第111話『世界を変える大戦争、開始』
旧・国立展望台。
スプトーラ大森林の中で廃墟となっていたことで、『仮拠点に丁度いい』と現在オルレアス軍に利用され、物資が持ち込まれ、電気やガスなどが復旧し、ひっきりなしに人が出入りしている3階建ての施設――その内の、2階・司令室。
真っ暗なその部屋の中では、24枚のモニターが煌々と光っている。液晶画面の1つ1つに映っているのは、鬱蒼とした森の内部や果てしなく広がる荒野だ。
処理班員のメンバーと手分けをして、なるべく広範囲にカメラを設置し、どこで何があってもこの司令室で各地の様子を見れるようにしたのだ。なので、有事の際にはここで状況を把握して、こちらから指示を飛ばす手筈になっている。
「……」
マオラオは、司令室のチェアにちょこんと腰をかけながら、大きな紅色の瞳でモニターの1つ1つを確認していた。
今は医療チームも、戦闘員も、皆それぞれの持ち場で待機しているので、特に目立った動きは見られない。『天国の番人』側も、まだ拠点の中に居るようだ。
しかし――彼らはいずれ、こちらの用意した戦場へやってくる。
そうしたら、マオラオの休む時間はほとんどなくなるだろう。
「昨日、ちゃんと寝とくべきやったな……」
戦争前の緊張で頭が冴えてしまい、結局眠れなかった昨夜のことを思い出し、マオラオは憂鬱そうな表情で額を抑える。とそこへ、
「マオラオさん、これ。仕事前に飲んでおいてください」
ことん、と陶器か何かが置かれる音。それと、知り合いの青年の声がして、マオラオは顔を上げた。聞こえてきた音を頼りに目を向けたのは、眼前の机上だ。そこには、湯気を昇らせるコーヒーがなみなみと入ったマグカップがあった。
どうやら、監視課の同僚が気を利かせて淹れてくれたらしい。
「あ、あぁ……淹れてくれたんか。ありがとうな」
マオラオが礼を言うと、青年は『いえいえ、今日は長いですから』と言い残し、また別のメンバーへ差し入れをしに行く。
「……実は、コーヒー苦手なんやけどな」
厚意で淹れられたものなので流石に飲まないわけにもいかず、唇でコーヒーの温度を確かめながらちびちびと喉を潤すマオラオ。
今回、この司令室を受け持つメンバーは全員で10人だ。
先ほどの青年をはじめとする、先日ヘヴンズゲートの拠点を炙り出すために酷使された班員たちも何名か復活し、チームに加わっている。
メンバーは作業効率のため、午前組と午後組に振り分けされており、午前組の仕事中は午後組が、午後組の仕事中は午前組が仮眠を取る予定だ。
どちらの組もそれぞれ5人ずつで、マオラオは午後の組である。現在は13時過ぎなので、これから24時までの約11時間、基本席から離れることは出来ない。
睡眠も休憩も制限された、非常に過酷な作業ではあるが、各地の情報を収集し処理する司令チームは、この戦争においてとても重要なポジションだ。
気を抜かずに、最後までやり切らなくては。
「……ふ」
気合を入れ直すため、短く鋭い息を吐くと、マオラオは背筋を伸ばす。それから手元にあるスイッチの内の1つに触れると、少年はそれをそっと押した。
*
空は晴天、やや曇り気味。風は乾燥しており、かなり気温が低い。
もしかすると、これから雨が降り出すかもしれない。そんなことを考えながら、ギルは戦闘チームの待機場所――大森林の真ん中をくり抜いたように広がる荒野のとあるスポットに立ち、準備運動として簡易な体操をしていた。
もちろん、体操などしなくてもギルは『神の寵愛』で常に最良の状態に保たれ、いつでも戦うことが出来る身体になっている。
しかしドゥラマ兵時代、戦いの前には簡易な体操が義務付けられており、当時は強制的にやらされていたのですっかり癖がついてしまい――今でもギルは大きな戦争を直前に控えると、つい腕を回したり屈伸をしてしまうのだった。
「やらねェと、落ち着かねーっつうか」
「あー、わかるヨ。オレも傭兵やってたとき、兵士時代の記憶なんかなかったのにやってたモン。でも昔はホント、この体操に意味があるのかわかんなかったヨネ。足捻ってからやっと体操大事カモ、って思うようになったケドさ」
アキレス腱を伸ばしながら、昔話に花を咲かせるギルとジャック。
最中、無線機から通信が入り、2人は動きを止めた。
「ン、マオ助からかな? もしもーし、ジャックくんダヨ」
《――あぁよかった、通じたわ。オレやジャック。ギルも聞こえとるか? 状況が状況やからな、なんか問題あったら、些細なことでもちゃあんと報告せえよ?》
まるで母親のような口調でそう言われ、ギルはきょろきょろと周囲を見回して面白いものがないかを確認。ふとジャックの顔面に視線を止め、
「んあー、ジャックに歯くそがついてる」
「エッッ、嘘ォ!?」
ぱっ、と両手で口元を隠すジャック。直後、鼓膜を破る勢いで『はァ!?』と無線の向こうのマオラオがブチ切れ、
《あンなギル!》
「あっはい」
《オレは『些細なこと』言うただけで、どーでもええこと報告しろーなんか言うとらんねんアホ! あんた今19やんな、オレより3つ年上の癖に、そないなこともわからんの!? 無駄に背ェだけ伸ばしよって、中身は5歳とちゃうん!?》
「そ、そんなに怒ることか……? あと最後私怨入ってなかったか……?」
「あとなマオ助、オレはアイドルだゼ!? アイドルに歯クソついてるんダカラ、どうでもよくなんかねーヨ! こ、これは大問題だゼ……クソ、おかしいナ、歯は磨いてきたんだケドなぁ……?」
《………………ハァ。ともかく、2人が元気なんはわかったわ。ほんで、そろそろ向こうと『約束』した時間やから、いつでも戦える準備だけしてな? 全く……》
「ハーイ」「おう」
ギルとジャックが同時に返事をすると、無線はぷつっと音を立てて切れる。
ジャックは余程歯くそが気になるのか、『鏡見てくるヨ』と言ってその場から立ち去り、その後彼と入れ替わるようにして、ギルの元へ2人の男女が現れた。
「あ、ギルじゃん、ここに居たんだー」
「……こんにちは」
男女の正体は大鎌を担いだシャロと、小さな手に真剣を携えたノエルだ。
どうやら2人は、初めての戦争で緊張するノエルの気をほぐすため、この辺りを回って仲間たちと軽く会話をしてきたらしい。仲の良さが垣間見え、こちらを微笑ましい気持ちにさせる2人だったが、
「ん?」
ふとギルは、そんな彼らがお揃いの黒いマントを纏っていることに気づいた。
「なんだお前ら、そのマント」
「あ、これ? 戦争屋と処理班員の人に配られてるんだって。ほら、戦争が始まったらもみくちゃになるでしょ? そしたら、みんな誰が味方で、誰が敵かぱっと見わからなくなっちゃうからって。兵士団長さんが考えたんだって」
「え、俺貰ってねえけど」
不服げな顔をして辺りを見回すギル。見れば、周りの処理班員やオルレアス兵は皆いつのまにか、シャロ達と同じマントを羽織っていた。なるほど、これは一目で誰が仲間か区別できる。が、その分ギルの異物感が凄い。
身を持ってマントの効果を実感したギルは、その疎外感と、迫り来る戦争の開始時刻に焦りを覚えつつ、
「どこでも貰えんの? それ。マント着てんのが仲間の証拠だッつーなら、俺そろそろ着ねえとやべェよな?」
「ん、あっち。シーアコットに貰ったんだよ」
ぴっ、と人差し指で示すシャロ。その指の先に目をやると、遠くの方に、ここからでもよく目立つ葡萄色の豪奢なドレスを纏った女性の姿が見えた。
女性の腰元には、そのウエストの細さに似合わぬ大剣が下げられており、手には黒い布が抱えられている。
あまりに個性的で、言い換えれば戦争を舐め切ったような格好に、一目で彼女がシーアコットだと理解したギルは『あぁ、あいつか』と呟くと、
「助かった、行ってくるわ」
自分だけ周りと違う格好なのを気にしてか、一目散に駆け出していった。
*
定刻、13時10分。
螺旋階段を上がり、展望台の屋上に到達。晴天、やや曇り空の下、フィオネは冷たい風に髪を遊ばせながら、地上で待機している軍勢に目をやった。
戦争屋・処理班・オルレアス軍を合わせ、総勢、約1万5500人。
そのほとんどをオルレアス軍が占めており、黒いマントを泳がせる甲冑の兵士がずらりと並んでいるのが遠目に見える。
一方ヘヴンズゲート側は、未だ誰1人として姿を見せる様子がない。先頃、向こうの放送システムを乗っ取ってこちらへ出てくるように主張したが、もしや狙いを読まれてしまっただろうか。
待ち伏せをされると、向こうの圧倒的な数と地の利でこちらが劣勢になるので、なるべく出てきて欲しかったのだが。
「……もし、このまま膠着状態が続くようなら、今度こそジャックに電力を支配してもらうしかないわね。それをすると最悪の場合、ジャックが死ぬけれど」
「――フィオネ」
諭すような目をして、美丈夫の隣に控えるノートンが名前を呼ぶ。場の空気が、叱られる前のそれになったのを察知したのか、フィオネはふいと目を逸らすが、
「本気だか冗談だか知らないが、お前の発言が総じてタチが悪い。どちらにせよ、もう少し考えてから口にした方がいい」
「……冗談に決まってるでしょ」
若干淀みのある口調で言いながら、服のポケットの中を探るフィオネ。彼は、トランシーバーによく似た機械を取り出す。
それは、携帯用の通信機だった。約3000個の無線機と繋がっており、その性質のため一方通行ではあるが、全体に喋りかけることが出来る特殊な道具である。
通信機はフィオネのみが所持しており、約3000個の無線機の方は現在各地で待機しているチームの、隊長や副隊長らが装着済みだ。ちなみに戦争屋の面々は、マオラオの無線機を装着しているのでこちらの無線機は非所持である。
基本、こちらの無線機を所持している者には、司令室のメンバーか、この携帯用通信機を持ったフィオネが指示を出し、その指示を受け取った隊長たちが他の仲間たちに伝える――という形で全員に指示を行き渡らせる手筈になっている。
本当は、全員分の無線機が作れれば良かったのだが、元々時間に余裕がなく3000個を生産するので精一杯だったらしい。フィオネは、工作課の努力の結晶とも言えるそれを、骨張った手で握りしめると、
「まずは砲撃で拠点を叩く。それでダメなら、攻撃タイプの能力者を集めてあの建物を囲ませるわ。全方位から一斉に攻撃するの。――それでも、向こうが籠城を決め込むようなら……その時は、最終手段に移行するわ。それで、いいかしら」
「ジャックを死なせない。それを念頭に置いてくれれば、及第点だ」
「……善処しましょう。それじゃあ」
腕時計の長針が10分を過ぎたのを横目に、フィオネは口元に通信機を寄せる。スイッチを入れ、通信状態が良好と表示されたのを確認すると、
「こちら、フィオネ=プレアヴィールよ。全員、配置についたわね」
すっと目を細め、遠くに見えるスプトーラ学院を睨みつけ――ふと、異変に気づく。
「あれは……」
学院を囲む大森林の木々の間に、ちらつき始めた複数の人影。
ひとつ、ふたつ。それどころではない。数百、数千――もはや波とさえ形容できる人間の群れが今、きっちりと列をなして荒野に足を踏み入れようとしていた。
彼らが揃ってはためかせているのは、新雪のように穢れのない純白の羽織だ。その羽織が、一目で彼らが何者であるかを証明していた。
突然現れたうごめく白波。荒野をじわじわと飲み干す人の群れに、フィオネは圧倒されたように一瞬動きを止め――。
「手間が、省けたわね」
ゆったりと、口角が持ち上がる。
何気に実際の姿は初めて見たが、そうか、彼らが『天国の番人』か。大北大陸と中央大陸を制圧し、大東大陸と大南大陸にまで手を伸ばそうとしているという、世界的な宗教集団――それに属する信者たち。
流石、世界のおよそ半分を支配した組織だけあって、思わず1歩引き下がってしまいそうな数の圧力がある。
だが、
「……ふ」
高揚する心のまま、フィオネは笑みをたたえる。
同時、強い風が吹いた。荒野の砂が巻き上げられて、2つの軍勢の間に薄いベールが出来上がる。砂のベールは長く長く続き、やがてそれが払われた時、
「健闘を祈るわ。――砲撃開始!」
高らかに上げた声に従い、砲声が立て続けに地を揺らす。
その轟音こそが、歴史的大戦争の火蓋が切られる音だった。




