力を持ってるッつーなら、ただの機械だから、つッて安易に無視するわけにもいかねェか。……戦闘人形――まさかな」
一瞬嫌な想像が頭を過ぎったが、そんなはずはない。
ひとまず、とギルは前傾姿勢をとり、声を上げる。
「行くぜジャック! 全部ブッ壊すぞ!!」
「オッケー、ジャックくんに任せナァ!!」
相棒の言葉を受け取って、挑発的に笑うジャック。直後稲光と化した彼は、この荒野を文字通り、光の速さで駆け抜けた。
目にも止まらない高速移動は、もはやワープしたかのような印象を与える。
まさに一瞬で姿を消した青年、彼が次に人として姿を現したのは、浮遊する機械人間たちの目の前――つまり、空中だった。
地上約20メートルほどの位置で顕現したジャックは、機械人間たちに向けた五指でピストルを模倣。銃口部分にあたる人差し指の先では、ジャックの瞳と同じ色の電光が音を立てながら散っており、
「バァン!」
ジャックが擬音を口にすると、高電圧の電流が炸裂。全身を電気に絡みつかれ、機械たちは感電したそばから次々と膨張、爆散した。
「あーもうこれキマったね、俺がMVPでいいヨ今回」
己の強さに口を緩め、腕を組んで頷きながら優雅に落下するジャック。これで初戦はオルレアス軍の完全勝利――かのように思われたが、
《ジャック、下から狙われとるで!》
「エッ、待っ……あぇ?」
間抜けな声を上げた瞬間、下から何かが勢いよく青年の腹部に巻きつく。
「ぐぇ」
それは、糸だった。ぐっと締め上げられる感覚の後、ジャックは突然地面へ引き寄せられ急速落下。最中、頭上を眩い赤の光線が走り抜け、ジャックの喉から『ひぇ』と間抜けな声が溢れる。
もう少し落ちるのが遅ければ、確実に焼けていた。そう思い、喉を鳴らすジャックの横を、再び赤い光線が疾走。続いて頬の横を、足の間を、光線状の熱が炙る。
「ちょ、マオ助、これナニ!?」
《――これは機械ン奴らの攻撃や! 地上で手ぇ掲げて、そこからビームみたいなんを撃っててん!》
「エッ、さっき言ってた『ビームみたいなん』って、コレェ!?」
絶叫するその最中にも、ジャックを狙って次々と攻撃が飛んでくる。
しかし、彼はその全てを奇跡的にかわしていた。――否、腹部に巻きついた糸に引っ張られ、落ちる速度や方向を操作されることで、かわすことが出来ていた。
そして、
「――っぶねェ!」
慌てた様子のギルに抱きとめられ、ジャックは地上へと帰還。
「あ? え?」
何が起きたのかわからず、目を白黒とさせるジャック。ギルにお姫様抱っこをされている、と自覚をした時にはもう、彼は地面に降ろされていた。
同時、腹に巻きついていた糸がするすると解けて、呼吸が楽になる。
ジャックはどこかへ収束していく糸を目で追い、ギルの片腕につけられた、腕時計のような射出器を視界に認めると、
「ア!」
状況の理解をし、大声を上げる。そうか、ギルは敵の攻撃の射程に入った自分を逃すため、射出器の糸を巻きつけ、射程外へ引っ張ってくれたのか。
感動に打ち震えるジャックは、その勢いのままギルに泣きつき、
「あ、ありがとぉぉ〜〜ギル〜〜っ!!! お、お陰で、ジャックくんの丸焼きが作られずに済んだヨぉぉぉ……!!」
「どわっ、いや近え近え近えって、離れろバカ」
人目を気にしてか、ひっつくジャックを無理やり剥がすギル。抱擁を拒絶され、ジャックは眉根を寄せながら頬を膨らませる。が、
「ほら、早いとこアイツら狩んぞ」
――握りしめた拳を差し出され、琥珀色の瞳が煌めいた。
「……えへ、しゃあねえなぁ!! やってやんぜ、相棒!」
*
拳をこつんと突き合わせると、2人は意気揚々と戦場を駆け抜ける。
それを迎え撃つは、地上に待機していた機械人間たちだ。
マネキンのように白い両手を、2人の青年に向けた彼らは、ピンポン球サイズの光弾を手中に生み出し、発射。
きゅいん、と甲高い音が鳴って、光の球は一直線に空を走り抜ける。
だが、
「っぶねェもん撃ってんじゃあねェよ!」
一言吠えると、ギルは顔面に飛んできた光弾をキャッチ。高熱で焼かれて、どろどろに溶けた手を『神の寵愛』で再生する。そして、次の発射に時間をかけている彼らとの距離を詰め、携帯用の革鞘からナイフを引き抜くと、
「おら、よっと!」
光弾を発射させないよう、刃先を勢いよく手近な機体の掌に刺突。それから、機械人間の胸元を足で突き飛ばす。ぐらり。
人間そっくりの形をした、機体が大きくふらついた。しかし倒れる寸前、ギルが射出した糸が腕や腰といった部位に絡みつき、機械人間の転倒が阻止される。
ともすれば優しさとも受け取れた、ギルのその行動。当然、背をぶつけないよう気遣ったわけではない。
「ほい、キュッ」
ギルは更に垂らした糸を飛ばし、周りの機械たちにも糸を掛ける。
ちなみに掛け方に規則性はない。縦横無尽の捕縛で、みな雁字搦めだった。
それから緩いと意味がないので、全員に掛け終わると射出器の中の仕掛けを逆再生し、勢いよく糸を回収。糸を短くすることで、奴らをひとまとまりに寄せる。
「そんで、ピタッと」
トドメに、団子状になった彼らに手榴弾を投擲。射出器から垂れる糸を切って、その場を通り過ぎると同時、爆発が全てを木っ端微塵にした。
そこへ続くのは、黒髪のポニーテールを靡かせる令嬢、もといシーアコットだ。
よく目立つ葡萄色のゴスロリを纏った彼女は、ヒールを履いているとは思えない速度で戦場を疾走。貴族令嬢らしさに溢れた格好には不似合いのいかつい大剣を、斬るというより殴り払うように扱って、機械人形たちを吹き飛ばす。
その獅子奮迅たる様子に、このままでは全滅すると考えたのだろう。機械達は次々に浮遊し、高所をとって光線を乱射する。しかし彼らの総攻撃は、ただ地面を削り取っただけで、シーアコットには傷の1つもつけることが出来なかった。
補足すると、機械たちの性能が悪いわけではない。シーアコットが無傷なのは、人外じみた戦闘センスを持ったシーアコット自身のせいだ。
彼女は軽やかに戦場を舞い、光線の雨を全てを回避。充填のためか、機械人間たちの攻撃が止んだタイミングを狙って得物を振るう。
ぶぉん、と鋼の塊が空気を殴った瞬間、その刃から青白い斬撃が迸り、
「――らぁっ!」
力強く咆哮。可視化した斬撃が空を抜ける。直後、空中に浮かんでいた5体の機械人間は機体を真っ二つにされ、その場で爆発を起こして散らばった。
「ふん、他愛もない相手でしたわ。少しは期待しておりましたのに、わたくしの前では全てがすぐに無に帰する。そう、真夏のレモンシャーベットのように。まぁ、機械風情がこのシーアコット様に勝てるわけも――」
「さすが姉御! 強えけど例えがあんま上手くねェッ!」
「我らが姉御! 気取ってるけど実は結構ひやひやしながら戦ってた!」
「よっ、姉御! わかる、夏のアイスってすぐになくなるよな!」
「……!?」
突然、どこからかひやかしの言葉が飛び、紅潮しながら振り向くシーアコット。
目を向けた先には、同じ戦闘課の処理班員が3人。
シーアコットが倒した、機械人間の死体――機械に死体と呼んでいいのかわからないが――を積んだ山から顔を覗かせ、ぷぷぷと笑いを堪えていた。
彼らは左から通称、坊主・虎(の獣人)・丸メガネ。いつもシーアコットを姉御と呼び慕い、現在積極的に姉御呼びを処理班の中に広めている馬鹿3人衆であった。
彼女にとってはお馴染みのメンツに、思わずシーアコットは額を押さえ、
「そ、揃いも揃って貴方たちは……! 姉御じゃなくて、シーア様と呼ぶようにと何度言ったらわかりますの!? あと、わたくしで遊ぶ暇があるなら、戦いに集中しなさったらどうかしら!?」
と、戦いもそっちのけで説教を始めるのであった。
*
それから約10分後。ノエルは、戦場の渦中にいた。
辺りでは常に銃声や爆発音が響き渡り、絶え間なく人が死んでいる。ひとたび足を踏み入れれば、そこにあるのは本物の地獄だ。
歴戦の猛者だけが入ることを許された空間であり、明らかにノエルがいるべき場所ではなかった。だが、今日までのシーアコットの指導と、共闘するノートンのサポートのおかげで、彼女もまずまずの戦いぶりを見せていた。
周囲に散らばった、8人分の死体がその証拠である。
「まだ、戦える……ッ!」
ノエルは己を鼓舞し、年頃の少女が握るにはあまりにも重い剣を握り直す。息こそ切らしているものの、黒曜石のような双眸は、爛々と闘志に輝いていた。
――数ヶ月前では、考えられなかった事態だと思う。
2ヶ月くらい前までは、自分はまだ塔の中に閉じ込められていて、外に出たことすらないような人間だったのだ。自分が戦場の真ん中で凶器を握って、人を殺して回る未来など、誰が予想できただろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
連続での激しい運動に、意識を朦朧とさせながら、ノエルは屍を踏み越える。
「ノエルッ! 後ろだ!」
「ッ……!」
ノートンの叫び声に振り向き、ノエルは飛びかかってきた白装束と刃を交える。
稽古をつけてくれたシーアコット曰く、大北流の剣士は、パワーでは簡単に押し負けてしまうのだそう。だから、別の流派の剣士と戦う時は一旦距離をとって、積極的に攻撃をする必要があるらしい。
幸い相手は、それほど格上でもなさそうだった。
故に、油断さえしなければ勝てる。そう確信したノエルは、雨のように細かく、小さく、休みのない攻撃を仕掛ける。
「ッ!」
一瞬、敵の対応が遅れたのを察知して、その隙に渾身の一撃を叩き込む。そして首の根から腰まで、一直線に刃を走らせ――また1人、人間を切り捨てた。
人を殺す罪悪感は、既になくなっていた。
祖父と親友、それから友達になれそうだった少女を失わなければ。
あるいは平穏に育てられ、学校に通い、道徳を教えられていれば、こうはならなかったのかもしれないが――それらは全て、過去の話だ。
過去をやり直すことなど、誰にも出来はしない。
『貴方は、剣に愛されておりますのね』
膝から崩れる白装束と、その胸から飛び散る鮮血を捉えながら、ノエルはふと、シーアコットに言われた言葉を思い出す。
『……愛されてる、ですか?』
『えぇ。身体が弱く、戦いの経験もないというのに、貴方はこの数日間で凄まじい成長を見せている――これはもはや、『剣に愛されている』としか言いようがないでしょう。さながら、現代の『銀の乙女』ですわ』
『銀の乙女……それは、ジル・リ・ドゥレのことでしょうか』
『えぇ。魔女を討伐するため立ち上がった、ただの村娘だったはずの剣姫・ジル。彼女のモデルになった女性は、貴方と同じように圧倒的なセンスと成長速度で剣を極めたと聞きますわ』
――きっとあの時のシーアコットは、お世辞でもなく皮肉でもなく、ただ純粋にそう思ってノエルを『銀の乙女のようだ』と喩えてくれたのだろう。それは、この短いながらも真剣な付き合いの中でわかっている。
彼女は、とても真っ直ぐな人間だ。
でも、銀の乙女はヒーローだ。救世主として救国のために剣を振るのであって、決してノエルのように――私利私欲のためには剣を振らない。
復讐のために剣をとった、ノエルのようには。
「ねぇ、ボク……本当は、何になりたかったんだっけ」
こんなことになる前には、自分にも明るい夢があったはずで。
その夢を叶えると、墓前で親友に誓ったはずなのに。
「もう何もわからない……思い出せない……。ボク、どうしたら良かったのかな。このまま進んでいいのかな」
――ねぇ、フロイデ。
荒野の空気に白い息を溶かしながら、ノエルは親友の名前を呟く。
もう、彼がこの世に居ないことには慣れたつもりでいたが、今はどうしても、彼の意見を求めずにはいられなかった。




